パルミと十一匹の動物

紅戸ベニ

第1話(1話で完結)


「パルミちゃん、お母さんはすぐに病院≪びょういん≫を退院≪たいいん≫してくるからね」

 と、おばさんがやさしく手を引いてくれました。

 晴れた秋の日曜日です。おばさんは、お母さんの妹です。

 おばさんと、おじさんと、同い年のいとこのダイチと、パルミ。この四人で、町から少しはなれた牧場≪ぼくじょう≫にやってきました。

 パルミはこのときまだ五歳≪ごさい≫でした。

 お母さんが入院してもう四日目です。お父さんも「すぐにお母さんは退院するよ」とニコニコの顔で言ってくれました。

 パルミはおばさんも好きでした。お母さんに顔が似ているからです。けれど、お母さんとはべつの人で、ダイチのお母さんです。パルミのお母さんのかわりには、ならないのです。

「パルミ、ウマに乗ったことあるか? オレは、前にこの牧場に来たとき、乗ったんだぜ、ウマ」

 ダイチは行きの自動車の中でもはしゃいでいました。

「ウマ? 乗ったことないし。あたし、動物にほとんどさわったことない……」

 パルミはあまり楽しみではなかったのです。お母さんが心配なのと、牧場にいる動物ってどういう感じなのか、わからなかったからです。でもだれかの家にいるイヌとか、近所で見かけるネコとかは、かわいいと思いました。

「じゃ、今日はいっしょにウマに乗ろうぜ」

「ダイチとパルミが乗るのは小さいウマのポニーね」

 ダイチとパルミのあいだにはさまって座≪すわ≫っているおばさんが、牧場について少し話してくれました。

「パルミは動物にさわったことがあんまりないのね? じゃ、おばさんといっしょに、ふれあい広場にいきましょう。ウサギやモルモットは小さいから、いいかもね。大きいのはヒツジとかヤギかな」

 パルミは動物の名前はわかりました。テレビで見たことがあるものばかりでした。

「おばさん、ヤギ、ヤギのお乳≪ちち≫って、飲めるかな? 『アルプスの少女ハイジ』みたいに!」

 テレビで見たハイジが母ヤギのおなかの下にもぐりこんでお乳をのむシーンを思い出し、そう言うパルミでした。

「うーん、牛乳は売っているから飲めるけどね。ヤギのお乳はない気がするなあ。あ、でも」

 おばさんはかた目をきゅっとつむって、パルミに言いました。

「ヤギのお乳から作ったチーズを売っていたわ。あれを買っておみやげにしましょう。お母さんといっしょにパンに乗せてフルーツかハチミツといっしょに食べるといいと思うよ」

「チーズだから、そのままでも食べられるっしょ? あたし、さいしょはそのまま食べてみたいなあ」

「おおっ、パルミはチャレンジャー、挑戦者≪ちょうせんしゃ≫だねえ。そのまま食べるためのチーズは食べやすく加工してあるやつなんだよ。チーズは、もともとは、けっこう強いふうみがあるの」

「およ? チーズのにおい、あたしは好きだけどなあ」

「じゃあ、パンかオムレツに使ったのこりを、少しだけ、あとで食べてみるのがいいと思う。ほら、先に食べて気に入らなかったら、せっかくお母さんと食べるごはんが、楽しくなくなるかもしれないじゃない?」

「おばさんは、あたしがヤギチーズを気に入らないって予想してるんだねー」

「だっておばさんも、そのまま食べるのはいやだもん。パルミもおんなじだと思うわけよ」

「なるほどねー」

 ダイチがむくれています。せっかくパルミと話をしていたのに、パルミがとちゅうからお母さんとばかり話しているからです。

 おじさんが、こんなふうに助け舟を出してくれました。

「ダイチ、もしパルミちゃんとふれあい広場に行ったら、どんな順番≪じゅんばん≫で動物にふれあうのがいいと思う?」

 そこでおばさんも、話をふれあい広場にもどしました。

「そうね、ダイチがいいと思う順番にするのがいいよね」

 ダイチはうーんと言ったあと、

「パルミがこわがるといけないだろ。だからモルモットが一番目。それからウサギ。ヤギとヒツジは意外と顔がこわいから、パルミがいやがるかも」

 パルミは言い返します。

「そんなんわからないじゃん。行ってみたら、どの動物もかわいいねー、キュートだねー、ダイチとパルミと交換≪こうかん≫して子どもになってもらいたいねー、って言うかもしれないよ。おじさんとおばさんが」

