第5話

「そんなことをしていた罰でしょう。心臓の調子がどんどん悪くなっていくのがわかりました。

 中学生の時に大きな手術をして、『無理をしなければ日常生活に問題はないでしょう』と言われたのに。


 高校3年生のある日、学校で倒れ、緊急入院になりました。いろんな検査を受け、再手術が必要なところまで悪くなっていると言われてしまいました。


 入院してすぐ、中野なかの伊織いおりに会いました。伊織は、小さい頃からの病院仲間です。互いに、辛いとき、調子の悪い時、励まし合ってきた、兄妹きょうだいのような存在です。


『なんで入院? 調子悪いのか?』

 そう心配そうに話しかけてくれる伊織に、私は合わす顔がなくて……。


『手術、成功して良かったな。俺もすぐ退院してみせるからな! 頑張って生き抜こうぜ!』

 って、前の退院の時に約束していたのに……。


 伊織の顔を見て、泣きました。もうどういう感情なのかわからない。誰にどんなことをされても辛いとも悲しいとも思わないほど感情が麻痺していたのに、伊織の前では、私はダメなんです。過呼吸を起こすのではないかと思うほど、号泣しました。」


 中野伊織。彼は、奈緒が感情をさらけ出せる、たった一人の人だったのだろうか……。


「『どうした? なにがあった?』

 優しく尋ねてくる伊織。

 とても本当のことは言えませんでした。

 伊織は、それ以上何も聞かずに、でも、泣き止むまで傍にいてくれました。


 1ヶ月の入院、再手術の後、退院することになった時、伊織に言われました。

『泣きたくなったら、いつでも来い。でも、できるなら、泣きたくなるほど辛いことはするな。奈緒が一人で泣いてるんじゃないかと思うと、心配でたまらなくなるから』

 と。

 

 そこから3年間、もう私は馬鹿なことはしませんでした。自分にとって、誰が一番大切な人か、私にはわかったんです。その人に言えないような恥ずかしい生き方はしたくなかった。

 だから、障害者ボランティアも始めました。あんなに嫉妬していた弟のことも理解したいという思いもありました。


 ボランティアは、本当に楽しかったです。いろんな人と触れ合えて、みんな一生懸命で、頑張ってて、明るくて……。


 でも……。


 21歳の誕生日を前に、倒れてしまったことは、美和さんもご存知ですよね。

 その前の手術のときに、もうこれが最後の手術になるでしょう、と言われていたんです、私。……だから、もう、あの時点で、自分が長く生きられないのはわかっていました。


 だから……。


 私は、死ぬまでに、一度だけでいい。

 伊織に、抱いて欲しかった。

 本当に大好きな人に抱かれたかった。

 私の全てを貰って欲しかった。


 でも、伊織に拒まれてしまったんです。


「奈緒、自分を大切にして……」

 私を抱きしめて、それだけ言って。


 伊織にとって、私は妹でしかなかった。

 それとも、伊織は私のしてきたことを全部知っているのかもしれない。淫乱な女だと思われたのかも知れない……。

 

 こんな人生ギリギリになっての失恋です。

 

 もう……疲れたんです。

 だから、もう、全部終わりにしたくて。」



 馬鹿だ……馬鹿だよ、奈緒! 違うよ。伊織くんは、そんなこと思ったわけじゃない。

 奈緒が大事で大事で、奈緒に何があるかわからないから、拒んだんだよ! なんで伊織くんの気持ち、わからなかったの?

 ホントに馬鹿だよ、奈緒……。


 涙が止まらない。人を愛することにあまりにも臆病で、愛されることにあまりにも慣れていない子。彼女をここまで追い込んだ、彼女の生育環境に激しく憤りを感じる。


 少しでも相談してくれれば良かったのに。何もできなくても、話を聞いて、一緒に考えてあげられたかもしれないのに。

 いや、それは私の思い上がりかもしれない。壮絶な人生を送ってきた彼女に、幸せに育ってきた私如きが、何のアドバイスができただろう……。


 それでも。


 そう、それでも、生きていて欲しかったのよ、奈緒。ちゃんと伊織くんの本物の愛を受け止めて欲しかった。


 涙が止まらなかった。

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