第4話 青と黒の行末、揺らめく光芒
高すぎる気温。加えて湿気。もし今座ってる所に屋根がなかったら――考えたくもない。ただでさえ限界なんだから。高温多湿だっけ、なんにしろこの気候を許すつもりは微塵もない。
いつもなら到着した段階ですぐに館内に入っただろう。でもできない理由がある。
なんといっても……一人で遊びにきたわけではないから。待ち合わせをするってなったら目立つ場所にいないといけない。問題は、いくつかある目立つ場所というのが軒並み地獄みたいなところしかないこと。
ここは入口すぐ手前。当たり前だけど入場する全員の目に入る。だから自分が声を出さなくても、相手に気づいてもらえる可能性がとても高い。というわけで、連絡も来てないしもうしばらくは忍耐の時間になりそう。仕方ない。
本当は駅とかで待ち合わせした方が良いんだろうけど。実際そう提案した。ただ、『友達の家に泊まる予定があるから、無駄のないように現地で会おう』なんてお願いされては断るに断れない。聞いてみれば、姫宮さんが泊まる家はこの水族館の近くらしい。歩いてこれるぐらい? とかなんとか。
ならそろそろ来るはず。約束の時間も近いし。人となりを見るに、遅れて来るような人ではなさそうだけど。何かしらのトラブルに遭ったりしなければ。
いや、もしくは――とっくに入館しているとか?
閃きにも似た発想が頭によぎる。そして……中の様子を一目見ようと、後ろを向くと。
ガラスを隔てた先には、こちらと目が合い健気に手を振る人。予想的中だった。
ともあれやっと解放される。良かった。どう考えても人間が長い間居座って良い空間じゃない。どうせ夏の間ずっとこんな天気が続くんだろうけど。
余計な憂鬱を考えてしまう前に、早く中へ入ろう。
適度な空調に整えられた室内は、本当に救いそのものだった。蒸す空気の匂いと対比され、心なしか潮の匂いが広がっている……ような気さえした。
「おっはよ! あのさ、もしかしてずっと外にいたの?」
「うん。まさか先に着いてるとは思わなかった」
「ごめん。わたしが先に気づけば……」
彼女は続けて申し出る。一目で焦っていると分かる表情と共に。
「外すごく暑かったでしょ? お詫びに、何か飲み物買うよ?」
「気持ちだけ受け取っておく、ありがとう」
「えぇ〜〜……遠慮しなくてもいいのに」
やりとりはまだしばらく続いた。代わりに買わせて――いや大丈夫だよ、なんて何回も交わしながら。
3,4回ぐらい白熱した言葉が往復したのち、ついに終わりの兆しが差し込んだ。
「わかった! 今日のところは折れてあげる。いつかこの借りは返すからね!」
「借り? まぁ借り、でいいか。別に気にしなくてもいいのに」
「こういうの、貸し借りは作らないタイプっていうんだよね? そういうこと!」
「わかった……じゃ、そういうことにしておく」
何を言ったところで姫宮さんは退かないだろう。本気で相手を労わる無償の優しさと、一方無いも同然のプライド。悲しいかな、差は歴然だね!
そもそも全然気にしてないし。とんでもなく暑かったけど、彼女を待っている時間は不思議と辛くなかったから。
「じゃあ、行こ?」
指差す順路を互いに見つめながら、青の世界へ踏み出す。沸々と形作られる照れを隠して。
暗い通路をしばらく歩き、やがて淡い光が抱く空間へとたどり着く。
まず目に飛び込んだのは四方に広がる水槽、巨大な化石の標本だった。覚えている限り、来たのは小学生以来だから記憶があやふや……でもこんなエリアあったっけ?
