第3話 ヒーローになりたい
平成7年1月のとある日の朝
東京都板橋区の環状七号線沿い、板橋中央陸橋付近にあるアパートから聞こえたいつもと違う自動車の走行音。
早朝7時くらいだったか、珍しく早起きした学生は、アパートを出てその音がする環状七号線へと歩きだす。環状七号線までは数十メートル。そこには、普段見慣れない、カーキ色の車列が整然と走っていた。
1月17日に発生した「阪神淡路大震災」の災害復旧にむかう自衛隊の車両。ジープやトラック、バイクも走っている。車両の中には一部「災害復旧」と記された布がひらひらとしていた。多分、陸上自衛隊の朝霞駐屯地から阪神方面へ向かう車列のよう。
震災の発生から数日間、テレビ番組の多くは震災関連の番組ばかり放送されていた。家を失った人、家族を失った人、多くの人やモノが失われた報道を見て、学生は自分自身の無力感を感じていた。
今の自分は誰かを助けるようなことはできない。自分自身のことも儘ならない状態なのに。
自衛隊の車列は30分以上、川越街道を板橋中央陸橋交差点で曲がり環状七号線へ、そこから阪神地域へ向かうのだろう。東山町の歩道橋に立ち学生は自然と涙が溢れてくる。自身の家族と離れ阪神地域の復興のために向かう自衛官への感謝と自分自身が何もできない無力感。自分自身が否定されるような思いがした。
自分だって誰かが困っている時には、その人のために何かをしたい。
でも、学生はこの時「阪神淡路大震災」に遭われた人たちに何もすることができなかった。
学生の涙は止まらず、自分自身の無力さを心に刻み込むこととする。
いつか、誰かのために役立てる人になろう。
それから14年後。3月に「東日本大震災」が発生した。
「阪神淡路大震災」頃学生だった彼も、四十に近い年齢となった。
震災から数日後、福島第一原発が冷却機能を失い原子炉を冷却するために、東京消防庁のハイパーレスキューが原子炉に放水し冷却するために向かうというニュースを見る。彼はそのニュースを見てからずっと考える。
誰かのために、自分の身を危険にさらすことが自分にできるのだろうか?
福島に到着した東京消防庁のハイパーレスキューは、梯子車から原子炉建屋に向けて放水を開始する。そのニュースは、活動している期間中ニュースで何度も報道される。消防士の人にも家族がいるだろう。その家族はこの映像を見てどのように感じているのか?映像をみるたび、涙が込み上げてきた。
何もできない自分。勇敢に放水を続ける消防隊。この対照的な状況に、「阪神淡路大震災」の時と同じ無力感を感じた。
しかし、いつまでも無力なままではいられない。
その年の8月、仕事で東北地方への災害復旧の業務の希望者が募集された。
誰かのために、自分ができることを、一生懸命にやりたい。人のためになりたい。そう思い、その業務を希望し2週間程度であったが、陸前高田市や大船渡市、大槌町で災害復旧の業務をおこなった。震災から半年程度経って、ある程度復旧が始まった時期であり陸前高田市役所はプレハブ庁舎が作られていた。立ち寄った大槌小学校
は、津波の跡が分かり、夏の暑い日だったが恐怖で身震いを感じる光景であった。
震災の復旧業務を希望したのは、ただの自己満足かもしれない。
でも、何かしたいという気持ちが膨らんでいた。何もできなかった頃の自分が年を取って、何かできる自分に変わったと自分自身で証明したかった。
だから、災害復旧業務に行ったことは、誰のためでもなく、自分自身のためだったと思う。
学生の頃歩道橋で涙していた自分が、年を取り自分で何かを選択し実践できるようになった。やっと、社会の一員として認められたような気がした。
例えば誰か一人の命と 引き換えに世界を救えるとして
僕は誰かが名乗りでるのを持っているだけの男だ
(ミスターチルドレンの「ヒーロー」の歌詞)
まさに、自分自身の命と引き換えに世界を救えるような人間ではない
臆病者ではあるけれど
自分自身が無力な人間とは思いたくない
「誰かのために自分ができること、何ができるのか」ずっと考えていきたい。
こんな自分でもスケールは小さいけど
ヒーローになりたい。
千紫万紅 平岡 かずや @yorozuya0513
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