Far away from
マイケル吉田
前編 出会い
Prologue
ああ、随分と永かったようで短かったな。
大切な君とこの広い世界を冒険した日々は。
楽しかった時もあったけど、大変で苦労した時もあった。
だけど、君と出会ってから僕は色んな意味で世界が広がった。
広大な大地を、出会いを、景色を、たくさんの宝物を手に入れることができた。
ああ本当に永遠のように長い僕たちの人生だったけど、いざ今に至ると短く感じたな。
もう終わるのが寂しいと感じるくらいには一瞬だったよ。
何度も脳裏に色んな思い出が流れてくる。
それ程までに幸せだったということかな。
それもそうか。
彼女と出会ってからは世界が輝いて見えたのだから。
辛いことも大変なこともあった。
でもアネモネが隣にいてくれたから、僕は前に進めた。
今の僕があるのはアネモネのおかげなんだ。
だから、ちゃんと感謝を述べないとな。
なんて恥ずかしいから心の中で言おうかな・・・
「・・・ありがとう・・・」
「え・・・?」
思わず口に出てしまった。
いや、こうして伝えることができるのも今しかないと考えると別に変なことじゃないかな。
もう僕たちは一緒にはいられない。
ならちゃんと想いを伝えるべきだろう。
後悔がないように・・・
「君の全てにだよ」
「もう、急に何?やめてよね。今更になってボケてきた?」
「・・・そうかもしれないな。ああボケてきたか・・・」
もう僕の思考も視覚も触覚も聴覚も嗅覚も随分と衰えてきて、彼女を感じることが難しくなってきた。
ああ悔しい、悲しい、恋しいな。
急に彼女を感じることがこんなにも難しいなんて。
彼女はずっと変わらず僕を感じてくれているのに、僕はそれができない。
「・・・ごめんね。でも君にちゃんと伝えたくてね」
「やめて・・・それは、何だかお別れみたいに聞こえる・・・」
「そうだね・・・ごめん」
「・・・うん・・・」
今の彼女は酷く怯えていた。
身体が震えていて、顔も暗かった。
だが表情は僕に対して怒りと悲しみで変な顔していた。
でもそうだよな。
だって君は僕と一緒のところには行けないのだから。
この先、終わりのない永遠の時間を彼女は過ごすことになる。
それも果てのない孤独の人生である。
それはきっと何よりも辛いことだ。
大切な人にもう会えないのは。
だがそれは僕も言えることなんだ。
もう君には会えない。
それは何よりも苦しい。
君に出会って初めて後悔したのがそれだ。
大切な君に出会ったからこそ、別れるのが寂しい。
でも一番苦しくて心残りなのは、大切な君を救い出すことができなかったことだ。
世界中を回って調べても君の謎はわからなかった。
それが何よりも辛い。
・・・ごめん。
でも、だからこそ僕は・・・
「・・・僕は必ず君に会いに行くよ。どんなに長い時間を過ごそうとも、どんなに遠い距離にいようとも、必ず君を探し出して、君を救い出すからね・・・」
「・・・・・・うん、わかった。待ってるね・・・・・・」
そう聞けて安心したのか、僕は徐々に重たい瞼を閉じていく。
それは今度こそ、本当に永い眠りにつくように。
最期に見えた彼女の顔には大粒の涙が瞼から溢れていて悲しそうにしていたな・・・。
チュンチュンと小鳥のさえずりが何処からか聞こえてきた。
それはまるで天国で天女が音楽を奏でるように心地良いが良かった。
近くの窓から差す眩しく暖かい光が瞼をチラつかせる。
ふかふかのベッドに横たわる僕の目を覚ますように。
しかし暖かい気候は目が覚めたあとも睡眠を誘うようで、風も優しく身体を撫でるようだった為か目覚めを邪魔されるようだった。
そして僕の皺々になった手に優しく手が添えられていた。
その手はとても暖かくてとても綺麗でとても優しくてとても安心するような手だった。
若々しくあの時から全く変わらない触り心地であった。
「・・・目が覚めた?」
そう声を掛けてきたのはこの美しい手の持ち主であり、僕の自慢の婚約者である。
優しく微笑む姿はまさに女神様のようであると同時に、何処か幼さがあった。
全くの穢がなく、お日様の光に照らされる彼女は純粋そのものである。
そして彼女の声は僕の身体全身を包み込むように抱擁力があった。
また薄く青のかかった紫色の髪の毛はとても艷やかで魅惑的であり、それを引き立てるような衣装(ドレス)はまさに彼女を一輪の花のように魅せる。
華奢な身体付きではあるがしっかりと芯のあるような身体付き。
彼女の全てが魅力的で僕を引き寄せるほどの魔力を纏っているようだった。
「・・・ああ、おはよう・・・」
「ふふ、おはようって、もうお昼過ぎだよ」
「あれ、もうそんな時間か。ということは長いこと眠っていたのかな」
「そうだね」
と可笑しそうに微笑む彼女は可愛らしかった。
お日様のように温かく、幼い少女のような笑みである。
それを見ることができた僕は幸せ者だった。
本当は今直ぐにでも抱き寄せたかったが、今のこの身体では起き上がることも一苦労である。
なので僕はこの老いた身体を酷く恨んだ。
もっと色んな所へ行って、もっと沢山の経験をしたかった。
でもずっと優しく手を握ってくれるから今はそれで我慢しよう。
しかし、本当に彼女は昔と変わらないな。
成長、老いることが無い。
もう何十年、いや何百年とその容姿が変わっていないという。
はっきり言って、彼女の中には「老」、「病」、「死」という概念が存在しない。
老いたことを見たことがないし、病にかかったことも見たことがない。
・・・それに、死んだことも見たことがなかった。
長く一緒にいたが、彼女はある意味で無敵の存在である。
〈不変の完成された存在〉、そう僕は思う。
だがこのことを彼女に話すのは絶対にいけないことなんだ。
なんせ彼女が一番と言っていいほど嫌いな言葉が「昔と変わらないね」であるからだ。
実は以前に似た言葉を言ってしまったことがあったが、その時は酷く拗ねられて仲直りに時間がかかった程である。
しかし自分も彼女の気持ちを考えずに思ったことを口にしたのは良くなかったのかな。
ずっと変わらず綺麗だね、と褒めるつもりで言ったのだが、彼女からは皮肉に聞こえたのかもしれない。
確かに嫌なことというモノは人それぞれであり、価値観も人それぞれだからな。
本当に申し訳ないことをしたよ。
いや、それだけじゃないな。
沢山申し訳ないことをしていたと思う。
もちろんその都度謝ってはいたけど、本人は今でも気にしてることとかあったのかもしれない。
でも彼女はずっと僕の側に居てくれたな。
どんな時も隣りにいてくれた。
長い時を一緒に過ごしてくれた。
それが何よりも幸せなことだった。
「どうしたの?寝惚けてる?」
「いや、君に見惚れてる」
「・・・な、何言ってるのよ・・・」
突然の僕の口説きに彼女は呆れつつも照れていた。
「普通のことを言っただけだよ。でもそうだね、少し昔の夢を見てね」
「昔の夢?」
「ああ、とても懐かしかった。初めて君と出逢ってから今に至るまでの長い年月のことを夢見た」
「それは本当に随分と長い夢ね」
「ああ、でも本当に楽しかったなぁ」
「・・・そっか、うんそうだね」
「突然君が僕の目の前に現れるし、警戒心はないからちょっと奇妙に見えたよ。普通はあの状況はすぐには近づかず、恐る恐るって感じな筈だけどね」
「えぇ~そうなの!?でも、状況的にはそっちが突然現れた感じじゃないかな?それに私はアイビーのこと怖くなかったし、むしろ興味があったからだよ」
「まあ確かに、言われてみればそうか。つまりお互い様と・・・でも今になって思うと良かったって思えるよ。命も救われたし、何より君と出逢うことができたんだから」
「・・・うん、私も良かったって思ってるよ」
「そうか・・・」
「でも懐かしいな。私達が初めて出逢った時って確かあの時のことよね」
「ああそうだよ。あれは・・・」
・・・僕等が今住んでいるこの星は緑が豊かで動植物も多く住む惑星である。
太陽や月といった衛星にも恵まれ生物が生息しやすい環境の星であった。
もちろん人間も住んでいて、文明が徐々に芽生えだしているわけである。
しかし宇宙という膨大な情報(れきし)から見れば、まだ生まれたばかりの星で小児惑星というのが相応しい程であった。
そんな星にずっと前にとある理由から僕は不時着した・・・
「ん・・・」
気が付くと、僕は何故か知らないが、船から外へ出ていて砂浜に打ち付けられ仰向けになって倒れていた。
しかし身体が重たいな・・・。
いや、正確には宇宙スーツと重力の影響で重たく感じているんだと思う。
しかし何処か変に打ち付けられたからか、身体が痛いのもあるかもな。
・・・それに息が苦しい。
キッチリ密閉されたスーツを全身に着せられてることで、外部からの空気が吸えなかった。
ましてや酸素ボンベが故障しているからか、供給されてない状況である。
「ま、拙い・・・」
「どうしたの?」
ん、何か声が・・・幻聴か?