「うちのパパとママかよ! パルミが平気かどうかだよ」

「ま、平気っしょ。ダイチみたいにらんぼう者だったらいやだけど」

「パルミみたいにいじわるなことを言ってこないぜ、動物は」

「ムキーッ、ダイチも言うようになったじゃん」

「パルミに口で負けてられるかよ」

 おばさんが、少しこまり顔になって、「ほらほら、口げんかしない、ふたりとも」と言うと、

 ちょっと怒り顔だったパルミはあっさりと表情をふつうに戻して、

「それもそだねー。じゃあ、今日はふれあい広場であんないよろしくね、ダイチ」

 と言うのでした。ダイチはこんな表情のよく変わるパルミになれているので、

「おっ、まかせろパルミ。オレよりキュートでいとこにしたくなっちゃうモルモットを見つけようぜ」

「あははは、パルミ、いとこはやっぱり人間のほうがいいから、ダイチのほうがいいよ」

 そこでおばさんがふたたび口をはさみ、

「小さくてかわいい動物を見たら、こんなかわいい生き物といっしょにおうちで暮らせたら、どんなにいいだろう、って思うことあるよね」

「えっ、でもママに置いていかれて牧場に住むのはいやだな」

「そこかー。安心して、ダイチ。べつにダイチもパルミも牧場においてこないよ」

 パルミは「にししっ」と歯を見せて笑い、

「よかったね、ダイチ。ずっとおばさんといっしょに住んでいいって」

 ダイチはちょっとだけあわてたふうに、

「まあ、まあな。人間の子どもがいちばんかわいいよな、パパもママも人間だもんな」

 おばさんがそれを聞いてくすくすとわらいながら、

「そういうこと。人間の子どもってかわいいなあ」

 と言うので、パルミも、

「ねえ、おばさん。人間の子どもがいるから、今日は牧場でかわいい動物を見る必要なくなっちゃった感じ?」

 そう聞いてみたくなったのでした。

「いや、パルミ。それはべつだよ」

 と急に真顔になって力強く言うおばさんでした。

「モルモットやウサギには、またべつのかわいさがあるよ。おばさんはそれを求めて牧場に行くんだよ」

 ダイチの家族でいちばんの動物好きはおばさんのようでした。でもそんなおばさんも、人間の子どもがいちばんかわいいと言っています。パルミはなんだかとても安心しました。


 駐車場≪ちゅうしゃじょう≫で車をおりて、牧場に入ります。パルミたち四人がむかうのは、ふれあい広場です。

「ふわー、なんか空気の中に枯れ草≪かれくさ≫のにおいがまじってるね」

 とパルミは言いました。牧場はゲートをくぐるとアスファルトの道がつづきますが、そのまわりは芝生≪しばふ≫と花壇≪かだん≫です。そこには枯れ草はありません。

 おじさんが、ひたいに手を当てて遠くを見ながら言いました。

「むこうにある、ウシを飼育≪しいく≫している場所があるよ。そっちからウシのエサのにおいがとどいているのかもしれないね」

 かすかに、生き物の体臭≪たいしゅう≫なんかも混じっているのでしょうが、パルミはそれも「いいにおいだな」と感じました。

 ふれあい広場ではモルモットがたくさん動き回っていました。もっそもっそと歩いては、鼻と口をひくひく、もぐもぐと動かしています。パルミはモルモットが意外にもよく鳴くので、おどろきました。

