パルミと十一匹の動物
紅戸ベニ
第1話(1話で完結)
「パルミちゃん、お母さんはすぐに
と、おばさんがやさしく手を
晴れた秋の日曜日です。おばさんは、お母さんの妹です。
おばさんと、おじさんと、同い年のいとこのダイチと、パルミ。この四人で、町から少しはなれた
パルミはこのときまだ
お母さんが入院してもう四日目です。お父さんも「すぐにお母さんは退院するよ」とニコニコの顔で言ってくれました。
パルミはおばさんも
「パルミ、ウマに乗ったことあるか? オレは、前にこの
ダイチは行きの自動車の中でもはしゃいでいました。
「ウマ? 乗ったことないし。あたし、動物にほとんどさわったことない……」
パルミはあまり楽しみではなかったのです。お母さんが心配なのと、
「じゃ、今日はいっしょにウマに乗ろうぜ」
「ダイチとパルミが乗るのは小さいウマのポニーね」
ダイチとパルミのあいだにはさまって
「パルミは動物にさわったことがあんまりないのね? じゃ、おばさんといっしょに、ふれあい広場にいきましょう。ウサギやモルモットは小さいから、いいかもね。大きいのはヒツジとかヤギかな」
パルミは動物の名前はわかりました。テレビで見たことがあるものばかりでした。
「おばさん、ヤギ、ヤギのお
テレビで見たハイジが母ヤギのおなかの下にもぐりこんでお乳を
「うーん、
おばさんは
「ヤギのお
「チーズだから、そのままでも食べられるっしょ? あたし、さいしょはそのまま食べてみたいなあ」
「おおっ、パルミはチャレンジャー、
「およ? チーズのにおい、あたしは好きだけどなあ」
「じゃあ、パンかオムレツに使ったのこりを、少しだけ、あとで食べてみるのがいいと思う。ほら、先に食べて気に入らなかったら、せっかくお母さんと食べるごはんが、楽しくなくなるかもしれないじゃない?」
「おばさんは、あたしがヤギチーズを気に入らないって
「だっておばさんも、そのまま食べるのはいやだもん。パルミもおんなじだと思うわけよ」
「なるほどねー」
ダイチがむくれています。せっかくパルミと話をしていたのに、パルミがとちゅうからお母さんとばかり話しているからです。
おじさんが、こんなふうに助け
「ダイチ、もしパルミちゃんとふれあい広場に行ったら、どんな
そこでおばさんも、話をふれあい広場にもどしました。
「そうね、ダイチがいいと思う
ダイチはうーんと言ったあと、
「パルミがこわがるといけないだろ。だからモルモットが一番目。それからウサギ。ヤギとヒツジは意外と顔がこわいから、パルミがいやがるかも」
パルミは言い返します。
「そんなんわからないじゃん。行ってみたら、どの動物もかわいいねー、キュートだねー、ダイチとパルミと
「うちのパパとママかよ! パルミが平気かどうかだよ」
「ま、平気っしょ。ダイチみたいにらんぼう者だったらいやだけど」
「パルミみたいにいじわるなことを言ってこないぜ、動物は」
「ムキーッ、ダイチも言うようになったじゃん」
「パルミに口で負けてられるかよ」
おばさんが、少し
ちょっと
「それもそだねー。じゃあ、今日はふれあい広場であんないよろしくね、ダイチ」
と言うのでした。ダイチはこんな表情のよく変わるパルミになれているので、
「おっ、まかせろパルミ。オレよりキュートでいとこにしたくなっちゃうモルモットを見つけようぜ」
「あははは、パルミ、いとこはやっぱり人間のほうがいいから、ダイチのほうがいいよ」
そこでおばさんがふたたび口をはさみ、
「小さくてかわいい動物を見たら、こんなかわいい生き物といっしょにおうちで
