第8話 好きな奴がいたんだ。
向かい合った両者は互いに剣を構える。
先に仕掛けたのはガイルだった。
「『黒紫夢想(こくしむそう)』」
ガイルがそう言いながら剣を振ると、黒い雷を纏った斬撃が悠悟へ向かって飛んできた。
その斬撃を避けた悠悟だったが、持っていた剣に電撃が飛来し感電した。
その隙に距離を詰めたガイルは止めの一撃を叩きつける。
「『一騎通貫(いっきつうかん)』」
ガイル渾身の突き技であったが、悠悟は間一髪の所で得意の氷魔法により防御したことで致命傷は避けられたが、かなり遠くまで吹き飛ばされた。
「流石は竜殺しである」
悠悟は屈伸をしながら起き上がり
「次はこっちの番だな」と言うと、一瞬で距離を詰めた。
そのスピードに驚いたガイルは慌てて後退するが、悠悟の姿が視界から消えている。
すると上空から影が射し、空を見上げたガイルの頭上に悠悟の剣が勢いよく振り落とされた。
その一撃によりガイルの被っていた兜は割れ、片目が斬られ潰れていた。
「きっ、貴様、もう許さんのである!」
逆上したガイルは大きな声を張り上げ、自身最大級の魔法を悠悟へと放った。
「古代魔法『四棺詰(すーかんつ)』」
ガイルが魔法を発動すると4つの棺が何処からか現れ、悠悟の周りを取り囲み閉じ込めると、それらは1つの十字架の形をした墓標へと姿を変えた。
「うそ…。そんな…。
ガイル!ユーゴを何処へやった!」
ラージュは取り乱しながら問う。
「これはかつて魔王を封印したという禁忌の魔法である。
封印された者は2度と戻らぬ故、我も奴がどこにいったのかは知らぬ」
それを聞いたラージュは、とうとう絶望してしまった。
彼女は幼い頃、国を焼かれ両親を殺され、残された2人の妹達とソウネス帝国の捕虜となった。
その時わずか5歳のラージュに与えられた運命は、妹を助けたければ戦争孤児としてハイウェ王国へ潜入せよという残酷なものだった。
彼女はそれから出会う心優しいハイウェ王国の人々のおかげで段々と心を取り戻していく。
だが同時にこの人達を裏切っているという罪悪感に常に悩まされてきた。
何度も死のうと思ったが、妹達の為にもなんとか踏みとどまってきたのだ。
そんな彼女にも、心の拠り所があった。
それは2人の幼馴染が目指す、理想の未来の話である。
争いのない、平和で平等な、皆が笑顔でいられる世界。
最初は馬鹿らしいとも思ったが、彼らの話を聞いている内に、もしかしたら本当にそんな未来がくるのではないか、そんな未来を自分も一緒に創ってみたい。
いつしかそう思うようになっていた。
そんな矢先に自らが漏らした城の警備状況の情報によって刺客が送り込まれ親友が亡くなり、それによってもう1人の幼馴染も部屋から出られなくなった。
彼女は今度こそ本当に死のうと思った。
だが実際に首に縄をかけた時、ふと考えを改めた。
どうせ死ぬのなら、最期に奴らへ一矢報いたい。
その日から彼女は文字通り死にものぐるいで剣を振り続け、異例の若さで騎士団副団長にまで上り詰めたのだ。
そして遂にユーゴが部屋から出てきた時、彼女がどれほど嬉しかったのかは想像に容易い。