何でもいい、今はこの状況を・・・
「胸の、ボタン・・・」
「ボタン・・・?ってなんだろ。胸の辺りってことはこれかな?」
カチッとボタンが押された音がした。
するとスーツのヘルメット部分が開閉し、呼吸ができるようになった。
「ぷはぁ~助かった・・・!」
「うわっ、ビックリした!?中から人が現れた・・・!?」
「え・・・?」
と僕は視線を少しずらして上を見上げると、そこには綺麗な女の子が座っていた。
幼さがありつつも何処か大人びている様子だった。
髪と瞳は深い蒼色でまるで宇宙のように雄大な美しさがあった。
顔立ちも整っており、凛とした姿はまるで野原に咲く一輪の花のようであった。
恐らく僕を助けてくれた人だ。
しかしこの状況で意外にも冷静な感じで接してるな。
まあ何でもいいか。
先ずは御礼を・・・
「さっきはどうもありがとう、本当に助かったよ。でも驚かせてごめんね、これは宇宙スーツっていう服なんだ。だから自分(こっち)が本体というか・・・」
「宇宙スーツ?そうなんだ。脱皮とかそういうんじゃないんだ」
「まあそういうことだね」
と、とりあえず僕はゆっくり身体を起こしてスーツを何とか脱いで身軽になる。
そういえば、今更だけど僕が住んでた星と大気が同じでよかった・・・と改めて冷静にはなったわけだけど。
何より助かったから、何でもいいや。
「それにしても、どうしてこんな所で寝てたの?それにあれって・・・?」
「ん?そうだった。宇宙船は・・・!」
と僕は立ち上がり、少し覚束ない足取りで不安定ながら歩いて船に近づく。
ここから確認するだけでも、宇宙船は砂浜に半分ほど埋め込まれ、数十メートルもの間を抉って着陸したようだ。
外に飛ばされていたのも、衝突した時の衝撃が強くシートからの緊急脱出が起動したのかも。
「・・・なるほど、墜落した衝撃で凹んでるな。これは修理に時間がかかりそうだ」
「これ船なの?不思議な形だね。カチコチだし」
「そうだよ。だって宇宙を移動するための船だからね。頑丈に作らないと」
「宇宙?さっきから宇宙、宇宙って言ってるけど、何それ」
「え?宇宙は宇宙だけど・・・そっか、この星の文明じゃあまだ宇宙まで行けてないのか」
服装や渡りの景色を見渡して判断した。
独断と偏見はあれど、会話をするに間違いはないだろう。
「?」
「宇宙はこの空のことだよ」
と僕は指を指し示し教えた。
すると彼女は空を見上げ困った顔をする。
「空から来たの?鳥さんみたいに?」
「ん〜正確にはもっと上かな。って言っても今は分からないかも知れないから、いいよ」
「む、なんか悔しいな」
と頬を膨らませる姿は幼子のようであった。
ぷっくり空気を溜めて頬全体を赤く染め上げる。
「ハハハ、別に変じゃないよ。そういう星は沢山あるから。それより君はこの星の住人だよね。それにさっき人って言ったと思うんだけどさ、つまりは他にも誰かいるんだよね。急で悪いんだけど、近くの村とか集落とかないかな?大きな街とかあれば尚更いいんだけど」
とある理由から急いで僕は船を直さなくちゃ行けなかった。
早くここから移動して・・・
「・・・えっと、集落はここからずっと遠い場所にあるんだ。だから歩いて行ったら何日かかるか分からないよ?それに道中危険だし。猛獣がウジャウジャいるからね」
「え、そうなの?・・・それじゃあ君は?」
「私はこの湖のすぐそこで一人で過ごしてるんだ。だって一人の方が楽だから・・・」
彼女は俯いて寂しそうな表情を見せた。
その顔に僕は何処か同情的な感情を抱いてしまった。
「・・・でもそれは困ったな。遠いとなると往復が、でもそこへ行くしか・・・いや、でもそこへ行っても部品なんて無いだろうしな。なら自力で・・・」
「それって船を直すつもり?」
「そうだよ。最低限の知識と加工道具があるから、それで・・・」
「でも今はその怪我じゃ、大変だよ。少し休んだら?」
と身体を指差されたが、僕はそれどころじゃなかった。
痛みより心が先に動いていた。
「・・・それはできないよ。急がないと行けないんだ」
「どうして?」
「・・・僕の生まれ育った星に侵略者が来てソイツラに荒らされたんだよ。家族も街の人も皆殺されていった・・・」
「・・・そうなんだ・・・」
アイツラに略奪の限りをされて、父さん達は戦死、母さん達は凌辱の限りを尽くされ殺された。
金品は奪われ、破壊の限りを尽くされた。
今、宇宙で最も最悪な奴らに狙われてしまったんだ・・・。
「でも、僕やほんの数人の人達はそれぞれバラバラに宇宙船に乗せられ飛ばされたんだ。それで急いで逃げる為に適当な星に飛ばされた。でも集合場所は決められてるんだ。落ち着いた後で、そこへ行って会いに行かなくちゃいけないことになってる。だから・・・!」
「・・・気持ちはわかる・・・って言ったらいいのか分からないけど、折角生き延びれたのに、無理して死んだら意味無いよ。・・・それに他の人達もきっと同じ状況かも知れないんだから、慎重に行動したらいいよ」
「・・・・・・うん、そうだね」
どうしてか、凄く納得してしまった。
もちろん文脈も彼女は合っているのかも知れないけど、大人びた性格で丸め込まれたら納得せざる終えなかった。
いや、それだけじゃない。
やはり彼女も似たような思いを・・・
「とりあえず、私の家に来て。看てあげる。ここからすぐ近くだから、湖を沿って歩いていけば着くよ」
「・・・うん。あ、そうだ。船の中にも医療箱があったはず・・・だけど船もボロボロだから今は触らないほうがいいか・・・ごめん、やっぱり君にお世話になるよ」
「わかった。それじゃあ着いてきて」
彼女は静かに振り返り歩き出す。
その姿に僕は見惚れてしまった。
穢無き一輪の花は綺麗というのが相応しかった。
彼女は・・・
「そういえば、まだ聞いてなかったや」
「ん?」
「僕はアイビー、君のお名前は?」
「私はアネモネ、よろしくねアイビー」
「うん、よろしくアネモネ」
僕は彼女を追いかけて歩き出す。
逸る気持ちはあったけど、自然とアネモネといると落ち着くな。
会ったばかりなのに、ずっと昔に会ったことがあるみたいな気持ちだった。
海のように広い湖はいくら歩いても一面湖で景色は変わらなかった。
またそれを囲うように山脈が連なり、まるで自然の要塞のような地形となっていた。
自然豊かな場所。
だが動物が殆ど見られなかった。
植物は生い茂って森が広がっていたにも関わらず。
不思議な生態環境なのかな。
と関心しながら歩いていた。
アネモネとは特に会話をすることはなく・・・
「着いたよ。それじゃあ中に入って、お茶でも出すから適当に座って待ってて」
「うん、ありがとう」
湖の少し坂を登った丘の上にポツンと一戸建ての小屋みたいな家があった。
そこにアネモネは住んでるみたいだった。
思いの外家として綺麗で本当に1人で住んでいるのかと疑うほどであった。
完全一人なら雑多なサバイバルな家をイメージしてたから、こんな誰かが建てた家があるのは驚いた。
やっぱり近くに家族とかいるのかな?
