1話①
ワースド魔法学院。ワースド王国郊外に、それは座していた。一国の城にも劣らない大きさの荘厳な校舎を正面に、様々な施設が広大な土地に配置されている。戦闘に特化した魔導士を育成するだけの機関ではなく、魔法に関係するあらゆる業界について学ぶことができる、魔法使いによる魔法使いの卵のための学び舎である。毎年100人程度の定員に対して1000を超える受験生が魔導の道を志し、狭き門の突破を目指すという。
「ぐわああああああああああああ!!」
「どわああああああああああああ!!」
「あばばばばばばばばばばばばばばば」
そんな学院の奥、魔法演習場からは悲鳴が学院の外まで響き渡っていた。演習場では色とりどりの魔法が飛び交っており、濛々と土煙が上がっている。
今は学院への入学試験の最中。筆記試験と魔道具作成試験を終え、受験生同士による実技試験が行われている。
実技試験のルールはいたって単純。100人の受験生が試験官が作成した戦場の中で戦闘を行い、制限時間まで生き残っていた(意識を失わなかった)受験生が次の試験に進む、というものである。他の受験生を殺したり再起不能の重傷を負わせてはならない、という縛りはあるものの使用する魔法の制限はほぼない、極めて実戦に近い形の試験である。
『223番失格、ここまで生き残った者は第2次試験へ進むように』
最初に試験を始めた場所から徐々に魔導拡声器のアナウンスが聞こえ始める。
「今年の受験生は、なかなかにレベルが高いですね」
「そうかあ?俺たちが受けた頃の方が粒は揃っていたような気がするが」
「そんなことはないでしょう。確かに粒の数は多かったかもしれませんが」
ドゴオオオオオォォォン!!試験官たちの雑談を遮るかのように、魔法による爆発音が演習場を支配する。
「粒一つ一つの大きさは、どうでしょうか」
「な、なんだぁ!?」
驚いた試験官が見た中央の演習場は、形が大きく歪んでいる。平面だったはずの演習場はうねりを形成し、そこかしこに地面から巨大な棘が突出している。その中央には一人の少女がたたずんでいた。その足元には気を失った受験生が累々と転がっている。
「彼女は王国七大魔導士の一人『大地の魔女』に弟子入りを許された唯一の弟子といわれている、ヘリア=アンディールですね。地属性の魔法はもちろんの事、その他の魔法においても大きな適性があるらしいですよ」
魔法に対する適性は、ほとんどの場合特定の魔法に偏っている。もちろん修練によってある程度のレベルまで鍛えることもできるが、多くの属性の魔法を高いレベルで操ることができるのは、ごく一部の限られた魔法使いだけである。
「うわぁ、こりゃ担当する教師が気の毒だな。俺ならほとんど教えられることなんてないですよ」
「あなたは今年から入った新任の教師でしょう。あのような生徒には経験豊富な教師しか配属されないから安心しなさい」
「それはそれでへこみますけどね・・・・・・・・・・・・」
倒れた生徒たちが医療魔導士たちによって運ばれていくのを見ながら、試験官の教師たちは評価を付けていく。自分以外の受験生を全て打倒するという、圧倒的な強さを見せつけたヘリアは言うまでもなく最上位の評価を受けていた。
『中央演習場、整備を完了したため、次の試験を開始してください』
「お、アナウンスが聞こえましたね。次の受験生たちを誘導してきてください」
「は、はい分かりました。いってきます」
控室の扉が開く。
「お待たせしました。900番から最後までの受験生は、それぞれに振り分けられた転移魔方陣の中に入ってください。1分後に演習場に転送されます」
ざわざわとした控室が一段と騒がしくなる。実戦試験は入試の中でも比重が大きい。ここで自分の実力や将来性をアピールできれば合格に大きく近づくのだ、緊張するのも当然というものである。
「うわわわわわ・・・・・・」