だが今、自分の信じた未来の最後の希望が潰えたラージュに、戦意はもう残っていなかった。
ゆっくりと近づいてくるガイルに目もくれず、俯き絶望に暮れるラージュ。
「これで終わりである」
そう言って構えたガイルの腕を、背後から現れた悠悟が掴んだ。
「貴様っ、何故だ」
ガイルは驚きを隠せない。
「異空間とか異世界とか、俺の得意ジャンルだからな。
色々試してみたら出られたわ」
「ユーゴ!」
再び目に光が宿るラージュ。
「もうこれ以上、俺の大事な人イジメるのやめてくんねぇかな」
ガイルは腕を振り払い、悠悟に向かって技を放つ。
「『一騎通貫(いっきつうかん)』!」
その攻撃と同時に悠悟が剣を振ると、攻撃を相殺させるどころか、ガイルの剣を腕ごと吹き飛ばした。
片腕を失ったガイルは残った腕で魔法を発動しようとするが、すぐさま腕を凍らされてしまう。
「我は帝国最強の騎士ガイルである!」
そう言って氷漬けになった腕で繰り出してきたパンチを軽々と避けると、剣に全魔力を乗せてバットを構えるフォームでカウンターを繰り出す悠悟。
「『一灸入渾(いっきゅうにゅうこん)』!」
思い切り振り切られたその打撃はレフト方向へと綺麗なアーチを描き、ガイルは気を失った。
「俺は最強の引きこもりだこの野郎!」
「ユーゴ、無事で良かった…」
怪我した足を引きずりながら駆け寄るラージュ。
「お前もな。さっ、帰ろうぜ」
「待って…。話があるの」
ラージュは、自分の過去と正体を包み隠さず話した。
「だからフレアが死んだのも、もとを辿れば私のせい…。
あなたに殺されるのなら私は何も思い残す事はないわ」
「殺さねぇぞ」
「あなたの愛した人を殺した私が憎くないの?」
「実は俺、ユーゴの替え玉なんだよ」
「はぁ?何を言ってるの?」
「昔のユーゴと全然違うと思わないか?」
「それは記憶がないからじゃなかったの?」
「違う。別人だからだ」
「じゃあ本物のユーゴはどこ?」
「きっと俺の世界にいるよ」
「まったく話が飲み込めないのだけど…」
「だからさ、その話は俺じゃなくて本物のユーゴが帰ってきた時にもう一回してやってくんねぇかな」
「執行猶予みたいなものかしら?」
「俺の目的はこの戦争を終わらせることだけだ。
誰かを生かすとか殺すとか、そういう責任重大なのは全部終わってから本物の王様に任せるとするよ。
だからさ、終わらせようぜ。この戦争」
「随分簡単に言うのね」
「さっき黒いおっさんに異空間に飛ばされて、出てくる時に使った魔法を応用すれば瞬間移動的なことが出来る気がするんだ」
「まさか、そんな魔法聞いた事がないわ」
「だから案内してくれよ。
こんな戦争を始めたクソッタレのところに」
「ひとつお願いをしてもいい?」
「お前の妹のことだろ?助けるに決まってる」
「なんで言う前に分かるのよ」
「お前はいつも自分のことより人のことばっかりだもんな」
「私は…ただの嘘つきよ」
「人の為についた嘘なら、きっと神様も許してくれるだろ」
「そういえば、なんであなたはここに来たの?」
「お前の笑った顔が、前から変に嘘くさいと思ってたんだ。
昨日それがなんでなのかやっと答えがでた」
「何よ、人の顔に文句つけるつもり?
