1話②


 「お、おおおお!?」


 魔方陣が消え、レイの前に現れたのは、四方八方を木々に囲まれた景色だった。どうやら演習場の中でも森林地帯に飛ばされたらしい。事前に受けていた説明によると、森林地帯は演習場の北東を占めている。他には山岳地帯や荒野地帯、湖水地帯などがあるらしいが、身を隠す場所が多い森林地帯に転送されたのは悪くないだろう。               

なにせレイは、ヘリアや他の優秀な受験生のような大規模な範囲魔法は使えない。囲まれてしまえばたちまちに脱落してしまうだろうからだ。そして相当な隠密魔法の使い手でなければ、森の中で一切の音を立てずに移動することは困難。敵の位置を把握しやすいのはかなり生存率が上がる。


 「さて、とまずは敵を見つけるところから始めないといけないわけなんだが・・・・」

「見つけたぞ!」

「やっべ見つかったか!?」


 複数の足音や地面の振動を察知し、腰をかがめる。自分に向かってくるようならば、迎撃するなり逃げるなり判断して即対処しなければならない。が、


「俺の方じゃないな・・・・・よかった」


 しばらくたっても自分の方に足音は近づいてこないので、声が聞こえてきた方へ、慎重に歩みを進める。


 「ん、あれは・・・・・・」


 しばらく進むと森の中でも木々が少ない開けた場所がある。不自然に草木が生えていないので、おそらくは試験官が森林地帯のあちこちにこのような「戦闘にならざるを得ない場所」を作ってあるのだろう。

 空き地の中心では受験生が一人、それを複数人が囲うようにして、戦闘態勢をとっている。戦場では戦果ではなく、勝つことや生き残ることが重要視されるのは言うまでもない。強大な敵を倒すために、複数人で挑むのは城跡であるといえるだろう。


 「見つけたぞ、『太陽の魔女』の弟子!お前を狩れば大金星、合格に一気に近づける!」

 「ババアの名前出すんじゃねえ、関係ねえだろうが。しかし、まあ」


燃える赤髪の少年は自分を囲む受験生たちを睨みつけ、口の端を吊り上げる。


「一人で挑まず『大金星』なんて言葉を使っているあたり、勝てないといってるようなもんだな」

「な、なんだと!?」

「さっさとかかってきやがれ、まとめて相手してやるよ」

「くそっなめやがって、おい行くぞ!!」


 少年を四方八方から魔法が放たれる。ほとんどが巨大な球を象った水魔法や冷気をほとばしらせた氷魔法などである。おそらくは少年が得意とする炎の魔法への対抗策だろう。


 (これだけの魔法、いくらお前といえども防げまい!くたばれ!)


 周りの協力者の魔法に隠れ、生成した氷の刃によって背後から斬りかかる。不意を突かれた少年は背中に深い斬り傷を受け倒れてしまう。


 「ぐわああああああああああ!?」

 「あぎゃあああああああああ!?」

 「死ぬ、死ぬ、死ぬうううう!!」


 次の瞬間。レイが見たのは、紅蓮の閃光。いや、視界に収まりきらないほど巨大な炎の柱がレイが錯覚で見た光景もろとも燃やし、あたり一帯を焦土に変えていた。


 「おっと、少しやり過ぎちまったか。すまんすまん」


 少し遠くの茂みから見ていたレイはともかく、少年の魔法をまともに食らった受験生たちは衣服が黒く焼けこげ、全身に酷いやけどを負っている。最も近くにいた受験生に至っては悲鳴を上げることもなく少年の足元に転がっている。


 「お、おい。いくら何でもやり過ぎだぞ!」

 「まだ隠れてやがったか。次はお前がやるか?」

 「いやそんな暇じゃないだろ、そいつらを早く避難所に!死んだらお前も不合格になっちまうんだぞ!」

 「ああ、大丈夫だいじょうぶ」


 少年が場違いにのんきな声とともに足元の受験生を蹴っ飛ばす。すさまじい速度で飛んでくる受験生を、レイが体で受け止める。


 「っ、なにしやがる。本当に死ぬぞ!」

 「お前こそ何言ってんだ。そいつをよく見てみろ」

 「なにを・・・・・は?」


 受け止めた受験生を見てみると、肌は火傷の跡があるものの、先ほどの黒焦げの状態がまるで嘘だったかのように、傷が治っていた。このような芸当は、生半可な回復魔法では実現しえないだろう。


 「ほら、これでいいだろ」


 そう言うと少年は受験生の一人の胸ぐらをつかみ、無理やり立ち上がらせる。


 「さっさとそいつらを連れて消えろ。誰か死んで俺が失格させられたら、全員ぶち殺す」

 「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃああああああああああああ!?」


 悲鳴を上げながら、受験生たちは互いの肩を支え合い、走り去っていった。





 「おし、これでいいな」


 イカれている。高火力の炎魔法、それを上回る技量の回復魔法。それらがあるとはいえ、人を傷つけることに一切の躊躇が存在しない精神性。これが


 「『太陽の魔女』の弟子・・・・・・」


 太陽の魔女は七大魔法使いの一角をなし、その中でも屈指の火力と驚異的な継戦能力を有し、戦場を蹂躙したとされる生きた天災。その弟子ともなれば、このような芸当ができるのも納得できる。


