第三八章 トランスガール
「う、嘘……そんな……」
女性化したことで鎧が体に合わなくなったのか、動きづらそうにのそりとクリストフがその場に立ち上がる。
彼自身、もともとそれほど上背のあるほうではなかったが、それでも明らかに体が縮んでいるようで、今ではセレニアよりも背が低くなっているのではなかろうか。
クリストフは自分の顔や体――とくに胸を気にしているようだったが、さすがに鎧の上からでは触ったところで分からないだろう。
あるいは本人だからこそ圧迫感のような違和感があったりするのかもしれないが。
「ぼ、僕が、女……に?」
カランとその場に剣を落とし、両手で顔を覆い隠すようにしながらクリストフが呻く。
まあ、いきなり性転換なんてさせられたら悲嘆にもくれるよな……。
アス子がこれまでにやってきたことに対して今さらどうこう言うつもりはないが、それでもこんな形で人生を狂わされるのはさすがに可愛そうだ。
武装解除だけでもさせてもらったら、元の性別に戻してやるわけにはいかんのかな。
「んー……? でも、なんかコイツ、変だぞ」
アス子が杖の先をクリストフに向けたまま、怪訝そうな表情を浮かべている。
はて――? 何かおかしなところはあるだろうか。
クリストフはもう俺たちのことなど忘れてしまったかのように、自分の顔を触ったり体中をまさぐったりしている。
やがて、何を思ったのか彼――いや、彼女か……? とにかく、クリストフは鎧の留め具に手をかけると、その場でおもむろに身につけていた鎧を外しはじめた。
しかも、それだけにとどまらず、鎧を外したあとはその下に着ていたギャンベゾンも脱ぎ捨てて、あっという間に上裸になってしまった。
胸もすっかり大きくなって……。
『うおお、エッチやん』
『なんで脱いだ?』
『ゾンビくん押し倒すなら今やぞ』
『はよせな』
『まさかのTS展開』
『騎士くんの性剣で心までTSさせよう』
『ゾンビくんがんばれ』
コメントも大いに盛り上がっている。
いや、おまえらすぐにそうやってエッチな展開にしようとするけどさ……。
というか、なんでクリストフは急に脱ぎだしたんだろう。
すっかり女性化した自分の顔を見下ろすクリストフの顔は、何故か少し恍惚としているように見えた。
彼女――で、いいんだよな? ともあれ、彼女はおもむろにズボンの中に手を突っ込むと、本来であればあって然るべきモノがないことを革新し、奇妙な表情を浮かべた。
――まるで、喜びを押し殺そうとしているかのような顔だった。
「僕が……女に……」
そう呟くクリストフの口は、なんとも形容しがたい不気味な歪みかたをしていた。
まるで笑っているような泣いているような、困惑しているような憤っているような――。
「コイツ、最初から魂が女っぽい形してる」
不意に、アス子が言った。
魂が女っぽい――?
そう言えば、性交経験がない者は魂における性別の概念が曖昧だという話は以前にもしていたような記憶はあるが……。
――ま、まさか、体は男、心は女みたいな状態だった……ってコト!?
「ろ、ロイ……せ、セレニア嬢やそこいる子たちのように、僕も辱めるのかい……」
今さら胸許を腕で隠しながら、クリストフが後退る。
恥ずかしがるくらいなら服を着てください。待っててあげるから。
それと、俺が出会う女性を次から次に襲っているみたいな言いかたはやめてほしい。
いや、結果だけ見ると言い訳はできないのだが……。
というか、これまでの経緯を知っているということは、彼女はこれまでの俺たちの配信もずっと見ていたということだろうか。
「き、気のせいなのかしら……」
「な、なんか、むしろ……」
デス子とセレニアがやや困惑したように顔を見合わせている。
なんだなんだ……?
「ぼ、僕は男だ……僕は……」
自分の身を抱くようにしながら、クリストフがその場にへたり込んでしまう。
あまりに唐突な展開に気持ちがついていけていないのだろうか。
まあ、あいにくと俺もまったくついていけていないが。
とはいえ、こちら側で流れに取り残されているのはどうやら俺だけで、デス子やセレニアをはじめ、アス子ですらこの状況について一定の見解を持っているようだった。
「こんなこと言うと、ますます変態に磨きがかかったって思われるかもしれないから本当は言いたくないんだけれど……」
「いや、まあ、わたしもたぶん同じこと考えてるかも……」
セレニアが剣を鞘に収めながら、クリストフのほうに顔を向ける。
デス子も何やら言いにくそうにしているが……。
「わたしには、クリストフ卿が襲われたがってるように見えるのよね……」
『お、変態か?』
『変態姫オッスオッス』
『自分の価値基準に周りを当てはめちゃうのはNG』
『さすが女帝』
『それでこそ俺たちの姫』
「ううう……」
セレニアが顔を紅潮させながら俯いてしまった。
俺もさすがに今回ばかりはセレニアがいろいろと拗らせ過ぎているのではないかと思ったのだが、デス子は思った以上に真剣な面持ちでクリストフを見つめている。
「実は、わたしもそう思っちゃったんだよねェ……」
なんだと……?
