幕間 - Day 1

〇テストの終わり(霞視点)

「……ってわけで、あなたには点数をわたしに見せる義務があります」

 姫宮さんはぐいと顔を近づけながら、まるで私が結果を見せることが当たり前のように話を進めた。なんの前触れもなく。

「えーっと、いや、まあ。それはいいんだけど。いきなりどうして?」

「わたしが見たいから見るだけ! そして碧月さんはそれに応えなきゃいけない! どう、納得してくれた?」

「わかった、わかった。ならお望み通りに」

 普段なら家に帰ったあとで全てより先にゴミ箱へ捨て去る予定だった物。悪しき禁忌の数列が記された機密文書。『人は過ちを繰り返す』。今まで何回も突き付けられた言葉。

「その顔……さてはあんまり良くなかったんだね?」

 優しさに占められた声は変わらず。ほんの少し同情が入り混じっていたこと以外は。

「どうだろうね」

「ふふ、大丈夫。あとでいっぱい慰めてあげるから……」 

 彼女が紙を広げ沈黙が互いに流れる。表情は読めないけど、多分予想が外れたのかな? 少し時間がかかっている。

 一方の私は、この猶予の間に考えていた。

 低くも高くもなく丁度平均の時ってどういう反応が正しいんだろう。一番反応に困るっていうのは想像がつく。

「碧月さん……」

 さあ、どうでる?

「……よく頑張ったね。なでなでしてあげる」

「へぇっ?!」

 予想できずにいたまさかの返しに、思わずおかしな声が出てしまう。

「いや、だって点も順位も平均そのものだよ?」

「自分のだけ見てればね。今回特に英語が難しくて、どのクラスの平均もかなり落ちたの。でも碧月さんはかなり点取ってる。すごいことだよ」

「そ、そうなのかな……」

 間を空けずに出てくる褒めの数々に、ただうなずくことしかできなかった。

「英語、好きなの?」

「まぁね、ちょっとは好きかも」

 まだ日本語に翻訳されてないゲームだとか、その攻略情報を見なければいけなかったから多少できるようになった――とは口が裂けても言えない、ね……。 

 同い年に褒めちぎられ、あまつさえなでられるなんていう未知の体験を味わった私は、すっかり調子づいてしまっていた。

 そこで姫宮さんと同じことを聞いてみた。

「あのさ、今度はそっちのも見せてくれない?」

 

〇テストの終わり(燈夏視点)

 いつもと違う物欲しそうな視線を向けられた。

「うーん、ちょっと待ってね」

 服のあらゆる所、そしてリュックをわざとらしくまさぐる。理由は一つ、点数を碧月さんにだけは見られたくないから!

「ごめん。多分教室に置いてきちゃった。だからまた今度ね」

「ふふっ……」

 怪しさ全開の笑い。レアな表情だ! と思うと同時に嫌な予感がした。

「私分かってるんだよ。姫宮さんさ、ここまで来るとき手握り締めてたよね? あの握り方からすると、そうだね、まるで薄い紙切れを持ってるみたいだった」

「それはさ、えっと」

 今、わたし本当に驚いてるかも。自分でも分からないぐらい突然のことだったからかな? それとも相手が相手だから? うん、きっとそうだ。

「うぅ、碧月さんのくせにわたしを追い詰めるなんて~!」

「無理矢理は好きじゃない。おとなしく渡してくれさえすれば悪いようにはしないよ」

 普段より低音の紳士的な口調で告げられる。

「わかったよ、はいっ」

 脅しに屈したのか、その口調にときめいちゃったのかは言えないけど、気づいたらもう紙を渡していた。ほぼ無意識に、だったから自分でもちょっと怖かった。

「あーあ、本当は見せたくなかったのに」

「大丈夫大丈夫、あとでたくさんなでてあげ……ッ」

 顔からみるみる余裕が消えていってる。まぁ、誰だってこうなっちゃうか。

「ひ、姫宮さんこれ――」

「これ?」

「私の完全上位互換じゃん!!!」

 彼女は今にも絶望しそうになりながら崩れ落ちた。

「そうなんだよね……英語も結局わたしのほうが高いし。あ、でも! そんなに落ち込む必要ないよ。次超えれば良いだけだから」

「それができたら……」

「もちろん色々教えるから、ね? だから元気出して!」

「うん……ぐすっ……」

 その日はずっと慰めながら帰りの道を歩いた。初めてのことだから困っちゃったけど、いつもと全然違う碧月さんをいっぱい見れたから別に良いかな!

 

〇正直うれしい

 夏休みを直後に控えた日、いつもの場所へ昼ご飯を食べに行こうと足早に移動していると、彗依先輩とすれ違った。

 この時間帯、こうやってすれ違うことは珍しくない。でも今日は『他の人と一緒に歩いている』一点だけが違った。名誉のために言っておくと先輩は決して友達が少ないわけではない。むしろ普通の人間以上に関係を持っている。ただ私から見れば、特に私と話してくれるときは、誰も連れていないことがほとんど。だから珍しいと思ってしまった。

 目が合ったのに挨拶も無しは失礼かな、と一言交わそうかななんて考えていたら――

「あれー? お気に入りの後輩ちゃんじゃない、そうだよね朔晦?」

 先輩の友達? の人に先手を打たれてしまった。

「うん。そうだよ。2年生の霞ちゃん」

「やっぱり! なんか朔晦がずっと見てたからそうかなって。そしたら本当に当たってた! へぇ、聞いてたよりもずっとかわいいね?」

「えへへ、どうも」

「ふぅん……」

 2人の3年生からまじまじと見つめられる。そのうち、寡黙そうな人の方が『こういう子が好みなんだね』と彗依先輩をからかうと、早々に口止めを受けていた。

「2人とも、やめなさい。霞ちゃん困ってるでしょ」

「はーい」「はいはい」

「まったく。ごめんね、じゃあ私達行くから。またね」

「はい、また……」

 私からの反応を確認すると、間もなく彼女たちは後方の人だかりに紛れていく。

 そんな中、始めに声をかけてくれた活発な人が途中まで手を振ってくれた。だから内心戸惑いながらだけど小さく手を振り返した。

 するとその人は焦っているような、照れているような表情を先輩へと向け、必死に何かを語っているようだった。

 家に帰った後。先輩に聞いても適当にはぐらかされるだけだった――けど、心当たりがないわけじゃない。

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