「ムイムイ、ムイムイ、すっごくうるさいムイね、モルモット!」

 おばさんがパルミの横にずいっと出てきてモルモットを抱き上げました。

「この鳴き声もかわいいわけよ、わからないかなあ」

「一匹や二匹ならかわいいけど、数が多いから、すごい音だよ、おばさん」

「そうだねー。じゃ、ウサギのほうに行く? ダイチ、ウサギのところにパルミをつれていって」

「わかった。パルミ、こっち」

 ダイチが手でこっちこっちとまねいてウサギのふれあい場に連れて行ってくれました。とはいっても、モルモットととなりあう場所がウサギのコーナーでしたけれども。

「わあ、ウサギだ。テレビだと逃≪に≫げるときすごいスピードで走っていたけど。このウサギたちはじっとして動かないね」

「そうだな。抱っこしやすいけど」

 そう言ってダイチは一頭のウサギの前にしゃがみこんで、そっと前足の下に両手を入れました。ウサギを持ち上げて、パルミのほうに向き直ります。

「ほら、パルミ。ウサギを抱≪だ≫っこしてみろよ」

「うん。ウサギだ……わ、足をバタバタしてるよ」

「服はよごれても、顔とか手をけがしないようにな。後ろ足にひっかかれると痛≪いた≫いぜ」

「耳をつかんでぶらさげちゃ、ダメ?」

「それダメな持ち方だってオレは教わった。パルミだって耳をつかんで持ち上げられたら痛いだろ」

「うひーっ、耳ぶらさがりは、つらいよ。じゃあ、ダイチのまねをして、べつのウサギを見つけてみるよ」

「あ、そう? じゃオレはもっとでっかいのを見つけて抱っこしよう」

 パルミは、小さめのウサギを見つけて、そっと近寄りました。ゆっくりと手を近づけると、ウサギはにげることなく、パルミの手を受け入れてくれました。ウサギのふんわりした毛の下には皮膚≪ひふ≫があり、その下にあるあばら骨≪ぼね≫の感触≪かんしょく≫も、パルミは感じられました。それに、本物のウサギは体温がありました。

「ウサギって、あったかい……」

 とパルミは感動しました。

 今日は服をよごしてもいいとお父さんに言われています。ウサギの足には土が少しついていましたが、気にせずにひざに乗せることにしました。

 一方、ダイチはべつのウサギに触れたくてついウサギを追いかけて走り回ってしまったようです。

 ウサギをおどろかせてしまい、引っかかれてしまいました。

 パルミは心の中で「男子はガキなところ、あるよね」と思いました。そしてその直後に、ダイチがつっ立って泣≪な≫きそうな顔になっているのに気づきました。五歳くらいだと、男の子のほうがすぐに泣いてしまうこともあります。

「ダイチ、ちょっと待ってて。おばさんをよんでくるよ」

 ダイチの後ろから声をかけて、パルミがおばさんのところに小走りでむかいます。

「あのね、おばさん。ダイチがウサギに引っかかれて、痛いみたい」

 おばさんは「ありがと、パルミ」と言うとモルモットをそっとひざから下ろして、ダイチのところにかけよっていきました。

 ダイチが引っかかれたところをおばさんに見せて「あらあら」と世話をやいてもらっているのを見て、パルミは少し胸がずきんと痛むのに気づきました。

 ダイチが甘える姿を見たからでしょう。パルミは自分もさびしい気持ちをかかえていることに気づいたのでした。

 パルミは少しウサギに顔を近づけます。小さな声で、ウサギにむかって話しかけます。

「人間の子どもからしても、人間のお母さんがいちばんいいんだよ……ね、ウサウサウサっぴ」

 とウサギに勝手にあだ名をつけました。

 ダイチがおばさんに長い時間ぴったり張り付いているので、パルミは自分一人でモルモットのコーナーに戻りました。

 パルミはのろくて小さなモルモットを一匹を見つけ、温かく抱きしめました。

「ムイムイうるさいって思ったけど、こうして声を聞いているのも、いいかもね」

 動物の声でいっぱいのところにいると、なにかを忘≪わす≫れていられるように思ったのです。


 次はウシの乳しぼり体験です。ダイチもすっかり元気をとりもどしています。

 パルミはウシを近くで見るのは初めてです。これから乳をしぼらせてもらうウシが、係の人といっしょに体験コーナーにいます。ウシから取れるのは牛乳です。牛乳が出てくるところが、ウシの乳です。乳頭≪にゅうとう≫が四つ、ついています。

「おっぱいでっけえ!」

 と大声で言うパルミに、ダイチが

「おまえ、でかい声でそんなこと言うなよ、恥ずかしい」

 と、ひじでつついて注意しました。

 パルミは

「ほんとのことじゃん。ウシのおっぱいから牛乳が出るんだよ。ダイチだって毎日飲んでるっしょ」

「わかってる、わかってるけど、言わないでいいだろ」

 また言い合いになってしまいました。

 ケンカというほどではなく、二人とも本気で腹を立てているわけでもありません。パルミとダイチは、こういうふうに言い合いをしてじゃれあっているのでした。

 乳しぼりは、人気があって、たくさんの人がならんで待っていました。多くは子どもで、パルミたちと同じように、生まれてはじめての体験のようです。みんな、前の人がおっかなびっくりウシの乳をしぼるところを見つめています。つきそう大人が「すごいねー、びゅーって出るんだね」などと子どもに言っています。

