後編 旅立ち

船にアイビーが乗り込み、何やら起動しているようであった。

それを察して邪魔にならないようにアネモネは船から距離を取っていく。

両手を合わせて心配そうに見守る。

船がゆっくりと浮いて離陸していく。

そのまま勢いよく上昇し空高くまで昇っていった。

先日のテストフライのように安定した飛行が見えることから上手くいったようだった。

「・・・よかった。無事に飛べたみたい・・・」

急上昇し青い空を鉄の塊が羽ばたくような姿はまるで鳥のようであり、そんな情景を眺めながら安堵するアネモネ。

まるで巣立ちを見守る母親のように。

「それにしても、やっぱり宇宙船って凄いな・・・もう見えないや」

頑張って遠くを見つめるが、一面真っ青の空の中から点のような宇宙船を見つけ出すのは困難である。

それ程までに早い飛行であった。

「・・・いってらっしゃい」

アネモネはそう呟いたが、暫くは真っ青の空を眺めていた。

愛おしそうに。


アイビーが出発してから数十日が経ったある日のこと。

通信機に受信記録があった。

アネモネはずっとその前に待機していたから、それに直ぐ気がついていた。

「! これって・・・アイビーかな?このボタンを押すんだっけ・・・」

と恐る恐るアネモネはアイビーに言われたボタンを押す。

するとピピっと機械音が鳴りそれに驚く。

「・・・もしもし、アネモネ?」

「アイビー!?凄い、本当にアイビーの声が聞こえる」

「そうだね。僕も聞こえるよ」

機械からアイビーの声が聞こえて、全身の力が抜けていくアネモネ。

ずっと連絡がなかったことに不安だったが、ようやく声が聞こえたことで安堵の気持ちが強かった。

「ごめんね。コールドスリープで暫く眠ってたんだ。でも定期的には話そうかなって短めにタイマーを設定してたんだ」

「そうだったんだ。よくわかんないけど、無事でよかったよ。そっちはどうなの?」

「んーずっと宇宙空間で外は真っ暗でひとりぼっちだから寂しいよ。これならアネモネを連れて来たらよかったかな、なんて・・・」

「私はよくわからないし怖いからいいかな。それにここからあんまり離れたくないし」

「そっか、それなら仕方ないね。まあこうしてお話ができるから寂しくもないし、大丈夫だよ」

「うん、無事に着くといいね」

「そうだね。そうじゃないと困るよ。だって・・・」

なんて暫くは他愛もない会話が続いた。

内容に中身などなく、簡単に言うと無駄ない会話であった。

しかし淡々と続き会話が途切れることはなく、お互いに楽しそうにしていた。

この二人には重要な話なんて必要は無く、ただお互いにお互いを感じていたかったのだ。

「・・・それじゃあそろそろまた寝るよ。次の電話はまた数十日後かな」

「そっか、わかった。それじゃあ待ってるね」

「うん、ありがとう。凄く楽しかったよ。これならやっぱり寂しくないかも」

「私の方こそ楽しかった。遠い距離にいるのに直ぐ側にアイビーがいるみたいだよ。・・・ありがとう」

「どういたしまして。・・・それじゃあおやすみ」

「うん、おやすみなさい」

それが伝わると、ピピっと音がしてランプが消える。

それは通信の回線が途切れた証拠である。

すると再び静けさを取り戻す。

さっきまでは人の声が聞こえていたが、今では自然の音しか聞こえない。

風で木々が揺れる音、湖に立つ波の音。

だが彼女の耳には今もアイビーの声が残っていた。

口元を緩ませてニコニコと笑顔になっている。

「次は数十日後か・・・何かお話のネタでも考えておかないと」

と彼女は家に戻った。

暫くは連絡が来ないだろうから、ここに居続けても意味はない。

しかし、それでも彼女はこの通信機が気になり、用事がない時以外はただずっと近くで待ち望む。

側に座り込んで大切な人を見守るように。

なぜなら、彼女のやることなど家の保護くらいだけだからである。

それ以外の膨大な時間はこの側で座り待つ。


あれから何度か通信を交わし、百日近い日数をかけてアイビーの目的地へと到着しようとしていた。

「・・・もうすぐ到着するよ」

「よかったね。ようやくって感じだね」

「そうだね。でも僕はコールドスリープを何度か使ったから、体感では数日経った程度なんだけどね」

「そうなの!?」

「そうだよ。全身を瞬間凍結させてるから、時間がまさに止まったような状態でね、長い時間を移動する、特に宇宙空間何かではよく使われてるものだよ。って前に言った気がするんだけど?」

「いやぁ〜前に聞いた説明は難しかったから、頷くだけでちゃんとは聞き取れなかったの」

「そうなんだね。まあ確かに専門的用語を使いながら話してた気がするから無理もないか」

「そういうこと。でもそれのおかげで数十日を一瞬に感じられて、もうすぐ会えるんだね」

「うん」

「そっか。それで会ったらどうするの?」

「う〜ん、とりあえずはバラバラになった後どうだったのか、とかお互いに今後はどうするのか、とか聞きたいことは色々とあるかな」

「それもそうだよね。ゆっくり過ごしてもらっていいからね、私のことは気にせず」

「ありがとう、でもそんなに長居するつもりも無いから、程よくって感じで還るつもりだよ」

「そっか。なら待ってるね」

「うん、それじゃあもう行くね。暫くは連絡出来ないかも知れないけど、無事だよって通知は送るから、心配しないでね」

「わかった。それじゃあ還ってくるまでここで待ってるから」

「それじゃあ・・・行ってきます」

「うん、いってらっしゃい」

そうして最後の通信を終える。

決して本当に最後の通信というわけでもないが、コールドスリープはそう何度もできるような設備ではなかったため、数が限られ、帰りの際に制限に合わせ一気に使いたいという理由が大きい。

