第三九章 ぼくがさきにすきだった

「どうせなら記憶のある君に抱いて欲しかったところだけど、まあこうして契りを交わせたたけでも僥倖としようか」


 何故かすっかりご満悦の様子でクリストフが言った。

 もうマジで意味が分からない。

 誰でも良いからこの状況を詳しく俺に解説してほしい。


 あれから俺たちはいつものように乱痴気騒ぎに突入したわけだが、クリストフは途中からもう別人のようにノリノリになっていた。

 なまじ元が男性だからか知らないが、男の弱点を的確に突くその所作には俺も思わず度肝を抜かれてしまったものだ。

 恥ずかしながら、今回ばかりはちょっと良かったなと思ってしまった。いやはや……。


「クリストフ卿は、何処でお兄さまとお知り合いになられたのですか?」


 乱痴気騒ぎを終えた俺たちは、散らかった応接室を片づけながらそのままそこで各々に休憩を取っていた。

 幸いにもソファはまだ再利用が可能な状態で、セレニアとクリストフがそれぞれにちゃんと着替えもすませて折り目正しくソファの上に座っている。

 ちなみにガラス製のローテーブルは今回も粉砕されてしまったので、改めてDPメニューから獲得し直した。今度は長生きしてくれることを祈る……。


「僕らはもともと同期の騎士だったんだよ。もっとも、僕は騎士学校上がりで彼は叩き上げだったから、出自はまったく違うけれどね」

「……叩き上げってなんだ?」


 アス子が口を挟んでくる。

 彼女とデス子は乱痴気騒ぎが終わったあとはなかなか服を着ないので、今も全裸である。

 デス子はもう諦めるとして、なんとかアス子には下着くらいつけるように教育できないものだろうか……。


「叩き上げというのは、傭兵から武勲を立てて騎士に召し上げられることを言うの。お兄さまはもともと傭兵あがりだったのですね……」


 セレニアが説明してくれる。

 いや、俺は覚えてないんですけどね……。


「その当時から、ロイの剣の腕は群を抜いていてね。当時は僕も騎士学校を主席で卒業したというプライドもあって、彼には無駄にライバル心を抱いていたものだよ」


 やや遠い目をしてクリストフが言った。

 その横顔はまるで遠い恋人を想うかのように物憂げで、とても少し前まで男性だった者の表情とは思えない。


「自分の性に疑問を抱き出したのもそのころだよ。僕はね……いつの間にか、ロイのことを憧れの異性であるかのように見ている自分に気づいたんだ」


 クリストフの視線がスッとこちらを向く。


「僕は自分が恐ろしくなった。男の身でありながら同じ男に焦がれてしまっている自分にね。そんな自分の気持ちを誤魔化すために、娼館に通ったこともあるんだ。今思えば、愚かなことをしていたと思うけどね……」


 なんと。では、クリストフはすでに性交経験があったのか。

 でも、性交経験があると性転換の魔術はかからなくなるのではなかったか?


「うーん……絶対にかからないってわけじゃねーからなぁ。というか、アタシはてっきり何かの魔術で男にされたんだとばっかり思ってたぜ」


 アス子が頭の後ろで腕組みしながら言う。

 うーん、脇の下が綺麗でセクシーだね……!


「僕は生まれたときからずっと男だったよ。だから、自分がロイに男性としての魅力を感じていると悟ったときの苦悩は筆舌にしがたいものだった。君が戦死してしまったと知ったときは悲しみもしたけど、逆に少し安堵すらしたよ。もうこれ以上苦しむことはないんだとね」

「いろいろと拗らせてたんだねェ」


 デス子がしたり顔で頷いている。

 すでにいろいろと拗らせたやつが言うと重みがあるな……。


「でもね、たまたま見ていたセレニアの配信に君が映っているのを見たとき、衝撃が走ったよ。君が生きていたこともそうだけど……セレニアを辱める君を見て、僕は……不覚にも、興奮がとまらなかった……!」