「ねえ、アネモネは1人で住んでるって言ってたけど、ご両親とか親族は?」
「・・・居ないよ」
「あ・・・そう、なんだ・・・」
ただ一言しか返ってこなかった。
それ以降はだんまりなんで理由とか聞きにくかった。
でもこんな何もないところで一人って大丈夫なんだろうか。
自分のことで一杯いっぱいとはいえ、少しは心配にはなる。
・・・まあ僕も今は似たような状況か。
アネモネは奥の部屋から救急用の道具とお茶を持ってきてくれた。
このお茶も滋養効果があるらしく、リラックスや治癒に効くらしい。
味も悪くない。
僕は椅子に座って楽な姿勢を取る。
それで怪我周辺や体全体を清潔にして、強く打ってる部分には塗り薬を施してくれた。
「はい、これで後は安静にしてたら良くなると思うよ」
「ありがとう。助かったよ」
「・・・どういたしまして」
アネモネは嬉しそうに薬箱を閉じてしまいに行った。
にしても薬などの消耗品は入れ替えてるかも知れないけど、それ以外の道具は新品同様だったな。
殆ど使ってないのかも・・・。
そうしてアネモネは自分用のお茶を持ってきて椅子に座る。
「・・・ねえアイビー」
「ん?どうしたの?」
「・・・嫌なら良いけどさ、アイビーのことや星のこと知りたいなって思って。話せる範囲でいいから教えてほしいな」
「僕のこと?」
「さっきちょっとだけ話を聞いたけど、凄く大変そうだなって・・・心配になって」
「・・・わかった。助けてもらったから、そのくらいはいいよ。あんまり思い出したくないこともあるけど」
「うん、だから無理はしないでね」
「ありがとう・・・それじゃあ僕の星のことを簡単に話して、最後に僕達の星を、いや多くの星々を侵略してきたジェノサイについて話すよ。これはこの星にも関わることかも知れないからね」
「うん、お願い」
「・・・僕の星はこの星に似て緑が豊かで大きな星なんだ。資源も豊富で争いも少なかった。交易関係も広く平和に暮らしていたからね。科学力の発展も進んでいたから、こうして宇宙船なんかも作れたし、他の星にも行って友好的にやっていた」
「そうなんだ。凄いなぁ・・・星とか宇宙とかピンと来ないけど、凄い賢い人達がいたんだね」
「そうだね。でもそんな時、突然降り掛かってきた厄災・・・ジェノサイ軍に目をつけられたんだ。ソイツラはそれまでにも沢山の星を襲い略奪してきたんだ。手のつけようがない最悪の集団」
「・・・酷い、でもどうしてそんなことを」
「そんなことはわからない。けど少なくとも僕達の星が狙われたのは資源が豊かだったからだと思う。色々と潤っていたから狙いをつけたんだろうね」
「・・・そうだったんだ・・・」
アネモネは僕達のことなのに、まるで自分のことのように感じてくれて悲しそうにしていた。
それに少し僕は救われたような気がした。
「でもそんなに危険な存在がいるなら、皆で協力して倒そうとはしなかったの?それに科学力が進んでるんだったら何かしら対抗はできたんじゃないの?」
「もちろん、被害にあった星々やそれらと同盟を結んでいる星々は抵抗したりジェノサイを倒そうと立ち上がっているよ。そして当然僕達も抵抗したさ。無抵抗で侵略されたわけじゃないし、向こうも被害は被ってるはずだよ。でもやはり科学力じゃどうすることもできなかったんだ。アイツラは〈グラブ〉を使えるからね」
「〈グラブ〉?何それ、どういうこと?」
「ん〜アネモネは引力と斥力を知っているかい?」
「引力と斥力?」
「簡単に言うと、空間の歪みによって生じた力によりモノを引き寄せる力と引き離す力が生まれるんだ。例えば地面に物が落ちるのも下に重力、つまり引力が加わっている訳だし・・・」
「な、なるほど・・・?」
「まあなんとなく分かればいいから。それでこの世界にはその2つの力が大きく関わって成り立っているんだ。そしてそれをコントロールできる人も少なからずいる。マスターしてる人はそこから火や雷を起こすこともできるよ」
「そうなんだ・・・。あ、まさか・・・」
「そう、ジェノサイもその一人でそれは計り知れない程の力を持っているんだ」
「・・・そんなのズルじゃん」
「そうだね。もう卑怯さ・・・でもそれだけじゃなく部下も皆ある程度は使える。だから科学の兵器だけでは抵抗できなかった部分もあったんだ・・・」
「そういうことだったんだ・・・そんなことがあったんだね」
「うん、そこからたまたま脱出ポッドの近くにいた僕達は急いで飛ばされ今に至るわけ」
「そっか・・・それで落ち着いた後で合流する感じなんだね」
「そういうことかな。還る場所は奪われてしまったけど、生きているだけでも感謝しないと・・・」
沢山の人は苦しんで死んでいったからな。
今も隅々まで侵略して略奪の限りを尽くしてるんだろうな。
そう考えると怒りでどうにかなりそうだ・・・って言っても何もできるわけじゃないけど。
「もし合流できたら、その後は?還る場所は無いって言ってたけど、何処に行くの?」
「・・・わからない。けどジェノサイを倒す為に結成された連合軍があるからそこへ入る人もいれば、何処か匿ってもらえる場所へ行く人もいる感じじゃないかな」
「アイビーは?」
「・・・先ずは船を直すことが優先だよ。アネモネのおかげで身体も大分良くなってきたし、何か行動しないと。暗くなる前に状況だけでも知りたいよ」
「・・・そうだね。それじゃあ今から船の所に戻るの?」
「うん、少しだけ見に行きたい。欲を言えば船が埋もれてしまってるから引き上げたいんだけどね。それは流石に直ぐには無理かな・・・」
「? あの船を引っこ抜けばいいの?」
「え?・・・うん、引っこ抜ければいいけど・・・」
「なら手伝ってあげるよ。私、こう見えて結構力持ちなのです!」
えっへんと二の腕を見せて力持ちアピールをする。
その姿は可愛かったが、何を言っているんだと首をかしげてしまった。
・・・何かの優しさなのかな。
いや何か手伝ってくれるのならありがたい。
とりあえず僕達は家を出て再び壊れた船の場所へ向かった。
さっきよりは少し身体が回復してるのか、軽く動くことができ少し駆け足で向かった。
「・・・しかし改めて見るが、結構ボコボコだな。地面にも埋もれてるし」
見た感じ、何メートルも地面を抉って船の半分くらいが埋まっている状況である。
一応パラシュートは起動してるみたいで、この被害で済んだようだけど、直前に気を失ってなかったら着陸できたのにな・・・。
いやそんなことより、先ずはここから取り出せればいいけど・・・
「それじゃあこれを取り出せばいいんだよね。まっかせて!」
「ん? アネモネ・・・?危ないよ!」
「大丈夫、大丈夫」
とアネモネは船に近づき掴みやすいところを探る。
僕は心配そうに見守るしかなかった。
危険だから止めるべきだろうけど、ここまでやる気を見せてくれているのだから止めるにも申し訳なく感じた。
ので暫くは見守ることにする。
「・・・ん~この辺りかな」
とアネモネは動きを止めガシッと船を掴む。
彼女よりも何倍も大きい船を引っ張り出すなんてありえない話というか、なんというか。
まあ怪我が無ければいいけど・・・
「気をつけてね!」
「うん、ありがとう!それじゃあ行くよ!」
の掛け声と同時に目の前には簡単にズボッと引き抜けられた船が見えた。
しかもまるで発泡スチロールを持っているように軽そうに持ち上げる彼女の姿には目を疑ってしまった。
どういうこと・・・?
「この辺りに置いたらいいかな?」
「・・・・・・」
「アイビー・・・?」
「あ、うん、ありがとう・・・」
「どういたしましてっと」
とゆっくり船を地面に置くが、ドスンとちゃんと音はした。
つまりちゃんと重たいはずだ。
僕は船に近づいて持ち上げようとしたり、コンコンと叩いて素材を確認するが、やはりちゃんと重たい。
なのにどうしてアネモネは持ち上げられたんだ・・・!?
「・・・変な質問?かも知れないけど、船をどうやって持ち上げたの?重たくなかった?怪我とかは・・・」
「大丈夫だよ。それにちゃんと重たかったよ。そのままでもいけるかと思ったけど、この船はカチコチでメチャクチャ重たかったなぁ」
「だ、だよね。・・・ん、そのまま?どういうこと?」
「ん?いや〈神力〉(じんりき)を使わないと持ち上げらないなって。もう少し軽かったら持ち上げられたんだけどね」
「???」
何を言っているんだ?
もう少し軽かったら持ち上げられた!?
そんなバカな。
人が持てるような重量はして無いぞ。
正確にどのくらいかわからないけど、少なくとも大型動物何頭分以上はくだらない重さだ。
それを持ち上げられただって?
