第4話 

 使われていない空き室。埃っぽさがある部屋には、たいしたものは置かれていない。使われなくなった机がいくつか組み上げられている。


 凛花は、右手の人差し指を口元に近づけると、異能を使った。切り揃えていた前髪とウェーブがかかった後ろ髪がふわっと浮いた。


 一瞬の間があった後、身につけている腕時計型端末の画面が三回点滅する。凛花の口角が少し上がった。


「お前も、夏川のような目に遭わせてやる。俺は無敵なんだよ。この力を手に入れてからな」


 賭崎の身体が、身につけている衣服も含めて透明になっていく。床の影も薄くなっていく。そして、ついに凛花の視界から消えてしまった。


「そんな力があっても、借金で首が回らないのでしょう? そうとうヤバい人たちに目をつけれられている。違うかしら?」


 凛花は煽った。


「うるさい。小娘の分際で!」


 凛花は、声の聞こえた方向に注意を払う。だが、異なる方向から殺気を感じた。見えないため、反応は遅れる。なんとか右腕で防いだが打撃を喰らう。壁に叩きつけられた。


「大人対子ども。この透明になる力。そして体格差。流灯、お前が勝てる要素は何もない」


「…………」


 凛花は、腕時計型端末の画面をチラッと見た。そして、うなずく。


「友だちのためか? バカな女だな」


 そう言うと、透明な賭崎が再び襲いかかってきた。


 だが。


 凛花は賭崎に対して正面を向き、得意の合気道で、いなし投げた。組み上げられた机に賭崎はぶつかる。派手な音が鳴った。


 その衝撃のためか、賭崎の姿が視認できた。透明になる異能が解けたのだ。


「今のは、偶然だ」


 賭崎は再び透明になり、襲いかかる。しかし、凛花は、今度も静かに華麗に向かってきた賭崎を投げ捨てた。


「バカな。二度も」


「まだ気づいていないのかしら。携帯端末のライトが点きっぱなしですよ」


 凛花はくすくすと笑う。賭崎のジャージも携帯端末も透明になっていたが、そのライトの光が人の姿を型取っていたのだ。


 透明なまま賭崎は、慌てて携帯端末のライトを消そうとする。だが、携帯端末の画面をタッチしても反応しない。


 それは、法条の異能だった。


 彼は寝ている間、自分の魂を電子機器などに憑依させ、自由に操ることができるのだ。最初は凛花の腕時計型端末に、次は、凛花を助けるために賭崎の携帯端末に憑依したのだった。


「……先生は、何回か私に触れた。だから、もう私の勝ち」


「はぁ? 何言ってんだ」


 賭崎は、携帯端末を投げ捨てた。輪郭が消える。これで透明なままだ。弱点はない。


「おやすみなさい。消灯ですよ」


 凛花は口元に人差し指を当て、告げた。異能が発動する。


 賭崎は、意識を失うように寝た。その場に崩れる。透明になる異能も解除された。


 すぐに、凛花は倒れた賭崎に駆け寄り、触れる。


 凛花の異能は、簡潔にいえば、どんなに離れていようと触れていた時間分だけ強制的に寝かせるもの。どんな異能者であろうと、寝て意識がなくなれば無力になる。


 しらゆきに頼まれた二枚のメダルを、賭崎の頭に触れさせる。


 雪の結晶が描かれたメダルが銀色から金色になる。『異能の使い方の記憶』を抜き取るメダルだ。そして、もう一枚。りんごのメダルは、しらゆきが望んでいる情報を賭崎の記憶からコピーする。賭崎が行ってきた犯罪行為を暴くためだ。


「これでもう、あなたは異能が使えない。あとは罪に裁きが下るだけ」


 凛花は、寝ている賭崎を放置して、立ち去った。


 *


 陽が沈み、黄昏時も過ぎた夜だ。ここは、カフェ『フェイブル・テイル』。


 凛花と法条は、テーブルに横並びで座っている。二人の目の前には、赤茶色の長い髪の女性が座っていた。フリルブラウスにデニムパンツという服装。二人の依頼主、しらゆきだ。


「ずいぶんと早い完遂で、正直驚いているよ。さすがL&L」


 彼女は、二人が差し出した金色に光る二枚のメダルを受け取る。


「しらゆき、今回はすぐにでも賭崎の罪を記事にしてほしい」


 法条が、ジャーナリストである彼女に言った。それに凛花が添える。


「私の友だちが被害者の一人でした。彼女は今週末に部活の大会に出場します。試合に専念できるように、お願いします」


 しらゆきは、頭を下げる二人に向かって、返す。


「仕事が早かった理由は、それか。素敵だね。やっぱり、君たちは最高だ。では、警察に賭崎を逮捕してもらえるように急ぐとしよう。ここのお代は払っておくよ。お疲れ様」


 彼女は立ち上がり、三人の会計を済ませて去っていった。


 *


 二日後。賭崎が個人的な理由で退職したことが、全校生徒宛の電子連絡で伝えられた。



 土曜日。


 私服の凛花は、女神ヶ丘駅の女神像に向かう。待ち合わせだった。すでに相手は来ている。法条だ。


「お待たせ。今日は付き合ってもらうのに、遅れて、ごめん」


 法条は首を横に振る。


「行こうか」「うん」


 二人は、駅から徒歩十分程度にある女神ヶ丘病院へと向かう。そこに凛花の母が入院している。


 凛花は、届け物があった。母の着替えと書き終えた日記帳だ。


 法条のつらい過去。それを凛花は知っている。寝られなくなるほどの悪夢を知っている。


 だから、凛花も彼に知ってもらいたかったのだ。一緒に来てもらう。


 何度も訪れている病室なのに、とても緊張しているのに気づく。


 病室のベッドで、凛花の母は静かに寝ていた。凛花は母に話しかける。法条はそばに立っていた。


「お母さん。日記帳、また書き終えたからここに置いておくね」


 ベッドの横には、すでに一冊の日記帳が置かれていた。凛花は持ってきた日記帳を重ねる。


「あのパンデミックの時、お母さんと私はワクチンを接種したの。お母さんは目を覚まさなくなった……。ずっと寝たまま。お医者さんが言うには何も悪いところはないんだって。……ねぇ、法条くん。わ、私の異能で、お母さんはずっと寝たままなのかな。……私のせいなのかな」


 凛花は、涙を溜めた顔で、法条を見た。


 その時、メダルが落ちてきた。静かな病室にチャリン、チャリンと音が響く。



「……流灯。ぼくは、それを否定する」


 法条は告げた。そして、メダルを拾う。


「この街で起きていることの真相をつきとめれば、お母さんは必ず目を覚ます。……次の依頼だ。いくよ」


 法条は、涙を拭う凛花の手を引いて、病室を出た。

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眠らせ姫の日記帳 ~ 異能なぼくらの奇妙な高校生活 ~ 凪野 晴 @NaginoHal

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