第38話 決めなくてはならないことは山ほどある
「ディルク皇子、エレメンタルマスター試験合格おめでとう! 心から祝福する」
「ありがとうございます、大公閣下!」
ディルクは無事、エレメンタルマスター試験に合格した。今日はグレンダン城までクレマティスと共に合格報告に来た。
大公ヒューゴは柔和な笑みを浮かべると、手のひらを打ち鳴らす。
「これで何も憂うことなく、クレマティスと結婚できるな」
「はい!」
「早速だが、式の日程を決めよう。私としては戴冠式とあわせて貰えたらありがたい」
「はっ」
戴冠式と結婚式をあわせて行うことは別に珍しくない。二十代三十代で王位を継ぎ、結婚もするなんてことはこの大陸ではよくあることなのだ。
「ディルク皇子も何か要望があったら言ってくれ。例えば……十代のうちに結婚したいだとか」
「え……っ! べ、別に十九歳で結婚しても二十歳で結婚しても、どちらでもいいですけど……」
「そうか? 年齢の節目を気にする花嫁は多いと聞くが?」
(は、花嫁……っ)
ここでディルクは初めて疑問に思う。自分達は男同士で結婚式をする。衣装はどうなるのだろうかと。もしかして、自分が女役になってドレスを着ることになるのではないか。
衣装だけではない。男同士の結婚式がどういうものなのか、まったく分からなかった。
ディルクはそろりと片手を上げる。
「あのう……、結婚式って衣装はどうなるんですか? 帝国は異性婚しか認められていないので、俺、男同士の結婚式がどんなものか全然知らなくて……」
「ふむ。カップルごとに違うが、ディルク皇子に女装趣味がないのならクレマティスと同じ男の婚礼着でかまわない。同性婚の式に決まった型はないからな」
とりあえず、ドレスを着なくてもいいことにほっとする。同性婚の式に決まった型はないと言われても、逆に困ってしまう。
「戴冠式と結婚式は、とりあえずは半年後に行うことを目標に進めていこう。衣装だけではない。決めなくてはならないことは山ほどある。二人とも、覚悟しておくように」
「はいっ!」
「はっ」
◆
「うひぃ〜! 大変そう!」
「頑張って、良い式にしましょうね」
「そうだな!」
謁見の間を出たディルクとクレマティス。
決めなくてはならない、やらなければならないことは山のようにあったが、クレマティスから「良い式にしよう」と笑顔で言われると、むくむくとやる気が湧いてくる。
「家に帰ったら、ママさんにも式のこと相談しよっと」
「そうですね、母はこういったことにも詳しいですし」
二人は城内にある転移装置を使い、パッとジェニース家に移動する。
帰宅した二人が廊下を歩いていると、前方からちょうどアルラがやってくるのが見えた。
「あら、二人とも帰ってきていたのね。ちょうど良かったわ。今、セルギウスちゃんからお祝いが届いたのよ」
「セルギウスって、……アイリーンから?」
アイリーンは元の名であるセルギウスをまた名乗るようになり、今はブルクハルト王国にある魔石鉱山で客員のエレメンタルマスターとして働いているらしい。
(……お祝いって、情報早すぎないか?)
エレメンタルマスター試験の合格のお祝いにせよ、結婚のお祝いにせよ、送られてくるのがいくらなんでも早すぎるような気がしたが、深く突っ込まないことにした。
セルギウスは、三番目の兄の尻子玉を抜いたり、人と身体を入れ替えたりするやつなのだ。何でもありなのだろう。
アルラに連れられて食堂に行くと、テーブルの上に人の頭ほどの大きさがある四角くて白い箱があった。箱にはご丁寧にも艶やかな赤いリボンが掛けられている。
「これがお祝い? なんか開けるの怖いな……」
「大丈夫。変な魔力は感じないわ」
ディルクは恐る恐る赤いリボンを解き、箱の上蓋を持ち上げる。中には、目が覚めるような朱色をしたものが。
「うわっ、何だこりゃ」
白い箱ちょうどに収まるほどの巨大な石があった。
研磨はされておらず、岩肌のようにごつごつしているが、よく見ると石の中で炎のようなものが揺らいでいる。これには見覚えがあった。ブルクハルト王国の魔石鉱山で見た、
「魔力の揺らぎが見える……これは魔石ですね。しかも魔力保有量がもっとも多いとされるバーミリオンです」
朱色の魔石バーミリオンは、よく出回っている寒色の魔石の約百倍の魔力を保有している。市場価値は非常に高く、小指の先大のものでも、ディルクの魔物討伐報酬一回分ぐらいの値段がする。この大きさならば……と考えたが、想像すらできない。
「こんなデカいバーミリオン……いったいいくらするんだろうな……」
「ちょうど良かったわね、これで結婚式に使う
アルラの言う通り、グレンダン城の至るところに黄が少し混じったような赤い色の旗が掲げられている。
クレマティスは新たな大公となる。公国のイメージに合うような貴金属は必要だろう。
バーミリオンを使ったサークレットや腕輪、指輪を身につけるクレマティスを想像する。
(悪くないな……)
ディルクがニヤついていると、アルラがとんでもないことを言い出した。
「バーミリオンを使うなら、モチーフはハート型にしたらどう?」
「は、ハート……!?」
ハートには良いイメージがない。クレマティスの姿をした像幻視を倒した光景が蘇り、ぞっとした。
「あら、嫌だった? お兄ちゃんの姿をした像幻視も投げキッスのハートで倒したんでしょ?」
「投げキッス……?」
「わー!! ママさんっ!」
ディルクは慌ててアルラを止めようとするも、遅かった。
「……どういうことか説明していただけますか? ディルク様」
クレマティスはにっこり微笑む。ディルクは彼に話していなかったのだ。
どうやって像幻視を倒したのかを。
◆
「魔力を込めた投げキッス……?」
「そっ。ママさんから習ったんだけど凄い威力でさ。像幻視の胸に穴が空いてビビったよ」
観念したディルクは誤魔化すことなく、すべてを話した。
「なるほど……。ではディルク様、私にも投げキッスをやってもらえますか?」
「……なぁ、人の話聞いてた? 胸に穴が空くほどの威力なんだぞ。できるわけねーだろ」
「魔力を込めなければいいのでは?」
クレマティスはさらりと言うが、投げキッスは恥ずかしい。自分はそういうキャラではないのだ。
「ええ〜無理だよそんなの」
「……像幻視ばかり可愛いディルク様を見てずるいです」
クレマティスは眉を吊りあげる。こういう時の彼は頑固なのだ。きっと投げキッスを見るまでテコでも動かない。
「……一回だけだぞ?」
観念したディルクはじと目でクレマティスを見据えると、右手を構える。唇を尖らせ、ちゅっと音を立ててクレマティスに向かってキスを投げた。
像幻視を倒した時のように桃色のハートは出ない。
だが、クレマティスはいきなり胸をおさえた。
「うぐぅ……っ」
彼は呻き声を洩らすと、苦悶に満ちた表情を浮かべてその場にしゃがみ込んだ。
「将軍!? どうした?」
投げキッスに魔力は込めていないはずなのにと、慌ててクレマティスに駆け寄る。
座り込む彼の顔を覗き込む。胸をおさえているのに、頬は何故か赤らんでいた。
「……デ、ディルク様があまりにも可愛すぎて、胸が痛くなりました」
額に汗を浮かべ、はあはあと息を荒く吐き出すクレマティスにディルクは眉根を寄せると、きっぱり言い放った。
「……もう二度とやんないから」
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