第6話
「最後に……ご迷惑を承知の上で、美和さんにお願いがあります。
私が死んだら、私のブレスレットを、海に、高く放り投げて捨ててください。
……私は、またカモメのように、一人で空を飛んでいきます。」
私は、手紙に同封されていたブレスレットを見る。奈緒が、いつも腕につけていた物だ。小さなカモメのチャームがついたシルバーのブレスレット。
奈緒は、家を持たず渡りゆくカモメに、自分を重ねていたのかも知れない。
「美和さん、3年間ありがとうございました。美和さんのことは、本当のお姉ちゃんのように思っていました。沢山甘えさせて頂いて、楽しい時間を一緒に過ごさせて頂いて、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。
田辺奈緒
追伸 この手紙は読んだら捨ててください。お願いします。」
奈緒のブレスレットを持って、暫く考えていた私は、翌日、それを持って病院へ向かった。
「伊織くん、話せる?」
向かった先には中野伊織がいた。今日は立って手すりにもたれ、外を見ながら相変わらず思いに耽っていた。
「ああ、……美和さん。何?」
「……伊織くん、歩いて大丈夫なの?」
「ああ。うん。リハビリが殆ど終わってて。歩いても全然問題ないくらい回復してる。もうすぐ退院」
「だから……奈緒は、あなたに……」
伊織の体が良くなっていることを知っていたから、奈緒は伊織に抱いてほしいと言ったのだ。伊織の調子が悪ければ言わなかったのだろう。
黙って、その気持ちを抱えたまま死んでいったのかも知れない。
「伊織くん、お願いがあるの」
伊織は何かわからないという顔をする。
「これ……持っててほしいの」
そう言って、私はブレスレットを差し出す。
「これ……奈緒の……」
「託されたの」
「俺に返しておいてって?」
「……それ、伊織くんのなの?」
「元々はね。奈緒が、このカモメを気に入ってたから、手術の前に、お守り代わりにやったの」
「そう……。じゃあ、余計、あなたに持ってて欲しい」
「どういう意味?」
「一人で寂しく世の中を渡っていたカモメが、『帰れる場所』であって欲しいの」
「カモメ……奈緒のこと?」
「あなたは、奈緒が一番帰りたかった場所だったから」
私の言葉に、伊織は、俯く。
「……聞いたの? 奈緒に……」
私は頷いた。
「手紙に……」
伊織は、片手で目を覆う。
「ごめん、奈緒……俺……」
「奈緒のこと、大事に思ってたんだね」
うんうんと、言葉なしに伊織は頷く。目を覆って隠しているが、堪えきれぬ涙は頬をつたっている。
「一番……大事だった……」
絞り出すような声で答え、伊織はギュッとブレスレットを握りしめた。
「じゃあ、奈緒の『心』をお願いしてもいい?」
私の言葉に、彼は、うんうんと頷く。
「……ありがとう」
辛うじてそう言って、伊織は、私に背を向けた。肩が小さく震えていた。
ごめんね、奈緒。
あなたの心、捨てられなかった。
私は、重い荷物を伊織に押し付けてしまったかもしれない。
でも、奈緒のことを一番大事に想う人に、彼女の全力の気持ちを伝えないわけにはいかなかった。
奈緒、あなたは、もう孤独ではないよ。
秋の高く晴れた空に、そう伝えた。
カモメ 緋雪 @hiyuki0714
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