それと通信電波の傍受が行われた場合のリスクも挙げられるため、頻繁には行うことは危険と考えた。

アイビーの関係者たちが無理にでも電話を寄越さなかったのは、その危険を考慮していたからである。

それに気が付き、本当に重要な時以外は控えるようにしたという。

しかし、アイビーはコールドスリープで時間を超えることができるが、アネモネは・・・

「還りは遅くなるか・・・いつ頃になるのかな・・・」

不老不死である彼女にとっては数十日〜数百日など今まで生きてきた時間から比べれば一瞬のような出来事である。

しかし誰かを、大切な人を待つことがどれほどもどかしく切ないことであろうか。

たったの数十日、されど数十日である。

彼女にとっては永遠と言っていい程の時間である。

無事を祈る気持ちも、早く会いたいという気持ちも膨れ上がる一方である。

アネモネにとってアイビーの存在とはそれ程までに大きくかけがえのない存在へと昇華しつつあった。

「・・・アイビー・・・」

ただ彼女は祈った。

無事にここへ還ってきてくれることを。


そうして数百日が経ったある日のこと。

アネモネはずっと通信機器の前に座って待ち続けていた。

そんな通信機器に一つの連絡が届いていた。

「何これ?・・・このボタンでいいのかな?」

ポチッといつものボタンを押す。

するとピピピと少し違う音が鳴り、何かが起動した。

「・・・アネモネ、聞こえてるかい?」

「アイビー・・・!?」

「ごめんね、ずっと連絡できなくて」

「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと待ってたよ」

「・・・そうだ。実はこれは電話ではなく一方的な連絡になるんだ。録音した音声を送っただけ。だから会話はできないんだ」

「あっ、そうなんだ・・・」

とアネモネは力が抜けたように、寂しさを表した。

しかし久し振りに声が聞こえて嬉しいという感情はある。

「でも伝えたいことがあって、これを送ったんだ。もうすぐ到着するよってことを、早く伝えたくてね」

「ホント!?」

ビクッと電撃が通ったように身体を震わせ嬉しさを身体で表現した。

目を輝かせ、退屈だった日々を吹き飛ばすような喜びが彼女にはあった。

「突然の連絡で、直ぐには通信を取れないと思って確実に伝わるようにしたんだ。還ったら色々とお話をしたいことがあるから、もう少しだけ待っててね。それじゃあ・・・」

プッっとそこで音声は終了し静かになった。

しかしアネモネの中にはアイビーが還ってくるということで一杯一杯で気がついてなかった。

「もうすぐ還ってくるんだ!・・・嬉しいなぁ」

空を見上げてアイビーを探す。

見つかるはずのないのに、なぜだか探していた。

既に心はウキウキで幸せそうであった。


連絡があってから、数日後。

アネモネは通信機器の側に待機しては空を見上げている。

いつ還ってくるのか、いつ連絡が来るのか、それをすぐに取れるように待っていた。

昨日も一昨日も同じことを繰り返していた。

だがこの待っている時間が彼女には苦ではなかった。

もし今日来なくとも、明日には同じようにしている。

なぜなら彼女にはこれしかやることがなかったから・・・

「・・・いつかな・・・」

そんなことを呟きながら時間を過ごした。

彼女にとってはワクワクの反面、今のこの時間こそが永遠に等しい寂しい時間であった。

更には、この時間を過ごすからこそ心配も増大していく。

そんな複雑な気持ちを胸に・・・

「・・・あれ、何だろう・・・もしかして・・・!」

空に黒い点が一つ、ものすごく速い速度で動いていた。

徐々に影が大きくなり、その形容を確認することができた。

見慣れた鉄の塊・・・

「アイビーだ!」

アネモネは勢いよく立ち上がり、空を見上げて笑顔になる。

その表情は希望に満ちた顔で親の帰りを待つ無邪気な子どものようであった。

何処に降りるのか分からないが、身体が自然と離陸した場所へと向かっていた。

「アイビー・・・!!」

聞こえるはずのないのに名前を叫ぶ。

感情が抑えられなかった。

ただただ嬉しかったのであろう。

船は既にすぐそこまで降りていて、離陸に向けて慎重に動いていた。

平衡を保ち徐々に着陸態勢へ。

速度を殺しすためパラシュートを展開、ジェットを逆噴射し一気に減速する。

そのまま高度をゆっくりと下げて着陸する。

その場所は離陸した場所と同じ場所であった。

プシューっと音が鳴り船の扉が開閉する。

そこからはアイビーの姿が・・・

「アイビー!」

アネモネはその顔を、姿を見て気分が上がったのか駆け寄る。

そのままの勢いで抱き寄せていた。

「アネモネ・・・」

「・・・いつ還ってくるのか分からなくて、心配だったんだから」

「・・・ごめん、僕も色々と不安だった。けどそうして無事に還れてよかった」

「うん、おかえりなさい」

「・・・ただいま」

暫くお互いを感じたくて抱き寄せていた。

だがそれも次第に気まずくなり、お互いに伺いあって離れた。

「そういえば、連絡でも話したように還ったら話したいことが色々とあったんだ」

「うん、たくさん聞くね。先ずは帰ろっか」

「そうだね。中に荷物が実はあってね。それも話す内容の一つなんだけど、運んでもらえる?」

「うん、いいけど・・・何なの?」

「それは後でのお楽しみ」

「ふふ、わかった。それじゃあ運ぶね」

「お願い」

とアネモネは〈神力〉で荷物を持ち上げた。

そうして二人は船から離れて家に向かった。

彼等の還るべき場所へと。


