1話③


「あ、っぶなかった・・・・・・・」


 湖の端でレイはプカプカと浮かんでいた。全身が軋み、特に右足がとんでもなく痛い。全力の身体強化をかけて走り幅跳びをしたのだから当然といえば当然だが、しばらくは走れそうにない。湖は人工的に作られたもので魔物の類はいないという話だったが、水に浸かったままでは他の受験生から狙われ放題になってしまう。


 「はぁー、はぁー、はぁーっ・・・・・・・」


足はなるべく動かさず、腕だけで水を掻き、何とか岸にたどり着く。体内の魔力をかき集め、靴下の上から右足を氷魔法で冷やす。足の形をそのままかたどるように氷を生成し、即席の氷の靴を作る。


「つめってぇー・・・・・・」


 冷気による痛みが辛いが、多少なりともこれで動けるようになるだろう。とはいえ試験終了まで氷の靴は保たないのは明らかだ。なんとかして試験官に評価されるような戦果を上げなければならない。

 

「ああくそ、ビチョビチョになってる」


 ポケットを探り、4つ折りにされた布を広げる。布には演習場の地図が記されており、先ほどいた森林地帯は右上、今いる湖水地帯は左上に位置する。そして、


 「あ、また減った」


 右下に記された、71という数字が70に変わった。地図の文字は筆記者の魔力を込めることで、書いた文字を更新できる特殊なインクで書いてある。とんでもなく高価なうえに規制が厳しく、一般市場には流通していないらしい。30は残りの受験者を記しており、この短時間で30人以上減っている。森林地帯にいた受験者のほとんどは、あの炎の魔法使いによって蹂躙されてしまったのだろう。


 「近くに受験生の気配とか魔法が撃たれてるような感じはしないし、ここら辺はもういないのか・・・・・・・・ん?」

 

 魔力の波動を感じ、ふと湖の方を見ると波紋が広がっている。レイが浮かんでいた場所のさらに奥、湖の中心の方に視線を辿っていくと。


 「あ・・・・・・・・・」

 「あっ」


 変態がいた。きらめく水色の髪に同色な瞳。小柄な例よりさらに小さそうな体には控えめな丘が二つ。美しいことに違いはないが、試験真っただ中に全裸で水浴びをしているのは、擁護できないほど変態だろう。


 「この・・・・・・・・・・変態ッ!!」

 「それは俺のセリフだばばばばばばばばば!?」


 反論する余地もなく、突如現れた巨大な水流に、レイは飲み込まれ押し流される。


 「ごぼっ、ごぼっ、なにすんだてめえ!?」

 「うるさいわね!!乙女の裸を見た罰よ!死をもって償いなさい!!」


 裸の少女の手には、みるみるうちに魔力が集まり、周囲の水が渦を巻き始めている。少女の魔力に湖の水というリソースを上乗せした水魔法が発動されれば、たちまちに湖水地帯の受験生は全滅するだろう。


 「ちょっと待て待て待て待て!!そんなことしたら死んじまうよ俺が!」

 「知ったことじゃないわ!」

 「知れよ!お前は俺みたいな虫けらごときに全力を出したせいで、つまらん結果で試験に落ちることになるんだぞ!!」

 「・・・・・・確かにそれはあるわね」


 先ほどの少年よりかは話が通じるらしい。もしかしたら、この少女を利用できれば合格基準を満たすような成績を挙げられるかもしれない。


 「大体、なんでこんな状況で水浴びなんかしてんだよ」

「え?だってそこに水があるからよ。当たり前じゃない」

「当たり前じゃない」


 ただの馬鹿なのかもしれない。


 「今なにかすごい馬鹿にされたような気がするのだけど」

 「いやいやそそんなわけがないだろ」


 危ないあぶない。心の声が漏れてしまったのかと思った。


 「まあいいや。とりあえず服を着てくれ。話はそれからだろ」

 「なぜあなたが主導権を握っている空気を出しているのかわからないけど。まあいいわ」


 レイが目をつぶっている間に攻撃されたら確実に終わりだが、真正面から戦ったところで勝てそうにないので、そこは祈るしかない。


 「終わったわよ」

 「よし、そんじゃあ話をしようか」

 

 眩しいショートパンツとタイツを眺めていたい気持ちもあるが、が増して話を始める。


 「まず確認したいんだけど。あんたは誰かと」

 「あんたじゃないわ。エディーナよ」

 「エディーナ」

 「エディーナ『様』ね」

 「エディーナサマ、は試験が始まってから他の受験生と戦って勝利してるか?」

 「いいえ?私は試験が始まった直後から水浴びをしてたわ。あなたが来るまではね。それが何か?」


 この情報はレイにとって僥倖だった。既にエディーナが他の受験生と戦って勝利を収めていたとしたら、レイと協力関係を結ぶ理由が無くなってしまう。


 「この試験、俺と手を組まないか?」

 「え、嫌よ。あなたみたいなボロボロで汚そうな男。隣に立つだけで私の輝きが薄れてしまうもの」

 「・・・・・そこまで言うか」


 正直この返答は予想出来ていた。格下の、しかも消耗している相手と協力する意味はあまりない。つまりは戦闘面以外で自分と組むメリットを提示しなければならない。なりふりは構っていられないのだ。


 「いやーでも、エディーナサマのかっこいい姿見てみたいなぁ?」

 「何を急に気持ち悪いこと言っているの?」

 「だってさぁ」


 少し引いた様子のエディーナに対してレイは詰め寄る。


 「傷ついた部下を庇いながら敵をなぎ倒していく姿を見たら、みんな感動してエディーナサマを尊敬してくれると思うんだけど」

 「な”っ」


はっ、とした表情のエディーナを見て、レイの口がニヤリと歪む。


 「それに不利な状況を打開したとなれば試験官からの評価もうなぎ上り!主席だって夢じゃないでしょう!!」

 「た、確かに」


 キラキラと目をかがやかせるエディーナを見て、レイは心の中で、ほっとため息をつく。


(単純なタイプでよかったぁ~~~~~!!)


