意識高い系社会不適合者ですが、転生先に居場所はありますか?

@sutata

000 プロローグ

§§§


“――小さい頃は早く大人になりたかった。

    大人になればこの腐った世界を変えられる気がしていたんだ。”


 こんなことを言えば大言壮語を吐くものだとモノを知った大人たちは嗤うだろうか。

 それとも思春期特有ののようなものだと生暖かい眼差しを向けるだろうか。


 確かにそういうリアクションが普通なんだろう。


 だけど俺は子供ながらに本気で自分にはそうしたチカラがあると考えていた。

 自分ならこの虚飾と欺瞞に満ちた世界を変えられるはずだと無邪気に信じていたんだ。



………………

…………

……


§



「……んが? ッヒュ!」


「ッッ!!? ッゴホ!! ッッゴホ!! ウエェッッ!!」


「……ハァ、ハァ、ハァ、………………ふぅ、っはぁ」


「はぁーーー、ッベー、かんっぜんに息止まってたわ。死ぬかと思った」


 ここ数週間、ストレスとタバコの吸い過ぎで睡眠時無呼吸症候群の症状が出始めている。バクバクと鳴りやまない心臓が、死を身近に感じさせる。

 仰向けのベッドで荒い呼吸をゆっくり落ち着けていると、酸欠でまだ少しチカチカする視界の端に遮光カーテンの隙間から山際をうっすら染める朝陽が映った。

 せわしない小鳥の鳴き声が聞こえる。

 薄ぼんやりと時計を見れば、午前四時ほど。


「……あぁ、もう朝か」


 誰にともなく呟いた。

 なんだろう、ひどく詩作的な夢を見ていた気がするが定かではない。

 昨晩は流行りのオンラインゲームを深夜までプレイしていたが、ある時を境に負け続け頭とくびを掻きむしりながら不貞寝したのを思い出し、暗澹たる気持ちに胸が沈んだ。

 怠惰な生活を見てとがめるような同居人もいないため、このところ生活リズムは乱れに乱れてしまっている。


 大学入学と同時に一人暮らしを始めたのが三年前。その大学にも足を運ばなくなって三ヵ月が経とうとしていた。


 ここ最近はゲームやアニメで時間を潰し、ネットや書籍で都合のいい自己弁護を探したり、ニートは死ねだのクズだのと言った攻撃的な言葉を目にして落ち込んだりして過ごしている。


 なぜ大学に通わなくなったのか。


 当初はその理由も曖昧だったが、時間を置いたら朧気ながらだんだんとその理由が分かってきた。

 そもそも、きっかけはいろいろとあった。

 というよりも大きな挫折を引きずったまま、些細なことが積み重なり少しずつやる気が失せていった結果、自分が何の為に学校へ通うのか分からなくなってしまったというべきか。


 現代ではさして珍しい話でもないだろう。

 問題は、俺には相談できる相手もおらず、どう軌道修正すべきなのかが分からなくなっていることだった。


 力なく立ち上がろうとしてベッドから乗り出すと、よたよたとよろめき、机のそばに平積みされた資料に蹴躓いた。

 ばさばさと音を立てて崩れる一塊は、徹夜続きで作った自主ゼミの講義資料や大量の付箋によって倍ほどの厚さに膨らんだ白書、その他、政府系刊行物ばかりがうずたかく積まれていたものだ。

 今となっては実りのない努力の残滓のように感じられて胸が苦しくなるので、なるべく視界に入れないように過ごしていたのに、どうしてこうも忘れた頃にその存在を主張してくるのだろう。