「かなーり古い時代の化石だったり、その子孫がいっぱい紹介されてるとこだね。ちなみに変わったのはつい最近です!」
「よく知ってるね?」
「もちろん! こう見えてわたし頻繁にここ来てるから」
あぁなるほど。どうりで待ち合わせの場所だとか、開館の時間だとか細かく知っているわけだ。
一つ一つの水槽をくまなく観察する。他の入場客がそこまで多くなかったから、こんなにゆっくりできるのはすごく新鮮。水族館=常に混んでいる場所という先入観があった――それを狙って今日にしたのかな? だとしたら彼女は本物の常連に間違いない。
スポットライトで照らされた大小様々な化石。中には琥珀なんてあったりして、つい魅入ってしまった。多分今なら世界で一番素敵な感想を言える。
一方の彼女はというと……
こちらを軽く見下ろしたと思いきや、からかうような声で質問を投げかける。
「ちなみにちなみに~、古生代の名前どれくらい言えるかな? いつかの授業でやったし、おさらいだよ!」
はっ、悪いけどそんな問題で困らせようとしても全くの無駄だよ! 偶然覚えてたし、なんならあの世界では何回も苦戦させられたからね!
なんて、もちろん言えるはずもなく。
「オルドビス紀、シル……シルル紀。で、デボニア紀だったかな。後は覚えてない」
「はやっ! なんでその3つだけ?」
「色々あってね」
まさか最初から水族館らしくない特殊なコーナーだとは思わなかった。後半まで体力が持てばいいけど。
ただ私の場合とりあえずはついていけばいいだけ。自分一人で何があるか探すよりかは大分楽。
こういう意味でも先導してくれるのはかなり助かっている。
「そういえば、次のとこ陽射し浴びることになるから。言った通りちゃんと日焼け止めしてきた?」
昨日の夜に色々教えてくれたのを思い出した。例えば持ってきた方が良いものだとか、大体の展示順が載ってるページだとか。考えるに、最大限楽しんでほしいんじゃないかな。
だとしたら今日の出費を肩代わりしないと採算が取れない。
ちなみにダメ元でそう言った。結果はさっきの言い合いとほぼ同じ。こっちにチャンスが無い以外は。
「こっちこっち。外ほどじゃないけどちょっと暑いから気を付けてねー」
「分かった。いざとなればさっさと流し見しよう」
「うん!」
「いや、ちょっと待って」
姫宮さんは立ち止まると同時、それまでの煌く笑顔と反対に、途端に神妙な面持ちへと変わった。
あ……この間。まずいかも。厄介事は突然やってくるものって決まってるから。
「デボニアって何?」
どうしよ!?
主にこっち側の説明足らずが原因で、そこそこ時間がかかったことは置いといて。
……とにかく。なんだかんだありつつ、どうにか立っていられてる。
名前の知らない魚たちが、名前の知っている魚たちの数を優に超えた。普通に生きているだけでは一生賭けてもできない体験。満足度は頂点に達していた。
たけどどうやら、これからが本番らしい。恐ろしい。
だからしばらく休憩しようと手を引き留めた。先はまだあるから一旦休憩してねと言わんばかりにベンチが用意されているし。厚意に甘えよう、許される限り。本音を言うとすぐに座りたい。
目前に広がる水槽を見つめると、一気に涼しさを取り戻したかのような錯覚。
輝く気泡が下から水面へ。ある一粒を追うと、光差し込む空に弾ける。その最期は惨いようでどこか貴い。つられて、せっかくの涼しさを逃がしてしまった……
景色に左右されたわけじゃない。右肩に伝わる人肌のぬくもり。伝わる微かな熱は、無機質な冷気を追い出すのに十分だったから。
嫌な気分はしない。むしろやっと、体に触れて良いほどの友達と認めてくれたような、そんな気さえする。……いや知ってるけど! 姫宮さんにそんな考えは無いだろうってことは!
