エンペラー

黒隼

第1話 ハッピーデスデイ

「あら、もうこんな時間。仁じん、圭けいのこと迎えに行ってきて」


圭は俺の弟で1歳差。

学校の後17時から20時まで近所のスーパーでバイトしている。


現在の時刻は19時50分。

母は料理を作っている。


「え〜やだよ。免許取ったばっかだし」

「だからこそ練習しなきゃダメでしょ」


俺は3日前に運転免許を取った。

運転して早く慣れたほうがいいのはわかっているが、自動車学校の車じゃないと凄く怖い。


「わかったよ」


俺は渋々鍵を取り、車に乗ってエンジンをかけ、スマホで音楽を流した。

夜だったこともあり、慎重にペダルを踏み、40キロくらいのスピードでスーパーに向かった。


スーパーに着いた時には圭が外に出て待ってた。

「兄ちゃん運転してんじゃん!すげぇ!」

「遅れた。ごめん」


弟を乗せたらさっきよりも緊張した。

なぜなら自動車学校の教官しか車に乗せたことがないからだ。

35キロくらいのスピードで進み、赤信号ではブレーキを何回かに分けて踏む。


「僕も早く免許取りたいな」

「運転なんて何も楽しくないよ」


そんな会話をしていたら信号が青になった。

左右を確認してからアクセルを踏んだ。


ドーン


右側から信号無視した車が突っ込んできて俺の車とぶつかった。

すぐに、死ぬんだなということがわかった。


弟の方を見る。

即死したようだった。


何でこんなことになったんだろう。

就職もせずに終わっちゃったなぁ。

成人式と同窓会行きたかったなぁ。

結婚したかったなぁ。


父は俺が5歳の時に死んだ。

だから母が女手一つで俺と圭を育ててくれた。

「お母さん、ごめん。今までありがとう」




「大丈夫ですか!?大丈夫ですか!?」


何か声が聞こえる。

救急隊の声だろうか。

聴覚は最後まで残ると聞いたことがあるが、本当だったのか。


「大丈夫ですか!?」

(大丈夫なわけないだろ)

心の中でつっこんだ時、ある違和感に気づいた。

体の感覚がある。

なぜか生きている感じがする。

俺は目を開けてみた。


「え?」


目を開けて見えたのは1人の女性。

黒髪ロングの美人。


「大丈夫ですか?」


女性が大丈夫か聞いてくれているが、状況が飲み込めず、上手く声が出ない。

だが冷静に考えてみた。

死んだと思ったら生きていて、目の前に女性がいる。


「異世界転移…?」


そこで俺は目の前にいる女性に話しかけてみることにした。


「すみません、ここはどこですか?」

「大丈夫ですか!?ここはさいの国ですよ!」

(やはり知らない世界だ)


俺はすぐに起き上がって弟を探した。

「圭!圭!」

周りには誰もいない。

ビルに囲まれていて、俗に言うサイバーパンクな雰囲気の街だ。

「僕の他に倒れてる人いませんでしたか?」

「いませんでしたよ」

「そうですか…」


紫天しでん学園に行け!」


「なんだ!?」

(急にどこからか声が聞こえた)

「どうしたんですか?」

(この人には聞こえてないのか?)

「いや、何でもないです。それより、助けてくださってありがとうございました。」

「いえいえ、私は何もしてないですよ」

優しい人でよかった。

そういえば、自己紹介をするのを忘れてた。


「僕の名前は黒井くろいじんです。よろしくお願いします」

「私は杏奈あんなです。よろしくお願いします」


「一つ聞きたいんですけど、紫天学園って知ってますか?」

「もちろんですよ。この国一番の学校ですよ」


紫天学園が実際にあることが分かった。

あの声は何だったんだ?

紫天学園に入学しろってことか?

今何をしたらいいか分からないから、あの声に従ってみよう。


「紫天学園に入学するにはどうすればいいですか?」


「明日の入学試験を受けるしかないです」

「明日!?」

この世界のことを何も知らないのに入学試験なんて受かるのだろうか?


「入学試験ってどんな問題が出ますか?」

「問題?入学試験で必要なのは能力だけですよ」

「能力?」

「みんなが生まれつきあるものです。仁さんにもあるはずですよ」


俺は異世界から来たから能力なんてない。

能力がないと言うともっと怪しまれるから、杏奈さんに異世界から転移してきたことを言おうか悩むが、信じてもらえなくてもいいから一回言ってみることにした。


「実は僕、異世界から転移してきたんです」

「そうなんだ!」

「え?疑わないの?」

「さっきから紫天学園とか能力のこと知らなかったし変だなって思ってたんだよね」

最初に出会った人が杏奈さんでよかった。


「仁さんは何歳ですか?」

「18です」

「私も18です!じゃあ今からタメ口ね!」

「わかりました!」

「敬語になってるよ(笑)」

女性と話すのは緊張する。


「明日の試験私も受けるけど、仁も一緒に行く?」

「俺能力ないから無理だと思う」


いや、弱気になっちゃだめだ。

あの声に従えば何かが分かるかもしれない。

行ってみる価値はある。


「やっぱり俺もその試験受ける」

「じゃあ行こっか!」


今日から俺の異世界生活が始まった。

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