クラスの親しみ系な聖人女子に陰キャの俺がジュースをおごってと言ったら沼らせた

三葉 空

第1話 ガチ聖人で親しみ系

 名は体を現すと言うけど、それは半信半疑。


 俺の青春は、正に名字のごとく、灰色。


 一方で、名前のごとく、何も実ることなく。


 ただ、社会の縮図たるこの閉鎖空間において、鬱屈とた時間を過ごすだけ。


 誰も彼も、キラキラと輝いている訳じゃないけど。


 どうしたって、そいつらが目立つ。


 俺は目を細め、視線を逸らす。


 マジで眩し過ぎて、見ていられない。


ひびきぃ~、おはよう」


「うん、おはよう」


 女子の中心にいる人物に目が行く。


 島田しまだ響。


 明るく気さくな性格で、男女問わずに親しまれる系の女子。


 現に、女子の中心にいながら、男子とも親し気に話している。


 けれども、そこからは決して、ビッチ感を感じない。


 マジで、純粋に、良い人って感じ。


 不思議と、キラキラ族の中でも、彼女だけは見ていられる。


 他がキラキラというか、ギラギラしている一方で、本当に純粋な温かみを感じるから。


 実際問題、クラスであまり目立たない、陰キャとも普通に話してくれるし。


 ていうか、このクラスの陰キャ童貞どもは大抵、島田さんに恋していると思う。


 かく言う俺もそんな陰キャ童貞なのだけど、どうだろう?


 あの島田さんに、恋をしているのだろうか?


 ただ、彼女だけは、自然と目で追ってしまうのは事実。


 果たして、これが恋なのか、それともただの憧れなのか、不明だけど。


 どちらにせよ、仮に恋していたとしても、こんな俺があんな女と結ばれることなんて、ありえナッシング。


 地球が滅亡してもな、いや、それは言い過ぎか。


 とにかく、我がクラスが平穏を保っているのは、ひとえに彼女のおかげだろう。


 だから、ひたすらに、感謝。




      ◇




 我が家は決して貧乏ではないが、決して裕福でもない。


 だから、うっかりサイフの中身が、枯渇寸前なんてことも、ままある。


「……情けない」


 たかだか、120円のジュースさえ買えないなんて。


 だったら、水道水で我慢しろって話なんだけど。


 午前のかったるい授業を終えて、ようやく迎えた昼休み。


 俺の脳みそが、激烈に糖分を欲している。


 甘いジュースが飲みたい。


 けど、サイフには、そんな金さえもない。


 マジ、生きている価値あんのかな、俺?


「あれ、灰谷はいたにくん、どうしたの?」


 ビクッとして振り向くと、くだんの島田さんがいた。


 きれいなセミロングが、ふわっと揺れる。


「いや、その……」


「ジュース、買うの?」


「……つもりだったんだけど……金が無くて」


「そうなの?」


「ま、まあ、今日のところは、水道水で我慢するよ、ハハハ」


 適当に誤魔化し笑いをして、俺は立ち去ろうとする。


「良ければ、私が出そうか?」


「ふぁい?」


「どれが良いの?」


「い、いやいや、そんな悪いって」


「別にそんな大した金額じゃないし、良いよ」


 マジか……確かに、たった120円かもしれないけど。


 それだって、高校生には貴重なお金だろうし。


 ましてや、いくらクラスメイトとはいえ、友達でも彼氏でもない男に、あっさりと金を払ってくれるなんて……


 ガチの聖人すぎてヤバい。


 うっ、とうとう、目が……


「……良いんすか?」


「うん」


「じゃあ、この冷たいカフェラテで……お願いします」


「りょーかい」


 チャリン、ポチッ、ガコン。


「はい、どーぞ」


「……ありがとうございます」


 聖女から渡された缶ジュースを、俺は両手で受け取る。


 行儀が悪いと思いつつも、その場でプルタブを開けて、チラッと島田さんの顔を伺う。


 ニコニコと、変わらぬ笑み。


 俺も曖昧に微笑み返して、ゴクリと飲む。


「……うまッ」


 なんぞ、この美味さ。


 いくら、脳が激烈に糖分を欲していたとしても、ここまで美味く感じるものなのか?


 まさか、この聖女、あるいは女神さまには、どんな凡庸な缶ジュースも昇華させる、魔法のような力が備わっているのだろうか?


「そんなに美味しい? よほど、喉が渇いていたんだね」


「あ、いや……おかげさまで、生き返りました」


「あはは、それは良かった」


「そうだ、お金……今度、ちゃんと返すから」


「ああ、良いよ、良いよ、そんな」


「いや、でも……」


「今日のところは、私のおごりです」


「……ありがとうございます」


 マジで土下座したかった。


 この親しみ系な聖人女子に対して。


 ていうか、聖人と親しみって、相反するようで、ちゃんと同居しているの、すごいな。


 彼女はもしかしたら、下界に降り立った、ガチの女神なのかもしれない。


 そう考えると、ますます土下座したくなった。


 でも、そんなことをしたら、彼女に変な噂が立つから、やめておく。


「じゃあ、またね」


「あ、うん」


 笑顔で手を振る彼女に、またしても曖昧に笑い返すばかり。


 きっと、今もさっきも、俺の笑い方はキモいだろう。


 たまに他の女子と話すと、いつも苦笑いだし。


 その点、島田さんはずっと、笑っていたな。


 キュン。


 ヤバイ、うっかり惚れてしまいそうだ。


 そんな罪深いこと、許される訳がない。


 俺みたいなクソ陰キャ、本来なら話すことさえ、おこがましいだろう。


 まあ、たまにこうして、優しくしてもらう分には、むしろ彼女の親しみ度と聖人っぷりに拍車をかけるから、良いだろう。







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