『イケメンゴブリンとの出会い』


(正成視点)


 どれくらい気絶していたのだろうか。


 うなり声に目を覚ました。


 それもひとつふたつじゃない。周囲から声が響いている。

 この声、つい最近も聞いたような。


 痛みと倦怠感を押し殺し、うつぶせになっていた上体を起こす。ぐるりと眺めた。


 ふ、またか。


「やあ、正成くん起きてくれたか、はろー」と委員長がぜえぜえと息を吐きながら、仰向けになってひらひらと手を振ってきた。

「委員長はお休みの時間みたいだな」

「いやあ、体力切れでねえ」

「あ、やっぱりおれのせい?」

「いや、ウチの誤算だよ。気にしないで」


 無理しやがって。

 そんな辛そうな状態になってるの、明らかにアマネを鑑定しようとしたせいだろうに。


「アマネの方は……と、どうなってんだ」


 バチバチと雷のようにはっきりとした電気と水や木の葉などを巻き込んだ風の渦が、さっき最後にアマネを見た場所に発生していた。


「顕現途中……っていう感じかな。元々不完全な形で正成くんのギフトに宿っていたみたい。それをなんらかのきっかけで、ウチが完成させた、その拍子に発動したみたい」

「そうか」

「うん」

「ところでだ」

「はいな」

「この緑色の集団は何時からここに」


 ひしめきあって、どれくらいいるのかわからないが。

 先ほどのゴブリンキングの集団が四方八方にいておれたちを取り囲んでいた。袋のネズミというやつである。


「いやあ、樹海で唯一通れる道に普段現れないデスラッシュが現れた時点でなんかおかしいな、とは思ってたんだ。何か原因があるんじゃないかって。で、ゴブリンキングを倒したとき、こいつらがいたから逃げてきたんだろうとは思っていたんだけど」


 よろりと立ち上がり、七節棍をおもむろに振った。


 破砕音。


 すさまじい衝撃波に、おれの体は吹っ飛び、後ろにあった岩へと転がってようやく止まった。


 木の破片が飛び散っているところから察するに、どうやら音を置き去りに飛んできた根元まで生えた大樹を相殺してくれたらしい。


 いててと頭を押さえながら委員長を見ると、何かを睨みつけている。その方向を追うと、優男が立っていた。周囲にいる体躯の大きいゴブリンキングとは違い細身で身長もそれほどではない。二メートルは越えていないだろう。


 あいつが、木を投げてきたのか……?


「はあ、まいったな。ゴブリンキングだけなら、今の状態でもなんとかなると思ったのに。完全に油断してた。普段ならあんな奴でも遅れを取りはしないんだけど……今はまずいよ」

「なんか、すまん。やっぱアマネがああなっているのが原因だよな」

「あはは、タイミングが悪かったね。今は体内のマナと体力を根こそぎに奪われちゃってて、全然回復が追いつかないんだ」


 アマネは未だに顕現できていない。あともう少しってところだろうか。

 しかし。

 ゴブリンキングたちが取り囲んでいると知ったときは一斉に襲いかかってくると身構えたのだが、攻撃してくる気配がないな。

 明らかに統率されている。

 原因はおそらく——。 

 

「……お前強いな」


 さきほどのイケメンゴブリンだ。

 この世界のゴブリンは喋るんだな。


「魔王軍だね」


 委員長は苦虫を噛んだような表情をしている。

 そういえばゴブリンキングを見たとき、魔王軍と表記されていたな。


「どうやら俺様みたいなモンスターが喋るのはこの世界では当たり前らしいな。もう少し驚くと思ったんだが」

「この世界では、か。あんたもやっぱり地球からやってきたんだな」

「……地球? あんたも? もしかしてお前たちも」


 今度は、イケメンゴブリンの仏頂面が驚いた顔に変わった。

 ついでに委員長も驚いている。


「なんだよ委員長」

「や、正成くんも知ってたんだと思って」

「ってことは委員長もわかってたんだな」

「ウチはすでに魔王軍と戦っているからね。この世界では、異世界転移者の魂が宿ったモンスターが突然変異を起こすんだよ。そのモンスターは生まれ落ちた瞬間から魔王軍所属になる。まるで、この世界の人間を滅ぼそうという本能があるような行動をするんだよね。だから、油断しないで」


 ふむ。

 そこらへんはあの伝言板で言われていた事と一致するな。

 なんだっけ。

 終わりが近づくとゴミは多くなり魔王軍が凶悪になるんだっけな。


「だってさ。なんか訂正すべきことあるなら聞くぜ」

「ふっ。なんだよ。場合によっては仲間のふりして殺してやろうかって思ったんだがな。ま、いいやめんどくせえ。どっちにしろそんなまごついたことをやるなんて柄じゃねえ」


 次の瞬間再び旋風が巻き起こった。


「よくも、俺様の仲間を殺してくれたな……! これ以上殺されてたまるかよ!」

「そっちが殺そうとしてきたからなんだけどね」


 見ると空中でつばぜり合いをしていた。

 足場を移して、高速で交差しあっている。

 正直速過ぎて目で追えない。

 天上の戦いである。

 巻き起こる衝撃波。

 揺れる地面。

 突風におれは吹っ飛ばされるだけだった。


「そうだ。食べるためにな! それは俺様たちにとって当たり前の欲求だ! そんな当たり前の欲求になんの罪がある! どんな理由があろうとお前らは殺したんだ! 大上段で物を語るんじゃねえぞ! 死ね! 人間風情が!!」

