第3話 魔道具1

 完全に目の輝きを取り戻したチェルが顔を上げる。

 目が合った俺は再び微笑んだ。

 そのままのろのろと立ち上がった彼女は、今度はエッドの方を見る。

 エッドは目を糸にようにして、頷きつつ微笑んだ。


「あの私、実は魔法の研究に興味があって」

「知ってるさ」

「ギルドの受付嬢になったことにも、本当は悩んでいて」

「そのおかげで俺たちと巡り合えた。それに主な仕事はここの担当だろ? 仕事にかこつけ、いつでも来ることができる。実際お前のお姉さんもよく遊びに来ていた」


 ようやくチェルの本音が出始めた。

 未だに俺たちを亡き者にしようとした理由は分からないが、今更どうだってよいだろう。

 魔法研究の被験者として、それなりに魔法技術を修めてきた者が欲しかったところなのだ。

 あとはもう背中を押してもらいたがっている小娘の背中をただ撫でてやるだけ。


「なんだかその、私にはもっと他に出来ることが……合っていることがあるような気がしていて」

「君の才能を一番利用……伸ばせるのは俺だと思う。信じろとまでは言わないが一度試してみるのもいいんじゃないか?」

「そう、だよね。ちょっと試すくらいなら、うん。あと実験って言ってましたけど、その……痛かったりは」

「全くない。痛みどころか、人体になんの悪影響も与えないものだと誓うよ」


 そこまで言うと、強張っていたチェルの肩から力が抜ける。

 そして一呼吸置いて、胸の前で両手を握りしめながら言った。


「私、頑張ってみようと思います!」

「いい顔だ。聞いているかもしれないが俺はケベス。隣のこいつは助手のエッド。これから仲良くやっていこうじゃないか」


 やる気に満ち、笑顔になった彼女と握手をして、簡単な自己紹介を済ませる。


「ではさっそく実験の準備を――エッド」

「はい先生」


 エッドが机に置いておいた魔道具を手に取り、最後の調整を始める。

 その様子を俺が見ていると、チェルが側に寄って来た。


「準備をしている間に、またいくつか質問してもいいですか? もしかしたら私、ひどい勘違いをしているかもしれなくて」

「いいぞ。勘違いされたままじゃこちらもやりにくいしな……ああ、俺たちを葬ろうとした件か?」

「あ、いやそれは――」


 揶揄うように言うと、チェルは舌を出して恥ずかしそうにした。

 対して俺は笑顔を取り繕うのに必死だった。

 彼女が貴重な被験者でなかったら、殴り飛ばしていたかもしれない。

 再三確認するが、あれは他の研究員相手だと大事件になっていたことは、彼女は分かっているのだろうか。


「ではせっかくなのでそのことから。どうやって私の魔法を防いだのでしょうか」

「魔素の雲散。あとで詳しく教えてあげるけど、俺たちが今回作った魔道具もその技術を応用している」

「え、すごい。そんな魔法技術、聞いたこともありません」

「先生が独自に作られた魔法だからな」


 魔法は魔力を使って使用する。

 そしてその魔力は魔素を固められたものである。

 魔素が雲散してしまえば魔法も消える。

 簡単な話だ。


「王都へ被験者を探しに行くとか、聞こえてきましたが」

「ビッグデータという概念を知っているか? 多種多様、定義に囚われない様々な情報を集めておくことは我々、いや人類にとって武器になるんだ」

「あっ。武器ってそういう……」


 ここは魔法研究所なのだから、魔法に関する情報だけを集めておけばと思うがそうではない。

 一件無駄に思える情報こそが発展を促すと信じている。

 それがナニに活かされるかは、情報を集めてからでも遅くない。


「シャルお姉ちゃんは、見逃してもらえるのでしょうか?」

「彼女次第かな。見逃すも何も、彼女はいつも率先して協力してくれている。俺たちが作るものは王家からも認められるような物ばかりだからね」


 抵抗力というのは大事な要素である。特に今回の実験では。

 隠しているからこそ見たくなるのは人としての真理だが、隠されていないものはそれはそれで価値がある。

 抵抗力はその本質に近いだろう。


「なーんだ、安心しました。実はろくでもないものを作ったのではないかと疑ってたりもして――」

「先生、準備が出来ました。どうぞ」

「うむ」


 俺たちへの何らかの疑念が解けて、うきうきと乗り気になり始めたチェルを前に、エッドから今回の成果物である眼鏡を受け取った。

 そして躊躇うことなく装着する。


