さよならの代わりに
千織
前編
ちおりとはカクヨムでお互いの小説を読み、感想を言い合う仲だった。最初は異世界ファンタジーやSFまがいの作り話で楽しんでいたが、徐々にちおりはホラーから猟奇殺人もののグロ作品を書くようになった。
私の方は、ハートフルなヒューマンドラマや童話を書くのが好きだった。だが、長年付き合っていた彼氏が同じ職場の巨乳女とずっと浮気をしていたということを知り、その絶望から、憂さを晴らすようにざまあ作品を書くようになっていた。
アイツとは浮気発覚後、速攻別れた。だからといって、アイツに費やした10年が返ってくるわけではない。悔しさと自分の馬鹿さ加減に対する悲しさは日々募るばかりだった。殺意や虚しさが入り混じり、もう消えてしまいたいという気持ちに飲み込まれそうになっていた。
今までざまあ作品は読んだことがなかったが、自分の気が済む作品を自分で書きたいと思い、勉強として読み漁った。でき上がった作品は二つ。男女とも社会的に全てを失う現代ドラマパターンと、物理的制裁として男の体を八つ裂きにして女が発狂するホラーパターンだ。
「
「嫉妬と狂気がリアルですね」
「拷問シーンは何を参考にしたんですか?」
「セリフに痺れました。今度言ってみたいと思います」
彼女はそうコメントをくれて、私の作品を喜んでくれた。アイツと巨乳への憎悪の炎はまだまだ消えることはなかったが、こうして作品になり、読まれて喜んでもらえるならまだいいか……と自分に言い聞かせるようにしていた。
「私、NL無理なんですよね」
ちおりはよくそう言っていた。もしかして、今まで彼氏ができたことがないんだろうか。経験が全てではないが、それでリア充が憎い気持ちはわかる。
春の散策、夏のイベント、秋まつり……行楽日和や楽しいイベントの時には、どこもかしこも家族連れやカップルが溢れている。手を繋いで微笑み合っているカップルを見かけると、自分でも怖いほどの殺意が湧いてくる。
アイツの微笑みは何だったのか。何も気づいていない私の阿呆さに安心した笑顔だったのか。あのFカップを揉みしだいた手で私と手を繋いでいたのか。こうしている今もアイツらは楽しく過ごしているんだろう。私の人生など、最初からなかったも同然に。
ちおりの作品の女キャラは巨乳が設定が多い。私はアンチFカップキャラとしてコメントを書いた。冗談混じりにコメントでも殺意を散りばめる。ちおりはなぜかそれを喜んだ。そしてちおりもカップルへの並々ならぬ憎しみを隠さなくなった。もしかしたら、彼女も痛い失恋があったのかもしれない。色々聞いてみたかったが、あまり詮索されたくないのかもしれないと思い、興味を押し殺していつもと変わらず接するようにしていた。
彼女の作品は、徐々にオカルトものになっていった。その頃から、彼女は”ちおり”という名前を”血檻”に変えた。
新たな作品は、私に理解できない代物だった。意味不明な儀式や呪文が当たり前に出てくる。それだけではなく、登場人物の設定も不可解だ。狂った悪感情と極端な残虐行為ばかりが描かれ、私には読み通すことすら難しくなっていた。
彼女の作品は、ほかの人からも読まれなくなっていき、オカルトものは☆ゼロが続いた。私は♡こそつけるものの、それは読んだ印みたいなもので、さすがに☆をつける気にはなれなかった。
彼女の近況ノートには「理解されなくていい」と書いてあった。私が☆をつけないことは気にしていないようなので、それにはホッとしたが、いよいよ彼女のことが心配になった。
ある日、別のSNSのDMでメッセージが来た。血檻からだった。
「良かったら、一度オフ会しませんか? ぜひハロウィンの日に」
私は迷った。会っていいものかどうか。ある意味、誰よりも自分の内面を知る人だ。繋がりはもちたい。でも、リアルで会って、今までの関係が壊れたら……。少し冷静になってから返事をしようと思い、一日考えることにした。
翌日、会社に行くと、アイツと巨乳女がイチャついているのを見かけた。だが、今までのような自分を焼き尽くすような怒りは湧いてこなかった。
――他人を踏み台にしておきながら、平気で幸せになれる人間っているんだ――
それを知って、私の心は氷点に達した。
雪国の寒さが露の一滴すら漏らさず凍りつかせて死を疑似体験させるように。しんしんと降り積もる雪があらゆる色を塗り潰して人間の無力さを思い知らせるように。
私は、この二人を殺そうと決意した。
さよならの代わりに 千織 @katokaikou
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