デス子はスケベではあるがセレニアほど変態的な気質ではないし、二人揃ってそう言うからには、本当にクリストフが襲われ待ちしている可能性も頭ごなしに否定はできないか。
「なんでわたしよりディスターニアを信用するんですか!?」
「日頃の行いだろうねェ」
『日頃の行いだな』
『しゃーない』
『アーカイブが残ってたら見せてあげたい』
『自害するんじゃね』
「ううう……」
またセレニアが顔を真っ赤にして押し黙ってしまった。
おまえら、あんまりセレニアを虐めるなよな。
「お、おにいさま……なんてお優しい……」
『もうメスの顔してる』
『チョロすぎる』
『ヨダレ垂れてそう』
『下のお口もグッショリよ』
「ち、ちがっ……もう! お兄さま、クリストフ卿を襲うのであれば、わたしも一緒にお相手してくださいね!」
え? いや、何言ってんだろう、この子……。
『本性現したね』
『それでこそ女帝』
『期待あげ』
コメント欄はすでに慣れた様子で、動揺は見られない。
むしろ俺のほうがおかしいのか……?
なんにせよ、クリストフはその場にへたり込んだまま動かなくなってしまっている。
逃げるなら早く逃げてほしい。間に合わなくなってもしらんぞ。
「なあ、もう面倒くさいからさっさとエッチなことしちゃおうぜ!」
アス子はアス子で身も蓋もないことを言う。
いやでも、このままエッチなことしちゃったら一生女のままになっちゃうじゃないか。
さすがにそれはいくらなんでもいたたまれないと言うか……。
「コイツ、もともと男じゃないと思うぜ。たぶんだけど、アタシと同じ力で女から男に変えられてたんだ。だって魂が女の形をしてるもん」
む……そういえば、先ほどもそのようなことを言っていたな。
曖昧な状態とはいえ、魂にも男っぽいとか女っぽいとかの違いはあるのかな。
「まあ、雰囲気だけどさぁ。でも、コイツは別に女のままでも問題ないと思うぞ。それよりまた男に変えられないように、今のうちにエッチなことしてちゃんと女にしてやろうぜ!」
あたかも親切心で言っているかのような体でアス子が言う。
なんかもう倫理観がおかしなことになっていて、何が正常なのかさっぱり分からんな。
「……ディスターニア」
「あいよォ」
いつまでも煮えきらない俺に業を煮やしたのか、セレニアが肩をすくめながら嘆息し、待ってましたとばかりにデス子が指先をくるくると回しはじめる。
刹那、俺の目の前に何処かで見たような赤い光の魔法陣が……って、コレはマズい!
――と、いうわけで、俺の体はいつぞやのようにあっという間に自由を失った。
最初のころに言ってた目を見ないとダメって設定は何処にいったんだよ。
「コレは使徒に強制的に命令を聞かせるための魔術だから、また別なんですゥ」
言い訳じみたことを……。
ともあれ、自由を失った俺の体はさっそくクリストフに向き直ると、まるではじめからそういう機能でも備えていたかのように勝手に留め具が外れていく鎧を脱ぎ捨てながら、いつまでもへたり込んでいる彼女のほうへと歩み寄っていった。
「ああ、ロイ……ついに僕も、君に辱められてしまうんだね……」
そう言いながら潤んだ瞳でこちらを見上げるクリストフは、何故かこのときを待ちわびていたかのように両腕を広げながら俺の体を迎え入れた。
いやもう、マジでどうなってんだ……?
※
「いいかい。男はね、こういう動きより、こうやってあげたほうが気持ちいいんだよ」
「そ、そんなんですね……ああ、おにいさま、そんな顔をして……!」
「おおォ……確かに、ダーリンがこんなに気持ちよさそうにしてるのは珍しいかも……」
「でも、アタシはさっきの動きのほうが好きだなぁ」
「んっ……自分だけが気持ちよくなることだけ、考えていたらダメだよ……ん、あっ……ほら、また少し大きくなった……」
「くっ……早く終わらせてください! いつまで一人で楽しんでらっしゃるのですか!」
「お姫ちゃん……我慢できなかったらわたしと一緒に遊んでくれてもいいんだぜェ……?」
「おにい、キスしよ……んんっ……」
くそ、けっきょくこうなるのか……早く終わってくれ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます