第1章 子供達との出会い
初めて子ども食堂が開かれた日、百合子はどこか緊張していた。
『子どもたちは来てくれるかしら。』
そわそわと準備を進めながら、心配していた彼女のもとに、
一人の小さな女の子が姿を見せた。
「こんにちは」
細い声で、玄関に立っていたのは、真美という小学五年生の女の子だった。
髪は少し乱れており、服もボロボロ。
彼女の表情は無感情だった。
『いらっしゃい、ゆっくりしていってね。』
百合子は優しく微笑みながら、真美を中へと招いた。
真美は最初、百合子に警戒しているようだったが彼女の温かい目と静かな声に徐々に心を開き始めた。
『お腹、空いてるでしょう?今日はお肉とお野菜がたっぷり入ったカレーよ。』
そう言いながら、百合子はカウンターに真美を座らせ、
カレーライスを出した。
スパイスの香りに、真美の目が少し輝いたように見えた。
ゆっくりと一口を口に運んだ真美は、ぽたぽたと涙を溢した。
『どうしたの?』
百合子が優しく声をかけると、真美はぽつりぽつりと話し始めた。
母親は夜遅くまで働いており、家に一人でいることが多い。
ご飯も自分で適当に食べるしかなく、十分に栄養を取れていない日々が続いているという。
そんな中、学校の先生が百合子の子ども食堂を勧めてくれたというのだ。
百合子はただ頷き、
『ここなら、いつでも、何回でも来ていいの。お腹が空いた時は、おばちゃんいつでもご飯を用意するからね。』
その言葉に、真美は小さく微笑み、頷いた。
-
数日後、今度は中学二年生の亮が食堂にやって来た。
亮もまた口数が少なく、暗い表情をしていた。
百合子が
『いらっしゃい』
と声をかけても、彼はただ黙って椅子に座り、メニューを見つめるだけだった。
『今日はハンバーグ。お腹、空いてるでしょう?』
百合子は明るく話しかけたが、亮は無表情のまま頷いた。
亮の家は父親が失業しており、家庭は経済的に困窮していた。
学校ではその事でいじめを受けており、
家でも学校でも心の拠り所がなくなってしまっていた。
百合子はそんな亮の様子を見て、話しかけることはせず、
ただ温かい食事を提供することにした。
亮は最初、何も言わずに食事をしていたが、
「このハンバーグ、すごく、すごく美味しいです。今までこんな美味しいご飯、食べたことないです。」
亮が初めて発したその言葉に、
百合子は言葉に出来ない嬉しさを感じた。
彼が少しでもここで安心して過ごせる場所を見つけたのなら、それで、それだけで十分だった。
-
さらに数日が過ぎ、小学六年生の太一が弟妹を連れて食堂に現れた。
父親は単身赴任中で、母親は鬱病を抱えており、家は荒れていた。
太一は、母親に代わって弟妹の面倒を見ていたヤングケアラーだったが
その重責は年齢に見合わないものだった。
『ここに来るまで大変だったね、でもここではゆっくりしていっていってね。』
百合子は、太一が疲れた表情をしているのを見て、優しく声をかけた。
皆、彼女の温かさに触れて次第にその心の壁が無くなっていくのだ。
こうして、百合子の子ども食堂には少しずつ子どもたちが集まり始めた。
それぞれが家庭や学校で抱えている問題を少しずつ語り、
百合子は彼らの言葉に耳を傾けながら、温かなご飯を提供していく。
彼女にとって、料理は単なる食事を作る行為ではなく、子どもたちの心を癒すための手段だった。
『食べることは、生きること』
百合子はそう語りながら、温かな料理を作り、子供たちに振る舞うのだ。
おかえりごはん 翡翠 @hisui_may5
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