第19話 日常

ゆっくりと意識が戻る。


ついさっき見た天井。白い部屋。病院だ。


……トリア。ちゃんと覚えている。


トリアは……居なくなったはず。そのショックで私は自殺した。その筈だ。


そうか。自殺に失敗したのか。


あまりショックは感じなかった。ただ、「そんなもんか」と思った。


「ネイさん。目覚めましたか。記憶はありますか?痛いところは?」


隣に立っていた医者にそう聞かれる。


「記憶はあります。痛いところは……少し胸が痛みます。それと、少し体の痺れも。」


「分かりました。何か要望はありますか?」


「……学校の屋上に行かせてください。私を待ってくれている人がいるんです。」


何故そう言ったのか。自分にも分からなかった。


「……また自殺する気じゃないですよね?」


疑われても仕方ない。次は飛び降り。そう思われているのだろう。


「そんなつもりはありません。行かせてください。」


「……車椅子に乗って、貴女だけじゃ動けないようにさせてもらいますがよろしいですか?」


むしろ了承されるとは思わなかった。……そういえば、私は中々に地位の高い貴族の出であることを思い出した。


「えぇ。それで構いません。可能なら……今すぐにでも行きたいのですが。」


「それは了承出来ません。せめて今日は容態を見守らせてください。」


まぁそうだろう。いきなり言われても無理な話だ。


「そうですか……では、明日はどうでしょうか。」


「今日の容態次第ですが……それならば。」


「では、そのようにお願いします。」


まさか通るとは。自分で言ったことだが、驚きが隠せない。


「それでは……私はこれで。後ほど検査の為部屋を移動します。そのご準備を。」


準備と言っても……何をすれば良いのだろうか。とりあえず気持ちを固めておく。



検査は想像よりすぐに終わった。


どうやら私が気を失っている間に色々と済ませていたようだ。


血を抜かれ、何か大層な機械に体を入れられ、それぐらいだった。


「それでは、今日のところはもう安静にして、明日に備えてください。あぁ、それと……退院は早く見積っても一ヶ月になるかと。」


退院は一ヶ月後。心臓を刺したにしては短い。


どうやら気を失っている期間が相当に長かったらしく……概ね身体機能は回復しているとのことだ。


一部血が長い時間通っていなかった影響で麻痺しているようだが、リハビリで治るとのこと。


目立った後遺症もなく退院出来るようで何よりだ。


明日、屋上に行って、誰と会うのか。誰と私は待ち合わせをしているのか。


何故か分からないが、トリアが居る。そんな気がした。


……明日が楽しみだ。心からそう思った。





「着きましたよ。」


看護師にそう言われる。今から屋上に向かい、トリアと会う。そう思うと、少し動悸がする。緊張で喉が渇く。


看護師に車椅子を押されながら屋上へ向かう。


幸いにも、この学校の階段にはスロープもついていた。


「屋上は……こっちですか。」


近づいてきた。自分の心音が聞こえる。この看護師にも聞こえているかもしれない。


胃が痛む。喉が渇く。逃げ出したくなってしまう。


駄目だ。逃げるのだけは駄目だ。


「着きましたよ。屋上に。」


青い、青い空。広く澄み渡った、雲ひとつない空。


そして、その下に……


「ネイちゃん。やっと……やっと会えたね。」


トリアだ。トリアが居る。


自分の足は痺れて動かない。そんな事も忘れて、私はトリアに駆け寄ろうとした。


一歩。一歩だけ進んだ。そして、転倒……する前に、暖かな感触に包まれた。


「えへへ、足動かないんだから無理しちゃ駄目だよ。私が受け止めなかったら危なかったよ〜?」


トリア。トリアが受け止めてくれた。


「トリ……ア。トリア!」


「トリアだよ〜。ふふっ、ネイちゃんったらかわいいね。大丈夫。もう離れたりしないよ。」


「トリアっ……私っ……私は……!」


「ほら、とりあえず落ち着いて……頭撫でてあげるからさ……。」


トリアの暖かな手が私の頭を撫でてくれる。


暴れ狂っていた、制御不能だった自分の心が落ち着く。


「トリア……ずっと、会いたかった。貴女を求めて、私は……」


「隔離反射、行ったんでしょ?何をしたかは大体想像つくよ。大丈夫。きっとみんな恨んでなんかないよ。」


