第4話

「高校2年の秋。父が亡くなって半年が経ち、家に平和が戻り、私も普通の高校生に戻っていた頃のことでした。


 うちの高校の文化祭に、たまたま遊びに来ていた他校の男子に声をかけられました。時間があったら、校内を案内してほしいとのことでした。私は部活動はやっておらず、クラス展示の案内係の1時間以外は、用事はありません。特に仲の良い友達もいたわけでもありませんでした。それで、言われるままに、いろんな教室を一緒に巡りました。

 その人は、たけると言いました。私より一つ年上の人でした。ちょっと不良っぽくて、でも、格好良くて、優しい人でした。私を常に笑わせようとしてくれたりもして、本当に楽しかったのです。久しぶりに純粋に笑えて。私の家のこと(両親が離婚したこと、父親が事故で亡くなったこと、弟に障害があること)を知らない人だったからかもしれません。

 私は、彼と連絡先を交換し、やがてつきあうようになりました。


 男の人とつきあうのは、初めてのことでした。」


 ……男の人とつきあうのが初めて……。それ以前に実の父親に何度も性的虐待に遭っていたのに……。可哀想で涙が出る。でも、頑張って読まなければ。彼女が遺した想いを。


「何度かのデートのあと、尊の部屋で、キスをされ、身体を求められました。ファーストキスは夢のようで、甘くて……。初めて尊に抱かれると、私の身体は火照り、快感が身体中を走り、何度も何度も絶頂を迎えます。もう、夢中でした。

 事が終わった時に、尊がニヤニヤしながら言いました。

『お前、大人しそうな顔して、とんでもない女だな』

 私は、ハッとしました。そして、自分が『初めてではない』のだと、今更思い知らされたのです。

 あんなに嫌悪していた父から、『それ』を教わってしまっていたのでした。」


 ……。読んでいて辛い。それに、そいつはきっと「優しい男」ではない。


「そのことを本当に悲しいと思いながら、私は、尊との関係に溺れました。身体の満足感とは裏腹に、心はズタズタになっていくのがわかりました。でも、離れられない。満たされたいのです。どうしようもなく。


 尊とそんな関係が3ヶ月ほど続いたある日のことでした。

 夜中、家を抜け出した私は、橋の上にいました。……もう死んでしまいたいと思っていたのです。

 橋の欄干に手をかけ、身を乗り出した時でした。後ろから強い力で引っ張られ、ドサッと橋の上に転びました。

『お姉ちゃん、若いのに命粗末にするんじゃねえ!』

 そう言って、私を止めたのは、父よりも老けた男の人でした。

『そんな可愛い顔して。何があったか知らんが、死ぬことないだろう。まあ、飲め。飲んで忘れちまいな』

 そう言って、その男の人は、持っていたレジ袋からお酒を取り出すと、私に勧めます。

 お酒は飲んだことがなかったけれど、それで忘れられるのなら……と、一緒に沢山飲みました。」


 助け方が良いとは言えないが、それでも奈緒の命の恩人。世の中捨てたものではないな。私は、そう思った。が、次の行を見て、私は固まる。


「気がつくと、私はラブホテルにいました」


 ……なんで?!


「『レイプ?!』 と思ったけれど、わかりません。もしかしたら、私から誘ったのかもしれない……。


 ホテル代だけ置いて、見知らぬ男の人はいなくなっていました」


 ……そんなにボロボロになりながら、この子は真面目に学校にも通っていたのだ。ちゃんと勉強もしていたのだろう……。


「家に戻った時には、母は弟を養護学校へ送って行ったあとで、私が見ず知らずの初老の男の人にレイプされていたかも知れないことも、一晩家に帰ってなかったことすら知りませんでした。その頃の私はまだ子供でした。『なぜ、こんなに悲しいときに、お母さんは私のそばにいてくれないんだろう? お母さんは司のことばかりだ。私のことは誰も愛してくれないんだ』そう思いました。


 そこからの私は滅茶苦茶でした。

 ネットで知り合った男の人、誰とでも寝る女になっていました。刹那的な快感をむさぼりました。

 学校にはちゃんと行っていたし、成績も良かったので、まさか私がそんなことをしているなんて思っている知り合いはいません。そう、私は嘘で塗り固められた優等生だったのです。


 ごめんなさい、美和さん。嘘ばっかりの私で。今、ここで懺悔をしても遅いですよね……」


 そんなことない。そんなことないよ。奈緒のせいじゃない。よく話してくれたね。大丈夫。大丈夫だよ。

 そんな風に、抱きしめてあげられたら、どんなに良かっただろう。


 何故、もっと早く打ち明けてくれなかったの、奈緒……。

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