家の着いて、重たい荷物を置き、アイビーは宇宙スーツを脱いでテーブルに向かい合って座った。

「ふぅ~何だか懐かしい気分だよ」

「そうだね。私もずっと一人だったけど、それが久し振りに二人になったから違和感あったよ」

「そうなんだ」

二人で笑顔を溢す。

ただの会話だけど、二人は幸せそうだった。

「・・・それで、どうだったの?」

「そうだね。先ずは会って直ぐに喜びを分かち合ったよ。凄く嬉しくて涙も流しちゃった」

「そうなんだ。でもそっか、気軽に会えるってわけじゃないし、状況が状況だからね」

「うん・・・本当に嬉しかった。それで、お互いの状況等の情報交換をしたんだ。不時着した後どうだったのかとか、ジェノサイについてや、今後について」

「うんうん」

「他の人は文明が進んだ星に落ちたから、色んな意味で復活は早かったらしい。まさかの僕だけがちょっと遅れた星に落ちちゃったみたいなんだよね」

「そうなんだ。それじゃあ他の人達は直ぐに目的地(そこ)に向かえた感じなの?」

「いや、僕もアネモネのおかげで予想以上に早く行けたから、殆ど大差なく到着できたんだよ」

「そっか」

「ありがとうね、本当に感謝だよ。ずっと助けられたばっかりだったから。だから御礼をしたくてね」

「御礼だなんていいのに・・・」

「実はそれが運んできた荷物に入ってるんだけどね」

「なるほど・・・?」

アイビーは立ち上がって何やら頑丈で大きな箱に手を伸ばす。

ロックを解除して開ける。

中には色んな工具らしき物が複数入っていた。

「これは・・・?」

「これは何でも道具って言ったら簡単すぎるか。例えば建築に使う道具であったり、金属を加工する道具、成分検査キットなどが入ってるんだ」

「ほうほう・・・?」

「これでアネモネの家を元通りに戻す」

「えっ・・・!?」

アネモネは何かを聞き間違えたかのように目を見開きアイビー見つめる。

だがアイビーは何も間違っていないと続ける。

「アネモネが前にこの家はもう少し大きかったけど、今は小さくなったって言って悲しそうだったから。少しでも直してあげたいなって」

「アイビー・・・」

「それに僕も観てみたいからね。アネモネが過ごしていた家がどんなだったのか」

「・・・ありがとう」

「ううん、それとこの道具でもう一つ僕達が暮らすための家も建てる」

「・・・?」

「ここには二人だけしかいないから、だから改めて家を建てたりする必要はないんだけど、僕の星では大切な人達は特別な同じ家に住むことになってるんだ」

「・・・そう、なんだ」

とお互いに恥ずかしくなったのか、耳まで赤らめて目を合わせないようにしていた。

初々しい反応・・・

「そ、そんなこんなで生活が楽になる為の道具ってことだよ」

「そういうことだったんだ。・・・楽しみだね」

「うん、それとこれが一番重要な話なんだけどね」

アイビーは声のトーンを低くして再び席に戻る。

真剣な眼差しでアネモネを見る。

「アイビー・・・?」

「実はね、みんなと話していて一番大きな話題だったことがあって。それがジェノサイを倒す為に軍に志願するかってことなんだ」

「えっ・・・!?」

「もちろん戸惑いもあった。けど、これには続きがあるんだけど、アネモネのことを、特に〈神力〉について勝手に少しだけ話しちゃったんだけど、先ずはごめんなさい」

「いいよ、そんなに大したことじゃないから」

「いや、大したことなんだよ」

「?」

「話を聞いていた一人の中に生還した星で凄い予言者がいたらしいんだ。その人は宇宙でも有名な人らしくて、過去に何度も未来を言い当てた凄い人で、占いもできるんだけどね。その人がジェノサイについて、いや世界について語ったらしい」

「・・・・・・」

「それには神の如き力を持つものが世界を変えるというらしいんだよ」

「・・・なるほど」

「それで話は盛り上がって、いつの間にかアネモネが話題の中心になった。〈グラブ〉に、ジェノサイに唯一対抗しうる力がアネモネにはあるって。もちろん〈神力〉に似た力はその予言者も含め、宇宙中には数名いるらしい。でもその中の誰かが世界を変えると言ったんだ。それでアネモネの〈神力〉によって世界を変えられないのかなって」

「そうなんだ。何だか壮大な話だね」

「うん、僕も思ったよ。でもこれが現実なんだ。だからアネモネ、僕達と共に戦ってくれないか?もちろん、暫くここで一緒に過ごしてからだっていい。・・・直ぐにとは言わない。返事を聞かせてほしいんだ」

「・・・・・・」

アネモネは深く深呼吸をした後に口を開いた。

「・・・私はどうしたらいいか分からない。この力が本当に何なのか、自分は何なのか、そんな世界を救えだなんて・・・わからない。でも私は戦いたくない・・・」

「・・・・・・」

「怖いとかじゃない。私はただここで静かに暮らしたい。コナズキから離れたくない。誰も傷つけたくない・・・自分勝手なのはわかってる。力があるのに何もしないなんてダメなことも。それでも私は・・・」

アネモネは身体を震わせ、心の底から懇願した。

彼女の純粋な気持ちだった。

戦いたくない一心・・・

「・・・そうだよね。アネモネならそう言うと思ったよ」

「え・・・」

「なら仕方ない。ここで一緒に過ごそう」

「どういう・・・」

「僕も志願を断ったんだ」

「どうして・・・?」

「もとより僕が戦えるわけないだろ?非戦闘要員なのに。まあ兵器づくりをすればいいのかも知れないけどさ。僕もやっぱり嫌だなって。復讐したい気持ちはある。でもそれ以上に大切なのは、亡くなった人たちの分も生きることなんじゃないかなって思ったんだ」