 苛立ち交じりにもう一度だけ蹴とばしておいた。


 眠い目をこすり、1Kの居室の床に所狭しと積まれた紙束や書籍を踏み越えて洗面所に向かうと、ひどく疲れた貌の男が鏡に映っていた。


 あまりの惨状に無気力なまま自嘲していると、自堕落に弛んだ腹がぐぅと音を立てて鳴った。身体は別の生き物のように自分勝手で、俺の塞いだ気分など何も斟酌してくれない。

 顔を洗って、歯を磨く。


「腹ぁ減ったな……」


 白書だなんだと読み耽った意識高い系学生だろうが、落ちぶれてしまえば所詮、空腹に頭を支配された猿に成り下がるわけだ。世知辛い。

 足の向くまま冷蔵庫の前に立って中を漁るが、以前、大量に買い置きした冷凍パスタが昨晩を最後に在庫が切れたのを思い出し、肩が地に着くほど長い溜息が出る。

 しゃがみ込んで振り返り、何かないかと視線をさまよわせて居室を見たが、そこかしこに脱ぎ散らかされた衣服や握りつぶされたタバコの空き箱、山のように吸い殻が刺さって厭なニオイを漂わせている灰皿などが目に付くばかりで、食べられそうなものはどこにもない。


「あーーもう、ダリィ!!」


 床にころがるボロ雑巾のような衣服を手当たり次第に洗面所へと投げ入れた。

 ひとしきり片付いて投げる物がなくなり、肩で息をしながら我に返る。


「ダッセェ、何してんだ、俺は……」


 食卓の椅子にもたれて、だらりと手足を投げ出した。


 どうでもいいなんて投げやりな態度を作っても見もどうにかしなければならないという焦燥は消えてくれない。

 すべてを放り出し、寝直したいとも思ったが空腹のままではそれもできそうにない。

 面倒臭ぇと独り言ちながら、財布と携帯と家の鍵を手に取り、サンダルをつっかけ家を出た。



 深呼吸。



 早朝の街はまだ薄暗く、街灯の灯りが眩しい。


 季節は初夏を過ぎ梅雨に入ろうとしていた。


 連日の暑さに身体が慣れていたため、朝靄あさもやまじりの明け方の空気に少し肌寒さを感じながらコンビニへ向かう。途中の自販機で缶コーヒーを買って開けた。スチールの缶から指先にじんわりと熱が移る。


 小高い丘の上から街並みを見下ろせば、ビルの谷間を鮮やかな紫色に染めながらゆっくりと白日が昇るのが見えた。

 飲み終わったコーヒーの空き缶をBOXに入れて腕をさすりながらまた歩き出す。


 空気が美味いとか、コーヒーが甘いだとか、景色がきれいだとかそんな単純なことで胸が弾み、浮ついた気持ちになる自分に嫌気がさす。

 なぜこうも自分は単純で、行動原理に据えていたつもりの怒りさえ長続きしない。


 こんな有り様じゃ社会の片隅にある俺のちっぽけな居場所さえ無くなってしまうことくらい。


 街道に建ち並ぶ大小さまざまなビル。

 車一台通るのもギリギリの狭い路地に密集する猫の額ほどの住宅。

 複数の路線が並走する幅広の踏切。

 高架下に軒を連ねる油煙でギトギトの串焼き屋や居酒屋。

 雑居ビルにビビッドな色の看板を掲げるカラオケ屋。


 目に映るすべては確かにそこに暮らす人々の営みとして在る。

 

 そのどれもが誰かにとっての居場所になっている。虚飾だの欺瞞だのと言った若者然とした自分勝手で陳腐な言葉で批判の的にすべきではないのは確かだ。

 きっと自分が一歩踏み出し、どこかで誰かとつながりを持とうとすれば、社会はそれなりに迎えてくれる。そのはずだ。




 真面目な学生だったのだ。俺だって。


 まっとうな、社会を良くしたいという希望にあふれた青年だったのだ。


 社会的有為な人間になって前向きで強烈なエネルギーの一部として生きていきたいという気持ちがあったのだ。

 社会の課題の本質を見極めようと学ぶうちに、ことに気付き、世界的流行を見せた流行り病に青春の日々を奪われ、人と触れ合わず、理想と現実とのギャップに藻掻くうちに、いつしか疲れ果て目的を見失ってしまった。


 なのに肥大化した自意識はすでに、老い先短い老人たちの為に安い賃金で扱き使われ、高い税金や社会保障費を納めるためにあくせく働くという社会との関わり方はとても受け入れられなかった。承ることができなかった。