「あたしたちの番になるまでに、牛乳が全部出ちゃっておしまいになったりしないかな」

 と言うパルミに、おばさんが、心配ないと太鼓判≪たいこばん≫を押≪お≫してくれました。

「だいじょーぶ。ウシの子どもはパルミとダイチを合わせたよりも大きいんだよ。いっぱい牛乳が出るから、平気」

 はたして、パルミの番になっても、白い牛乳はたっぷりと出ました。

「わあ、ウシの乳は見た目通りのさわりごこちだあ。あったかくて、やわらかい!」

 指をひとさし指からじゅんににぎりこむと、そのたびに乳がびゅーっと出てバケツにたまっていきます。

「においも牛乳だよな……」

 と、自分の番になったダイチが言いました。牛乳が、パックでもビンでもなく、生きたウシから出てくることに、なんだか変な感じがするパルミでした。

 ――パックにつめられているほうが、不自然なんだよね。こっちが、自然なんだ。

 頭では知っていたつもりのことが、じつはぜんぜん心ではわかっていなかったことが、パルミにはすごく新鮮≪しんせん≫なのでした。今日ここに来てよかったと思うことが、また増えました。

 

 そのあとパルミとダイチは、ヤギとヒツジのエサやり体験もしました。ヒツジの毛の固さにも驚きました。

「うわっ、ダイチもさわってみて。ふわふわに見えるのに、すっげー固いよ、ヒツジの毛!」

「だよな、だよな、あんまり白くないしさ」

「考えてみたら、生えてきたまんま、洗濯≪せんたく≫もしてないんだもんねえ。ごわごわで、汚≪よご≫れも取り切れないよね」

 うちに帰ったらまっさきに今の服を洗濯機に入れて、お風呂に入りたいと思うパルミでした。自分は人間だから、お風呂に毎日入って、服を洗濯することができる。

 ――動物を見にきたのに、人間のことを考えちゃうなんて、ふしぎだ。

 と心の中で思います。

 

 その後、ポニーの乗馬体験≪じょうばたいけん≫もしました。思ったよりゆれるので、背中≪せなか≫をまっすぐにするだけでたいへんでした。

 さらにシロフクロウの見学、カピバラ、手乗りインコ、アルパカにふれる体験をしました。

 牧場の出口の近くに売店があり、大きな白い鳥、ヨウムが店のレジの近くにいました。ヨウムは、オウムの仲間で、人間くらい長生きする鳥なのだそうです。

「長生きする生き物はね、家族になるつもりで飼≪か≫うんだよ」

 と、おじさんが説明してくれました。

 売店ではヤギのチーズも買うことができました。おばさんの言う通り、お母さんが退院してきたら、オムレツに入れてもらうつもりです。そしてパンにフルーツといっしょに載せて食べて、最後に、ちょっぴりチーズだけ食べてみる予定でした。

 ――あたしは人間だから、ヤギのチーズはやっぱりおいしく思わないかも?

 と、来るときの自動車の中で思ったことと、少しちがう考えになっていました。

 

 その後はダイチの家でばんごはんをいっしょに食べました。おばさんがヤギのチーズでオムレツを作ってくれたので、予定がひとつ、進みました。オムレツは、おいしかったし、ヤギのチーズの匂いがとても強く残って、いい風味≪ふうみ≫になっていました。

 ダイチの家では、愛犬であるグレイシャーにも会えました。毛の長い犬で、毎日ブラッシングしてもらっているグレイシャーは、今日出会ったどんな動物よりも触り心地がよく思えました。こんなふわふわの生き物とくらしているダイチに、パルミはうらやましい気持ちになりました。

 パルミが家についたのは夜で、すっかり暗くなっていました。

 玄関≪げんかん≫から入り、おばさんがお父さんと少し会話をして、おばさんは帰ってゆきました。

 おばさんが帰ると、お父さんが話してくれました。

「パルミが楽しく牧場に行ってこられてよかったよ」

 そして、今日どうしてお父さんはついてこなかったのか、お母さんはどうしているのかも、教えられました。

「お母さんが赤ちゃんを産むのに、今日、手術≪しゅじゅつ≫をしたんだよ」

 お父さんはつきそいをしていたのでした。お母さんが赤ちゃんを産むことになっているのは、何度も言い聞かされていたので、パルミも知っていました。そして、今日、ぶじに手術が終わったことを知って、ほっとしました。

「手術したけど、明日に退院できるよ。パルミ、妹が生まれたんだよ」

 お父さんの顔が、とてもうれしそうでした。きっとパルミが生まれたときの顔も、この顔だったのに違いないとパルミは思いました。

「妹! 赤ちゃんは女の子なんだね」

「そうだよ」

「あたし、ぜったいになかよくするからね。ねえ、名前は? 名前はなんていうの?」

「生まれたばかりだから、まだ名前はないんだよ。でも、そうだね、お母さんと話しているところだけど、エジプト旅行から帰ってきてすぐに赤ちゃんがいることがわかったから、その思い出の感じられる名前になると思う」

