第23話 月子姫の願いは満月まで
「あ、あの……今、隼は……」
「大丈夫ですわ。もうすぐ父上がいらっしゃるために準備に向かっています。それに、その前にもまだ彼への挑戦者が二名ほどいるので対応しに行くのだと思います。まぁ、すぐに終わることでしょうけど」
しばらくはこちらに戻りませんからご安心を、とにっこり微笑んだ月子姫に、そ、そうですか……としか言えず、唖然とした。
人気があるのってすさまじい。
わたし以外にも月子姫への文を届けようとするものが後を絶たないと聞いてはいたけど、さすがに一日に三人も相手をするのはさすがの隼だって大変だろうなと今回もまた無表情で淡々と応じていくであろう隼にほんの少しだけ同情した。
まぁ、月子姫は噂以上に魅力的な人のようだし、気持ちはわからないでもない。
「怪我をしているようですし、今日はあなたのことはこっそり匿うつもりでしたけど、彼にお会いしたいのでしたら……」
「い、いえ、叶うことならお会いすることなくお
会うことできっと何かを言われるわけではないと思うけど、ずうずうしくも約束を破り上がりこんだことを知られるのはなんとなく後ろめたい気持ちになる。
「そうですか。では、文だけ受け取りますわ」
「え?」
「光陽に渡せと言われているのでしょう?」
透明感のある手が差し出されて息をのむ。
「で、ですが、それでは違反行為です」
本音を言うと、一刻も早くこの文を手から話したいのだけど、わたしはまだ隼に勝てていない。
それなのに彼女の情につけ込むなんて、自分で自分が許せなくなる。
「手当をしていただいて、なおかつこうしてお気遣いまでいただいて大変感謝をしております。あなたさまにお返しできることがわたくしではほとんどないのが心苦しい限りですが、いつかまた何かお役に立てることがあれば必ずや、あなたさまの力となります」
「まぁ、本当に?」
「え、ええ……」
突然乗り出してきた月子姫の目が輝いたように思えたのは気のせいだろうか。
「あ、あのでも……光陽さまを裏切らない前提でお願いしたく……」
必ずや……などとえらそうなことはいったものの、二度とこないでくれ、などと言われたら大変である。
彼女に恩返しをしたいのはもちろんだが、わたしの主は彼なので、彼に迷惑のないようにするのが一番だった。
「大丈夫です。あなたはただそこでじっとしていてくれればいいのです」
「ええ?」
彼女が指をさしたのは、通常だったらお姫さまがいるであろう御簾の中だった。
「なんのことですか?」
言いかけてはっとした。
「ま、まさか……」
「満月が来るまでで構いません。わたしの代わりをしていただきたいんです」
そうして、月子姫は見たこともないほど美しい笑みを浮かべた。
忍ぶ思ひは恋文(予告状)にのせて 〜鳴くようぐいす平安京〜 保桜さやか @bou-saya
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