 「だから、ババアの名を俺の前で出すんじゃねえよ。さっきの奴みたいにしてやろうか」

 「それは困る、痛そうだし」


 あまり仲が良くないのだろう。または修練が常軌を逸している。七大魔法使いともなれば、一般人では想像できないような厳しい修行もするということだろう。 


「じゃあ構えろよ。頑張らないと、死ぬぜ」


 チリチリと少年の周りの魔力が空気を燃やし、周囲の気温を上げていく。一撃でも食らえば先ほどの受験生と同じ末路を辿ることになるだろう。


「これは・・・・・・・・・・・・逃げるが吉だ!!」


 レイがとったのは、逃亡。戦う意思を1ミリたりとも遺すことなく、全力でその場から離脱を図る。


 「逃げられると思うなよ、『炎角』!!」

 

 ゴウ!! 

 魔力を後ろから感じ振り向くと、炎の槍が体のすぐ左の空間を貫く。身をよじらなければ脇腹を貫かれていたに違いない。


 「あっぶねえな、殺す気か!?」

 「だったら戦え!後ろから脳天ぶっ刺されたくなかったらなあ!?」

 「どっちにしろ死ぬじゃねえかチクショウ!!」


 少年の背後には先ほどの槍がいくつも生成されている。隠れる場所がない開けた場所にいるうちは、いつかは命中してしまう。かくなる上は。


 「こっちだ!」


 逃げる方向を90度変え、近くの茂みに飛び込む。同時に全身の筋肉を総動員し木々の間を走り抜ける。

 

「チッ、逃げるんじゃねえ!!」


 背後から炎の槍が何本も射出されてくるが、木々に視界を遮られて狙いは定まっていないようだ。ほとんどの炎魔法はレイとは少し離れたところを通り抜けていく。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 そしてレイは全身に魔力を巡らせ、その速度は猛獣に勝るとも劣らない。木にあたらないよう注意しながら、全身全霊を逃走にかける。


 (よし、あと少しで森を抜けられる!湖水地帯まで逃げられれば、あいつは追いつけない。・・・・・・!?)


 不自然に炎の槍が止み、背後に意識を向けるとほのかに光と熱を感じる。全速力を維持しながらも後ろを向くと、


 「はあああああああああああああああああああ!?」


 木々が、炎の波に飲み込まれている、一部ではなく、森が丸ごと。現在進行形で炎の波はレイの背後を削り取ってくる。


 「死に晒せえええェェェ!!」


 とでも聞こえてきそうな殺意の高さ。超高熱の波に飲み込まれれば魔力を防御に割けないレイの体は跡形もなく焼き尽くされてしまうだろう。だからと言って身体強化を防御魔法に切りかえるような時間はない。


 「だああああああああああああああああああああ!!!」


 よってレイがとった選択肢は、逃走速度の更なる強化。肉体の損耗を度外視した全力で脚力を強化したことにより、両足に激痛が走り続ける。その痛みを踏み殺し、レイは全速力で森の中を駆け抜ける。噴き出した汗が全身を濡らし、疲労感が全身を襲うが、構わず走り続ける。目の前に現れる木々を縫うようにして一本、二本三本と避けて・・・・・・・・。


 視界が開ける。森を抜けたレイの視界に飛び込んできたのは、端から端まで見渡しきれないほどの湖だった。休日に来たならここで穏やかに散歩や昼寝でも興じようというところだが、今は死との駆けっこ真っただ中。周囲の景色に目もくれずレイはさらに脚力を強化する。


 「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 全力の跳躍。自身を砲弾と化し、レイは湖めがけて飛び込む。寸前まで迫っていた炎の波を引きちぎり・・・・・・・。


ドゴォォン!!


 人間が着水したとは思えない轟音とともに、巨大な水しぶきが上がる。その直後、森林地帯側の湖水地帯の大地が、炎に呑まれたのだった。



 「・・・・・・・・・チッ」


 森林地帯の中心で、少年は舌打ちを鳴らす。全力で魔法を行使したのにもかかわらず、獲物を逃がしてしまったからだ。逃走に全力をかけていたとはいえ、少年の魔法に捉えられなかったのは同世代では初めてだった。


『999番、ドレクト=ラーヴァンス。試験を終了してください』

「あ?俺は誰も殺してねえぞ。一応」


 念魔法による言葉が直接脳に流れ込んでくる。


『現時点であなたの実力は充分に入学の資格があると判断いたしました。これ以上あなたの犠牲者が出ると、医療班が追い付かなくなりますので。あなたの試験はここで終了になります。お疲れ様でした』

「ヘリアの野郎は全員倒すまでやったらしいが」

『ヘリア=アンディールはあなたほど傷つけずに、他の受験生の意識を奪っていきましたから』

「チッ、そうかよ・・・・・・・一つ教えろ、さっきの奴の名前はなんだ」

『967番、レイ=ウルニーゼですね』

「ウルニーゼ・・・・・・?どっかで聞いたことがあるが、まあいいか」


 念魔法が切れるのを確認し、ドレクトは演習場を後にするのだった。

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