 「そうね、そうだわ!!これは私の威厳を見せ解ける最っ高のチャンスじゃない!!そうと決まったら行くわよ!!」

 「はいっ!」

 「下僕!」

 「はい(下僕じゃねええええええええええええええ)!」


 駄目だ、ここは我慢せねば。飛び出しそうになる言葉を唾と飲み込み、レイはエディーナの後ろをついて行くこととなった。この時のもてはやしが今後に少なからず響くことになるのを、レイはまだ知らない。






「さて、さっそくだけどあなたの作戦を聞かせてもらおうかしら」

「エディーナサマの思いついた作戦じゃなくていいのか?」

「ええ、まずはあなたの力を見せてもらおうじゃない。何か作戦があるから私に協力を乞うたのでしょう」


 バカのわりに察しがいいな。


 「まずは他の受験生を見つけなきゃいけないわけだが、森林地帯はさっきの火の波で焼け野原になってしまった。逃げたやつは別の地帯に行ってるだろうし、逃げられなかった奴はまず脱落してるとみて間違いないだろう」

 「ドレクト=ラーヴァンスね。『太陽の魔女』の弟子の」

 「それ本人に言ったらブチギレられたぞ」

 「でしょうね」


 察し顔のレディーナに、話を続ける。


 「そしてレディーナは湖水地帯にずっといたにも関わらず、他の受験生に遭遇していない。つまり俺以外に森林地帯から湖水地帯に逃げてきた奴もいない」


 湖水地帯は大部分が巨大な湖ということもあり、戦える場所も多くない。そもそもこのフィールドで水魔法使いのエキスパート以外は、目の前の少女に蹂躙されるのは火を見るより明らかだろう。山岳地帯か荒野地帯、自分の有利なフィールドへ移動していると予測できる。


 「さらに森林地帯と荒野地帯は対角線上にあるから直接行き来するのに時間がかかる。よって森林地帯にいたやつらは必然、山岳地帯に逃げたってことだ」

 「なるほどね、つまり私たちが向かうのは」

 「ああ。敵と遭遇しやすい、山岳地帯へ向かう」


 エディーナは相当な水魔法の使い手で、貪欲に上の成績を狙う。焚きつければ大半の敵を引き受けてくれるだろうから、気を取られた奴らを不意打ちで上手く倒すことができる可能性がある。用は手柄の横取りだが、合格するためにはなりふり構ってはいられないだろう。


 「じゃあさっさと山岳地帯へ行きましょう。首席になるのは、この私よ!」

 「そうですね!・・・・・・・・・・・ちょっと待て」

 「なによ、水を差さないでもらえない?」

 「おかしい・・・・・・・・・・・・・」


 レイが地図を見て訝しんでいるのが気になったのか、エディーナがのぞき込んでくる。


 「なにがおかしいって・・・・・あ」

 「残りの受験生の数が、どんどん減っていってる」


 地図の右下に記された残りの受験者数。さっきまで70近くだったはずの数字が59、58、59・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。瞬きする間にドンドンとその数を減らしている。


 「どうなってんだ、これは・・・・・・・・・・・っ!」


 ゴオォォンッ!!

 爆発音に近い音とともにすさまじい土煙が、荒野地帯の方から上がっている。


 「予定変更よ、下僕」

 「はぁ?何言って」

 「どうやら荒野地帯の方に相当強い魔導士がいると見たわ」

 「・・・・・・まさか」

 

 嫌な予感が背中を貫く。


 「その魔導士をタイマンで倒したら、私がすっごい魔導士ってことにならないかしら!!」


 やっぱり馬鹿だった。どう考えたって強さが100の敵を1人倒すより、70の敵を10人倒した方が評価が高いに決まっているのに。何より俺が倒せる敵が減ってしまうだろう。レイにとって荒野地帯に行くのはデメリットの方が大きい。


 「・・・・・・・・分かったよ。どうせ俺じゃ止められないしな」

 「その言葉を待ってたわ!」


 だが、目の前の少女は一度決めたことを他人に捻じ曲げられることを嫌うだろう。そうなってしまえば、レイとの協力関係が破綻してしまう可能性が非常に高い。そしてレイ単体では確実にまともな戦果を挙げられない。


 「だけど、俺は速く走れないからな。そこらへん考えてくれよ」

 「分かってるわ!さあ、さっさと行くわよ!」


 明らかに分かってないレディーナの後ろを、痛む右足をさすりながらレイは後をついて行った。

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剣と魔法のabc 素足 @eoshi1203

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