それに、さっき〈神力〉って・・・なんだろう。
「ねえアネモネ、その〈神力〉って何?」
「〈神力〉?それは女神様と同じ力のことだよ」
・・・うん、わからん。
何を言っているんだろう。
・・・でも一つだけピンときたのが・・・
「さっき話した〈グラブ〉と同じってこと?」
「ん〜多分違うと思う。〈グラブ〉がどんなのかわからないけど、〈神力〉は凄い力で持ち上げられるんだ。他にも凄い速さで移動できたり、遠くを見ることが出来たり、いろんなことが出来るんだよ。まあ私は持ち上げることくらいしかできないんだけどね」
「・・・説明が足りないな・・・でも凄い力だよ。そんなのを隠してたなんて」
「別に隠してたわけじゃないよ。聞かれなかったから」
「まあそれもそうか・・・まあ何より船を取り出してくれてありがとう・・・」
「どういたしまして」
・・・うん、やっぱりダメだ。
今、頭が一杯いっぱいでショートしそうだ。
だから今はそういうことなのだで置いておくか。
また後でアネモネに聞けばいい。
そうしよう。
「・・・一旦この話は置いておくよ。またちゃんと聞きたいから、話してくれるかな?改めてこの星のこととかも」
「・・・うん、いいよ」
と返事をするが、さっきと同様に悲しそうだった。
何かあったのかな・・・。
でも今は船のことを見よう。
「・・・船の状態は・・・」
内部を確認するが意外と破損してはいなかった。
表面が頑丈にできていた為、内部の電気系統は壊れてないみたいだ。
「良かった。これならすぐ直せそうだ。表面を平らに加工すればすぐにでも動くよ」
「おぉ!良かったね」
「うん、後はエネルギーは日月光パネルで充電できるから、これには時間はかかるかも知れないけど、修理してる間に貯まると思うから大丈夫」
とパネルを設置して起動する。
本来は化石燃料や既に充電してあったバッテリーを詰め込むが、イザという時や燃料が切れたときの為に充電式も用意してあった。
まあ臨時用であって即時使用は想定して作ってないから満タンになるのには時間がかかるけど。
でもちゃんと動いてはくれるので、我慢はするしかない。
この星が1日何時間かわからないけど、数日で溜まると思う。
「そうなんだ。よくわからないけど凄いね」
「適当だね・・・」
「いや~そうかな」
「何で嬉しそうなんだい?」
アネモネは嬉しそうに頭を掻くが、どちらかと言うと馬鹿にしたつもりだったんだけどな。
まあ何でもいいや。
「よし、今日は日が沈みそうだからここまでかな。またアネモネの家にお世話になるけどいいかな?」
「うん、もちろん」
「ありがとう。色々と聞きたいことがあったし」
とりあえずは船の状態を確認できた。
それだけで上出来だよ。
後はこの星のことを軽く聞いて、〈神力〉のこととかも聞きたいな。
それでいて今後の修復計画なんかも考えないとな。
「とりあえず戻ろうか」
「わかった」
と僕達は再びアネモネのお家へ帰った。
今は僕の拠点が彼処になる訳だ。
狭い家だけど、アネモネと2人で・・・なんか拙い気がする。
異性で狭い家に二人きりは・・・まあ何でもいいか。
僕は改めて宇宙スーツを持ってアネモネと一緒に向かった。
アネモネの家の中に入った頃には外は既に日が沈み暗くなっていた。
自然の中、ライトは空に浮かぶ月と満天の星空しかない。
だが想像以上に明るかった。
・・・でも僕が見慣れた人工の光がないことに、少しだけ寂しくて思えた。
そんなことを考えながら計画を立てる準備をする。
ということで先ずは、アネモネに色々と話を聞こう。
「ねえアネモネ、この星のことを少しでもいいから聞きたいな。もちろん僕も同じだけど無理はしなくていいから。話せる範囲で大丈夫」
「・・・うん、わかった。いいよ、それじゃあ何が聞きたい?」
「ん〜そうだね」
今後の計画には関係ないけど、純粋にこの星の歴史や文明何かを聞けたらいいな。
それか〈神力〉・・・だけどこれは明日とかに実践しながら聞きたいから、後ででもいいかも。
だから・・・
「・・・そうだ。遠くに集落とかがあるって言ってたけど、それってどのくらいの規模なの?街として発展してるのか、小さな村くらいなのか」
「ん〜そうだね。色んな所に散らばってるから、それぞれって感じだけど、大き所は大きな街だし、小さいところはお家が数十戸あるかなっていう感じかな。でもここ最近は見てないからちょっとは変わってるかもね」
「なるほどね。色んな所にあるんだ。ん?ということはそれぞれの街に行ったことがあるんだよね?ならどうしてこんなところに1人で住んでいる?」
「それは・・・」
アネモネは何か葛藤しているように口籠った。
瞳が泳いでいて、視線を落とす辺りが少し違和感があった。
一人が良いって言ってたし、やっぱり何かあるのかな・・・
「無理に言わなくていいよ。言いたくないことなんて誰にでもあるんだからさ」
「・・・うん、ごめんなさい」
「謝らないで。むしろ僕の方が無責任だった理由だし」
「そうじゃないの、そうじゃ・・・」
また気まずい雰囲気となった。
この空気感苦手だな。
にしてもアネモネはきっと嘘が下手なんだろうな。
複雑そうな表情が顔に出てるからね。
でもこうなったら話題を変えるか・・・
「それよりこの家が綺麗に建てられてるってことは、何処かの街の建築を真似たって感じかな?」
建築様式とかでもその辺りの文化や芸術がわかってくるもんだ。
そしたら技術とかの進展具合もわかってくる。
にしても内装も綺麗だし、装飾品や家具も意外にも精巧に作られている。
若干の雑さはあるけど、想定よりは発展しているのかも。
「ううん、逆だよ」
「逆・・・?」
「ここが元になって、それぞれに別れていった感じだよ。今はもう大分違うかも知れないけど」
「ここが元?どういうこと?」
「ずっと前にこの湖の周りにはコナズキっていう大きな街があったの。沢山の人がいて毎日がすっごく楽しかったなぁ。そこが私の居場所であり、私の還るべき場所だった」
そう言うアネモネの表情は柔らかく懐かしそうに笑っていた。
恐らくコナズキと呼ばれる街並みの景観を思い出したのだろう。
でもちょっと待て、色々と気になる部分がある。
「ここにコナズキって街があったていうけど、今は?それにずっと前にって言うけど、それはどのくらい前なの?」
違和感はあった。
もしかしたら近くに集落的なのがあったのかもと。
でもまさかそれがここだったなんて・・・。
でもそれ以上に違和感なのが、その跡が全く見当たらないことだ。
本来なら建物の跡があってもおかしくない。
でも湖の周りは既に草木で生い茂っていた。
平原や丘は既に自然の景色に変わっていた。
人が住んでいたという状態や証拠は確認できない。
つまり、そこには相当な年月が経ってるということに・・・
「今はもうないよ。ずっと・・・どのくらいかって言われたら、わかんないかも。大体八百年くらいかな?」
と首を傾げて答える。
だがあまりの数字に僕は魂消てしまった。
「八百年!?」
「うん」
「八十年とかじゃなくて?それでも相当な年月が経ってるけど・・・まあ八十年だとここまで綺麗に消え去らないか。でも八百年でも・・・どっちだ?」
「多分八白年だと思うよ。ちゃんと数えてるから」
「その数え方って?」
もしかしたら数十日で1年換算かも知れない。
それなら多少は許容はできる。
「えっと1年が三百日で1日がお日様が上に上がった時に数える感じだよ」
殆ど僕達と変わらないや。
ということは年月はさほど変わらないと考えていいだろう。
まあそんなに時が経てば人の手を加えなかったら文明も崩壊するか・・・。
雨風や川に流されたり、動植物が環境を変えていくわけだからな。
でもそれ以上に不思議なのは、アネモネの年齢は一体・・・?
「・・・ならアネモネ一体何歳なの?会話を聞くに、コナズキを知っている口振りだった。その話を誰かから聞いたのならわかるけど、そうじゃないはずだよ。還るべき場所だって言ってたし、楽しかったって・・・つまり君はその何百年間を生きてるんだよね?いやそれ以上かも・・・」
「・・・・・・」
「・・・それってもしかして長寿の種族だったりするの?」
「え?」
「宇宙にはそういう種族や民族がいるって聞いたことがあるけど、本当にいたんだ・・・凄いなぁ」
「そ、そうかな?」
「うん、不思議だなって思うし羨ましくも思うもん。長生きできたら色んな事ができるから、きっと楽しいだろうなって」
「・・・そんなことないよ。何も楽しいことなんてなかった・・・」
アネモネはそれ以外何も言うことはなかった・・・。
表情が暗く凍りついたような痛々しい瞳で僕を見つめる。
それはつまり絶望しているようだった。
そんなに・・・何かあったのかな。
それに家族のことも気になる。
どうして一人で過ごしてるんだろう。
家族の所在は・・・って何でも聞くのはよくないだろう。
もちろん気にはなるけど、何だか彼女を傷つけてる気分になるしな。
「・・・そうなんだ。色々あるんだね。・・・あ、そういえば、さっきまで考えてたんだけど、多分船の修理自体は明日には終わると思うんだ。そんなに大きな破損じゃなかったみたいだし。ただ充電に時間がかかるかも知れないから、もう暫くお世話になるかもだけど・・・いいかな?」
少し無理矢理にだけど、話題を変えた。
アネモネ自身は色々と話してくれそうだけど、しんどそうだったし、そんな状況で聞くのも僕がしんどい。
だからとりあえずは車線変更で流すしかない。