「・・・・・・」

「力があるからとかそんなのは関係ないよ。アネモネは自分の為に生きるべきだ。君にはその権利がある」

「・・・ありがとう、アイビー・・・」

「ううん、これからはずっと一緒だよ。それじゃあ今日はゆっくりして、明日から家を修築するのと新たな家を建てる計画を立てようか」

「・・・うん!」

二人の人生が新たに幕を開ける。

お互いに同じ立ち位置に立ち、二人で歩む。

時間という流れに身を任せ、苦しみの世界へと・・・


数十年後・・・

アイビーとアネモネは未だに二人だけで、この平和な空間を過ごしていた。

とある理由から子宝には恵まれなかったが、それでも幸せそうで愛し合っていた。

様々な困難を乗り越え穏やかな生活を送る。

しかし唯一二人を苦しめたのが、時の流れであった。

アネモネはずっと変わらず、昔のまま若々しさを保っていた。

だがアイビーは違った。

身体は折り曲がり、シワやたるみが増え、体力も著しく減っていた。

今では歩くことも、起き上がることも一人ではままならない。

「・・・アイビー、朝だよ」

アネモネはアイビーの部屋のカーテンを開いて朝日を差し込ませた。

それに気がついてアイビーは目を覚ましゆっくりと起き上がる。

ゆっくりと不安定な姿を見て、アネモネは気がついて背中を支える。

「ああアネモネ、ありがとうね」

「ううん、大丈夫だよ。それよりおはよう」

「おはよう・・・いい朝だね」

「うん・・・」

日に日に弱々しくなるアイビーをアネモネは何処か寂しそうに見る。

焦燥感に駆られるとまではいかないが、心にくるものはあったようだった。

「無理はしないでね。私が側にいるから」

「ありがとう・・・」

アイビーの部屋には無数の本が置かれていた。

デスクには紙や資料が複数あり、その中央にはタブレットが置いてあった。

アナログとデジタルの資料、情報の山がそこにはあった。

そしてその資料とは、世界中から掻き集めた不老不死に関わる資料であった。

この星や宇宙を飛び回り、時には一緒に旅をすることもあった。

そうして手に入れた情報の山であった。

しかし、この多くが空想や架空の話を掘り下げたものであり、答えを書いているわけではなかった。

アイビーはこれらで何をしたかったのか自分でもわかっていなかったが、少しでもアネモネに近づけたらと日々頑張っていた。

果のある命を燃やして・・・

「毎日この資料の山をみると虚しくなるなぁ・・・」

「そんなこと言わないで。アイビーが一生懸命頑張ってくれた努力の塊なんだから・・・私は誇りに思うし宝物だよ」

「・・・本当に強いんだね。アネモネは・・・」

「ううん、そんなことはないよ・・・」

「こんなに調べても何一つ不老不死についてはわからなかった。近づくことができなかった。その体を治すことも、その体に僕がなることも・・・できなかった」

「アイビー・・・」

アネモネは更に不安になる。

アイビーが自分を傷つけているようだったから。

それにこの会話がもう何度も行われたことだろうか。

ここ最近は後悔と謝罪の繰り返し。

それを聞くたびにアネモネは悲しくなるし申し訳ないと思うようになってしまう。

両者共にお互いを思いやり罪悪感が降り積もっていた。

「・・・久し振りに外の空気でも吸いに行く?今日は調子も良さそうだし」

「そう、だね。そうするよ」

「うん、それじゃあ肩を貸すよ」

「ありがとう」

とアネモネは肩を出してアイビーがもたれかかりゆっくりと立ち上がる。

近くの杖を手に取り自分でもバランスを取る。

それとこっそりと〈神力〉を使って支えているのは秘密である。

「行くよ?」

「お願い」

二人で足並みをそろえて歩む。

キシキシと床を慣らしながら廊下を進み玄関へ。

扉を開いてゆっくりと外へ出ていく。

風は肌を触れ日光が照らし風や波の音が耳を通り、この一瞬で自然を感じた。

アイビーは自然と微笑み近くの階段に座る。

「気持ちがいいね」

「そうだね。アイビーは久し振りかな?」

「・・・うん、もう覚えてないや。こんなに綺麗だったなんて・・・」

「この景色はずっと変わらないよ。私達の大切な場所・・・」

「・・・いや、世界は変わらず動いているよ。この景色の中だって水は流れ、生き物は誕生し奪い生滅する。宇宙だってそうだよ。星々は周り循環・・・」

「・・・アイビー・・・?」

アイビーは何かが見えたのか、固まってしまった。

そうして暫く黙り込んで考える。

何かに気がついたようだった。

「どうし・・・」

「わかったよ。アネモネ」

「え?」

(アネモネも世界も全ては不完全なんだ。僕はずっとアネモネは完璧だと思っていたがそうじゃない)

「・・・今の僕じゃあもうアネモネを救うことは出来ない。この老いた身体ではどうすることも・・・」

「そんなことないよ。一緒にいてくれたらそれだけで私は・・・」

「それじゃあダメだよ」

「アイビー・・・」

「僕は君とともに過ごすと、君を一人ぼっちにはさせないと約束したのに。僕はもうこんなになってしまった」

「・・・・・・」

「・・・でもわかったんだ。この世界は循環してる。生き物も環境も宇宙も・・・調べた中でもとある地域にあった独特の文化が今頭によぎったんだけど。それは魂は廻っているという考えなんだ」

