第22話 右大臣家別邸の人々

「まずは謝らせていただかなくてはならないですね。隼があなたにしていることを知らないわけではありません。隼の言うとおり、あなたは立派なくノ一です。ですが……」


「そのあたりは心配ご無用です」


「え?」


「隼がわたしなや手加減をしないことでしならご心配なく」


 申し訳無さそうに頭を下げた月子姫が驚いたように黒目がちな大きな瞳を見開く。


「こう見えて頑丈なんです、わたし。それに女だからといって手加減しないでちゃんと相手をしてくれる隼には感謝をしています。そ、そりゃ……失敗ばかりでそろそろ光陽さまに愛想をつかされてお暇を出されないかとひやひやしていますけど、わざとなんて負けられたらその方がつらいです。謝らないでください、月子姫さま。いつか必ず、本当にあなたを奪いにまいりますから」


 正確には、光陽さまが……ではあるが。


「ふふ、頼もしい。光陽よりも、あなたに惹かれてしまいそうですわ、翡翠」


 扇の向こうでやんわり細められた瞳があまりにも麗しい。


「わ、わたくしは、光陽さまが大変な面食いだと知って驚いております」


「まぁ、お上手」


 いや、冗談抜きで、圧が、圧がすごい。


 言葉では簡単に表現できそうにない神々しさに近い雰囲気を醸し出していらっしゃる。


 光陽さまのこともよく知っているけど、このお方に文を送り続けているのはさすがだと思うしかない。


 そして、隼はこんな美しい人を守っている。


「主からの命令とはいえ、想いを寄せる大切な方に手を上げるのは隼もつらいと思うんです。わかってあげてください」


「なっ!」


 だから、どうしてそうなるのだ。


 一体、右大臣家(というよりも正確には別邸)の中で、わたしはどんな位置づけになっているのだろうか。


「は、はやっ……隼の想い人はわた……わたくしではありません」


「まぁ」


 想い人がいるかどうかなんてわからないけど、少なくともわたしでないのは確かだ。


「他の人間からの文などすぐにでも燃やしてしまうあの男があなたの文だけはしっかりとってあるのを知っていますのよ」


「なっ……」


 あれは文ではなく、予告状で……って、わたしが一生懸命意気込んで予告状を送るたびに右大臣家の別邸ではこんな風に隼がからかわれていたのかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。それにしても、


「そんなにたくさん文をもらってるんですね、隼って……」


 殿方からならともかく、女性から文が送られてくるなんて聞いたことがない。


 あの仏頂面でどれだけの女性の心をもてあそんだというのだろうか。


 いや、もしかするとすべてがすべてわたしと同様予告状の可能性もあるけど。


「あんなにも愛想がないのに、面白いくらいモテるのですよ」


 わたしの考えたことと同じことを口にして、月子姫はくすくす笑った。


「とっても面倒そうな顔してすべてかわしていますけどね。とっても滑稽な……いえ、見ごたえのある瞬間ですわ、ねぇ、如月」


「はい! いろんな妄想が掻き立てられます」


「も、妄想……」


 年頃の女性たちどころか人とのつながりが薄いからだろうか。まったくついていけない彼女たちの会話に言葉を失う。


 なにより、右大臣家の別邸がこんなにも明るく楽しいところだとは、想像すらもしていなくて拍子抜けした。


 隼という壁が大きく立ちはだかっているときはまったくもって彼の後ろに見える世界は謎に包まれていて、たまに聞こえてくる琴の音色だけを頼りにどんなところなのかと想像を膨らませたことはあった。


 だけど、想像よりも楽しいところのようでなんだか少し安心した。

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