「えっ、でもママに
「そこかー。安心して、ダイチ。べつにダイチもパルミも牧場においてこないよ」
パルミは「にししっ」と歯を見せて笑い、
「よかったね、ダイチ。ずっとおばさんといっしょに住んでいいって」
ダイチはちょっとだけあわてたふうに、
「まあ、まあな。人間の子どもがいちばんかわいいよな、パパもママも人間だもんな」
おばさんがそれを聞いてくすくすとわらいながら、
「そういうこと。人間の子どもってかわいいなあ」
と言うので、パルミも、
「ねえ、おばさん。人間の子どもがいるから、今日は牧場でかわいい動物を見る
そう聞いてみたくなったのでした。
「いや、パルミ。それはべつだよ」
と急に
「モルモットやウサギには、またべつのかわいさがあるよ。おばさんはそれを求めて牧場に行くんだよ」
ダイチの家族でいちばんの動物好きはおばさんのようでした。でもそんなおばさんも、人間の子どもがいちばんかわいいと言っています。パルミはなんだかとても安心しました。
「ふわー、なんか空気の中に枯れ
とパルミは言いました。牧場はゲートをくぐるとアスファルトの道がつづきますが、そのまわりは
おじさんが、ひたいに手を当てて遠くを見ながら言いました。
「むこうにある、ウシを
かすかに、生き物の
ふれあい広場ではモルモットがたくさん動き回っていました。もっそもっそと歩いては、鼻と口をひくひく、もぐもぐと動かしています。パルミはモルモットが意外にもよく鳴くので、おどろきました。
「ムイムイ、ムイムイ、すっごくうるさいムイね、モルモット!」
おばさんがパルミの横にずいっと出てきてモルモットを抱き上げました。
「この鳴き声もかわいいわけよ、わからないかなあ」
「
「そうだねー。じゃ、ウサギのほうに行く? ダイチ、ウサギのところにパルミをつれていって」
「わかった。パルミ、こっち」
ダイチが手でこっちこっちとまねいてウサギのふれあい場に連れていってくれました。とはいっても、モルモットのとなりがウサギのコーナーでしたけれども。
「わあ、ウサギだ。テレビだと
「そうだな。
そう言ってダイチは一頭のウサギの前にしゃがみこんで、そっと前足の下に
「ほら、パルミ。ウサギを
「うん。ウサギだ……わ、足をバタバタしてるよ」
「服はよごれても、顔とか手をけがしないようにな。後ろ足にひっかかれると
「耳をつかんでぶらさげちゃ、ダメ?」
「それダメな持ち方だってオレは教わった。パルミだって耳をつかんで持ち上げられたら
「うひーっ、耳ぶらさがりは、つらいよ。じゃあ、ダイチのまねをして、べつのウサギを見つけてみるよ」
「あ、そう? じゃオレはもっとでっかいのを見つけて抱っこしよう」
パルミは、小さめのウサギを見つけて、そっと
「ウサギって、あったかい……」
とパルミは感動しました。
今日は服をよごしてもいいとお父さんに言われています。ウサギの足には土が少しついていましたが、気にせずにひざに乗せることにしました。
一方、ダイチはべつのウサギに
ウサギをおどろかせてしまい、引っかかれてしまいました。
パルミは心の中で「男子はガキなところ、あるよね」と思いました。そしてその直後に、ダイチがつっ立って
「ダイチ、ちょっと待ってて。おばさんをよんでくるよ」
ダイチの後ろから声をかけて、パルミがおばさんのところに小走りでむかいます。
「あのね、おばさん。ダイチがウサギに引っかかれて、痛いみたい」
おばさんは「ありがと、パルミ」と言うとモルモットをそっとひざから下ろして、ダイチのところにかけよっていきました。