「廻る?」

「うん、魂は生まれて亡くなる、そしてまた生まれる、その繰り返し。そうして成り立ってるんだ」

「・・・そうだね」

「確かにアネモネはそうじゃないかも知れない。滅びることがないから。でも僕は滅んだ後もまた生まれることができる。つまりは・・・」

「・・・また生まれる」

「そういうことだよ。でもそれは、何度も君に会って一人にさせないためじゃない。君を救うためだよ」

「・・・・・・」

「必ず見つけ出してみせる。君を、答えを・・・」

「そんなことが・・・」

アネモネは信じられなかった。

いや信じられないんじゃない、アイビーを苦しめたくなかったのだ。

なぜなら、仮に生まれ変わったとしても、アネモネの不老不死をどうにかできるわけがない。

なのにそれをどうにかしようとアイビーはあらがってしまえば、永遠にその柵(しがらみ)によって彼の運命は引き止められてしまう。

それがアネモネは嫌だった。

自分のために誰かが苦しむのであれば、忘れ去られていいと・・・

「・・・大切な君の為だ。僕は必ずやり遂げてみせる」

笑顔で答える。

希望に満ちた光のような笑顔。

それを見てしまったアネモネは彼を止めることはできなかった。

もう既に片足を突っ込ませてしまったからこそ、後戻りは出来ないと・・・

「うん、ありがとう・・・」

彼女は只々泣いていた・・・


部屋に戻りアイビーは眠っていた。

それを見守るようにアネモネは手を握り一夜を過ごす。

少しでも温もりを感じていたかったのだ。

だから毎日こうしてアイビーが眠ってしまった後も手を握りしめて側にいる。

シワシワでカサカサな細い手を壊れないように強く握る。

その手は嘗て(かつて)握っていたような手じゃないことにアネモネは恐怖を覚えていた。

だがこれが当たり前で、自分がおかしいということはわかっていた。

もう何百、何千年とこのままなのだから・・・

「アイビー・・・」

この広い世界で孤独を強く感じていた。

世界が廻っているのはわかっていた。

だがその輪の中に彼女はいなかった。

それもわかっていた。

それでもこの世界と繋がっていると、繋ぎ止めている役割を果たしているであろうアイビーといたら孤独は紛れていた。

だって本当に愛していたから・・・

「・・・怖いよ・・・」

アネモネは一人、暗い夜に冷たく涙を流した。

身体を震わせ寂しそうに泣いていた。


日が昇り、朝を迎える。

僕はゆっくりと瞼を開いて視界を定める。

すると側にアネモネがいて、僕は彼女に手を握りしめられていることに気がついて驚いていた。

「アネモネ・・・」

その声と動きに反応してアネモネは目を覚ます。

何百年ぶりの睡眠をしていたようだった。

それにも驚いてしまった。

でも何処か普通に眠っていたのではなく、ここにいたいという気持ちで寝ているようだった。

「ん、おはよう・・・」

僕は手の温もりだけが強く感じられた。

もう全ての感覚がないにも関わらず、優しさ(温かさ)だけがわかった。

ずっと握っていたのだから温かいのは当たり前だが、それだけではなくとても温かかった。

手放したくない・・・。

でもそれも叶わないのだろう。

・・・既に僕はわかっていたから。

ああ、随分と永かったようで短かったな。

大切な君とこの広い世界を冒険した日々は。

楽しかった時もあったけど、大変で苦労した時もあった。

だけど、君と出会ってから僕は色んな意味で世界が広がった。

広大な大地を、出会いを、景色を、たくさんの宝物を手に入れることができた。

ああ本当に永遠のように感じた僕たちの人生だけど、いざ今に至ると短く感じたな。

もう終わるのが寂しいと感じるくらいには一瞬だったよ。

何度も脳裏に色んな思い出が流れてくる。

それ程までに幸せだったということかな。

それもそうか。

彼女と出会ってからは世界が輝いて見えたのだから。

辛いことも大変なこともあった。

でもアネモネが隣にいてくれたから、僕は前に進めた。

今の僕があるのはアネモネのおかげなんだ。

だから、ちゃんと感謝を述べないとな。

なんて恥ずかしいから心の中で言おうかな・・・

「・・・ありがとう・・・」

「え・・・?」

思わず口に出てしまった。

いや、こうして伝えることができるのも今しかないと考えると別に恥ずかしいことじゃないかな。

もう今の僕達は一緒にはいられない。

ならちゃんと想いを伝えるべきだろう。

アイビーとして後悔がないように・・・

「君の全てにだよ」

「もう、急に何?やめてよね。今更になって本当にボケてきた?」

「・・・そうかもしれないな。ああボケてきたか・・・」

もう僕の思考も視覚も触覚も聴覚も嗅覚も随分と衰えてきて、彼女を感じることが難しくなってきた。

ああ悔しいし、悲しいし、恋しいな。

もう彼女を感じることがこんなにも難しいなんて。

彼女はずっと変わらず僕を感じてくれているのに、僕はそれができない。

「・・・ごめんね。でも君にちゃんと伝えたくてね」

「やめて・・・それは、何だかお別れみたいに聞こえる・・・」

「そうだね・・・ごめん」

「・・・うん・・・」

今の彼女は酷く怯えていた。

身体が震えていて、顔も暗かった。

だが表情は僕に対して怒りと悲しみで変な顔をしていた。

でもそうだよな。

だって君は僕と一緒のところには行けないのだから。

この先、終わりのない永遠の時間を彼女は過ごすことになる。

それも果てのない孤独の人生である。

それはきっと何よりも辛いことだ。

大切な人にもう会えないのは。

だがそれは僕も言えることなんだ。

もう君には会えない。

それは何よりも苦しい。

君に出会って初めて後悔したのがそれだ。

大切な君に出会ったからこそ、別れるのが寂しい。

でも一番苦しくて心残りなのは、大切な君を救い出すことができなかったことだ。

世界中を回って調べても君の謎はわからなかった。

それが何よりも辛い。

・・・ごめん。

それに仮説だからこそ、生まれ変わることもイマイチ受け入れられてないんだ。

それは僕もだけど・・・。

全てが何もわからない以上、どうすればいいのか分からない。

でも、だからこそ僕は・・・

「・・・僕は必ず君に会いに行くよ。どんなに長い時間を過ごそうとも、どんなに遠い距離にいようとも、必ず君を探し出して、君を救い出すからね・・・」

「・・・・・・うん、わかった。待ってるね・・・・・・」

そう聞けて安心したのか、僕は徐々に重たい瞼を閉じていく。

それは今度こそ、本当に永い眠りにつくように。

・・・いや、そうだった。

ずっと伝えられなかったことを伝えるんだった。

これで、これが今の最期の機会になるんだから・・・

「アネモネ・・・好きだよ」

「・・・アイ、ビー・・」

ようやく瞼が下がっていく。

これが本当の最期だな。

そこに見えた彼女の顔には大粒の涙が瞼から溢れていて悲しそうにしていたな・・・。