「あ、あの配信、見てらっしゃったんですか……」


 セレニアが真っ赤な顔をして俯いてしまう。

 一方、何故かクリストフもその顔を上気させていた。


「どうか引かないで聞いて欲しいんだけどね……その、僕も辱めて欲しいと、そう思ってしまった。でも、それは叶わぬことだ。だから、それならせめて今一度君をこの世から葬り去り、この呪縛から逃れたいと思ったんだ。勝手なことを言ってるのは、もちろん理解しているけれどね」


 むう。それでわざわざ単身ここまで乗り込んできたのか。


「そういうことになるかな。まさかこんな形で夢が叶うなんて思いもよらなかったけど……」


 熱いため息を吐きながら、クリストフがギュッと自分で自分の体を抱きすくめる。

 どう考えてもいろいろと拗らせすぎていると断じざるを得ないが、その何とも幸せそうな表情を見ていると俺は何も言えなくなってしまう。


「ねえ、ロイ。今さら僕を思い出せという気はないよ。ただ、このままみんなと同じように僕もここに置いてもらえないだろうか」


 ——と、今度は懇願するようにそんなことを申し出てくる。

 いや、別にそれは構わないが、国に残してきた家族とかはどうするつもりだ?


「こんな姿で戻ったところで、今さらクリストフとして扱ってはもらえまいよ。ドランティア侯国の親衛隊クリストフ・ラングレーは先ほどの戦いで死んだ」


 まあ、確かに……出先から戻ってきた息子が娘になっていたとあれば、家族もむしろ困惑するか。

 とくに侯爵家の親衛隊ともなればそれなりのお家柄だろうし、場合によっては帰ったところで勘当されるだけということだってあるかもしれない。

 

 しかし、俺たちは目下ダンジョンマスターとしてこの神魔大戦とかいうよく分からない催しものに従事している最中だ。

 勇者でもないクリストフがこんな場所で生活するのはいくらなんでも不便極まりないのではなかろうか。

 まあ、ナビデバイスとかいう装置くらいは持ち込んでいるだろうが……。


「さすがに一度出直すつもりではあるよ。この近くの街に荷物を預けたままだしね」


 ああ、それはそうか。

 このダンジョンは人族の領地からほど近いところにあるとはいえ、それでも実距離でいえばかなりある。

 それにしては軽装すぎるとは思っていたのだ。


「……というか、この際だから勇者の資格を取ってみてはいかがでしょうか」


 ——と、何やら思いついたように、セレニアが言った。


「もう国に戻られる気がないなら、いっそ勇者として再スタートを切るというのも悪くないと思うのです。クリストフ卿ほどの実力があれば試験に苦労することもないでしょうし、幸い、ここからすぐ近くにある自由都市アレスタに試験場もあったはずです」


 自由都市アレスタ——確か、前に見せてもらったこのあたりの地図にも載っていたな。

 馬か何かがあれば一時間程度で行ける場所だったはずだ。


「そうなのかい? それはちょうど良かった。僕が荷を預けているのもアレスタなんだよ」


 ほほう。それは僥倖だな。

 荷物を受け取るついでに勇者の資格試験とやらも受講してきてはいかがだろうか。


「そうさせてもらうとしようかな。それで少しでも君たちの役に立つのなら、僕としても気兼ねなく居候させてもらえそうだしね」


 いや、気兼ねはしてくれ。

 もうわりと今から嫌な予感しかしてないから。


「クリスちゃんはなかなかのテクニシャンだからねェ」

「アタシにも上手なエッチのしかた教えて欲しい!」


 デス子がニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべ、アス子は無邪気に破廉恥なことをのたまっている。

 ほらな? こうなるだろ?


「それより、ちょっと思ったんだけどね……」


 ——と、急にデス子が神妙な面持ちになり、俺のほうに向き直りながら、人差し指をピンと立てて言った。


「勇者の資格試験、ダーリンも受けてみたらどうかな?」




      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 お読みいただきありがとうございます!


 近況ノートにてご案内しておりますが、作者一身上の都合により、本作はこのエピソードを持ちまして更新終了となります。

 詳細が気になられた方は、近況ノート『今後の方針について。』にてご確認ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョンの奥でのんびり暮らしたいだけなのに、気づいたら勝手にハーレム化してる ~神と魔王が争う世界でポンコツ死神と最強ゾンビがちょっとエッチなダンジョン配信はじめました~ 邑樹政典 @matanori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