最終章

第39話 エピローグ

 ディルクがエレメンタルマスターの称号を手にしてから半年後、戴冠式と結婚式の日を迎えた。

 二人は、巨大なアーチ型の扉の前にいた。

 この先には大勢の招待客が待ち構えているはずだ。


 ディルクはすうっと息を吸うと、ふぅとはき出した。


「……とうとう来たな、この日が」

「ええ」


 舞台化粧のように顔に白粉を塗り、紅色の目張りを入れた二人は顔を見合わせる。

 

(美形はどんな格好でも似合うんだなぁ……)


 浅黒い肌を真っ白に塗られたクレマティスは別人のようだった。唇にも目のきわ同様に紅がさされているが、違和感はない。

 戴冠式の際、サークレットが前大公より授与されるため、クレマティスはいつもは下ろしている金の前髪を後ろに流していた。人とは思えぬほど整った面立ちを晒した彼は、緻密な模様が入った全身真っ白な詰襟の衣装も相まって、人よりも上位の存在の化身にも見える。なお、ディルクもクレマティスと同じような衣装に身を包んでいた。

 毎晩毎晩「好き」「可愛い」と何度も口にしながら、ばんばん腰を打ちつけてくる姿は、今は想像できない。

 昨夜も「明日は戴冠式と結婚式なんだから、いい加減にしろよっ!」とディルクが怒っても、なかなか腰を離してくれなかった。


(最初は俺から誘ってばっかりだったのになぁ……)


 人は変わるものだとしみじみ思う。あの堅物で色恋のイの字もなかったクレマティスが懐かしい。だが、今のえっちで毎晩求めてくる彼のほうが好きだ。

 文句を言いつつも、クレマティスと抱き合っている時間が一番幸せを感じられるからだ。


「ディルク様。お伝えしたいことがございます」

「何だ? もうすぐ入場だぞ?」

「あなたを愛しています。これからも、自分の命の火が消えるその日まで……あなたを愛し、守り続けます」


 ディルクの心臓が一瞬、止まった。

 何故、こんなタイミングでそんなことを言うんだと文句を言いたくても、口からは意味のある言葉が何も出てこない。頬も頭の奥も火がついたようにカッと熱くなる。


「なんっ、な……!?」

「……さあ、参りましょうか」


 目の前にある巨大な扉が開かれると、クレマティスはたおやかに微笑んだ。

 その笑顔は、胸が射抜かれたのだと錯覚するほど眩しかった。 


 ◆


 式典はつつがなく進み、今は招待客が列を成していた。皆、笑顔を浮かべながらディルクとクレマティスに祝辞を述べる。


「結婚おめでとう、ディルク。我が事以上に嬉しいよ」

「ありがとうございます、兄上」


 三番目の兄ヴァリアスも参列していた。義姉は身重だそうでここには来ていない。

 ヴァリアスの、心から祝福していると言わんばかりの晴れやかな笑顔にディルクは内心苦笑いする。尻子玉をセルギウスに抜かれ、自由を奪われた兄の腹はきっと今も煮え激っているはずだ。


「ディルク皇子、おめでとうございます」


 ヴァリアスの後ろに並んでいたのは、彼の尻子玉を抜いた張本人だった。アイリーンから元のセルギウスに名を改め、姿も元に戻した彼は素朴な顔立ちをしたどこにでもいそうな青年だった。

 ディルクはセルギウスの顔に見覚えがあった。ヴァリアスから罵られ、紅茶を頭からぶっかけられていた公国軍の副官だ。

 ヴァリアスに対し、けして少なくない恨みを抱いていたであろうセルギウスは、復讐を果たしたのだ。


「ありがとう、セルギウス。バーミリオンもありがとうな。サークレットに使わせてもらったよ」


 思うことは色々あったが、ここは礼だけを伝えた。彼は前大公の甥で、実家も力のある家だ。敵に回したくない。


「……ああ、バーミリオンを贈るアイデアはライデアのものです。彼女がゴーレムを使って鉱山で発掘したのですよ」

「ご無沙汰しております、ディルク皇子。この度はご結婚、おめでとうございます!」


 ライデアも参列していた。あれから何回か彼女と手紙のやりとりをしたが、セルギウスが魔石鉱山に来たことで飛躍的に労働環境が改善されて、ライデアは定期的に休みを取れるようになったらしい。彼女の顔色はかなり良くなっていた。


