35 企み


 地球の未来。その言葉に、牧下総司令の眉間に皺が寄る。


「あなた、一体何を企んでいるのですか?」


「争いのない平和な未来です。ミッシュはその一助になるはずです」


 ここまで来たら押し通すしかない。久我は両手の拳にぎゅっと力を込めた。


「ミッシュは故郷で、人間との平和協定の締結を目指して活動していたそうです。しかし、過去に人間から攻撃された憎しみにより、その活動は民衆に理解されることはありませんでした。それどころか、人間と友好的な関係を築こうとするミッシュを、仲間に危害を及ぼす危険があるとして死刑に処すことになったそうです」


「ミッシュの証言を信用しろと?」


「我々を出し抜くための嘘という可能性も捨てきれません。しかし、それが嘘だとしても、人間と意思疎通ができるという点において、ミッシュをこちら側に捕えておく利点はあるかと」


「何か考えがあるのですね?」


「はい。しかし、今ここで俺の計画を話している時間はありません」


「穂浪三等空曹、あなたも何か知っているのですか?」


「首謀者は俺です。穂浪さんは俺に利用されているだけで、特に何も知りません」


「えぇ!? そうだったんですか!?」


 ショックを受ける割に緊張感のない穂浪を、「そんなんだから利用されるんだよ……」と佐伯は情けなく思った。


 実際は、穂浪が何も知らないというのは誤りだ。久我の計画の一端を知っている。(「というか、昨夜話したばかりなのに、穂浪さん覚えてないのか?」と久我は思った)しかし、穂浪に何か喋られてしまうと、久我の計画通りに事が運ばない可能性がある。そのため、敢えて穂浪を突き放し、牧下総司令の目が自分にだけ向くようにした。


「……分かりました」


 静かに呟くと、牧下総司令は椅子から立ち上がった。


「それは、俺の申し出を聞き入れてくださるということですか?」


「久我室長補佐、穂浪三等空曹。今からあなた方に、特別任務を言い渡します」


 久我の質問に答えることなくそう告げると、牧下総司令は久我と穂浪の前に進み出た。


「逢坂さんを救出するんですね!」


「違います」


 期待に満ち満ちた穂浪を崖から突き落とすが如く、牧下総司令はきっぱりと言い放った。穂浪は「ガーン!」とショックを受けているが、牧下総司令が「今すぐ逢坂研究員を救出せよ」と指示するわけがないことは久我も分かっていた。問題はそこじゃない。久我と穂浪を拘束するか、否か。


「監視カメラを偽装し、AMLを混乱させたこと。そして、報告義務を怠ったこと。その罪は自分自身で償っていただきます」


「特別任務の内容、お聞きしても?」


 牧下総司令直々に下された特別任務にも拘わらず、すぐに承諾しないどころか内容を聞いてから引き受けるか判断するなんて、そんな立場にいないのに大した度胸だ。久我の強心臓っぷりに、佐伯はある意味で敬服した。しかし、当の本人である久我は、冷静そうに見せかけて、頭の中では思考を巡らせていた。自分が拘束された場合、逢坂をどう救出するかを考え始めていた。しかし、それは無駄になる。


「行方不明のミッシュの捜索及び捕縛。それがあなたたちに課す特別任務です」


 牧下総司令からの指令に、久我は全身に鳥肌が立った。頭の中でいくつか考えていた作戦が、一気に消し飛ぶような感覚がした。じっと見つめると、視線に気付いた牧下総司令は、久我にふっと微笑んだ。瞬間、久我は理解した。牧下総司令は最初から、答えを二つに絞っていた。久我に計画を続行させるか、否か。その上で、総司令室に入室したその瞬間から、久我が信用に値する人物かどうか見極めていた。そして、今、判断した。久我が主導権を握っているように思われたが、手の内で転がされていたのは久我の方だった。


「待ってください総司令! そんな任務してたら、逢坂さんの救出が遅れてしまいます!」


 反発するように、穂浪が大きな声で叫んだ。どうやら特別任務の本当の意味を理解していないようだ。


「まぁ、そうですね」


「そうですねって……人の命がかかってるんですよ!?」


 穂浪が直接的表現をされないと意味を理解できないことは初めから分かっていたようで、牧下総司令は軽く受け流した。そして、チラリと佐伯二等空佐に目配せした。「分かるように話してやれ」ということだろう。無言の圧力に、「はぁ……」とため息で返事をしながら、佐伯は「また面倒事は俺の受け持ちか……」と思った。しかし、上司の命令に背いては部下に示しが付かない。


「おい、穂浪……」


 穂浪の肩を掴み、佐伯が説明しようとすると、


「穂浪さん。落ち着いてください」


 静かな久我の声が、その場に響いた。


 穂浪には理解できなかった。逢坂の救出が遅れるというのに、冷静でいられる久我が。二人は仲が良かった。それなのに、どうして……


「久我さんは逢坂さんが心配じゃないんですか!?」


「心配ですよ」


「だったら……!」


「だから、落ち着けと言っているんです」


 久我はじっと床を見つめていた。その横顔を見て、穂浪は背筋に冷たいものが走った感覚がした。以前、逢坂に「久我は敵に回さない方がいいですよ」と助言されたことがあったのを思い出した。牧下総司令も佐伯二等空佐も「怖い人」だが、久我もその一員であることを認識した。今のうちに大人しくしとかないと、ヤられる。直感的に、穂浪は口を閉じた。その場が静寂に包まれる。


「特別任務の内容は、ミッシュの捜索及び捕縛です」


 静かな総司令室に、久我の声だけが響く。


「言うなれば、そのノルマさえクリアできればいい。つまり、ミッシュを探す道中で逢坂が見つかり、救出にも成功するなんてラッキーなことが起こっても何ら問題はない。そうですよね? 牧下総司令」


「ターゲットは、あくまでミッシュですよ」


「分かっています」


 フッと笑みを浮かべた久我に、牧下総司令は口の端で微笑んだ。そして、机の上にあった一枚の書類を手に取ると、久我に差し出した。


「ブループロテクトの特別離陸許可です。必要があればお使いなさい」


 久我が受け取った書類を、穂浪が横から覗き見た。それは、穂浪が入室したときに、牧下総司令が熱心に書いていたものだった。「特別離陸許可申請書」と書かれたその書類には、総司令の承認印が押されている。


「もしかして、俺たちを呼び出したのって、最初から……」


 と、言いかけた穂浪に、牧下総司令は「シーッ」と人差し指を口元に当て、微笑んだ。普段はその気迫とクールな立ち振る舞いのせいで忘れがちだが、牧下総司令は相当な美人である。穂浪はその美しさと色気にボッ!と顔が赤くなるのと同時に、自分が何と言おうとしていたか忘れてしまった。


「承知しました」


 久我は申請書を懐にしまいながら告げると、牧下総司令に頭を下げた。


「ありがとうございます」


「健闘を祈ります」


「はい」


 久我は佐伯二等空佐にも会釈すると、ドアに向かって歩き出した。


「行きますよ、穂浪さん」


 穂浪は後を追いながら、「いってきます」と牧下総司令と佐伯二等空佐に手を振った。


「はい! ミッシュを・・・・・探しに、ですね!」


「ええ、そういう任務ですから」



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2024年11月21日 19:00
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逢坂せつなの報告書「地球外生命体の能力とその効果及び想定される被害について」 渚オリ @ngsORi_2024

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