ごめんね・・・

「アイビー・・・ねえ起きてよ、ねえ・・・」

アネモネは震えながらも強く彼の手を握った。

「朝だよ・・・あ、そっか。疲れてるんだよね。まだ、もう少し・・・寝てる?」

そう言う彼女の声は酷く震え、弱り切っていた。

何故なら、もう亡くなっていることが肌で感じていたからだ。

握った手に温もりはなく徐々に冷たくなっており脈も打っていなかった。

それはまるで石のように固まっていたのだ。

いつもアイビーの手を握っていたからこそ、その違いが鮮明に感じ取れたのだ。

「・・・アイビー・・・最期のはズルいよ・・・私だって好きだよ、大好きよ・・・!」

アネモネは泣き崩れ、死んだアイビーの身体に抱き着く。

それはまるでそれに縋るようであった。

「アイビー・・・」

暫くは彼女の悲しみが続き、アネモネはその日悲しみに明け暮れた。


暫くして、落ち着いたアネモネはアイビーの遺体を持ち上げて外へ運び出す。

ボロボロになった心で。

重たい足で一歩一歩歩いていく。

アイビーが重いわけじゃないのに、一歩一歩が重たそうであった。

そのまま外へ出て、家から少し離れた場所へ向かい一度降ろす。

「少しだけ待っててね・・・」

アネモネは薪を焚べて火を点ける。

メラメラと燃え盛り熱がどんどん上がっていった。

そこにアイビーを寝かして荼毘に付す。

次第に熱で皮膚は溶け始め蒸発していく。

原型を留めず灰と化していく。

木も灰となり、そこに残ったのは遺骨だけであった。

アネモネは遺骨を掻き分け取り除き、用意してあった真っ白のシートにアイビーの遺骨と少しだけ取り出した遺灰一緒にを包んだ。

優しく結んで、袋を持ち運ぶ。

彼女が向かった先は神聖な湖であった。

足が浸かる程まで入り込み、湖へ袋を浸す。

そうして手放し湖へアイビーを流す。

「・・・さようなら・・・またね」

アイビーを改めて見送る。

身体はこの自然界へと還り、消え去っていった。

もう手元には非ず、湖と同化していった。

ただアネモネはそれを眺めていた。

数日間、涙を流しながら・・・


数日が経ち、心も落ち着き静かに日々を暮らそうとしていた。

だが、やはり何処かでアイビーを想う心が強く残っていたのか、ずっと置いてあった通信機の前に座る。

だいぶ劣化したとはいえ、まだ正常に動いていた。

ピピっと起動させる。

意味が無いとわかっても、押してみたかったのである。

「・・・こんなことをしても意味がないのはわかってる。アイビーが必ずここに来てくれるって・・・わかってる・・・わかってるけど・・・」

アイビーを信じたい気持ちとありえないという気持ちの葛藤により何もわからなくなってしまった。

再びアイビーを強く思い出したことで涙が抑えられなかった。

落ち着いていたであろう心は再び強く動き静けさを保てなかった。

「・・・アイビー・・・会いたいよ。私を一人にしないで・・・」

声を震わせ懇願する。

だがこの声も届くはずもなく、虚しく泣き崩れるだけだった。


何かを待つわけではなかったが、アネモネは何日も通信機の前で座って待ち続けた。

以前に会話したように、繋がることを待っていた。

そうして月日は凡そ百日を過ぎた時であった。

ピピピっと何かを受信した。

「!? 今のって・・・」

アネモネは飛び上がり急いで通信機に近づき操作する。

覚えているやり方で受信した音声を再生する。

「・・・聞こえてるかな?アネモネ・・・」

それは聞き馴染みのある声でアネモネは鳥肌が立ち震えてしまった。

声が若く、恐らく船で移動していた時にこっそり録っていたのであろう。

「って向こうからは聞こえなかった。これは前にも送ったように録音してる声だから会話はできないよ。でも僕が亡くなってから送られるようにしたんだ。というよりきっと僕が亡くなったら受信機を起動させるだろうって思ってね。再び起動してから百日後に受信するように設定ってあるんだ」

「なんで・・・?」

「だってアネモネは寂しがりやで泣き虫だからね」

「む、そんなことないもん!」

とアネモネはさっきまでの感動とは裏腹に怒りが湧いてきた。

もちろん本気ではないが。

というよりアイビーに行動が見透かされていることに恥ずかしさで心は正常に戻っていた。

「・・・なんて冗談だよ。アネモネは強いよ。そんな身体、誰も耐えられない。何処へ逃げることもできないのに、君はそれを背負って生きてる。本当に凄いよ・・・」

「アイビー・・・」

「まあそれは置いといて、どうしてこのメッセージを残していたのか。それが重要だと思うんだけど」

「そうだ。どうしてこれが残されたのか・・・」

アネモネはリラックスとして聴けるように座り込んで聴く。

耳を食い入るように傾けながら。

「実はアネモネに内緒にしてたことがあるんだけど」

「ん?」

「予言者の人に話を聞いたって言ったよね。〈神力〉についてとか」

「あ~言ってたね」

アネモネは自然と相槌を打つように返事をする。

これは会話ではなく一方的な音声にも関わらず。

しかし彼女の中では彼との会話のように感じていたのだ。

「それなんだけど、他にも聞いていたことがあったんだ」

「聞いていたこと?」

「僕もイマイチわからないんだけどね。恐らく何かしらの助言なんだろうけど、アネモネに対することなんだ」

「私・・・?」

「僕が死んだ後、もうずっとその先の未来。何千年、何万年、何百万年になるかわからないけど、君の下に一人の男が現れるらしい。詳細はわからないんだけど、その男との出会いによって君の運命は大きく進み出すらしいんだ。・・・その男が君を導き、その果てに君は運命に出会えるんだって・・・」

「私の下に男の人が・・・ずっと未来に」

「僕は色んな意味で複雑だけど、その運命の道程は悪いかもしれないが、結果は善いことらしい。だから君にはその時、その男に導かれてほしいんだ。そうすればきっと君は救われるかも知れない・・・」

「アイビー・・・そんなことを考えてくれて・・・」

「難しいかも知れない。その土地を離れることになるのかもしれないのだから。でも、それでもアネモネが幸せになれるのであれば、僕はそれでいい。はっきり言って諦めたわけじゃないけど、僕の力では君を救うことはできないんだ。僕は普通の人間だから。だから大きな運命に導かれてほしい」

既にアイビーはこの時点で感じていたのだ。

その本音をここで溢していた。

しかし、実際の彼は諦めず命が尽きる迄抗い戦ってきた。

このどうしようもない絶望的な運命に対して・・・

「・・・・・・」

「・・・どうしてこの言葉をこうして残したのかと言うと、僕が本当に君を救えなかったように残してるんだ。だからやっぱりこの言葉を君が聞いているということは君はまた一人になってしまい、僕は先に亡くなってしまったのだろう。・・・ならこれは謝罪も含まれたメッセージにもなる」

