第一章 狂気の研究者と新人ギルド受付嬢
第2話 被験者
「それで、いきなりなんだこいつは」
「さあ。なんでしょうね」
助手のエッドが運んできてくれた椅子に座りながら、俺は溜息をもらす。
「冒険者ギルドとの戦争が始まったかと思ったわ」
「先生、そんなご予定が?」
「あるわけないだろ」
「そうですよね」
平和な日常で起こった、突然の襲撃。
縄で両手を後ろ手に縛られたままの、むすっとした表情の少女を横目に、エッドと皮肉交じりの雑談を交わす。
「今まで互いに協力してやってきたってのに、なんでだ」
「向こうがその気なら、僕にも考えがありますがね……」
「多分そういうことでもないだろ。じゃあこの小娘はなんだって話になるんだが」
「おい女、貴様の名は?」
エッドが威圧的にそう言うと、少女はこちらを警戒するように口を開いた。
「……チェル」
「所属は?」
「……冒険者ギルド」
俺とエッドは顔を見合わせ、同時に肩を竦める。
「聞き違いでもなかったか」
「ええ。おそらく事前に連絡のあった通り、シャルの妹かと」
「妹ねえ。その妹がなんであんな賊のような真似を――」
「ち、違う! 私は賊なんかじゃない!」
チェルという少女が慌てたように首を振る。
続けて俺たち二人をきっと睨みながら、いきり立つように言った。
「私はね、あなたたちのろくでもない企みを潰しにきたのよ!」
再びエッドと顔を見合わせ、肩を竦めた。
前もって冒険者ギルド側の担当者が変わるとは聞いてはいた。
ここで言う担当者とは、冒険者ギルドと魔法研究所間の取引に関する補助をしてもらう者のことだ。
冒険者ギルドからは魔物の素材等を納品してもらい、こちらはその素材を研究や魔道具作りに利用している。
互いに友好的な関係であり、担当者が変わると聞いても特に気にもとめていなかったが。
そのような事前情報を念頭に、何か襲撃してきた言い訳でも話すのかと思えば、彼女が話したのは殺害動機だった。
「おーこわいこわい」
「僕は今日、受付嬢という職への認識が変わりましたね。こんなに野蛮な奴らだったとは」
「やっぱりギルドからの刺客だったかもしれんな」
「襲われる理由は?」
「さあ?」
「はは。どうしましょう」
「どうするも何も、まずはあちらさんに連絡して――」
言いかけて、俺は思いつき始めていた。
突然襲ってきた理由も、ろくでもない企みとやらにも心当たりはないが、見知らぬ人様の暗殺などという恐ろしい任務に失敗した、未来の暗い憐れな少女の使い道を。
「いや待て。くく……チェルと言ったか? お前、俺たちが作った魔道具の実験体になる気はあるか?」
俺がそう言うと、チェルは目を見開き、エッドは感心したように頷いた。
そのままチェルの返答を待っていると、彼女の目には涙が溜まってくる。
「い、嫌よ!」
「別に構わんが……その場合、お前はこのあと牢に繋がれるだけだぞ」
「え?」
「えってお前、当然だろ」
この国の細かい法律なんて覚えてはいないが、今回の彼女の蛮行がなんらかの重罪に当たることは間違いない。
「先生だからこそ無事であったのであって、普通なら大けがどころじゃ済まないぞ」
「そういうこと」
「し、死んでしまえばよかったんだ!」
自身の置かれている状況も理解できず未だに生意気な少女の態度に、俺とエッドは怒ることもなく逆に口角を上げる。
「どうだエッド、こいつなら心が痛まんだろ」
「ええ。若く健康的な女性が最も被験者としては相応しいですからね。僕としてはシャルの方が好みですが」
「せっかくだしその内あいつでも試すか。ま、あいつなら何も言わなくても協力してくれそうではあるが――」
「お姉ちゃんにも手を出す気!?」
俺とエッドの会話を聞いていたチェルが口を挟んでくる。
目にいっぱい溜めていた涙は遂に溢れ、頬を伝った。
「やめて、お願い。私が……私がやるから。お姉ちゃんには手を出さないで」
「……いや。手を出さないでと言うか、先生に手を出そうとしてるのはシャ――」
「まあ落ち着け」
俺は座っていた椅子から立ち上がった。
先ほどまでの勢いはどこへやら、すでに床に座り込み、下を向いたままのチェルの拘束を解いてやる。
拘束なんてすでに必要ないという意思。手足が自由だとしても彼女はもう逃げることはないだろう。
「無理やり協力してもらうのもなんだ。お前を選んだもう一つの理由について話そう」
上目遣いに見上げてきた彼女の目は、大半は諦観の色に染まっていた。
ただ一部。
「お前、魔法に興味があるんだろ」
「……へ?」
呆けたような声を出したチェルに俺は挑戦的な目を向ける。
「さっきの魔法だよ。見れば分かる」
そして何も言わず次の言葉を待っているチェルの顔を覗き込み、微笑んだ。
「学生上がりだと聞いていたが、中々見どころがあるじゃないか」
「え、でも私、あなたたちを葬るどころか、何も……」
苦笑いへと変わりそうになったがどうにかこらえる。
やはり葬るつもりだったのか、という言葉はぐっと飲み込んだ。
「ふん。先生は王都一の魔道具師でありながら、魔法士でもあるのだ。お前のような少々かじっただけの凡才がどうにかできる存在ではない」
エッドの持ち上げはともかく、妥当な評価に俺は一つ頷いた。
確かに突発的な襲撃に驚きはしたが、あの程度で脅威は感じない。
「俺と比べても仕方がない。それに――」
俺にとって魔法とは夢を掴むための道具。必要だったからという過程であり、誇るものではないのだが。
ただこの場はこう言っておこう。
「凡才とも言い難い」
言い切ってやると、チェルの暗い目に生気が戻ってきた。
ただ一部。ただ一部、彼女の目に残っていたのは期待感だ。怠惰な日常から逸するための機会、どこか刺激を求める暗い光。
その暗い光が、先ほどまでよりも一層表に出てきている気がした。
俺はそんな彼女の肩に優しく手を置く。
「君の才能を腐らせるは惜しい。今日のことは事故だと割り切るから、これからは積極的に協力してくれないか。そうすればいずれ君にも魔法の神髄、その一端をみせてあげられるかもしれない」
「魔法の神髄…………」
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