さっきは美人だって言ったじゃない」
「俺の知り合いによく似てた。
無理して笑う女の顔だ…」
悠悟は悲しげな表情で答えた。
―ソウネス帝国―
ソウネス帝国3代皇帝『ジグソー・キルジョイ』は昼間から女を囲い、酒を食らっていた。
「皇帝陛下、只今ガイル殿が帰還されました」
「おぉ、ガイルよ。よく戻った。
それでハイウェの王子は始末できたか?」
「楽勝だったぜである」
「そうかそうか、所詮温室育ちのボンクラ息子だったというわけか。褒美はいつもの3倍だそう。ご苦労だった。
こっちに来て一緒に呑もうではないか」
「分かったである」
そう言って近付いた黒騎士が皇帝の横に座り、兜をとる。
「ん?貴様は誰じゃ?」
「どうも!温室育ちのボンクラ息子です」
悠悟がそう言うと、周りの女達は悲鳴を上げて逃げていった。
「曲者じゃあ、衛兵、衛兵を呼べい!」
ジグソーは立ちあがろうとするが、椅子が凍りつき身動きが取れない。
そこへラージュが入ってきた。
「残念だけどこの城の衛兵は全て無力化させてもらったわ」
「おっさん、お前の負けだ」
「えぇい、うるさい!ガイルはどこじゃ!」
「しばらく眠ってるよ」
「貴様ら、こんな事をしてタダで済むと思うなよ。
貴様らの家族もろとも皆殺しにしてくれるわ!」
「そろそろ自分の状況分かんねぇかな。
往生際悪すぎるぜ」
「やっぱり…貴様だけは許せん!」
そう言ってジグソーに剣を向けて走り出すラージュを悠悟が体で止める。
「お前は王の剣だ。勝手に動くな」
「だって、だって…」
目に涙を浮かべながら悠悟を見つめるラージュ。
「ユーゴの命令があれば、その時は王の剣としてコイツを殺せ。
でも今怒りのままに殺せば、お前もコイツらとなにも変わらねぇただの人殺しだ」
こうして悠悟とラージュは、皇帝を生きたまま捕え国へ帰還した。
そして王のいなくなったソウネス帝国をハイウェ軍は意図も容易く落とし、この戦争に終止符を打ったのだった。
裏庭で夕日を見ながら黄昏る悠悟とラージュ。
「これで俺の役目も終わりかぁ…」
「あなた本当にユーゴじゃないのよね?」
「まだ信じてないのかよ」
「だって見れば見るほどそっくりなんだもの」
「性格は聞けば聞くほど違うけどな」
「本当のあなたはどんな人だったの?」
「俺はユーゴみたいなお坊ちゃまじゃなくて、平凡な子供で夢はラーメン屋になることだった」
「ら、ラメーンや?」
「俺の世界の食べ物屋さんだよ」
「へぇ、あなた絵は下手なのに料理は出来るのね」
「おい!絵は下手は余計だよ!」
「フフフ、冗談よ」
「でも…ラーメン作れなくなっちまった」
「なぜ?」
「ユーゴが絵を描けなくなったのと同じ理由かな」
「そう…」
「お前に偉そうなこといっぱい言ってきたけどさ、
俺は現実じゃ本当にどうしようもないダメ男なんだよ」
「でも、あなたはこの世界で沢山の偉業を成し遂げたわ」
「それは異世界の力のおかげでしかない。
現実に戻るとこの力はなくなって、無力な男に逆戻りだ」
「そうかしら。
本当にダメな人がそんな力を手に入れたら、帝国みたいに私利私欲の為に使っちゃうわよ。
でもあなたはその力をずっと人の為に使ったじゃない。
そんな人がどこの世界にいたって無力だなんて思えない」
「好きな奴がいたんだ」
「そう…」
「そいつは見た目は地味なんだけど、昔からいっつも人のことばっか心配してて、自分だって親も居なくて施設暮らしで、辛いこととか沢山あっただろうに…。
俺が喧嘩してると毎回泣きながら止めにくるんだよ。
そんで喧嘩の相手にまで絆創膏貼ってやがんの」
「優しい人なのね」
「お前さ、そいつに似てたんだよな。
顔じゃなくて、性格っていうか心が」
「遠回しな告白かしら?」
「バカやろう、からかうなよ」
そう言った悠悟が顔を背けようとした時、ラージュは悠悟の頬を両手で抑えてキスをした。
「?」
呆気にとられた悠悟はしばらく固まってしまう。
「勘違いしないでよね。
今のはあなたに同情しただけで、他意はないから」
そう言い放ち早足に去っていくラージュの目には光るものが見えた。
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