ダイチが引っかかれたところをおばさんに見せて「あらあら」と
ダイチが甘える姿を見たからでしょう。パルミは自分もさびしい気持ちをかかえていることに気づいたのでした。
パルミは少しウサギに顔を近づけます。小さな声で、ウサギにむかって話しかけます。
「人間の子どもからしても、人間のお母さんがいちばんいいんだよ……ね、ウサウサウサっぴ」
とウサギに勝手にあだ名をつけました。
ダイチがおばさんに長い時間ぴったり張り付いているので、パルミは自分一人でモルモットのコーナーに戻りました。
パルミはのろくて小さなモルモットを一匹を見つけ、温かく抱きしめました。
「ムイムイうるさいって思ったけど、こうして声を聞いているのも、いいかもね」
動物の声でいっぱいのところにいると、なにかを
次はウシの
パルミはウシを近くで見るのは初めてです。これから《ちち》乳をしぼらせてもらうウシが、係の人といっしょに
「おっぱいでっけえ!」
と大声で言うパルミに、ダイチが
「おまえ、でかい声でそんなこと言うなよ、
と、ひじでつついて注意しました。
パルミは
「ほんとのことじゃん。ウシのおっぱいから牛乳が出るんだよ。ダイチだって
「わかってる、わかってるけど、言わないでいいだろ」
また言い合いになってしまいました。
ケンカというほどではなく、二人とも本気で
乳しぼりは、人気があって、たくさんの人がならんで待っていました。多くは子どもで、パルミたちと同じように、生まれてはじめての体験のようです。みんな、前の人がおっかなびっくりウシの乳をしぼるところを見つめています。つきそう大人が「すごいねー、びゅーって出るんだね」などと子どもに言っています。
「あたしたちの番になるまでに、牛乳が全部出ちゃっておしまいになったりしないかな」
と言うパルミに、おばさんが、心配ないと
「だいじょーぶ。ウシの子どもはパルミとダイチを合わせたよりも大きいんだよ。いっぱい牛乳が出るから、平気」
はたして、パルミの番になっても、白い牛乳はたっぷりと出ました。
「わあ、ウシの乳は見た目通りのさわりごこちだあ。あったかくて、やわらかい!」
指をひとさし指からじゅんににぎりこむと、そのたびに乳がびゅーっと出てバケツにたまっていきます。
「においも牛乳だよな……」
と、自分の番になったダイチが言いました。牛乳が、パックでもビンでもなく、生きたウシから出てくることに、なんだか変な感じがするパルミでした。
――パックにつめられているほうが、不自然なんだよね。こっちが、自然なんだ。
頭では知っていたつもりのことが、じつはぜんぜん心ではわかっていなかったことが、パルミにはすごく
そのあとパルミとダイチは、ヤギとヒツジのエサやり体験もしました。ヒツジの毛の固さにも
「うわっ、ダイチもさわってみて。ふわふわに見えるのに、すっげー固いよ、ヒツジの毛!」
「だよな、だよな、あんまり白くないしさ」
「考えてみたら、生えてきたまんま、
うちに帰ったらまっさきに今の服を
――動物を見にきたのに、人間のことを考えちゃうなんて、ふしぎだ。
と心の中で思います。
その後、ポニーの
さらにシロフクロウの見学、カピバラ、手乗りインコ、アルパカにふれる体験をしました。
牧場の出口の近くに
「長生きする生き物はね、家族になるつもりで
と、おじさんが説明してくれました。
売店ではヤギのチーズも買うことができました。おばさんの言う通り、お母さんが退院してきたら、オムレツに入れてもらうつもりです。そしてパンにフルーツといっしょに
――あたしは人間だから、ヤギのチーズはやっぱりおいしく思わないかも?