隔離反射。初めて聞いた言葉だったが、どこかで聞いたことある様な気もする。ただ……きっと私はそこへ行ったのだろう。


「ほら、ハグしよう?ただいまのハグ。」


トリアが腕を広げる。衝動的に私はトリアを抱きしめた。


「もうっ、ちょっと力強いよ……。」


少し小言を言いながらも、トリアは私を受け入れてくれる。それが何よりも嬉しくて……。


「ねぇ。ネイちゃん。私達……付き合おうよ。そういえば……告白まだしてなかったでしょ?」


あぁ、そうだった。あんなにも一緒に居たのに、まだ付き合っていなかった。それに気づけないほど、あの日々は充実していた。


「えぇ。付き合いましょう。絶対にお互いのことを離さない。そうしましょう。」


「あと……さ、その……脳の反射を、共有してくだひゃい!あうぅ……噛んじゃった……。」


「……脳の、反射?」


どこかで聞いたことあるような……ないような……そんな言葉を言われる。


「そう。えっとね、安全に反射を共有する方法見つけてね!従来の方法で繋げるんじゃなくて間に群反射を置くことでより安定して共有出来て!実際にマウスとかで試したけどちゃんと安定してたの!それでね!きっとこれだったらもうお互いの異変とかにもすぐ気づけるし!何かあっても一緒に居られる!私達二人だったらなんとかなるでしょ?」


「え、えっと……反射って……何を言っているの?」


「……え?」


「あ〜お話の途中すみません。ネイさんは後遺症で少し記憶が危うい可能性がありまして……。」


看護師が間に入ってトリアに説明する。


「なるほど……えっと……反射を理解せずにやるのはモラル的に駄目だよね……どうしよう……。」


よく分からないが……正直、とても面白そうだ。非常に気になる。


「その……脳の反射の共有?をやるデメリットはあるの?」


「えっとね、私もトリアの感情とか思考とか五感とか、その辺がお互い筒抜けになっちゃうの。」


……今、自分はデメリットを聞いたはずだ。


「……それはメリットじゃないの?デメリットは?」


「……いや、これ以外に説明することはないかも……。」


「……じゃあ、やりましょうか?」


「い、いやいや!あんまりよく分からずに決めるのは危ないんじゃない!?あの、脳繋げるみたいな話だよ!?あってか、そもそも脳に後遺症あるなら何か影響を与えて危ないかも!ちょ、ちょっと待とう!?」


やけに慌てた様子でトリアは待ったをかけてくる。


「そんな気になることをお預けにされるの?今すぐやりたいのだけれど。」


「いや!いや!駄目です!危ないことをネイちゃんには出来ません!せめて退院するまでは駄目です!!!」


きっぱりとそう言い切られた。


「……ケチ。」


「ケチで結構!もう好きな人が傷つくところは見たくないの!!」


「……むぅ。」


「むぅでもない!!とりあえず!私とネイちゃんは恋人!もう離れない!オーケー!?」


なんというか……懐かしい。私が興味本位で色んなことに首を突っ込んで、それをトリアに諌められる。


「……ふふっ、また楽しくなりそうね。」


トリアが居なくなったときの、あの寂しさはもう御免だ。


「うぅ……またネイちゃんのストッパーやらなきゃいけない日々に……。」


「あら?何か不満でも?」


「な、何も無いよ!でも……ちょっと抑えて欲しいかなぁなんて……」


「無理ね。」


「即答!?酷いよネイちゃん〜!!」


また、この騒がしくも楽しい日常に帰ってきた。


この光景を見た看護師も微笑んでいる。


もう、二人だけの孤独じゃない。この世界には、みんなが居て、その中で、トリアだけを愛している。


そんな当たり前のことが、何故かとても喜ばしく感じた。


こんな日常が、ずっと続く。


ほんの一瞬だけ、トリアが重なって見えた。


その重なって見えたトリアは、とても幸せそうに、私達を祝福するように、笑っていた。


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二つの脳と一つの世界〜突然訳の分からない告白をされたと思ったら、本当に訳の分からない世界に居ました〜 @moyashirasu

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