「そんなのやめてよ・・・私は幸せだったから、アイビーが苦しむ必要はないんだよ・・・」

「・・・まあそういうことさ。って実はこの録音の時間制限はまだあと数十分残せるんだ。折角だから何か話そうかな・・・」

「アイビー?」

「って言っても、もう大体は話し尽くしたよね。たくさんお話したもんね。それに僕の一人語りだし。ん〜そうだね・・・あ、そうだ。最近面白いことがあってね。それが・・・」

と淡々と他愛もない話を始めた。

内容に中身などない。

ただ近況のことや、昔のこと、将来に起こり得ること等を話した。

それに対してアネモネは頬を緩まし頷いたり、届かないのに返事をした。

だがどうしてだか、今この瞬間が昔に戻って会話をしているようだった。

時空を超え共にこの一瞬の一時を過ごした。

だが時間は止まることはなく、終わりが近づいていた。

「・・・もう時間か。これ以上は録音できないや・・・」

「そんなぁ・・・」

アネモネは脱力して、悲しみを浮かべた。

幸せな時間も永遠ではない。

必ず終わりは来る。

それが善くとも悪くとも・・・

「・・・アネモネ、もうお別れみたいだ。データがこれ以上は保存できないみたいだから、もうすぐ止まってしまう。だから最後に伝えたいことがあるんだ」

「?」

「未来の僕は甲斐性なしでヘタレだからきっと伝えられてないかも知れない。だからちゃんと言うよ・・・」

「・・・・・・」

「・・・大好きだよ。・・・僕は本当に幸せだから。本当にありがとう・・・」

「うっ・・・んぐっ・・・」

涙が止まらず、鼻をすする。

耐えられず嗚咽もする。

涙が抑えきれず止まらなかった。

寂しさが収まらなかった。

只々悔しかった。

大切な人達の元へ行けない自分自身に・・・

「アイビー・・・それはちゃんと聞いたよ・・・私も伝えたいよ・・・!」

アネモネは叫ぶ。

届くはずもない想いを風に乗せて・・・


涙が収まり、呼吸を整えて心も静止させる。

通信機の前で放心状態のように空を見上げる。

今の彼女にはどうすることもできない。

何をどうしても大きく変わることはない。

だがそれでも信じて待つことくらいはできる・・・

「アイビーが言ってた。遠い未来で私を導いてくれる人が現れるって・・・私はそれだけを信じてアイビーを待つ。だってきっとその先に会うことができるのかもしれないから・・・」

そうして彼女はこの土地を、居場所を護るためにこれから先、長い時間をここにいることにした。

大切な人の約束の為に、そして大切な人を待つ為に・・・


そうして数千年が経ったある日のこと。

彼女は無心で空を見上げていた。

変わることのない澄んだ青空。

「・・・・・・」

家は大分壊れていたが、それでも原型はとどめており、通信機や宇宙船も苔や大地に埋もれてはいるが形は残っていた。

景色も若干の変化はあれど、大きく変わらず、綺麗な湖と山脈が連なっていた。

外の世界はアネモネはもう行っていないが、文明は進み人類は進化していた。

そんな彼女だけが一人ここに置き去りで何かを待って・・・

「・・・ん?何だろうあれ・・・」

真っ青の空に黒い点が一つ、突然浮かび上がった。

だが鳥ではない。

形も速さも、高度も鳥には該当しなかった。

つまりはこの星以外のものである可能性が高い・・・。

次第に大きくなる黒い影は形が姿を現すが、それは不思議な物体であった。

「あれって・・・」

球体にリングが腹部分に浮いていた。

バランスが上手く取れていないようで、不安定に降下していた。

あのままでは地面に叩きつけられて墜落する。

「拙い・・・」

アネモネは集中してあの球体に向けて成長した〈神力〉を使う。

圏内入った時、優しく持ち上げゆっくりと湖近くの浜に着地させる。

「ふぅ~上手くいった・・・じゃなかった。あれって・・・」

アネモネは急いで船の下へ向かった。

何か引っかかる要素を心に留めながら・・・

近くまで来てコソコソと様子を窺う。

改めて見るとやはり何処かあの船を彷彿させるような存在感だった。

なら中から出てくるはずだろう。

それを待つ。

すると案の定、側面が開閉し中から黒い影が出てくる。

本当の意味で全てが黒く形が辛うじて人形であるだけで、暗黒そのものだった。

靄がかかっているように捉えるのが困難であった。

とても生物と言えるような存在ではない。

この世の暗黒という物質を凝縮しているようだった。

そんな存在が表れた。

「・・・何が起きた?てっきり勢いよく墜落するかと思ったけど・・・途中で浮いたよな?」

「・・・喋ってる?」

黒い影は困惑しているような雰囲気で独り言を話す。

船や周りを見渡し状況を確認していた。

「・・・ま、いっか、無事なら何でもいいや。よし故障の原因を考えて飛び直そうか。多分オーバーヒートだから冷却すれば問題ないだろうけど。ジェノサイの奴が調子に乗る前に動きたいからな」

「!? ジェノサイ・・・!」

「ん?」

アネモネは思わず身を乗り出して大声で発してしまった。

物陰から勢いよく姿を現すアネモネにターミナルは唖然としていた。

「あ・・・」

「・・・第一村人発見!良かった〜このままどうしようか困ってたんだ」

(どうしよう・・・思わず出てしまった。でも結局接触するつもりだったからいいけど・・・)

