エピローグ コウモリが戻る時

バンパイアの王は深い深い眠りにつく。

それはきっと二度と醒めない眠りかもしれない。


闇の中に崩れた城の更に奥、深い深い森の中、誰のために建てられたのかは分からない教会がある。


そこには秘密の扉があり、秘密の階段がある。そこを降りた深い場所。とてもとても深い場所。


そこにバンパイアの王は永遠の眠りついている。この世界との約束を果たすため、王は永遠の眠りを自ら望んだのだ。


この世界との約束が果たされた満月の夜、王は再び目を覚ます事を許された。その時には、彼には別の名前が与えられ、別の存在として生きることを許された。


しかしそれはいつになるのだろう。

もしかするとこの先ずっと目醒める事は許されないのかもしれない。しかし王はそれでもいいと、過去が許され、世界が自分を望んでくれるのであればどんな形でも良かった。


悪魔のような存在ではなく、誰かに求められるような存在に生まれ変われるのであればと。


過去に行った事はどうしたって戻らない。償えないことは分かっていた。だからこそ年月をかけて許しを乞い、そして許されたのなら、その命をこの世界のために使おうと。


愛のために使おうと。


この世に不老不死など存在しない。誰かがそう言った。


けれどそれは本当ではない。


この世に不老不死は存在するのだ。

何をどうしたって滅ぼすことのできない命が。


その命はきっと、一時的に眠りにつき、平穏な日々を呼ぶことだろう。


その時彼は再び目覚めるかもしれない。

人間の目を欺き、この世の善悪を見極める時なのかもしれない。


バンパイア、バンパイアを食らうモノ、そして人間。全ての壁が無くなった時、新たな世界が始まるのだ。そしてその新たな世界では、新たな壁が生まれる事だろう。


世界が再び王を蘇らせる日は、そう遠くないのかもしれない。



………

……


『…は、最低でも30℃と、かなり蒸し暑い一日となりそうです。各地の気温もご覧の通り…』


ジジ… ピッ


『というわけで、今週のゲストはハルビル様こと麗しのバンパイア、ハルビル・ザリオネさん! いやぁー私もね、彼にインタビューさせて頂いたんですけど、本当に気さくで…』


ジジジ… ピッ


『さぁて、始まりましたぁ、ウーウォンテッドのお時間でぇす! 今週の注目賞金首は3人! まず1人目はこちらよぉー! 通称切り裂き…』


ジジ… ピッ


『だと政府は意向を示しています。バンパイアで初の首相に選ばれたデッラ氏は、明日、2日にも声明を発表し…』



「あのー、…直りましたよ」



「そうか。わざわざ呼び出して悪かったな。助かった。もう、下がって良いぞ」



狭い室内は、今年最高気温を叩き出したというのにクーラーが壊れ、ラジオを直していた青年は汗だくであった。古い型のラジオはようやく直ったが、機械に詳しい青年は男が早くクーラーを直してくれないかと願った。


しかしその男は、この特殊部隊の中でも群を抜いて恐れられているため、自分からクーラー直したらどうですか、なんて恐れ多くて言えないのである。男はふぅと溜息をつくと外を眺めている。男は誰とも群れず、いつもひとりでいた。青年はどうしてもこの男と仲良くなりたかったが、この男は、誰がどう見てもフレンドリーという類のものではない。



「…あの、」



けれど青年はどうしても仲良くなりたかった。理由は不純なものだったが、男と距離を縮められるのなら、どんな手でも使いたいと思った。



「なんだ」



男は窓辺に座ったまま、青年を見つめる。青年は目が合うと、心臓がきゅっと縮まるような気がした。



「えっと…その、みんなが噂してて、いま蔓延してるホワイトアイズっていうウィルス、結局バンパイアにしか広がらないし、致死率が相当高いし、感染したら同類のバンパイアを噛み殺す恐ろしいウィルスだってニュースで毎日やってるじゃないですか…」



「あぁ、それが?」



「いや、本当に噂なんですけどね、噂……、凶暴化したバンパイアを止める為にも、ウィルスの根源を突き止める為にも、……やっぱりクラウドってパンパイアの王が必要な時代なんじゃないかって。どこかで生きてるかもしれないって噂あって…」



「……なぜ、それを俺に」



「え、あ、いえ、あの、リーダーって昔イーストにいたって聞いてて、あのクラウドを討伐したのもリーダーのいたハンター組織だって…。俺、叔父が昔そこにいたんですよ」



「あぁ、お前もしかしてマスター…いや、ロクさんの」



「は、はい! だからクラウドの事知ってるかなって」



「クラウドは死んだ。それ以外に何もない」



「でも噂があるんすよ! 不老不死だって」



「不老不死なんてない」



「えー! でもリーダーが言うなら本当なのかなー」



「いいから、お前は仕事に戻れ」



「あ、あのあの、最後に! リーダーはどうしてバディを組まないんですか。パートナー、要らないんですか。リーダーは一番優秀なのに、パートナーをつけないから最前線ではなく、教育係を命じられてるんだって聞いたことがあって…あの、リーダーはヘルだから、人間より強いのは分かってますが…」



青年の質問に、男はふっと笑みをこぼした。青年はその男の笑みなど今まで見た事がなく、その時が初めてであり、心底驚き、そして胸が締め付けられる感覚に襲われた。



「大昔にいたパートナーの居場所ってのを、今でもあけているのかもしれないね、きっと」



「昔はパートナー、いたんですか…?」



「…ハンター時代の話だ。大昔もいいとこだ。それに教育係も悪くないだろ」



男はそう言ってまた外を眺めている。その横顔が悲しそうで、でもどこか凛としていて、青年は複雑な気持ちを抱いた。けれど青年は男が少し自分に心を開いてくれた気がして嬉しくなったのも確かだった。通っていて良かったと、心底思った。



「あの…」



「最後の質問をしたんじゃなかったのか」



「…すみません。でも、僕、今日でここの部隊最後なんです。サザール地方の配属になって、それで…、あの僕、リーダーがずっと憧れでした。レオリーダーの下で訓練できたのは光栄ですけど、でも、やっぱり僕の憧れはあなたで、一度でも良いから教わりたかったんです」



「そうか」



「あの、いつか僕があなたのパートナーになります! 今のままの僕では不甲斐ないのは分かってます! でもいつか迎えに来ます! そうしたら最前線に立ちましょう! だから、名前教えてください! お願いします!」



男は青年の勢いに圧倒され、そしてその青年の熱に押され、ふっとまた笑みをこぼした。



「名前を聞いてどうすんだ?」



「パートナーに指名します」



「お前が、俺を?」



「はい!」



青年は本気だった。それは男にも十分伝わり、男はその青年の一生懸命な瞳を見ながら口を開いた。



「悪いな、俺にとってパートナーはひとりしかいないんだ」



まだ、かつてのパートナーの居場所を開けている。

男はふっと笑って、また外を見た。コウモリが1匹、こちらへ羽ばたいて来るのが見えた。



The End


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The Crack of Black Night Rin @Rin-Lily-Rin

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