「もちろん、大丈夫だよ。気にしないでゆっくりして。私は問題ないから」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。って正直アネモネならそう言ってくれると期待してたけど。でも本当に嬉しい」
「どういたしまして。それに、手伝えることがあったら言ってくれたらいいよ。私、やることないから。見てるだけっていうのもあれだし」
「うん、それじゃあ甘えるよ。・・・本当にありがとう。逃げてきた所が此処で、出会えた人がアネモネでよかった」
「・・・そんな、私は別に・・・私もアイビーが来てから少し楽しいからありがとうだよ」
「ならお互い様だね・・・」
すると何処からかグゥ~とお腹の音が鳴った。
というのは僕の音である。
何だかリラックスができたから、脱力してお腹が空いてきた。
「それにしても、何だかお腹が空いてきたな。緊張が解けてきたからかな」
「そっか。でもごめんね、今は何も無いんだよね」
「そうなの?それじゃあアネモネは今日はどう過ごすつもりだったの?」
「私は何もいらないよ。もうずっと何も食べてないし」
「? 何を言ってるの?好き嫌いとかダメだよ。ちゃんと食べないと死ぬよ?」
「ううん、そうじゃなくて私は大丈夫なの。私は死なないよ・・・」
と真っ直ぐ見つめる彼女の瞳に僕は吸い込まれそうだった。
それは綺麗だからという理由もあったが、それとは別で何か闇のようなモノを感じた。
それを感じた時、僕は鳥肌が立ってしまった。
何か異様なモノを感じてしまったからだ・・・
「そ、そっか。それなら今日は我慢して、明日船にある非常食を取りに行こうかな。グチャグチャになってるかも知れないけど、無いよりはマシだしね」
「うん、そうだね。それか最悪近くの雑草とか虫を食べるしかないかな。外も大分暗くなってきてるから、あんまり探せないと思うけど」
「それなら・・・遠慮しとくよ。虫とかなら食べない方がいいかも。いや食べたくない。栄養にはいいかもだけど・・・」
「だよね。私も苦手かな・・・」
とアネモネはさっき迄の不気味さから笑顔を取り戻す。
奥に潜む闇が嘘のように消え、今は純粋な女の子のようだった。
でもさっき迄のは何だったんだろう・・・。
「・・・それじゃあとりあえず、今日はもう休むよ。色々と疲れたし・・・」
「そうだね。辛いことが沢山あっただろうし、休めるのなら休んだ方がいいよ」
「ありがとう、それじゃあ適当に寝させてもらうよ。邪魔だったら外で寝るし」
「ううん、空いてるところを使って。私のことは気にしなくていいから」
「それこそ気にするよ。むしろお世話になってるのは僕の方なんだから、申し訳が無いよ」
「・・・優しんだね。でも本当に大丈夫だから、気にしないで。全然眠たくないし、私こう見えて何処でも寝れるから」
とアネモネは優しそうに微笑む。
まるで全てを包み込んでくれるようだった。
そんな慈悲の心に僕は負けてしまった。
「・・・わかったよ。でも何かあったら起こしてくれていいからね」
「うん、わかった。お布団は適当に置いてるから何でも使っていいからね」
「う、うん・・・本当にありがとう、何から何まで・・・見ず知らずの僕をこんなに助けてくれて。正直、アネモネに出会えて良かったよ」
うるうると込み上げてくるモノがあった。
こんなあって間もない見ず知らずの僕にこんなに優しくしてくれるなんて・・・。
「ううん、困った時はお互い様だよ。それにこんなことを言うのはあれかも知れないけど、アイビーといると楽しくて落ち着くんだ。ずっと一人で寂しかったから、ここに来てくれて嬉しかった。私の方こそありがとうだよ」
「それならいいけど・・・僕は何もしてないけどね」
「それでいいんだよ。ほら、それじゃあおやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
そう言って僕は布団を床に広げて寝た。
ベッドは無いみたいだが、贅沢は言えないし、それがこの星の文化なら経験という意味でも悪くない。
今日は、いや最近は本当に色んな事が起きてグチャグチャだけど、今は落ち着こう。
ゆっくり整理していけばいい・・・
目が覚めると、頭はスッキリしていて清々しい朝を迎えられた。
身体が軽く自然に起き上がれた。
いつもはダルかったのにな・・・。
あぁ研究とかに急かされて日々寝不足だったからかな。
今日は久し振りに熟睡できたや・・・幸せだな・・・
「・・・違う。こんなの幸せなんかじゃないよ」
ポロポロと涙が溢れていった。
力が緩んだせいなのか止まらない。
しかも相乗効果で涙が出れば出るほど、悲しい気持ちも溢れてくる。
そうなれば涙が止まらない・・・
父さん、母さん・・・皆・・・
「おはようアイビー、昨日は眠れ・・・アイビー!?大丈夫・・・?」
僕の声や動いた物音で目が覚めたことに気が付いたのか、ひょっこり顔を出して目覚めたことを確認する早起きのアネモネだが、僕の泣き顔に驚いていた。
それも当然か。
急に朝起きて泣いてたら驚くよな。
でもごめん、我慢できないや。
「・・・そっか。今になって全部来たんだね。変だと思ったんだ。出会った時からそんな様子見せなかったから、もう大丈夫なのかって思ってたけど、やっぱりずっと我慢してたんだね」
「・・・ごめん、自分でも驚いてるんだ。ショックがここまで来るなんて・・・でもやっぱり、突然奪われた幸せは大きなものだったから・・・」
アネモネはゆっくり歩み寄り、膝をついて僕の側に座る。
すると弱った僕を優しく抱き寄せ包みこんでくれた。
「・・・落ち着くまでゆっくりしていいからね。無理をする必要はないよ」
「・・・うん、ありがとう」
そう言って暫く抱いてくれた。
その温もりと優しさにも涙が止まらなかった。
少し時間が経つと心は安らぎ落ち着いてきた。
涙も止まり気持ちの整理がついたようだ。
目を閉じれば瞼の裏には故郷や家族と過ごした日々の景色浮かんでくる。
でもそれは大切な思い出として忘れないでおこう。
きっと心の支えになるのだから・・・
「それじゃあ何かお腹に入れたいから、非常食でも・・・」
「あ、その〜」
「ん?」
アネモネはモジモジと僕の前に立ちはだかる。
どうしたんだろう。
トイレかな?
「アイビーが言ってるヒジョウショクが食べたいならいいけど、一応暇だった時間に樹の実とか食べれそうなの集めてきたんだ・・・」
「え?」
「テーブルの上に置いてるんだけど、どうかな?」
僕は立ち上がりテーブルを確認する。
するとそこには大皿の上に山盛りの何かが乗っていた。
カラフルで様々なフルーツのように見えるそれは、空腹の僕を誘うようだった。
「昔よく食べた木の実やフルーツで、全部甘くて美味しいよ。あ、ちゃんとキレイな川で洗って来たから大丈夫!食べる時に皮を向いて食べないと苦いから気をつけてね・・・」
「うん、食べたい。いいの?」
「もちろん」
「ありがとう・・・」
アネモネの優しさにじ~んと来てしまった。
暇だったって言うけど、あんまり眠れなかったのかな。
それか早起きだったのかも。
まああんまり寝ないみたいなこと言ってた気がする。
もしかしてショートスリーパーってやつなのかも。
何にせよ本当に嬉しいな。
それに感謝をして、席についてフルーツに手を伸ばす。
一つ手にとって皮を向き中の実を取り出す。
ツヤツヤ白く輝く宝石のような果実はとても美味しそうだった。
「それじゃあいただきます」
パクっと口の中へ。
するとジュワッと口いっぱいに広がる果物の果汁と香り。
まるでジュースを飲んでいるようだった。
「美味しい!」
「ホント!良かった。いっぱいあるからたくさん食べていいよ。こっちは少し酸っぱいけど、その酸味が美味しくて、こっちは少し硬いけど、その硬さが良い食感なんだよね」
「なるほど・・・ホントだ!全然違う美味さだ。アネモネも食べなよ」
「私は・・・」
「一緒に食べると美味しいよ?」
「・・・そうだね。うん、いただきます」
とアネモネも一緒に食べていく。
美味しそうに食べている姿を見ると僕は幸せに感じた。
こうして楽しそうにしている彼女を見ていると会ってからずっと何か彼女に対して違和感を感じていたように、やはり彼女は何かを我慢しているように思えた。
もしそれが本当なら我慢しなくて良いのに・・・なんて思いながら食べ続けた。
色んな種類を順番に食べることで口の中は飽きること無く食が進んで行く。
そうして僕のお腹は徐々に満たされていった。
「いや~美味しかった。満腹満腹〜。本当にありがとう、アネモネ」
「どういたしまして。私も久し振りにこんな食事ができて楽しかった」
「そっか・・・」
明るくなったようで少し嬉しかった。
見ているこっちが癒やされるわけだから。
それに彼女はこっちの方が似合うからな。
そんなこんなでお腹が満たされ、船を修理しに向かう。
溶接道具やハンマーを片手に、アネモネと歩いていく。
しかし改めてこの湖の景色を眺めて思うが、本当にここに街があったのだろうかと疑うくらいには何も無い。
ただ一面には自然の景観が広がり、人工的な建物といえばアネモネの家くらいしか見えなかった。
もしかしたら散策したら石畳とか家具の破片とか何か見つかるかもしれないけど。
なんてことを考えながら歩き船の下へ到着。
「・・・とりあえず凹んでいる部分を切り離し、ハンマー等で形を整えるか・・・熱を加えるのもありだけど」
上手く形成できるかな。