「魔石鉱山の管理、上手くいってるみたいだな」

「ええ、セルギウスさんのおかげです!」

「何を言ってるんだ。ライデア、君が頑張っているからだろう」

「そんなことないですよ!」


 セルギウスとライデアは、お互いを讃えあっている。良い雰囲気だ。


 他にもローパー牧場の牧場主など、討伐関係で出会った人達も参列してくれた。

 

 そして、すぐ上の兄ラスも。

 ラスとクレマティスは、長めに言葉を交わしていたのが気になる。今のクレマティスは性的なことにかなり意欲的だ。ラスから変な知恵を与えられていなければいいのだが。


 列の最後尾に並んでいたのは、クレマティスの双子の弟のバルトサール。それに妻のドリカだった。ドリカはゆったりとしたドレスに身を包んでいた。


「結婚おめでとう、兄さん、ディルク様」

「ありがとう、バルトサール、それにドリ姉も。ドリ姉は体調どう?」

「おかげさまで順調ですわ」


 ドリカは妊娠していた。今がちょうど六ヶ月で、安定期に入ったとのことで今日の式に参列していた。列に並ぶのが最後になったのも、長い時間待機列に並ぶのは大変だからだろう。


「楽しみだなぁ。甥っ子かな、姪っ子かな。それとも両方かな」

「うふふっ、ディルク様のためにも元気な子を産みますわ」


 ドリカの腹の子はどうも双子らしい。甥にせよ姪にせよ、ディルクは可愛がるつもりだ。クレマティスの兄弟の子が無事産まれてくれることを祈るばかりだ。


「両方とも男子ならば、いずれ一人は兄さんのところに預けたいとドリカとも話していたのです」

「産まれる前から気が早いなぁ。ま、大きくなって俺達のところに来たいってやつがいたらな」


 バルトサールは早くも腹の子の将来のことを考えているらしい。

 ジェニース家は宰相や公国軍の将軍、大公を出してる名家だ。生まれながらに将来を期待されるのは大変だなと思った。


 


 式典の後は、身内だけで食事会をした。

 ある程度皆の食事や酒がすすんだところで、クレマティスが席から立ち上がった。


「今日の日のために、感謝の手紙を認めたのです」


 結婚式の後の食事会で、両親へ向けた手紙を読み上げるのはよくあることだ。

 ディルクの実親はこの場にはいない。母はすでに亡くなっている。育ててくれた感謝を述べられる両親がいるクレマティスを、羨ましいと感じていたのだが。


 クレマティスが魔法を唱えると、テーブルの上に紙の束……否、紙の山が現れた。

 彼は一番上の紙を取り、端を両手で持ち直した。


「では読み上げます。我が最愛の天使、ディルク様へ」

「おいっ! 相手は俺かよ! てか、それ全部俺宛ての手紙か?」

「はい」


 読み上げるのに膨大な時間がかかるであろう手紙の山に、ディルクは立ち上がると即座に突っ込んだ。


「手紙多すぎっ! ていうか、パパさんとかママさん宛てに感謝の手紙を書けよ。大事に育ててもらったんだろ!?」

「両親よりもディルク様のほうが大切ですので……」

「ば、ばかっ!」


 怒るディルクの向かいには、「まぁまぁ」「いいのよディルクちゃん」と笑うクレマティスの両親がいた。


「……私は無骨者です。最近は式典の準備で忙しかったですし、充分な愛の籠った感謝の言葉を伝えられていなかったかと」

「あんたは毎日毎日俺に好き好き可愛い言ってたじゃねぇか! 充分過ぎるわっ!」

「……続きを読み上げても?」

「駄目に決まってるだろ! 聴かされる皆の身になってみろよ」


 ディルクは椅子にすとんと腰を下ろすと、シャンパンが注がれた細いグラスを手に取った。


「……後で二人きりになったら、ぜんぶ聴いてやるよ」


 そうぶっきらぼうに言い放つと、ディルクはぐっとグラスを傾ける。

 食事会の場に、拍手が巻き起こった。


 その後、ディルクは薔薇の花びらが散った絹のシーツの上で、嫌というほどクレマティスから愛の言葉を伝えられたのは言うまでもない。


<完>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放皇子の愛されバディ生活 野地マルテ @nojimaru_tin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画