第3話

彼女の名前は、『あや』と言った。

苗字は? って聞いたら、


「教えると苗字で呼ばれるからヤダ」


と言って教えてくれなかった。

この回答は的を得ていたと思う。

ともかく、周りに嫌われていた僕にはこんな風に気軽に話す相手がいなかったから、とても嬉しかった。

モノクロな人生に初めて塗られた色の着いたペンキ。

彩はそんな存在だった。

一言で言ってしまうなら、僕の救世主。

薄っぺらいけど、確かにそうだった。


「え!? 朱音くんも絵描いてるのっ!?」


いつもの僕なら、「そんなわけないじゃん」とか言って否定するだろう。

でも、彩になら認めて貰えそうな気がした。

僕にこんなに話しかけてきてくれた人なんて初めてだ。

少しだけ、人を信じてみようと思った。


「そうだよ……下手だけど」


そう言うと、彩は目を輝かせた。


「本当!? 本当に!? やった! 今度見せて!」


飛び切りの笑顔を浮かべた君は、この世界で一番輝いていた。

そんな彼女にひとつ聞きたいことがあった。


「ねぇ。彩は、どうして病院ここにいるの?」


どこから見ても患者には見えない彩。

なんで病院なんかにいるのだろうか?

それを答えるまで、少し時間がかかった。

躊躇いながらも、桃色の唇を小さく開く。


「私、病気なんだ。」


――そっか。

君も、病気なんだ。

僕とおんなじ。

その事に何故か安心感を覚えてしまう僕がいる。

何でだろうな。一人で死ぬのが怖いから?

でも、その安堵感も一瞬だった。


多彩たさい病。知ってる?」


僕の病は、無彩病。

彩の病は、多彩病。

僕達は正反対だ。

どうしてだろう。

これが僕達の運命さだめなのか?

それからは、逃げることが出来ないのか?

あぁ、なんて哀しいこの世だろうか。

多彩病。

それは、生きているけれど死ぬ病気だ。

僕と反対に、多彩病患者の視界は色に満ちている。

それぞれが、自分の色を誇張し合ってしまうのだ。

やがて、多彩病患者は植物状態になる。

無彩病。

それはその真逆の病気。

死んでいるけれど、生きている病気。

呼吸とか、心臓の鼓動とか、そういうのが全部死んだってわかってから数日たった時のことだ。

――いや、見たことないから本当かわからないけど。

一日だけ、奇跡が起こるんだ。

無彩病で死んだ患者は、死んでから数日後に二十四時間の猶予を与えられるといわれている。

1日だけ、生き返れる。

これが、死んでいるけれど、生きている病気と言われるゆえんだ。

無彩病患者の魂は、死してなお生きている。

――面白い話だよなぁ。

死んでるのに、生きてる?

そんなことがあるのだろうか?

分からない。

でも、この時間は「仕上げの時間」としてよくとりあげられている。

変わらない事実。

それは、人にはいつか終わりが来るということだ。

僕にも。

そして――今僕の目の前にいる、この少女、彩にも。

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僕の色はこの世界に彩りを与える @umiuta

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