少しの抵抗でも出来てしまえば、飛ばないことだってあるわけだからな。
慎重に作業しないと・・・
「ねえこの凹みってどうやって治すの?」
「ん〜それを今は考え中・・・・」
するとピコンピコンと電子音が鳴った。
それは聞き馴染みのある音である。
「何この音・・・?」
「通信だよ。何かを受信したんだ。ということは最低限の電力は回復したみたいだ。よかった、ちゃんとバッテリーとソーラーパネルは生きてるみたいだ。それに電線も切れてない」
「よかったね」
「うん、きっと送られた連絡も安否確認だろう。なら僕も送らないと」
と僕は船に乗り込み電力を起動させ、受信を確認する。
それは案の定、他の人達の生存の
確認であった。
僕もそれに応えるべく、返信をしてみんなに送った。
お互いに安否を確認できるのは安心できるな。
「よし、それじゃあ修理を頑張らないと。早くみんなに会いたな」
「そうだね。私も手伝うよ!」
「ありがとう・・・そうだ。一つ試したいことがあるんだけど・・・」
「?」
僕は船のシステムを起動し、破損部分を検索する。
やはり内部の損壊は見られないみたいだ。
「なら、後は外だけど・・・」
僕は船から降りて、少し離れた所から船全体の形状を確認する。
それをデジタル端末に色んな角度から描いていき、正しい形を構築していく。
空気抵抗の計算や左右対称かどうかなどをチェックする。
「なるほど、この辺りか・・・よし、それじゃあアネモネ、いいかな?」
「私?」
「うん、もしこれで上手く行ったら後はエネルギーが溜まるのを待つだけでいいんだ」
「な、なるほど・・・それで、私がやることって?」
「アネモネが持ってる〈神力〉を使って船をちょうどいい形に曲げて修復する」
「えっ!?そんなこと・・・」
アネモネは流石に怖気づく。
まあ確かに一番重要な仕事を与えているわけだから、この責任は重大だよな。
しかもアネモネからすれば船のことなんて殆どわからないだろうから、慎重にはなるはず。
でもアネモネなら・・・
「大丈夫、出来なくても気にしないから。元々違う方法を考えてたわけだし、もし出来たらなって気持ちで提案しただけだから、そんなに重く考えないで」
「う~ん」
アネモネは頭を悩ませる。
やっぱり困らせたかな。
でもただ適当に言ったわけじゃない。
ちゃんと計算した上で根拠を元に言っているんだ。
ただの〈グラブ〉なら吸い寄せるだけだから微調整は難しいかも知れないが、アネモネの〈神力〉は物質を触れてコントロールできるようなんだ。
それでいて力も十分にある。
あの船を浮かせるほどなんだ。
なら金属を一部分だけ少し曲げることだって出来るはず。
「試しにやってみようよ。凹みを直して傾きを整えるだけだから」
「いいけど、変になっても怒らないでよ?」
「大丈夫、船が粉々にならない限りは怒らないよ」
「・・・わかった。それじゃあやってみる。先ずは凹みを整えればいいんだよね?」
「そういうこと、それじゃあお願いします」
アネモネは集中するためか、瞼を閉じて深呼吸する。
僕はそれを後ろから見守る。
でもきっと成功するはず。
それを祈って待つ。
「それじゃあ行くよ」
「うん」
アネモネは両掌を船に向けて意識を集中させる。
すると次第に船の凹みが修復されるように戻っていく。
それも変に破損は見当たらず、綺麗に戻った。
「ふぅ~、どう?」
「完璧だよ。本当に凄い!」
僕は船に近づいて確認するが、キレイな曲線は完璧だった。
「これで後は歪みを戻すだけで完成だよ」
「よかった〜なんとなくでやったから、どうなるかと思ったけど、上手くいってよかったよ」
とアネモネは胸を撫で下ろすように安堵する。
ホッと一息ついて落ち着かせていた。
「本当にありがとう。それじゃあ少し休憩したらまたお願いできる?」
「ううん、このままやるよ」
「でも・・・」
「心配いらないよ。全然疲れてないから。それに今の集中力のままやりたいから」
「・・・アネモネが言うならいいけど、無理はしないでね。時間はあるんだから・・・」
「うん、でも本当に大丈夫だから。アイビーの為に頑張りたいんだ」
「ずっと思ってたんだけど、どうして会って間もない僕の為にそこまで・・・?」
「だってアイビーには希望があるから」
「え?」
僕には・・・?
ならアネモネはどうなの?
・・・その言い方じゃあ君にはないみたいじゃないか。
そんな言い方はしないでよ。
笑顔で言っているようだったが、その表情を見るのが辛かった。
「ここからは微調整が大事そうだから、アイビーの掛け声に合わせてやるね」
「・・・うん、お願い」
「それじゃあいくよ・・・!」
アネモネは再び両掌を前に出して〈神力〉を使う。
船の歪みを整えるべく徐々に形を整えていく。
僕はアネモネが見ている場所の近い視点に立ち船を眺めながら指示を出す。
「もう少し左に・・・そうそう、いい感じ。それと手前の方にさっきのように引く感じで・・・慎重に・・・」
今はさっきの話は忘れて作業に集中する。
少しでもズレれば死と同じだから。
って言っても即席の計算だからあってるかどうかわからないけど。
「・・・そのまま、そのまま・・・うん、もういいよ!」
それと同時に綺麗に力を抑え、動きを止める。
ふぅ~と息を吐いて、自身を落ち着かせていた。
「うん、完璧だよアネモネ!ありがとう」
「上手くいったんだったらよかったよ」
「・・・全部アネモネのおかげだよ。本当に、本当に何もかもありがとう・・・」
「どういたしまして。・・・まあ私に〈神力〉があったおかげかな」
「それもそうだね。〈神力〉様々だよ。でもそれをジェノサイみたいな悪い奴が持ってるんじゃなくて、アネモネみたいに良い人が持っていてくれていたおかげだよ。結局は君に出会えてよかった・・・」
「・・・うん、ありがとう」
「にしてもよくそんな力持ってるね。ぶっこんだ話をいっぱいしてるようで申し訳無いけど、その力は先天的なの?それとも後天的?」
「えっと・・・」
何やら答えづらそうだった。
まあ自分から人の事情を聞きすぎるのはよくないって言ったのに、これじゃあ矛盾してるよな。
「大丈夫、無理して答える必要はないよ。難しいだろうし・・・ちょっと気になって言っちゃっただけだから。研究職してるとそういうのすぐ気になっちゃうんだよね。ごめん、自分のことばかりで・・・」
「ううん、そうじゃないの。質問はいいんだけど、上手く言えないなって・・・」
「というと?」
「・・・あのね、信じてもらえるか分からないんだけど」
「ん?」
突然アネモネは口を開いた。
しかしそれは少し震えていて、何処か躊躇いのあるようだった。
「・・・私、不老不死なんだ」
「・・・え?」
「信じられないよね。でもこれでももう何百年ってここで過ごしてるんだ。一人で・・・だからお父さんもお母さんも、家族も友達も皆いないの・・・」
「そ、そうだったんだ・・・」
家族や周りの人が身近にいないのはそういうことだったんだ。
不老不死だから自然と一緒にはいられないのか・・・で納得というか理解ができたわけじゃない。
突然不老不死と言われても意味がわからない。
頭がショートしてしまっている。
「・・・意味分かんないよね。ごめん、でも本当のことなんだ。でも無理に信じてほしいわけじゃないから」
「・・・・・・」
確かによくわからない話だ。
急にそんな話を言われても多分、普通の人は何言ってんだと馬鹿にするだろうけど、僕は・・・
「信じるよ」
「え?」
「だってアネモネがそう言うんだから」
「・・・ありがとう」
「それに宇宙には色んな種族がいるから、まあ長寿の種族もいるかなって。でもそれならアネモネだけ特別で他の人達は長寿とかではないのか」
「ううん、多分一般的には長寿だったと思うよ。私達の種族は何百年と生きてこられたから」
「そうなんだ・・・。色々とあるんだね。それよりも、改めてそう聞くと僕より長生きしてるのか・・・」
「そうだね。ずっとずっと長生きしてるよ」
「そっか。でもならずっと一人ぼっちだったのは寂しかったよね」
「・・・うん、寂しかったし悲しかった。私だけ置いていかれた気分で辛かった」
俯いて何かに訴えかけるようにアネモネは口から溢した。
ずっと溜め込んでいた想いだろう。
「・・・そうだよね。ねえもしよかったら色々と教えてほしいな。僕も話せることは色々と話すからさ」
「うん、いいよ。でもその前にこの作業は・・・?」
「そうだった。でももうとりあえずアネモネのおかげでやることないし、充電をして様子見をしたらいいから、一旦アネモネの家に戻ろうか」
「わかった。それじゃあその時話すね」
「うん、ありがとう」
僕達は作業が終わったので、片付けてアネモネの家に戻った。
道中やっぱり色々と気になった。
不老不死・・・本当は半信半疑な部分はある。
だってそんな話、空想の物語に出てくるとばかり思っていたから。
目の前でそんな話をされてもピンとはこないのも普通のことだろう。
でも〈神力〉のことや〈グラブ〉だってあるんだから、絶対にあり得ないとは言い切れない。
それに何より、アネモネがあんな真剣に話すんだから、信じるしかなかった。
だからこれから話される話が複雑であっても、受け入れよう。
そうして家について、一息つくためお茶を飲みながら面と向かって座り、準備態勢を取る。
なんて大層な言い方をしたけど、普通に座っているだけである。
「・・・それじゃあ、もう早速だけどアネモネのことやこの星のこととか色々と聞かせてよ。分かる範囲や言える範囲でいいからさ」