「あんたも、その人間だったんだろうが! なら、わかるだろうよ。襲われたらこっちだって命がけになるんだよ!」

「あっ」


 イケメンゴブリンはぴしりと青筋を立ている。

 殺気剥き出しの目がおれに向けられた。

 しかしそれは隙だ。委員長は見逃さない。

 無軌道にまがりくねった七節棍が顔面に襲いかかり、イケメンゴブリンは事も無げに素手で


「ふざけんじゃねえぞ! 今は俺様はゴブリン! ゴブリンとして生まれ、ゴブリンとして育ち、いまやゴブリンを率いているんだ! もう俺様は人間じゃねえ! おれたちモンスターを虐げるものに復讐する存在として俺様は生まれ変わったんだよ! ああそうだ、この煮えたぎる憎しみはそのための!!!」


 しゅうと煙立つ肌が赤くなり、イケメンゴブリンの肉体がむきりと隆起した。


「……最悪。今進化するなんて」


 二つの角が生えた顔でイケメンゴブリンは委員長を睨みつけ、拳を振り上げた。

 寸前のところで委員長は風に揺れる木の葉のように拳を払いのけ——。


「っく! かったいなあ!」


 おれには見えなかった。

 いつのまにか委員長の蹴りをイケメンゴブリンはしゅうと煙をたてながら受け止めていた。

 委員長の悔しそうな口ぶりからすると、本命の一撃だったのだろう。

 すかさずイケメンゴブリンは反撃に転じる。

 少なくとも、その一撃、一撃はおれの目には見えないくらいはやい。

 が、委員長は事も無げに、躱しているのはわかる。


「くそが!」


 当たらず、イケメンゴブリンは苛ついている。

 が、それは焦っているからでは断じてない。

 なぜなら。

 一本の棒となった七節棍が、イケメンゴブリンの土手っ腹にのめり込んでも顔色一つ変わることはないのだから。


「効かねえ。効かねえな!!」


 それどころか、イケメンゴブリンは口の端を曲げ笑っていた。


「ふっ!」


 委員長は無防備になったイケメンゴブリンに目にも留まらぬ七節棍の連撃を加える。

 しかし、イケメンゴブリンの笑みは深くなった。全く効いていないのだ。

 というか委員長はなにやら焦っているようだ。

 なんでだろ。

 委員長には当たる気配がないのに。

 とすれば、原因は……。


「ふん!」


 横に薙いだ一撃を、宙返りをしながら、委員長は退いた。

 イケメンゴブリンは右手の五本の指を鋭い刃に変えていた。


「ちっ。ソードフィンガーを避けるか。俺様の最速の一撃だったんだがな……だが」


 もはやイケメンゴブリンは、委員長など見ていなかった。

 のしりのしりと大股でこちらに歩いてくる。


「くっ」


 委員長の顔が歪む。なりふり構わずイケメンゴブリンに攻撃を加えるが、効かない。

 それでも、委員長は攻撃をやめない。少しでも歩みを止めるために必死で攻撃を繰り返している。


 そこまでする原因はおれだ。


 おれに注意を向けさせたくなかったのに、ちきしょうなんでその間におれは逃げなかったんだ。


 ゴブリンキングはいる。


 いるが、なんとか逃げることを考えていれば、足手まといにならずに済んだかもしれないのに。


「逃げて!!」


 そんな切羽詰まった叫びを覆うイケメンゴブリンの一撃が掻き消した。

 一瞬で委員長は吹っ飛び、木々をなぎ倒しながら消えた。


「委員長!!」


 叫ぶが、安否確認をしている余裕などなかった。

 相手はじりじりと近づいてくる。


 なのに、逃げれないのは、背を向けたとたんこいつなら殺せるくらいの力があるのはわかっているからだ。


「情けねえ。足震えてきやがった」

「くっくっくっ。死ね」

「うあああああああ!」


 血反吐を吐きながら委員長がいつのまにか背中に一撃を加えていた。

 必死の一撃だったのだろう。

 かはっとイケメンゴブリンは一瞬大口を開けた。

 が、すぐにイケメンゴブリンは動きだし、拳をおれに向け放った。

「コル!」

 カーバンクルの結界はあっさりと粉砕された。死ぬ。

 上半身を吹っ飛ばされて。


「……あれ?」


 がいつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。


 見ると、その拳が目の前でぴたりと止まっていた。


「な、なんだ」


「私の正成さんに、なにをやっているんですか! ぷんぷんです」


 背後で錫杖を振りかざし、頬を膨らませて怒るアマネが宙に浮いていた。


「ア、アマネ?」


 いつのまにか顕現していたらしい。


「女神パワー見せちゃいますよ!」

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異世界転生:エキストラスキルで異世界を『リサイクル』します! 金木犀(๑'ᴗ'๑) @amaotohanabira

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