第7話 踏切(完)

◆踏切


 赤く染まった空が闇に転じる中、私は先生の後ろ姿を眺めながら心の中で語り掛けた。

 先生、あの日のことを憶えていますか?

 

 先生は歩きながら、

「ねえ、あの頃の私の悪口を聞いたことがあるでしょ?」と訊いた。

「確か、融通が利かないとか・・」

 それ以上言えずに言い淀んでいると、「他にもあったでしょ? 愛想や愛嬌がないとか、眼鏡おばさんとか」先生が笑いながら言った。

「私、生徒たちの陰口の通りの女なのよ」

「おまけに、生涯独身女とか言っている人もいたけど、その通りだったわ」と続けた。

「えっ」

 今度は前を向いて、

「実際、ずっと独身よ」と自嘲気味に笑った。

 先生の言葉の真意は分からなかったが、

 私は「そんなことはないですよ」と小さく応え、

「先生は素敵な人です。それは今も・・」と言った。

 今も変わらなく魅力的です。


 陰口を憶えているくらいだ。私との間にあった出来事は正確に憶えているはずだ。

 あれから、先生はどのような人生を送ったのだろう。現在独身であるなら、それまで交際した人はいなかったのか。それとも縁が無かったのか。

 もしかしたら、先生の時間はあの日から動いていないのかもしれない。そしてそれは私もだ。

 二人とも、あの日の続きがあった。そんな気がしてならなかった。


 夕暮れの光と影が陽炎のように先生の背中で揺れている。

 その姿が、妙に艶めかしく映るのは、私の心を投影しているからだろうか。

 先生がどういう意味で私を家に招き入れようとしているのか分からないが、私の心は、17歳の時に戻っていた。

 私は過ぎ去った青春の憧れを取り戻すべく歩き続けた。

 

 私はこう思っている。

 世の中には「会いたい人」と「会いたくない人」がいる。

 そして、その他にもう一人いる。

 それは・・「会ってはいけない人」だ。


 私の家庭が徐々に崩壊していく未来が見えた気がしたが、私の足は先生の家へと進み、もはや止めることは出来なかった。

 頭の中でいつまでも踏切の警報音が鳴り響いていた。



                          

(了)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「お久しぶりね」~ あの日、私は先生に何をしたのか(短編) 小原ききょう @oharakikyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画