アネモネはゆっくりと歩み寄り黒い影の下へ。

恐る恐る近づくが敵意はない為、戦闘態勢は取らない。

「どうも初めまして、俺はターミナル。宇宙を旅してるって言えばいいかな?まあ流浪人って感じかな」

「・・・私はアネモネ。この近くで暮らしてる者だよ」

「ほうほう、なるほど。それじゃあ村にでも連れっててよ。お腹も減ったしダメかな?」

「・・・それはできない」

「どうして?・・・あぁ大丈夫だよ。警戒してるのかも知れないけど、俺は何もしないから。それに得がないからね」

薄っぺらい感じで話すターミナルという男?は表情がわからず本心かわからなかった。

それは信憑性に欠ける。

また敵意はないが、存在が謎な故にアネモネは彼への警戒心は解けなかった。

だが問題はそれ以前のことである。

「違うわ。この近くには村はないの。徒歩で数日くらいの距離ならいいけど」

「なるほど・・・ん〜そりゃ遠いな。まあなら仕方ないか。無理に食べる必要はないし、適当に時間を潰すか」

「・・・・・・ねえ、さっきジェノサイの名前が出てきたと思うけど、どういうことなの?」

「何が?」

「ジェノサイは何千年も前にいたはずなのに、今も生きてるの?」

「・・・そういうことか。まあ何度も封印されては解かれて、また封印されてみたいな感じだったからずっと眠ってたっていうのが正しいかな。まあ元々長生きだろうけどね。だから今も解かれて暴れまわってるぜ?」

「そんな・・・」

「俺からも質問いいかな?」

「え?」

「その話し方からしてジェノサイを知っていて、かつずっと前から存じてるみたいだな?君は結構長生きかな?」

「・・・そうだけど・・・?」

「ふ~ん、そうなんだ」

「そういうあなたは?」

「俺はつい最近生まれたばかりでよ。よくわからないんだ。まあ正確には遠い過去のようであり、未来でもあるか?何言ってんだ俺は?・・・まあいいや、だから世界を知りたくて旅してるみたいな感じかな」

「・・・なるほど?」

アネモネは首をかしげる。

つい最近生まれた?

なら赤児ってことなの?

でも遠い過去とかって・・・本当に何を言ってるんだ?

と疑問に思っていた。

「それと俺を見て驚かないんだ。姿といい船のことといい。普通は結構驚くと思うけどな」

「確かに姿は今でもよくわからないけど、船は見たことあるから見慣れてると言えば見慣れてるわ。その乗ってきた人からジェノサイとか宇宙のことを教えてもらったのだから」

「あ~そういうことね。納得納得」

「あなたこそ、ジェノサイから逃れてきたってこと?」

「ん〜まあ、アイツずっと調子乗ってるし一回懲らしめてやろうって思ったんだけど、流石に一人では無理だなって。アイツの部下が無限にいるからよ。簡単には辿り着けねぇよ」

「えっと・・・一人で?連合軍には入らなかったの?」

「それも知ってるのね。まあそりゃそうか。ジェノサイ知ってるならそれも知ってるか。んで入らなかったのかって?そりゃ俺はそういうのは嫌いだからね。俺は下より上に立ちたいのさ。何つって・・・」

随分と気分屋で気楽に生きている雰囲気が漂っていた。

だがジェノサイを観てきたのならこんなに明るくはなれないはずなのに、どうしてこの男はこうも平常にいられるのか、アネモネは興味を示した。

何より生きて還ってきているのが、アイビーに似ていると感じたのだ。

「ねぇどうやって逃げてきたの?あなたの故郷は?狙われて壊されてないの?ジェノサイの強さは?」

「ん〜質問が多いね。まあ普通にひょいひょいとかな。俺は簡単に死なないし」

「えっ!?」

「それと故郷はな・・・」

「死なないの・・・!?」

「ん?まあ・・・。ん?」

「・・・・・・」

アネモネは深く考えた。

死なない生物が他にいるだろうか。

確かに生物のような雰囲気は漂ってないが、それでもその違和感に、そして同族という存在に興味をさらに示した。

この男からなら何かを聞き出せるかも知れないと。

「・・・あなたはそれに対してどう思うの?」

「まあ別に・・・楽だなって感じかな。長生きできそうだし」

「・・・そんな簡単なものじゃないわ・・・」

「ん?」

「不死なんておかしいはずでしょ?それに対してどうにかしようとかって考えたことなかったの?」

「まあ無いけど、それも含めて知りたいから旅をしてるって感じかな。俺は一体何なのか。この世界はどういうことなのか。真理を観たいって感じかな」

「・・・!?」

アネモネは惹かれてしまった。

なぜなら、その謎を知りたいという彼の行動理念は自分自身も同じ気持ちだったから。

どうにかして不老不死を終わらせたいと。

そしてこの存在こそアネモネを導く者だと確信したということである。

「・・・ねえ、その旅私も連れて行ってくれる?」

「なんで?」

「私も知りたいの。私が何なのか・・・世界は何なのか・・・」

そしてアイビーが何処にいるのか。

知りたいことが沢山あった。

この男に対する疑問も、ジェノサイという存在も、宇宙という世界に対しても、多くの疑問があった。

彼がいた時は興味がなかった。

無理だと、理解できないと思っていたから。

しかし今は違う。

アイビーに近づきたいと、理解したいと強く思うようになった。

だから共に旅立ちたいと・・・

「まあいいよ。たぶん俺を助けてくれたのは君でしょ?俺も色々と知りたいし一人じゃ寂しかったからな。この船も直ぐに動くだろうから、準備が済んだら早速出発しようか」

「ありがとう・・・」

「どういたしまして。でもここから離れることになるんだぞ?それも長い間・・・いいのか?」

「うん、覚悟は決めてた。いずれこうなることはわかってたから大丈夫」

「ならオーケー。それじゃあ一緒に旅をしようか。長い長い旅を・・・これからよろしく、アネモネ」

「ええよろしく、ターミナル」

アネモネは新しい一歩を踏み出す。

この大切な地から離れて旅立ち、そして世界を知る。

それは果てしない物語の始まりである。

何百年、何千年、何万年・・・それ以上にかかるかも知れない。

遠い未来、遠い世界を旅する。

だがその果に彼女の辿り着くべき場所へと向かうことができるのかも知れない。

そして大切なあの人の下へ・・・

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Far away from マイケル吉田 @maverick0113

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