推理合戦、トイレにて

阿僧祇

推理合戦、トイレにて

 トイレから出てきた男は、おもむろに髪を手で整えた。




 ……ナルシストね。


 いつも髪を整えているのかしら。あなたは髪以外のところを気にする必要があると思うわよ。まず、制服からはみ出しているパーカーのフードと裾をしまいなさい。あなたみたいなデブ豚は、ちゃんとした服装をしてようやく人間として見られるの。


 普通の男子がやっているだけでダサいのに、あなたみたいなキモ男は、もっとダサい。さらに、ネトネトしていそうな鼻に、かさついた分厚い唇、目はまぶたについた肉に押しつぶされている。まず、顔を洗って、リップクリームを塗って、痩せなさい。


 ブス豚が!




 ……とあそこに歩いている高飛車な女子生徒は思っているだろうが、僕の考えは違う。


 これは男子生徒にしか分からない巧妙なトリックが隠されている。


 髪型を気にするのに、他の見た目は気にしない。女子生徒には、髪型だけを整えるナルシストに見えるかもしれない。


 しかし、本当は、髪型も気にしてはいないのだよ。


 女子生徒は、男子生徒がいつも持っていないものを持っている。


 そう、ハンカチだよ。


 普通の女子生徒は用を足した後、手を洗い、ポケットにいつも入れているハンカチで手を拭くだろう。しかし、普通の男子生徒はポケットにハンカチなど入れていない。ハンカチなどというものは、小学校の持ち物検査があるから持っていっただけだ。男子高校生にとってハンカチは、ランドセルくらい懐かしいものである。


 では、ハンカチのない男子生徒はどうするか。まず、ハンカチもないのにポケットに手を入れる。そして、手をポケットの中でスクリュー回転して、ある程度の水を拭き取る。それでも少し水滴が残ることがある。なので、最後の仕上げとして、髪を整えるふりをし、手を乾かせるのだ。つまり、彼は、ナルシストではない。


 ただの豚だ!




 ……とあそこのレベル1の男子生徒は思っているだろうが、レベルをカンストさせた男子生徒である俺の考えは違う。


 もし、濡れた手を拭くために髪型を整えたと考えているなら、お前の目は、節穴だ。


 目を入れて出直せ!


 髪型セットは、フェイク。よくあの男の手を見てみると、髪型を整える前から、手は乾いていて、水滴など付いていない。トイレをして出てきたはずなのに、なぜこんなことが起こりうるのか。もうお分かりだね。


 トイレをしたけれども、手を洗わなかったのだ。


 レベル1の男子高校生には、まだトイレの後に手を洗うという固定観念があるかもしれないが、レベルが上がると、そんなものは消えてなくなる。確かに、俺にも遥か昔の懐かしい記憶ではあるが、トイレの後に手を洗うことはあった。だが、手洗いがだんだん適当になっていく。


 石鹸をつけなくなり、手のひらを濡らすだけになり、指だけ濡らすようになる。最終的にハエのように、人差し指と中指を合わして、爪だけ濡らすようになった時、なんでこんなことしてまで、手を洗う必要はない! と決めつけ、手洗いを止めるのだ。


 しかし、他の男子生徒には、手を洗っていないことをバレたくない。なので、低レベル男子生徒を騙すために髪を整えるふりをするのだ。つまり、あの男は……


 汚ねえ豚だ!




 ……とあの薄汚い陰キャ男子生徒は思っているだろうが、この事件の張本人として知っているこの事件の真相とは違う。手を洗ったふりをするために、髪型を整えたと思われているようだ。


 確かに、自分は、トイレの後、手を洗わない!


 しかし、自分は、髪型を整えて、誤魔化すような女々しいことはしない。どちらが出たとしても、堂々と乾いた手で、トイレから出てくる。だが、今回は、髪型セットと言うフェイクを入れた。


 なぜか?


 それは、もっと大きな秘密を隠すためだ。


 自分は制服からはみ出したフードの中から空の弁当箱を取り出した。


 そう、もうお分かりだね。


 自分は便所飯をしていたのだ。それを悟られないために、おとりとして乾いた手で髪を整えたのだ。自分の価値観として、便所飯を悟られるよりトイレの後に手を洗っていないことを悟られることの方がダメージが少ないのだ。


 つまり、自分はブスで、汚ねえ、ぼっちの豚だ!


 自分は人間としてすべてが終わったゴミクズだ!!!!


 自分は心の中で自信満々に自信を定義した。




 ……とあなたは思っているかもしれないけど、それは間違っているわよ。


 確かに、あなたはブスで、汚ねえ豚で、人間としてすべてが終わったゴミクズかもしれない。


 けれど、あなたが食べた弁当は誰が作っているの?


 私でしょ。


 あなたは1人じゃないわ。少なくとも私がいる。そして、あなたがブスで、汚ねえ豚で、人間としてすべてが終わったゴミクズだとしても私はあなたを愛しているわ。


 いつだって、あなたには帰る場所があるの。愛される場所があるの。




 だから、私よりも長く生きてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推理合戦、トイレにて 阿僧祇 @asougi-nayuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画