間奏 - 君に贈るは目覚めの言葉

 雑音走った機械音で現実に戻される。目を上げると、夏が色濃く刻んだグラデーション。日常と非日常が混じってる。

 五感全部で感じる夏への入口。季節の先触れに浮かれているのは何もわたしだけじゃない。

 この空間の中にいる限り安心も、期待も、そして不安さえも……消えてしまいそう。でも……


 を待ってくれているみんなには悪いけど。ごめんなさい。許してほしい。 


 3年の月日が流れる間、ずっと足跡を追っていた。

 そして今日やっとその忍耐が結ばれようとしている。もしかしたら、今度は固い繋がりを持てるかも。 


 早く。会いたい。


 ……危ない危ない。顔に出さないようにしなくちゃ。

 あの子がわたしのことを憶えているなんて、そんな都合の良い話あるわけない。

 だから友達と気軽に話すときみたく、いつも通り接しよう。


 この後の打ち上げは何日か前に断った。用事があると言って。誘いを断ったのはこれが初めてで――だからなのか驚いたような表情と視線を向けられた。付き合いが悪いとかそういうのじゃなくて、もっとこう……恋人がいるんじゃないか、なんて。

 前も言ったように恋人なんていないし恋してる人もいないってことをもう一度言った。だって本当のことだし。いつか埋め合わせはするってことも忘れずに付け加えた。


 ……『恋』、かぁ。この気持ちに名前が付いているのかは分からない。でも少なくとも今は違うんじゃないかと思う。

 だからこそまだ皆には隠しておきたい。それが良くないことだとしても。


 ほのかに湧く罪悪感を胸に、教室を後にする。


 いつもよりずっと賑やかな廊下。はっきりと聞こえる自分の足音。意識すればするほど、だんだんペースが加速する。

 目を背けられないほどに眩しい光。靄がかった深い青空に浮かぶ入道雲。夏っていう季節は魔法を持ってるんだな、とつくづく思い知らされる。まるで世界自体、夏に向かって全力を尽くし生き続けているようで。

 わたしも同じように、忘れられない記憶をここまで引きずってきた。傍から見れば本当に些細なきっかけから始まって、でも高校生になってやっとあの日に近づけるんだ。

 きっと誰も覚えていない。同じ場所にいた友達も、あるいは当の本人だって。この世界で最後に残ったわたしでさえ、忘れてしまっていたかも。もしも、入学式の日に偶然すれ違わなかったのなら。

 

 記憶に描いた姿のままだった。白昼に見える銀色の月のように儚げで、どこか美しくもあって。意識しなくても、目が勝手に彼女を追ってしまう。そして目線が交わった時……抱いた感情をもう一度思い出した。人生で二度目の体験。どちらも同じ相手。

 これはただの奇跡なんかじゃない。運命が引き寄せた出来事でもない。言葉にはできないけど限りなく純粋な憧れに近いもの。


 憧れを憧れのままにして今まで通り心の奥に住まわせる。それとも思い切って新しい関係を築くか。

 答えは決まっている。答えは最初から一つしかない。それに。

 

 ずっと、ずっと……

 待ちわびていたから。

 

「……ついた」


 遠目に確認すると、どうしてかまだ誰も帰ろうとしていない様子。こんな中、ずかずかと話しかける? それってかなりの勇気がいるんじゃ? 素直に外で待ったほうがいいかな?

 ……いいよ。やってやろうじゃん。話題も作れるし、どうせなら聞けばいい。

 なによりもう待てない。一秒だって、待てやしないから!


 勢いのままに開いた扉の先には、冷たさすら感じる空調とたくさんの好奇の目線があった。いつもなら、普段のわたしなら絶対に怯んでいたと思う。それが目的を持っているか持っていないかの一番大きな違いかな。

 あの子と他大勢の人を見分けるのは大して難しくなかった。だって、何度も何度も思い浮かべたから。


 窓際の席に彼女はいた。光を浴び、白銀に輝く長髪。机に伏せて寝ている姿すら魅力的に見えてしまう。

 一方的な、でもようやくの再会にきっとなる。あまりの嬉しさに抱きつきたくなるのをなんとか抑えないと。


「……の――と、……てる?」

 かすかな問いかけはただ震え、誰の耳にも届かなかった。いや、それで良かったのかも。だってさっき自分に言い聞かせたはずだから。

 

 周りに聞こえないよう、静かな深呼吸。昂る気持ちを隠し通せるように。

 過去に居た遠い未来を焦がれる私はもういない。ここにいるのは、新しい物語を紡ごうとしているわたしだけ。でもどうせなら……あなたと一緒がいいな。


 だからどうか。

 この言葉で、目を開けてほしい。


「やっほー、碧月さん」


 記憶よりずっと透明で美しく、意識が引き込まれる瞳。まるで小さな宇宙が宿っているみたいで。

 神秘的な夜空を見上げた時のように、もう他に何も見えない。彼女が目を覚ますその時まで、永遠に近い時間が流れたように感じた。

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