フラグ 17 ケンカは大変

「どうするのアナタ達。もう時間は無いわよ」


 レイはイグニス達を真っすぐ見つめた。

 全身からは鮮やかなエネルギーが立ち昇っている。

 聖女と悪役令嬢の入り混じったオーラだ。

 そのオーラは、この場にいる誰よりも神々しく力強い。


 もちろん、イグニス達とは別格だ。

 比較にすらならない。


 それを前にしたイグニス達は、額からツーっと冷や汗を流している。


「ぐっ、くそったれ……」

「な、何なのよコレ……」

「む、むうっ……」


 それ以上の言葉が出て来ないのだ。

 まるで、絶大な力を持つ女神を前にした餓鬼達のように。



 って、さっきからちょっと褒め過ぎよ。

 悪い気はしないけど、あんまり褒められるのは慣れてないから……


 って、そんな弱気じゃダメね。

 

 私のせいで彼らが悲惨な状況になるのも気持ちいいものじゃないし、何より危険な目に会ってほしくないもの。

 イグニス達じゃなくて、リュートにね。


 確かに立場は圧倒的に私達の方が有利。

 それに、イグニス達を助ける義理までは無いわ。

 でも、ここで見捨てちゃダメなの。


 こういう所で恨みを買うと、後々厄介になる可能性があるわ。


 だから、変に遺恨を残すよりも、ここで仲間にしておいた方が安全なの。

 もちろん、それで100%安全なんて保障はないけど危険度は下がるわ。



 レイがそんな事を想いながら見つめていると、イグニスは観念したようにドシャッと膝をついた。


「分かったよ……」


 その姿を、イグニスの仲間達は驚いた顔で見下ろしている。


「イグニス?!」

「お主……!」


 二人からの視線を背に感じながら、イグニスは胸が悔しさで一杯だった。


───くそっ、くそっ、クソったれが……!


 イグニスは元々レイの事を、自分が成り上がる為の道具として考えていたからだ。

 けれど、そのレイに圧倒的な力の差を見せつけられている。


 イグニスも冒険者の端くれ。

 と、いうよりBランクなので、そこそこの冒険者でありパーティのリーダー。

 けれど、だからこそより分かってしまう。


 レイと自分とでは、まるで格が違うという事を。


 また、隣にいるリュートに対しても同じ気持ちだ。

 

 ついこの間まで、イグニスはリュートを自分より遥かに格下だと思っていた。

 だからこそ、使えないザコだと言い放ち追放したのだ。


 けれど、イグニスはその後ことごと上手くいかない。

 なのに、リュートは途轍もない強さを持ってレイと一緒に肩を並べている。

 

───くそっ! この俺様がこんな奴らに! けど、まったく勝てる気がしねぇ……!


 イグニスは、悔しさに顔をしかめながらレイを見上げた。

 そこから声を零すように絞り出す。


「……ってやる」

「なに? 聞こえないんだけど」

「なってやるよ仲間に!」




 悔しさのこもったイグニスの声が響き渡った時、俺は真顔のままホッと胸を撫で下ろしていた。


 いや、とりあえず何とか収まったからさ。

 あーもう、マジで心臓に悪いわ。


 そりゃあさっきはレイの事バカにされたから怒っちゃったけど、俺は平和主義者なの。

 みんな仲良くが一番よ。


 ん? あっ、でもダメだ。

 レイの奴全然納得してねぇ!


 イグニス達の事、まだキツく睨んでるだけど。

 なんで? もういいじゃん。


 そんな中、レイはイグニスにグイッと身を乗り出した。



 

「なってやるって、なにそれ? 何言ってんのアナタ」

「んだと?」

「仲間にしてください。お願いしますでしょ」

「テ、テメェ……!」



 えっ? さっきと言ってる事が違う?


 違わないわよ。

 目的は、この人達がリュートに危害を加えるのをやめさせる事だから。

 ここで、彼らのプライドをへし折らなきゃいけないの。


 私、やる時はとことんやるから。

 絶対にいここで容赦しないわ。


「アナタ、立場分かってるの? まっ、ドラゴンよりも活躍出来る自信があるなら構わないけど」


 そう言われては、イグニスも仲間達も何も言い返せない。

 いわゆる『ドラゴンマスター』より活躍出来る自信なんて、欠片もないからだ。


 そうなれば、冒険者の資格は確実に剥奪。


 そこから逃れる唯一の道は、リュートやレイ達と一緒に仲間として戦う事。


 いや、事しかないのだ。


「ぐっ、ぐうぅぅぅっ!」


 イグニスは歯をギリギリと噛み締めながら睨んでいるが、レイの表情は変わらない。

 華美な瞳で強く見つめたままだ。


「もう終わりよ……服従なさい! 今すぐに!」


 その瞬間、イグニスは断末魔のような叫びを上げて額を床にぶち当てた。


「くっそおおおお! お願いします! 俺達を仲間として連れて行ってください!」


 誰が見ても分かる。

 イグニスが完全に屈服した瞬間だ。


 それを見た瞬間レイは胸を張り、不敵な笑みを浮かべた。

 華美な瞳が光を帯びている。


「フフッ♪ よく出来たわね。ちゃんとついてきなさい。私とリュートにね」


 私はそう告げると、彼らに踵を返してその場を後にした。


◆◆◆

 