「・・・うん、それじゃあ私が知ってるこの場所、コナズキについても改めて話すね。少し長くなりそうだけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ、時間はあるんだから。お願い・・・」
「・・・ずっと昔、この湖の周りには沢山の人がいて、文明も栄えてたの。大きな街もあって・・・本当に楽しかった。この家はその時からの名残でね、今も頑張って壊れないようにって思ってるんだけど、随分と小さくなっちゃった。他の部屋は皆壊れちゃってね・・・」
と残念そうに笑うアネモネ。
でもそれもそうか。
ここが唯一の居場所なのに、それが失うかも知れないってなったら悲しいよね。
・・・ずっと頑張ってたんだ。
「そういうことだったんだ。全然思いもつかなかったや。でもそういえば前に聞きそびれたんだけど、元々街があってそれがなくなったのなら、そこにいた人達は・・・?」
「今は色んなところに散らばってそれぞれで文明を築いてるみたい」
「そういうことだったんだ。ということは、本当の意味でコナズキが始まりと・・・」
「うん、昔はコナズキに皆いたの。もちろん世界中の人全員がとは言わないけど、少なくとも今点在してる国や街の殆どの原点はここだと思うよ」
「そうなんだ。・・・でもじゃあどうして滅んだの?そんなに発展してるんだったら、滅ぶ理由がないでしょ?」
「それは昔、皆は欲がなくコナズキの生活に満足してたの。でもいつしか満たされないと感じた人が増え始め貪るように何かを求めるようになったの。欲で溢れかえり、それが外へ向くようになっていったわ。そこから皆は外に出てきたの」
「・・・なるほど、そういうことだったんだ。探究心か・・・人間が特に持っているモノだね」
「・・・ここからの話は私にも関係する話なんだけど」
「!?」
これから話されるのが、アネモネのことについて。
一体どんな話が待っているのだろうか。
・・・でも、今思うとアネモネが不老不死って証拠は見せてもらってないな。
老いは難しいとして、死は・・・ってそれはダメだろ。
流石に今の考えは人間をやめてるよ。
「皆は外へ出ていったけど、一部の人達はここへ残ることにしたの。ここは私達の還るべき場所だから。それに外の世界には猛獣が沢山いて、この地に伝わる女神様が危険だから外へ行ってはいけないって伝えられていたから」
女神様、そんな神話伝説のようなモノもあるのか。
いや〈神力〉なんてモノがあるのだから、神の存在は当たり前か。
それにその女神が〈神力〉に関係していることは間違いない、となると興味深い・・・。
「それでも、コナズキに残るって言った人達も一度手にしてしまった欲は中々に手放せず、葛藤し自身を苦しめていったの。それは外にいる人達も例外じゃない。そしてその代償に寿命が大幅に縮んでしまったの」
「そんな、ありえない話が・・・」
「嘘じゃないわ。私達は元々何百年も生きることができたの。でもそれが次第にたった数十年しか生きられないようになっていったの」
数百年から数十年って相当な縮小だ。
でもそういえば元々そんな長生きしてたんだよな・・・僕達は最初から後者の方だから改めてちょっと羨ましいかも・・・。
「そうして、その寿命が縮んだことに対して皆困惑して、解決策を探したのが始まりなの。誰かは瞑想に入ったり、誰かは苦しみにより忘れさせたり、根本原因を探ろうとしたり、色んな方法を試されたの。それでも解決できなかった皆は最終的に女神様への捧げ物が必要だと考えたの」
「女神様への捧げ物・・・?供物ってこと?」
「そう、元々私達の中で自然の中に宿る神がいると考えられていたの。その中でも一番大きな存在が女神様であるメッタ様なの」
「メッタ様・・・神信仰だね」
「そして、私達の中でメッタ様に捧げる供物は生贄であることだったの、それも人間の・・・」
「え?人の生贄・・・?それって人身御供だよね?・・・それこそ馬鹿げてるよ・・・あっ!?ま、まさか・・・」
僕の頭の中に怖い予測が過ってしまった。
女神と深く関わっているであろう力、その持ち主の・・・
「うん、それに私が選ばれたの。正確にはもう一人男の子がいたんだけどね」
「・・・どうして?」
「生贄の条件として、本来は健康な幼い男の子を捧げることだったの。これは過去にも何度かあったらしい。理由はわからないけど、メッタ様の異性に値する存在だからや子種を持っているから、メッタ様の趣向だからって考えられてたと思う」
「・・・生贄なんて、若い命を奪うだけなのに・・・」
信仰はそれぞれあるだろうし、否定はしない。
神も女神もいるのかいないのかわからないし、科学では証明できない存在なのだから。
それに人の拠り所として存在する信仰対象は悪いことじゃない。
でもたとえ本当にいたとしても神も女神も命を奪ってまで何かを欲しいとは思わないはずだ・・・
「そうだね。でもそれが私達の信仰していたものだったから仕方が無いよ。それで供物は湖に伸びたところにあった祭壇へ連れて行かれたの。今はその祭壇も壊れて、なくなっちゃったんだけどね。そこで街で選ばれた戦士によって首を斬り落とされ血液(ナカミ)を湖に注いだ後、身体(ウツワ)も続けて投げ捨て(ささげ)られる。湖はずっと命の器とその中身として皆から聖域と考えられたの。そしてそれに満たされた聖水を浴びることで禊の役割になったり加護が宿るって考えられてたみたい。今じゃあ沢山の死体が埋まってるだけの湖になってしまったのだけれどね・・・」
「・・・・・」
なんてことだ。
言葉を失うような話だ。
・・・今更になって後悔してきた。
軽い気持ちでアネモネ達のことを聞きたいって思ってしまったことを。
不老不死ということやこの星のことを何か知ることができればと思って聞いてみたが、その内容はあまりにも耐え難いものだったなんて。
星が、世界が、環境が違えば価値観も変わってくるのはわかっていた。
でもこれほどまでなんて・・・自分の中の価値観が当たり前と思っていたけど、あり得ないことが当たり前って考える人達も当然いるんだな・・・。
それに驚いたことに、何も考えずアネモネは淡々と話しているなんて。
これもアネモネからすれば、これらの儀式は当たり前だったから語れるんだろう。
・・・でも何処か恐怖と怒りが感じられるのはきっと自分も被害者だったからだろうな。
「・・・でもその当時、神様への禁忌を犯したり、欲に溺れたり、厄災も多く起こったことが重なり、それだけじゃあ足りないとなって同時に私も選ばれたの。私はまだ大人の身体じゃなかったし、処女だったから・・・穢無き供物(ウツワ)として挙げられた」
「そんな・・・」
「私は・・・供物として生きたまま湖へ身を投げ捨てられ、役目を果たした・・・筈だった」
「筈だった?」
「役目を果たすのなら死して供物となるべきだった。でもこうして生きていたの。深い湖の底でずっと・・・気が付くと砂浜で眠っていて街の人達は私を神の子、女神様の生まれ変わりとして祀るようになった。この頃から〈神力〉が使えるようになってたの・・・」
「その時・・・」
つまりは後天的な力だったんだ。
でもその背景にこんな話があったなんて・・・
「でも結局何も良くはならず、果てには病気も蔓延しコナズキの人達は絶滅していった。私を置いて・・・皮肉にも外へ行った人達が助かり今も生き延びてるのが現状であり今のこと・・・私が生きていたことや、アイビーが言ったように生贄なんかやったから、その天罰が下ったのかもね。これが大まかに話した私とコナズキのことについてかな・・・上手く纏められなくて長くなっちゃったね」
「そ、そうだね・・・今も頭が一杯いっぱいでなんて言ったらいいか・・・」
「別に無理に何かを言う必要は無いよ。過ぎ去った過去(きおく)のことだから」
「・・・わかった。でもやっぱりずっと一つ疑問に思ってたんだけど、アネモネはどうして外へ行かなかったの?ここでずっと一人は寂しいだろうし生活とか色々と・・・」
「それも長くなると思うから簡単に言うと、外が合わなかったの、上手く言えないけど。だからここにいることを選んだ。食事とかは必要ないから支障はないし」
「本当に必要ないの?一切?」
「うん、まあ私もわからないけど、お腹も減らないし眠くもならない。ずっと身体が軽いんだ」
「・・・そんな、永久機関のエネルギーなんて絶対にありえないよ」
「でもこれが現実なんだからそんな事言われても仕方ないよ。・・・そっか、確かに不老不死の証明を見せてなかったから信じられないか。不老はすぐには見せられないけど、不死なら今すぐにでも・・・」
とアネモネは立ち上がりキッチンから包丁を持ってきて再び座り直す。
ある程度は精巧に作られているが、ボロボロな包丁を僕に見せびらかすようにテーブルの上に置く。
「アネモネ・・・?」
「ちゃんと見ててね」
するとアネモネは包丁を握りしめ、自分の腕に勢いよく差し込む。
鋭利ではないが、ズブっとか細い腕を抉っていく。
そして肉を引き裂いた包丁は彼女の手によってゆっくりと引き抜かれる。
これにより徐々に真っ白な彼女の身体から真っ赤な液体が溢れ出て、テーブルは真紅に染まっていく。
僕は目の前の状況に理解できず、暫くボーっと眺めているだけだった。
「・・・慣れたら痛くないね・・・」
「・・・ッ!?アネモネ、何やってるの!?そんなことしたら血が・・・」
あれ・・・?