と、来るときの自動車の中で思ったことと、少しちがう考えになっていました。
その後はダイチの家でばんごはんをいっしょに食べました。おばさんがヤギのチーズでオムレツを作ってくれたので、予定がひとつ、進みました。オムレツは、おいしかったし、ヤギのチーズの匂いがとても強く残って、いい
ダイチの家では、愛犬であるグレイシャーにも会えました。毛の長い犬で、毎日ブラッシングしてもらっているグレイシャーは、今日出会ったどんな動物よりも
パルミが家についたのは夜で、すっかり暗くなっていました。
おばさんが帰ると、お父さんが話してくれました。
「パルミが楽しく牧場に行ってこられてよかったよ」
そして、今日どうしてお父さんはついてこなかったのか、お母さんはどうしているのかも、教えられました。
「お母さんが赤ちゃんを
お父さんはつきそいをしていたのでした。お母さんが赤ちゃんを
「
お父さんの顔が、とてもうれしそうでした。きっとパルミが生まれたときの顔も、この顔だったのに違いないとパルミは思いました。
「妹! 赤ちゃんは女の子なんだね」
「そうだよ」
「あたし、ぜったいになかよくするからね。ねえ、名前は? 名前はなんていうの?」
「生まれたばかりだから、まだ名前はないんだよ。でも、そうだね、お母さんと話しているところだけど、エジプト
「エジプト、楽しかったねえ」
パルミの家は、ペットはいません。海外旅行にときどき行くからです。去年は日本からちょうど一万キロメートル
――エジプトの女王だったクレオパトラみたいにきれいな妹が生まれてくるかも。
そんなふうに
次の日。
パルミのお母さんは、ぶじに家に帰ってきました。やわらかで、ぽよぽよした、パルミの妹をつれていました。赤ちゃんは、クレオパトラにも、お父さんにも、お母さんにも、パルミにも
――こんなに小さいけれど、人間なんだ。あたしの、妹なんだ。
パルミはとてもうれしく思いました。
新しい家族である妹のルクルを家にむかえた日の思い出が、彼女の心に深く残りました。
「ルクルが生まれた日にもね、お姉ちゃんは牧場でふれあい体験とか、乗馬体験をしたんだよ」
パルミは小学五年生になり、妹のルクルは来年、小学校に上がります。つまり、あのときのパルミと同じ年になっています。
そしてお父さんとお母さんとパルミとルクルの四人で、あのときの牧場に来ています。
「へえ、いいなあ。ルクルは牧場は今日がはじめてだ」
ルクルがウサギを
「またルクルが五年生になったら、牧場に来ようよ。あと五年たったら、お姉ちゃんは車を運転できるかもよー?」
「えー、五年だと、まだ
「あはは、ルクルはかしこーい。その通り。だからまた四人で来ようね」
パルミは、ルクルに、あの日に出会った十一匹の動物を教えました。
「モルモット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ。それからウシの乳しぼり。ポニーの乗馬体験。シロフクロウ、カピバラ、手乗りインコ、アルパカだね。この牧場で出会ったのは」
「いちに、さん、し……お姉ちゃん、
「おおっと、ダイチんとこのグレイシャーを入れてなかったよん」
「イヌが入って十一匹!」
パルミは妹を、ウシの乳しぼりに案内します。「おっきいね、ウシの体!」と言うルクルに、「おっぱいもドギューンと大ボリュームよん。セクシーボディーだじょ」「やだお姉ちゃん」と、なんだかあの日のダイチとの会話のように話します。
乳しぼり体験に並びながら、
「あの日の十一匹よりも、そのあとに出会った生き物が、あたしは一番好きだなあ」
とパルミがつぶやくと、ルクルが
「え? なにか言った? お姉ちゃん」
ウシの乳しぼりが楽しみで、牧場の
「うひゃひゃ、ルクルはかわいいなあって言ったの!」
パルミは妹の頭をつかまえて、ぎゅっと抱きしめました。
「うわあ、ウシの順番、回ってくるから! お姉ちゃん、あと、こんなとこではずかしいよ!」
ルクルがじたばたしましたが、ほんの少しだけ長めに、ルクルを胸に抱いたパルミでした。
「おっきい頭に育ったなあ。のうみそたっぷり入ってるんだなあ」
「なにそれ、ほめても、ルクルののうみそ、見せないからね」
じゃれあう二人を、お父さんとお母さんが、笑いながら見ていました。
この日にパルミとルクルは、ウサギを抱っこして二人でならんでいる写真をとりました。
そのあと、二人は
メダルは
「かなり小さいサイズだけど、ペンダントトップや、チョーカートップにするといいみたいね。それ、いいわね」
と、お母さんもとても気に入ってくれたようです。
(おわり)
パルミと十一匹の動物 紅戸ベニ @cogitatio
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