「ね、ねぇ」
「ん〜?」
「あの、その。近くないかな」
彼女は一瞬何のことかを考えたのち、少し焦った様子で身体を離した。
「あぁ! ごめん、ちょっと寒かったからつい」
「いいよ。言われてみればね」
「みんな夏に水族館来る理由、分かるかも」
いつになく達観した口調で言う。まるで、何かを隠すために、無意識に相手ではなく自分を騙すような口調。事実、私も照れを隠すために冷製を装いフォローを返したから。
結論から言うと、ある意味正解だった。
ただこの場において残された選択肢は無いはず。向こうも同じことを感じたのか、休憩はもう十分だよねと目線で伝えられる。つられて無言のまま席を立つとあらためて確信に変わった。
館内はそこまで寒くない。むしろ猛暑のせいなのか暖かくさえある。私に身を寄せた理由が他にあると思えてならない。
……という思い込みに近い予想なんて歩いているうち、間もなく忘れてしまっていた。だって久しぶりの外出だし、何より家族ではない誰かと一緒だなんてもっと久しぶりだから。
「見て、クリオネだよ! クリオネ!」
姫宮さんが指差す小さな水槽に目を移す。極小の白い澱が漂う水の世界――ではなく多くのクリオネがうごめく水槽だった。にしても、本当によく目を凝らさないと全然見えない。
「実物初めて見た。こんなに……こんなに冒涜的な見た目なんだ」
流氷の天使、だなんてかっこいい上に可愛らしい二つ名とは裏腹、捕食の仕方怖いし。
「うん。それは知らないけどね」
こうも見事ないなしを受けてしまっては立つ瀬がないというもの。決まりの悪くなった人間ができることは一つだけ。何も言わないこと。
順路はまだ少しだけ続いた。深みの生物が所狭しと並べられているエリア、更に深い海に生息する魚たち。冒涜的……じゃなくて、名状しがたきって言ったほうがいいか。
色々感想を言い合ったけど、結局みんな本当に面白いね、なんてことを言い合うばかりだった。
だいたい2時間の旅の終点にたどり着く。
そこは今までにないほど大きな規模の水槽。来場客は潮目を表した水槽のトンネルを潜り抜ける。あまり詳しくなくてもこの水族館の目玉だと一目で理解した。
小さな魚たちが群れをなす姿は、まるで一体の巨大な魚のよう。一方、比較的大きな魚は誰とも群れず孤独に遊泳を続けている。薄い青から深みの藍へと移り変わるグラデーションが彼らを引き立たせていた。
「ね、姫宮さ……あれ」
美しい光景を共有したくて声をかけようとした。隣にいるはずの人にだけ届く予定だったぎりぎりの声量で。
良くない考えが巡るのも一瞬、来た道を見返すとちゃんとその人はいた。景色に夢中のあまり周囲に気を配れていなかった自分を恥じながら、ひとまず通路を引き返す。
こんなに近づいても一瞥もくれずぼんやりと天井を見上げている。彼女の意識は何に引き込まれているんだろう?
視線を追った先には、室内だというのに不自然に差し込む太陽の光芒。暗がりに突然現れた光は慣れることのない眩しさを残す。この場所だけなぜか天井がガラス張りになっていた。いや、正確には上の階の水槽を下から覗けるっていうか。
何にしても、確実に私達は同じものを見ている。だって、彼女の眼には水紋にたゆたう光が煌いていたから。でもどうして?