 いよいよあとは出家でもするか、そんな言葉も冗談にならなくなりそうなこの頃だ。


 デッドロックとはつまり、人口の漸減だ。


 政治とは多数決で決まり、その多数決は金をばらまいた額で決まる。


 頭数に勝り資本を蓄えた先行世代が有利になるというのが現代政治の根本原理であり、頭数が多いがゆえに利己的な法運用を咎められることがない、という非常に大きな問題点が存在している。端的に言えば、数が多ければ、自分たちに有利なように選挙制度そのものを書き換えてしまえるわけだ。

 そして後進の世代には人口の再生産を行わせないよう異常な負担を強い、反抗する力を奪う様にコントロールしてきたという経緯がある。

 ありていに言ってしまえば老人どもが居座る限りこの国は良くならない、とそういう結論を迎えた。憚らずに言えば、さっさと死んでくれと。

 そういうようなことを担当教官に言ったら、キミの結論はアカデミックではないと言われそうした結論を迎える限り学位論文として認められないと言われ、その場で何時間も口に泡する舌戦を繰り広げたが、お互いに自分の信念を折ることは出来ず、俺は学士を諦めた。


 しかし、利己的な行動をとるのは老人に限らず生物なら当たり前で、これはつまり単なる生存競争の一幕であると、そう思い至ってしまえば、社会をより良くしたいというキレイゴトや、その為に学び育んでいた理想は自分の憤りを塗り固めただけの手垢のついたポジショントークに過ぎなかった。

 つまるところ、行動原理に据える怒りとは所詮利己的なもので、そういう矮小な自分の人間性を自覚するにつけ、鎮火して尚、しょうもない黒歴史として俺の中で燻ぶっているわけだ。


 そりゃすべてを放り出して不貞寝したくもなる。


 しかし、このままで良いわけがないという想いも切実だ。

 一発大逆転だなんて高望みはしない。

 何か、少しずつでも良い。世の中を良くする変化が欲しい。

 

 ただ、その具体的な方法がまだ思い浮かばないだけで。


 

 何度目かとなる思考の迷路を歩いていると、いつの間にかコンビニの前に着いていた。理想を追い求める足は止まったままなのに、今朝の糧を得るための足は止まることはないのだから皮肉なもんだ。


 いつもワンオペの店員しかいない店を物色する。

 と言っても、いつものように冷凍パスタとカップ麺を見繕って適当に買い物かごへと突っ込んでいくだけだ。


 一通り選び終え、レジにカゴを持っていく。


「122番……。あーー、やっぱいいや。ゴメン。今日はナシで」


 癖のように口を突いて出たタバコの注文も、鼻を搔きながら遠慮がちに取り下げた。


「風邪ですか?」


 顔見知りになったベトナム人の店員が尋ねてくる。もうずいぶん流暢な日本語だ。


「風邪ならむしろ吸うよ」


 これはホント。むしろ吸う。

 イガイガした喉にどぎついメンソールをブチ当てるのは快感だ。

 身体に悪いと分かっているのに辞められない。熱に浮かされて正常な判断ができないとかそういう言い訳すらできない。アホの所業だ。

 タバコ呑みなどもとよりバカばっかりだから当たり前だが。


 俺の言葉をジョークと思ったのか店員もニヤニヤしている。

 

 タバコの注文を取り下げたのも思い付きだ。

 タバコ辞めようと思うんだ。何かを変えてみたくなったから、なんて心根はとてもじゃないが恥ずかしくて彼には言えない。

 

 ……今更遅いよな。


「アリヤトザイヤシター」


 そのまま沈黙を守って、会計を済ませて店を出た。


 途端に、頭にとんでもない衝撃が襲った。


 何が起こったか分からないが、地に突っ伏しているようだ。身動きもとれない。

 どうやら何者かに襲われたらしい。

 強烈な耳鳴りと背筋を這いあがってくるぞわぞわとした怖気おぞけが身体の異常事態を知らせている。明滅した視界は赤く染まった。

 

 ……死ぬのか? ……死にたくねぇ、ふざ……けん……なよ。


 薄れゆく意識が途絶えるその瞬間まで、俺は世界を呪った。

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