「エジプト、楽しかったねえ」

 パルミの家は、ペットはいません。海外旅行にときどき行くからです。去年は日本からちょうど一万キロメートル離れた、遠いエジプトに行ってきたのです。あんなに遠くに行ったのはパルミは初めてでした。

 ――エジプトの女王だったクレオパトラみたいにきれいない妹が生まれてくるかも。

 そんなふうに空想しました。


 次の日。

 パルミのお母さんは、ぶじに家に帰ってきました。やわらかで、ぽよぽよした、パルミの妹を連れていました。赤ちゃんは、クレオパトラにも、お父さんにも、お母さんにも、パルミにも似ていません。赤ちゃんの顔をしていました。けれど、人間の手をしていて、パルミの指をぎゅっと握≪にぎ≫ってきました。

 ――こんなに小さいけれど、人間なんだ。あたしの、妹なんだ。

 パルミはとてもうれしく思いました。

 新しい家族である妹のルクルを家にむかえた日の思い出が、彼女の心に深く残りました。

 

「ルクルが生まれた日にもね、お姉ちゃんは牧場でふれあい体験とか、乗馬体験をしたんだよ」

 パルミは小学五年生になり、妹のルクルは来年、小学校に上がります。つまり、あのときのパルミと同じ年になっています。

 そしてお父さんとお母さんとパルミとルクルの四人で、あのときの牧場に来ています。

「へえ、いいなあ。ルクルは牧場は今日がはじめてだ」

 ルクルがウサギを抱っこして、ひざに乗せています。

「またルクルが五年生になったら、牧場に来ようよ。あと五年たったら、お姉ちゃんは車を運転できるかもよー?」

「えー、十六歳でしょ、車はまだでしょー」

「あはは、ルクルはかしこーい。その通り。だからまた四人で来ようね」

 パルミは、ルクルに、あの日に出会った十一匹の動物を教えました。

「モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ。それからウシの乳しぼり。ポニーの乗馬体験。シロフクロウ、カピバラ、手乗りインコ、アルパカだね。この牧場で出会ったのは」

「いちに、さん、し……お姉ちゃん、十匹しかいない」

「おおっと、ダイチんとこのグレイシャーを入れてなかったよん」

「イヌが入って十一匹!」

 パルミは妹を、ウシの乳しぼりに案内します。「おっきいね、ウシの体!」と言うルクルに、「おっぱいもドギューンと大ボリュームよん。セクシーボディーだじょ」「やだお姉ちゃん」と、なんだかあの日のダイチとの会話のように話します。

 乳しぼり体験に並びながら、

「あの日の十一匹よりも、そのあとに出会った生き物が、あたしは一番好きだなあ」

 とパルミがつぶやくと、ルクルが振り向きました。

「え? なにか言った? お姉ちゃん」

 ウシの乳しぼりが楽しみで、牧場の柵≪さく≫に前のめりになって見ているルクルでした。

「うひゃひゃ、ルクルはかわいいなあって言ったの!」

 パルミは妹の頭をつかまえて、ぎゅっと抱きしめました。

「うわあ、ウシの順番、回ってくるから! お姉ちゃん、あと、こんなとこではずかしいよ!」

 ルクルがじたばたしましたが、ほんの少しだけ長めに、ルクルを胸に抱いたパルミでした。

「おっきい頭に育ったなあ。のうみそたっぷり入ってるんだなあ」

「なにそれ、ほめても、ルクルののうみそ、見せないからね」

 じゃれあう二人を、お父さんとお母さんが、笑いながら見ていました。


 この日にパルミとルクルは、ウサギを抱っこして二人でならんでいる写真をとりました。

 そのあと、二人は写真≪しゃしん≫を刻印≪こくいん≫したメダルを作ってもらいました。

 メダルは貴金属≪ききんぞく≫を使ったもので、つかう金属によってかかるお金も違います。いちばん高いメダルをお父さんが「パルミにとって、特別な場所だからな」とふんぱつして買ってくれました。

「かなり小さいサイズだけど、ペンダントトップや、チョーカートップにするといいみたいね。それ、いいわね」

 と、お母さんもとても気に入ってくれたようです。

 銀色にかがやく小さなメダルが、パルミとルクルにとってたいせつな思い出の品物になりました。



(おわり)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パルミと十一匹の動物 紅戸ベニ @cogitatio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る