答えは知る由もないけど、ヒントを聞くことはできた。
「今日も、いないんだね」
立っているこの場所の真上には、トドとアザラシのいるエリアがあったはず。
どうか、この予想が杞憂で終わるように。
*
すべての展示を抜けた私達は、今お土産コーナーにいる。近場ではあるけど姫宮さんはきちんと家族に買っていくらしい。こういう細かな気遣いを忘れないのが、いかにもって感じた。……もし予想が正しいなら楽しいことばかりではないはずなのに。
そんな憂いを感じ取ったのか、気遣ってなのか、彼女は話を切り出した。
「碧月さんも何か買わないの? このキーホルダーとかぬいぐるみとか。かわいいよ」
「どうしようかな」
差し出された2つを見る。確かに良さげだけど……キーホルダーなんてどこに飾ればいいか分からないし、ぬいぐるみの方は……値段が。
「ごめん、今回はパスで」
「え~。もったいないなぁ」
落胆を見せられ、罪悪感がほんのりと湧いた。もしここで何も買わないようなら、少なからず悪い印象を残してしまうかも。
頭の中で『好感度』と『お金のこと』を天秤にかける。結果は明らか。お金なんてどこか彼方へに飛んで行ってしまった。
「……やっぱり一個一個見ていこ」
「だよね、そうじゃないと」
棚の上から下、左から右へと見回す。
アクリルスタンド、文房具、食器……もちろんどれも値は張るけど思い出として十分なものばかり。どうせならここでしか買えないようなものが良いかな。はぁ、まずい。本当に悩む。
何分も見渡して、ついに千円以下で買える小さなぬいぐるみをみつけた。手のひらに収まるぐらいのサイズだから持って帰るのも楽だし。これにしよう。なによりけっこう、さ。か、かわいい、し……
「これ。いや、この子、連れて帰るよ!」
「連れて帰る? だーめ、ちゃんとお会計してからね」
背中越しにつっこまれた。
一瞬だとしても、物としてではなく愛犬愛猫みたいに扱っていた自分が恐ろしい。
「結局、どれにしたの……って、あぁ」
ぬいぐるみを見た途端、その声は失速する。
「……その子、うん。わたしも持ってる」
「奇遇だね」
まるで遠くにある雲を見つめるかのように言葉を紡ぐ。
「あんなことがあった後だしさ」
自然に漏れただけであろう言葉は、周囲の喧噪にかき消されることなく、胸に留まった。
同時に理解できた。時折見かけた不自然な行動の全て。
毎月のようにこの水族館を訪れていること。寒いわけではないのに身を寄せてきたこと。大水槽での表情。アザラシのぬいぐるみへの反応。
「ねぇ。姫宮さん」
思考がまとまりきってもいないのに、つい口にしてしまった。もう後には引けない。
「あえて伏せずに言うよ」
「この子のこと。大好き〝だった〟んでしょ?」
「っ……」
知ってほしい。なんの悪意もなく、ただ。
ただ、隠してほしくなかった。ごまかしてほしくなかった。
「そう、だよね。さすがにもう隠せないか」
諦めの吐息をつきこちらを振り返る。そして、私の手を取った。
「こっち。来れば全部分かるよ」
「……うん」
会計をひとまず済ませ、一心不乱に背中を追う。
可憐な後ろ姿は悲壮を物語る。見たくないものを見つめなければいけない覚悟。私がそうさせてしまった。
でも謝るつもりはない。逃げるつもりもない。責任をもって最後まで見届けるしか方法はないんだから。
「ついた。ほら、ここ」
エントランスの目立たない一角、1頭のアザラシへの献花台。生前の写真と共に、多くの寄せ書きがあった。
正直に言ってその名前は頭に無い。けど、多くの人達にとって大切な存在だったことは想像がつく。
「抜け道を通るみたいにして、繋がってる上の階の水槽と下の階の水槽を行き来してた。お客さんのことなんて気にもしなくて、自由に泳いでるのが……大好きだった。今でも覚えてる」
数秒間の沈黙のあと彼女は別れを告げる。
「しばらくは来ないかな。でも、ずっと忘れない」
声は意味と裏腹に、どうしようもない感情が同居していた。
「じゃあね」
一体、なんて声をかければ良かったんだろう。どんな言葉も陳腐な気がしてならない。自分を無理に納得させることしか出来なかった。
いつか同じようなことが起きたとき、そのときは……きっと無言のままではいられない。
「帰ろうか、碧月さん。時間とらせちゃってごめん」
「……大丈夫、気にしないで」
必然に、ある感情が浮かんだ。