受験生の一人、アイギスも控室の隅でカタカタと震えていた。もともと重度のアガり症で、ただでさえ人に見られるのは苦手なのだ。しかも今回は人生を左右しうる大事な入学試験。筆記試験はどうにかなった気がするが、実技試験は多くの試験官の目がある。そのうえ他の学生たちは血眼になって殴りかかってくるだろう。
(父様、母様。僕はもうだめかもしれません、今までお世話になりました・・・・・・)
試験に落ちた時や将来への不安を想像して、体の震えが一段と大きくなる。心臓の鼓動が大きくなり、視界が暗くなる。周りの音も段々と聞こえなくなっていき、意識が現実に耐え切れず勝手にスイッチを切ろうとした、その時。
「おい、お前大丈夫か。顔が真っ青だぞ」
「ひいいいいいい!?」
「うおぁっ!?」
唐突に肩に手を置かれ、アイギスは飛び上がる。同時に沈みかけていた現実に強制的に引き上げられる。
「す、すみません」
「お、おう。なんかごめんなビックリさせちまったみたいで」
声の主は自分と同じくらい、というか自分より少し背の低い少年だった。黒い髪に紅葉色の瞳が特徴的な少年だ。小柄で細身だが、不思議なことに、か弱さや脆さは感じられない。そして、
「・・・・・・・なんで、そんなに服がボロボロなんですか」
「ああこれはまあ、あれだよ。朝までちょっとな」
「?」
「くそ、あのクソ師匠め」などとよく分からない独り言を言う少年を目の前に、アイギスは首をかしげる。左手には奇妙な意匠の腕輪をしていた。
「そんなことはいいんだ。お前、顔色悪かったし、なんかうずくまってたけど、体調悪いのか?」
「いや、そういうことじゃないんですけど。昔からこういう大事な場面に弱くって。自分に自信がないんですよ・・・・おかしいですよね、こんな奴が魔法学院に入ろうだなんて」
ああ、悪い癖が出てしまった。自分に自信がないあまり周りの人間に気を遣わせてしまう。慰めの言葉を求めてしまう。
「ああ、そうだなおかしいな」
「そうでしょう・・・・・・え?」
そんなことない。予想し心のどこかで期待していたものと真逆の言葉に、アイギスの言葉が止まる。
「一時的にとはいえ競争相手である俺にわざわざ弱みを見せるのはおかしいだろ。明らかに油断させようとしている。そうはいかない」
「いや、そういうわけじゃ」
「証拠にさっきまでの顔色がすっかり元に戻ってるし声の震えもない。フッ、演技はまだまだのようだな、俺は騙されない!」
「だからそんなんじゃないんですって!!僕は自分に自信がないんです!!」
「嘘つけえ!!」
目の前の少年との言い合いを周りの受験生たちが不思議そうに見ているが、アイギスが気付くことはなかった。
「はあ、はあ・・・・・・・・・・・こんな聞き分けの悪い人は初めてですよ」
「お前こそ、最初の印象とは大違いだ。すげえ強情な奴なんだな」
「え?そんなことは」
アイギスは自分の体調に気づき驚く。体の震えは止まり、ほのかに熱い。視界はクリアで開けている。不安を完全に拭えてはいないが、それでも精神はかなり安定している。
「まさか僕の事を気遣って」
「なわけあるか。そんなところまで考えられるなら『そんなことないだろ』って初めから言うだろ」
「確かにそうですね」
「・・・・・・・・・・・・」
目の前の少年が何か言いたげだが、転移魔方陣の作動まで時間がない。急がなければ。アイギスは歩き出す。
「あ、おい。お前、名前は」
「・・・アイギスです」
「俺はレイだ。合格できたらまた会おうな」
「そういうのをフラグっていうんですよ」
「・・・・・・・・・そうなのか?よくわからんけど。まあいいや、とにかくまた会おうな」
そういうと返事を待たずレイと名乗った少年は別の転移魔方陣に向かって去っていった。調子が狂う、不思議な少年だった。
「あ、僕も早く行かないと」
準備を手早に整え、アイギスは自分が配分された転送魔方陣の中に入る、その直後。魔方陣が発動し視界が白く染まる。
入学をかけた、実技試験が始まる。
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