「じゃあじゃあ、結局ケベスさんたちは何を作ったのでしょうか? 私は何をすれば?」

「見ていれば分かる。ああ、チェルは何もしなくていい。そこに立っといてくれ」


 そうして俺はチェルを眼鏡越しに見る。

 実験はもちろん成功だ。自分の才能が憎い。

 満足のいく光景に頷き、しばらく分析したあとエッドへと眼鏡を渡した。

 エッドにも分析をする時間が必要のため、その間に少し座学を挟む。


「火、水、風など魔法は魔力を使用して扱うのだが、その元は魔素だ」

「ふむふむ」

「重要なのは何にでも変われるという性質を秘めた物質だということ。これは無限の可能性を秘めている」

「はええ」

「性質の変化は、一定の抵抗力やその他の要素が絡み合って起きる変化だと推定しているのだが、まだこちらとしても答えは出ていないため細かいことは省いておこう」

「むむ。難しくなってきました」


 眉間に皺を寄せるチェル。

 エッドの方を見ると、こちらもまた難しそうな顔をしてチェルを凝視していた。


「そうだな。一つ例を出そう。君が今着ている衣服なんかは元は何から作られたか分かるか」

「何からというのは素材のことですか? えっと、何かの動物? いや植物なのかな?」

「そうだね。動物の毛や皮、植物など様々な素材から出来ていることが多いだろう。ではさらにそれらの素材はどういった物質で出来ているのかな」

「んーと……」

「大丈夫。俺にもよく分かってないから。肉眼では見えないほど細かな何かとだけ覚えておけばいい。それが先ほど説明した魔力と魔素の関係さ」

「ほわあ」


 チェルから生まれた一つのため息。そして先ほどまでとは異なる尊敬を含んだまなざし。

 彼女が魔法の研究に興味があるのは本当のことのようだ。


「例えば火は、可燃性の物質と酸素を使って燃える現象だ。つまり魔法とは現象なんだ。そしてそれら多様な現象を引き起こせる魔素という存在を利用して作ったのが今回の魔道具だ」

「え? その眼鏡、そんなに凄い技術を使ってるんですか」


 目を見開かせたチェルが驚いた様子のままエッドに近寄っていく。

 もっとよく見せてとばかりに背を伸ばすチェルに対して、エッドは一歩下がり目を泳がせた。


「興味が沸いたようだな」

「はい! まだまだ勉強不足ですが、楽しいです! それで結局、この魔道具は一体どういった性能を備えているのでしょうか!」


 うずうずと答えを待つチェルを見て一つ鼻を鳴らす。

 そろそろ種明かしの時間だろう。

 エッドの方に顔を向けると、彼もちょうど分析が終わったのか眼鏡を外してこちらを見た。

 満足そうに頷いている。


「その眼鏡に付与された現象は一つ。特定物質の除去だ」

「と、特定物質の除去?」

「ああ。ある特定の物質を見えないようにすることで、普段見えないものが見えるようになる」

「……ん? うん」

「その特定物質とは衣服を構成する物質。つまり眼鏡を通して見る世界では衣服が消え、その先を見ることができるというわけだ」


 あまりの衝撃からかチェルの体は固まり、目線だけが俺とエッドを行き来する。

 何にでも驚いていた駆け出し研究者だった頃を思い出し、俺とエッドは微笑ましさに顔を見合って笑った。


「え、あの――」

「君の心配は分かるが大丈夫、対策済みさ。抵抗力の調整、つまり魔力の供給次第で可視範囲は調整できる。薄着でも厚着でも問題はない。一枚二枚と少しずつひん剥いてやることができる」

「…………」


 研究者にとっての喜びの一つ。未知への遭遇と発見、そして研究成果の発表である。

 わなわなと体が震えだすチェルに対して俺とエッドは不敵に笑った。


「先生。被験者の魔力量の多寡には関係なく、問題なく見ることはできましたね。ですがやはり正面だけでは分からないことが多いです。あと胸の上部にほくろがありました。どう思います?」

「くく……分析ご苦労。ほくろはエロくていいんじゃないか? それとチェル、明日は別の下着を履いてこい。それじゃあモテな――」

「やっぱり、ろくでもないものじゃないの!」


 不条理にも、俺とエッドは初対面の新人受付嬢に殴られた。


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王立魔法研究所 冷静パスタ @Pasta300g

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