『姫宮さんのことをもっと知りたい』
友達としての表面だけではなく姫宮燈夏という一人の人間をもっと知りたい。
一番の理解者でありたいなんて贅沢なことは言わない。それでも隣に居続けたいから。
私なんて、たくさんいる友達の一人に過ぎないのかもしれない。でも……これからも長い間関係が続いていくんだろうって、不思議と予感してしまっている。
どう思われているかなんてこの際気にしない。何を聞かれても答えは決まっている。私がしたいからそうする。それだけ。
館内の優しい暖かさから一変、夏の大いなる熱気に情景が置換されたところで、勇気を絞りだす。
「姫宮さん。決めたよ」
「ん、何が?」
「姫宮さんの全部を知る。だから……だから姫宮さんも、もっと教えてほしい。素の自分のこと全部。昔のこと全部。好きなもの、こと、人」
息の続く限り本音を伝える。まだまだ足りない。
「もちろん私のことも全部教える。他の誰でもない、一人に知ってほしいから!」
「……」
「……あっ、ごめ――」
反応が何もないことに気づき、ようやく我に返った。
ここまで来て撤回なんてしない。呼吸を整えて言い切ってしまおう。
「――いや、これは本当に思ったことだよ。この2週間を踏まえて、ね」
慣れない大声に、ありのままの本音をぶつける状況。日常とはかけ離れたことの数々に、顔の紅潮さえ感じ取れる。顔中が熱くてすぐに隠したくなるのは暑さのせいだけではないはず。
どんな反応が返ってきても構わない。だって結果はどうあれ、自分の本心を伝えられたっていうことが重要なんだから。
「……ふふっ」
「え」
どんな反応が返ってきても良いとは言ったけど。
「あはっ、あはははは! そっか、そーなんだ!」
まさかずっと笑いを堪えられていたとは。
嫌味な意図はないってことは分かる。でも他の来場客の目もあるし……なんかまだまだ笑ってそうだし……言わせてもらおう。
「恥ずかしいのに耐えて言い切ったのに、よくも!」
そう言ってから何も交わさず、しばらく時間が経った。多分、姫宮さんも息を整えているんだと思う。私がぶつけたものは重くて、相手が誰だろうと、いくら反芻したしても真意は分からない。自分が一番分かっている。
だからこそ――今は本音が欲しい。
「ごめんごめん。誤解しないで、そういう意味じゃない。わたしも……同じなんだよ」
最後まで言い切る前に、彼女は更なる一歩を踏み出した。
熱が伝播し交わるような距離。物理的にも、精神的にも。こんなにも人が近くにいた経験が無くて……呼吸が止まってしまいそうになる。夏の理不尽な暑さが共にあっても、なぜだか心地良い。
この距離なら。
「わたしもね。碧月さんのこともっと知りたいな。……もっと、一緒に居たい」
他の誰にも聞こえないような声で囁かれる。
「姫宮さんさえよければ……私も」
「うれしい。……ふふ、ちょっと大胆なこと言っちゃってるかもね?」
冷静さがちらつく口調とは反対に、赤面は抑えられていないように見える。
私も同じだったからほんのすこし安心した。照れるのは当然なことだよね。
お互いの過熱が引き切ったころ、あるものを差し出された。
「ちょっと待ってね。記念にこれをあげよう!」
2つのキーホルダーのうち、1つを受け取る。
じっくり眺めると不思議な感覚。光が透き通って更に輝きを放つ。まるで快晴が広がる空と海のような。
「え、いいの?」
「もともとあげるつもりでいたから。今日一日付き合ってくれてありがとう、って。意味が変わっちゃったけど」
どういう意味、と聞く前に答えを耳打ちされる。
「約束の物でもあるし……束縛の物でもある。覚悟、できてる?」
きっと疑問なんて聞いてもらえない。妖艶な笑みに無言の圧をかけられているから。思い込みかもしれないけど、余計な詮索はなしにしよう。
「じゃあ、今度こそ本当に帰ろう。疲れちゃったよね?」
「まあね。久しぶりだったし。でも楽しかった」
「よかった。次は別の水族館だね」
来た時より明らかに増した日照りの中、入口を後にする。
別々の帰り道に分かれるまで会話が途切れることは無かった。
ただ、恥ずかしさが遅効性の毒みたいに段々と効いてきて、身悶えながら寝付いたのはまた別のお話。
ああーーーーーーーーーーーー!
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