エラリー・クイーン『Yの悲劇』 八〇〇字擬似書評
樹智花
エラリー・クイーン『Yの悲劇』 八〇〇字擬似書評
※約八〇〇字本文中に、二七作の本のタイトルが組み込まれています。表題に「擬似書評」と加えたのは、タイトルをたくさん組み込んで書評的なものを書けないか、というお遊びだからです。出てくるタイトルを八割がた知っていたら、かなりミステリにお詳しいと思います。
『Yの悲劇』は、日本における娯楽としての殺人の代表例といっていいだろう。
名探偵登場ともいうべき頭脳戦を『Xの悲劇』で繰り広げたドルリー・レーンが、探偵は眠らないとでもいうように再び活躍する。レーンにとって、なんでもない一日は、もしかしたらないのかもしれない。
舞台はNYの名家・ハッター家で、そこで狂った殺しが次々と行われる。アメリカン・タブロイド紙のような噂が流れているハッター家は、その過去が我らを呪うかと思われるような有様だった。地中の男であるヨーク・ハッターと事件の関係は……。死体をどうぞ、といわんばかりの展開に、関係者の雲なす証言にサム検事は翻弄される。ハッター家はNYにおける完全な真空地帯と化しているかのようだ。迷走パズルのように錯綜した事件は、灯蛾が落ちる時のように、レーンによって解決がもたらされる。
読ませる機械=推理小説と定めるなら、『Yの悲劇』はまさしくその通りであり、推理小説の詩学を感じさせる作品である。謎解きにおいては、快楽主義の哲学すら読者は覚えるだろう。ミステリー小説に関して渋く、薄汚れた人々にとっても、再読は実りが多いはずだ。ある意味で、読後に探偵とは人にはススメられない仕事だと考える人もいるのではないか。クイーンは複雑な殺人芸術を大成させた、またとない作家である。
別の観点から作品を眺めると、殺戮の天使ともいうべき犯人に対し、わが母なる暗黒に身をゆだねてしまったかのようなレーンは、死にゆく者への祈りを捧げたのだろうか。すべての罪は血を流す。それは誰であっても変わらない。それは彼に冬そして夜の訪れを知らせるかのようだ。彼にとって、ニューヨークは闇につつまれてしまうのだろうか、という懸念がよぎる。
『Yの悲劇』とは、ブラッディ・マーダーに彩られた、推理小説における赤い収穫なのである。
答え
↓
一:『娯楽としての殺人』 ハワード・ヘイクラフト(評論)
二:『名探偵登場』 早川書房編集部
三:『探偵は眠らない』 都筑道夫
四:『なんでもない一日』 シャーリイ・ジャクスン
五:『狂った殺し』 チェスター・ハイムズ
六:『アメリカン・タブロイド』 ジェイムズ・エルロイ
七:『過去が我らを呪う』 ジェイムズ・リー・バーク
八:『地中の男』 ロス・マクドナルド
九:『死体をどうぞ』 ドロシー・L・セイヤーズ
一〇:『雲なす証言』 同
一一:『完全な真空』 スタニスワフ・レム
一二:『迷走パズル』 パトリック・クェンティン
一三:『灯蛾が落ちる時』 ハロルド・アダムス
一四:『読ませる機械=推理小説』 トマ・ナルスジャック(評論)
一五:『推理小説の詩学』 ハワード・ヘイクラフト編(評論)
一六:『快楽主義の哲学』 澁澤龍彦
一七:『渋く、薄汚れ』 滝本誠(評論)
一八:『人にはススメられない仕事』 ジョー・R・ランズデール
一九:『複雑な殺人芸術』 法月綸太郎(評論)
二〇:『殺戮の天使』 ジャン=パトリック・マンシェット
二一:『わが母なる暗黒』 ジェイムズ・エルロイ(自伝)
二二:『死にゆく者への祈り』 ジャック・ヒギンズ
二三:『すべての罪は血を流す』 S・A・コスビー
二四:『冬そして夜』 S・J・ローザン
二五:『ニューヨークは闇につつまれて』 アーウィン・ショー
二六:『ブラッディ・マーダー』 ジュリアン・シモンズ(評論)
二七:『赤い収穫』 ダシール・ハメット
エラリー・クイーン『Yの悲劇』 八〇〇字擬似書評 樹智花 @itsuki_tomoka
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