どういうこと?
おかしい、こんなのおかしすぎる。
どうしてアネモネの腕が綺麗な白さを保たれているんだ?
さっきまでの傷が嘘のように治ってる・・・いや、もとに戻ってるんだ。
テーブルに溢れ出ていた血も一切の痕跡を無くして消えている。
まるでそこには腕が刺されたという事実はなく、何もなかった状況となっていたようだった。
「どういう・・・」
「見ての通りだよ。私は不死の体を手に入れただけ・・・頭をかち割っても、窒息しても、溺死しても、焼いても、首を切っても、何をしても死なないの。さっきみたいに綺麗に元通り・・・信じてくれた?」
「し、信じるも何も・・・」
色んな意味で震えてしまった。
アネモネのこの何の躊躇いのない自傷行為も、大量の血を見ることも、それによって戦争を思い出すことも、それに何よりアネモネの不死の体のことも・・・一気に身体中を何かが駆け巡り気分が悪くなった。
「ウッ!?」
吐きそうだ。
視界がボヤけて、焦点が合わない。
酔っているようにフラフラで頭が痛かった・・・
「アイビー・・・!?」
バランスが取れない。意識が
・・・遠のいていく・・・
気が付くと布団の中で寝ていた。
身体は少し重たかったが、さっきまでの気持ち悪さは無く落ち着いていた。
「アイビー、体調大丈夫・・・?」
「アネモネ・・・」
アネモネが僕の隣で正座して待機していた。
恐らく突然気を失った僕を介抱してくれていたんだ。
なら寝込んでばかりではダメだ、とゆっくり身体を起こす。
「まだ横になってて大丈夫だよ」
「ううん、もう大丈夫・・・」
「そっか・・・突然倒れたからびっくりしたよ。体調でも悪かった?」
「いや、そうじゃないんだけど。ただ話を聞いていて色々と考えてしまったら気分が悪くなってね」
「・・・そっか。ごめんね、急にあんな話をして・・・辛かったら忘れてもらっていいから。どうせ、私しか覚えてないことなんだから」
とアネモネは俯いて視線を下に落とす。
それは希望がないようだった。
恐らくこの先のことを言っているのだろう。
誰もが彼女の側から離れ、全てを忘れていく。
でも彼女だけはここにいて全てを覚えている。
それは残酷なことだ。
その苦しみを一人でこの先、永遠のような時間を背負って行きていくのだろう。
・・・でもそれだけは嫌だった。
「いや、忘れないよ。僕はずっと覚えている。分かち合うわけじゃないけど、僕も似た苦しみを持ってる。それなら一緒に支え合って歩んで生きたほうがいいと思うんだ」
「え・・・?」
より残酷なことを言ってるのはわかってる。
僕には終りがある。
だがアネモネは少なくとも僕よりは圧倒的な長生きをするかも知れない。
そうなれば、この関係もいつかは終わりが来てしまい、その思い出までもアネモネは一人で背負っていくことになるだろう。
でもやっぱり彼女を一人にはできない。
全てを知ってしまったら尚更・・・
「僕は正直、この先のことが見えなかったんだ。みんなと出会ったら、その先はどうするんだろうか、考えられなかった」
「・・・・・・」
「でも、ようやくわかった気がするんだ。僕の居場所はここなんだって・・・」
「どうして・・・?まだ少ししかいないのに・・・」
「・・・この広い宇宙の中で、膨大な時間の中で、たった一人の君に出会えたことは運命そのものだよ。それに僕は君に命を助けられた。ここに来てから何度も何度も救われた」
「そんな・・・」
「それにね、ここは居心地もいいんだ・・・理由はそれだけだよ」
「アイビー・・・」
「・・・明日、テストフライをして動作確認をしたら暫くはこの星で君と暮らすよ」
「それはダメだよ。すぐにでもみんなに会いに行って、安否確認をしたほうがいいよ。せっかく生き残った人たちなんだから・・・」
「確かにそうだけど、既に通信で全員の安否は確認できてるわけだし、テストフライをすればエネルギーを消費してしまい、直ぐには飛べなくなるからね。それが貯まるまでと思えばいいよ」
「そう、なんだ・・・」
「そういうこと」
まあ一番の理由は、少しでも君と一緒にいたいからかな。
これが好きという感情かどうかはわからない。
でも、それでも、少しでもアネモネを一人にはしたくないなって思ってしまったから。
そんなこんなで僕は無事テストフライを成功させ、エネルギーが充填されるまでの間、アネモネと二人でこの湖の丘にある家で過ごした。
改めてお互いの故郷や自身の話をゆっくり話したり、湖の外の話を聞いた。
外には危険な生物はいるが、それを抗うすべを持っているから、外で活動拠点を築けていることなどを聞いた。
色んな世界の話・・・壮大な物語の中にある様々な営み。
多くを失ったからこそ、多くの見方を、そしてその何かを手にしたようだった。
そんなこんなでエネルギーが貯まったようだった。
つまりは出発するときが来たということである。
日持ちする食料を冷凍し多く入れて準備を整える。
なぜなら、恐らく距離からして片道数十日から百日近くかかるかも知れないからだ。
もちろん道中でセンサーを展開しながらエネルギーを充電して移動すればエネルギー問題は大丈夫。
それとコールドスリープを使用すれば時間距離の問題はない。
とまあ色々と準備はしてきたわけである。
「・・・それじゃあ行ってくるよアネモネ・・・少しだけ、いや結構な時間はかかるかも知れないけど、必ずここに還ってくるから。だから待っててね」
「うん、待ってるよ。だから気をつけてね。それだけが心配だよ」
「ありがとう・・・そうだ。ちょっと待ってね」
「?」
「そういえば船の中に・・・あった!」
僕は船の中に入って、とある物を探し出した。
それは凡そ一立方メートルの大きさの箱のような形をした通信機器である。
「それ何?」
「これは設置型通信電波塔って言って、これを設置すると、遠くでも僕と話をすることができるんだ」
「そうなの!?」
「こんなのがあったの思い出したよ」
「でもそれなら、他の人達とお話は?」
「これはどんな距離でも会話できる代わりに、ペアの機械じゃないと会話ができないんだ。だからそのペアを持ってないと他の人達とは会話が出来ないんだ」
「そうなんだ。残念だね」
「うん、でもアネモネとは会話ができるはずだよ。操作は簡単、ここのボタンを押せば受信することができて会話ができるよ。僕が情報を送るから、アネモネは押してくれれば遠いところからでも会話ができるってこと」
「凄いね。よくわからないけど嬉しい。アイビーが行ってしまっても、一人じゃないんだって思えて」
アネモネは胸に手を当てて笑顔で僕を見つめる。
本当に嬉しそうだった。
「うん、そういうこと。僕も嬉しいよ。・・・それじゃあ改めて行ってきます。何かあったらこれ越しに伝えてくれたらいいから」
「うん、行ってらっしゃい」
僕は船に乗り込んで宇宙スーツを着用する。
そうして中を一通り確認したあとで電源を入れる。
システムを起動させ、エンジンを準備する。
しっかりとシートベルトを着用しアネモネが離れていくのを確認して、エンジンをスタートさせる。
「・・・行ってきます」
レバーを引いて船を離陸させる。
船が浮いてバランスが安定したところで脚を中に収めて飛行態勢を取る。
レバーで平衡を保ちつつ出力を上げて高度を上げていく。
そこからは一気に加速させ大気圏を抜ける。
一瞬、後ろに引っ張られるようなGを感じつつも、安定して宇宙へと出られた。
そこからは自動操縦に切り替え、席から離れる。
船の後ろの方へ行き星を眺める。
「・・・もうアネモネが全く見えないな」
既に星の全域が眺められる程までには離れているため、点ほどの小さなアネモネは肉眼では見えなかった。
「・・・そういえば、この星って結構綺麗なんだな・・・」
緑と青を基調とした星は僕の暮らしていた星に何処かにていて懐かしく感じた。
そんな星に僕は魅了されたのか、食い入るようにその星を眺めた。
そしてその心は何処か寂しくて儚かった。
だがそれでも、今は前に進まなければならない。
そう言い聞かせて、とりあえずはコールドスリープの準備をする。
スーツを脱ぎ捨て、薄着になり準備を整える。
自動操縦や進路なんかも最後に確認した後にコールドスリープのベッドへ。
横になってて起動させる。
カプセルのようなベッドは密閉され一瞬にして凍らされる。
冷たいという感覚もないまま。
(・・・みんな、待ってて・・・)
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