ギャルとウミガメ

うみのまぐろ

ギャルとウミガメ

「あ〜今日もあっちい〜。ポカリうめ〜」

『こら、お客様の目があるんだから、だらけるのもほどほどにしたまえ』



あたしとウミガメ先輩は、海を模したテーマパークの脇で、ポカリとバケツの塩水を飲んでいた。二人ともが制服を着て、キャストとして掃除のバイトをしている。


地球の夏の気温が上がり過ぎて極まった近年、海水温の上昇を嫌った一部の海洋生物たちは、陸上で生活し始めた。そのうち超多様性の社会が到来して、海の生き物たちはいろんなところで働き始めたのだ。


ウミガメ先輩はテーマパークで先に働いていたが、彼氏にフラれて大泣きしていたあたしに声をかけてくれたのがきっかけで、あたしもここで働き始めた。でも夏の暑さにはぜんぜん慣れない。


ふと、道ゆく人影の赤髪が懐かしく思えて、あたしの視線が奪われる。まさかと思ってみれば、そこにはあたしをフッた元カレが、夏だっていうのに女とベタベタいちゃつきながら歩いていた。あたしとぜんぜん違ういわゆる清楚系の子。夏の太陽は光と同時に暗い影を作る。帽子の影に隠れながら、あたしは先輩に尋ねた。


「センパイはさー。海が恋しくなることってない?」

『僕は陸に上がって長いからね』


「でもさ、たまにあるじゃん? この世界の居心地がどうしようもなく悪くなっちゃうときって。どこかへ帰りたくなるときって」




夏の直射日光に晒された、真っ赤な自分のネイルを見た。元カレのことを引きずったまま、結局あたしはどこにもいけないままだ。


そのネイルの先に、吸い込まれるような先輩の黒瑠璃の瞳があった。その瞳は降り注ぐ夏の光を避けて麦わら帽子の間から、どこまでも続く空の青を見ていた。そういえば聞いたことがある。海は、空の色を反射しているから青く輝くのだと。


『あるよ。だから、僕は、ここで働いているんだろう』


たぶん、あたしなんかと違って、ウミガメ先輩は本当に帰れないんだ。そう思うとなんだか急に切なくなって、あたしは飲みかけのポカリをウミガメ先輩にぶっかけた。


『何をするんだ』

『うぇーい! 塩水もポカリも変わんないっしょ!』



*********


次の日、ウミガメ先輩とまた一緒にバイトに入った。するとウミガメ先輩はあたしを見て瞬きをした。あたしは得意げに言った。


『いいっしょ? このブルーのネイル。貝とか魚とかデコって、海みたいじゃん?』


そうだね、という返事の後、あたしたちは夏の日差しの中を歩き出したのだった。

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