「……ってレイ、それ大丈夫か?」

「問題無いわ。これは私の戦いなの」

「そうか……分かったよレイ」


 イグニス達と一旦別れ合流の日時等を決めた後、俺はレイと店に来ていた。

 もちろん、エレミアとディオも一緒だ。

 今後、誰がどうするかを決めなきゃいけなかったから。


 ん? 来た店? それはとーぜん……


「リュート、むしろレイの方がアナタの事を心配してると思うわよ。おっちょこちょいなんだから♪」

「な、なんだよクロエ。俺は大丈夫だっての」

「そーかなぁ。リュートの大丈夫が一番心配だけど♪」


 あーゆー大変な事があった後は、クロエとの会話は特にいい息抜きになる。


 クロエのやってるカフェ『アステール・ダスト』は、俺の昔からの行きつけ。

 ここの『コスモティー』は本当に美味いし力が沸いてくるんだ。


 ちなみに、レイを連れて店なんて来て大丈夫かと思うかもしれない。

 けど、問題ないのさ。


 フードも被ってるし、あの後カイン王子が出したおふれはすぐに国中に広まったから。

 みんなマジックポータルでそれを確認してる。


『クロスフォード・レイの処刑命令は一旦保留する。また、手を出した者は厳罰に処す』


 てな感じで。


 だから、むしろみんな触らぬ神に祟りなしの状態だ。


 レイもそれを分かってるし、クロエともカウンター越しに打ち解けて楽しく話している。


 いや、よかったよかった。

 これから大変だし、平和なワンシーンが必要よ。


「フフッ♪ そうねクロエ。でも彼リュートかれ、やる時はやるわよ」

「だよね♪ 知ってるよ。私、アナタよりも付き合い長いんだし」


 クロエがそう言うと、レイはちょっとカチンときた。


「ふーん、そうなんだ。でも、お店ででしょ。どっか一緒に出かけた事とかはあるの?」

「別に……でも、リュートはいつも来てくれるから。誰かさんみたいにわざわざ出かけなくても」


 ん? あれ? なんか二人ともヤバくない?

 レイもクロエも顔が引きつってる気が……


 ちょっとエレミアに確認してみよ。

 

(なあエレミア、あれって筋肉痛とかかな?)

(リュート、本気で言ってる?)

(いや、そーだったらいいかなーーーなんて、ハハッ……)


 俺がヤベーって顔をしてる隣で、ディオはニカッと笑ってやがる。


「さすがモテるなー♪ リュートは」

「ちょちょ、そーゆー事じゃなくてだな……」


 その瞬間、レイは椅子からバッと立ち上がって身を乗り出した。


「なんなの! ちょっと長いからって調子に乗らないでよ!」

「調子乗ってるのはそっちでしょ! いつもリュートと一緒にいるからって!」

「はあっ? 調子乗ってるのはクロエじゃない!」

「違うし。調子乗ってんのはレイの方じゃん!」


 わぁ、怖いよ~~~ 

 二人とも視線をバチバチぶつけ合いながら睨み合ってる。


 いや、でもいかんいかん。

 こーゆー時は、まずはゆっくり紅茶を飲んで気持ちを落ち着けてだな……


 俺は嵐が勝手に収まるのを待った。

 久々に一句読むか。


───止めるより、止まると願う、平和主義 by・翔


 が、そーはいかないらしい。


 レイもクロエも、同時に俺に向かって顔を振り向けてきたんだもん。


「そーよねリュート!」「だよねリュート!」

「へっ?」


 ヤバッ。精神を落ち着けようとして、二人の話スポーンと聞いてなかった。


 どうしよどうしよ。イヤな汗かいちまうわ。

 てか、マジで二人ともなんて言ってたんだ?

 聞いてなかったー!


 よし、ここは誤魔化そう。


「ハハッ、まあね……」


 俺は引きつった笑みを浮かべてる。

 すると、エレミアが俺の背中かからそっとサポートをしてきてくれた。


(レイもクロエも同じ事を言ってたよ)


───ナイスエレミア!


 俺は心の中でガッツポーズを決めたが、それのもつかの間。

 だって、メッチャムズイ質問だったんだ。


(私の方が仲いいよね。だって……)


───は、はい? なんだそりゃ?


 もうマジで訳わからん。

 なんでいきなりこんな修羅場ってか、モテになってんの?


 いや違うぞ。

 そんな事ある訳ない。


 この作者、転生してチートハーレムとか基本書かないんだから。

 いや、このメタ思考は反則か。


 でも、それを抜きにしてもこれは違う。


 多分アレだ。女同士のプライドってヤツのぶつかり合いだ。

 俺が好きとかそーゆーんじゃない。


 レイは見たまんまプライド高いし、クロエはサバサバしてるタイプだけど自信あるし……

 だとしたら、どうすっか。


 てか、これ以上黙ってたらヤバい。


 あ~どうしよ。


 俺はレイとクロエからキツく見つめられたまま、両手の平を弱弱しく前に向けた。


「そ、そうだな。その件は……一度、社に持ち帰っていいっすか」

「はあっ? なに言ってんの」

「そうよリュート。意味分かんない事言わないでよ!」



 キツく言い放ったクロエの隣で、私は思わずハッとしちゃった。

 私もリュートに言っといてなんだけど、彼引きつった顔しながらハッキリ言ったわよね。


 社に持ち帰っていいっすかって。


 この世界にはお店や商会やギルドとかはあっても、会社は無いのよ。

 少なくとも、会社っていう言葉は無いわ。


───どういう事? まさか、リュートも転生者? しかも、私と同じ世界の……!

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悪役令嬢×転生チート補助魔法使いはスローライフを掴む為、全ての破滅フラグを余裕で飛び越える〜凸凹コンビで最強な二人の浪漫譚〜 ジュン・ガリアーノ @jun1002351

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