早すぎる
「と、徹くん、徹くん、何を見てるのかな?」
徹に席を譲った零児は、引きつり笑いを浮かべて問うた。
「派遣会社の、登録者派遣先リストですよ」
さらっとそんなことを言う。
「それを見るのはもちろん――」
「非合法ですけど?」
それが何か? というように言う徹に、事の善悪を問うのは諦め、零児は後ろの棚に寄りかかり、それを見ていた。
凄い動体視力だな。
徹が勢いよくスクロールさせていく画面が、零児には全く読めない。
それは、怜奈が今の会社に入る前に、一時期、登録していた派遣会社のものだった。
流れていた画面がふっと止まる。
これ、と徹がディスプレイを指差した。
そこに記されている会社名に零児は眉をひそめる。
徹が言った。
「……丸山秋実の会社ですね。
派遣されてた期間が短い。
みんな丸山秋実をただの板倉の昔の恋人としか思ってなかったから、今までこの繋がりに気づかなかったんでしょう。
派遣された部署は、丸山とは違いますね。
でも、フロアは同じだ」
いつの間にか画面は何処かの会社の見取り図になっている。
その早業に、最早、追求する気も失せていた。
「給湯室は、このフロアにひとつ。
此処で親しくなったのかもしれないですね、丸山秋実と」
「……どういう意味?」
「さあ―― どういう意味なんでしょう」
と徹は椅子に背を預ける。
「僕はただ、事件関係者のすべての資料を照らし合わせてるだけですから。
黙々とそういうことをするのは得意なんですけどね。
僕にはオリジナリティとか自由な発想とかないもので。
それで強いのは受験だけで、一般の生活には……」
そこで、徹は自分に対する愚痴になりかけた言葉を止める。
「しかし、なんだか二つの事件が繋がってきましたね」
そう言いながら、徹は携帯を取り出していた。
「何処にかけるの?」
「適材適所ですよ。
調べるのは僕の仕事。
推理するのは、別の人間の仕事ですから」
そう言い、徹は笑う。
「もしもし」
梨人が手を伸ばし、テレビの横の電話をとった。
「――都が緊急入院?
あっちに先にかけたのか。
そりゃ、冴木がそうしたんだろ。
ちょっと待て、今、代わる」
と梨湖を向いて手招きをする。
まだ口をもぐもぐさせながら、梨湖は電話に出た。
「もしもし」
と言うと、向こうで絶句する気配がした。
『……誰?』
ちょっとの間を置き、聞こえたのは、徹の声だった。
はは、と梨湖は笑う。
そうか、私がわかるはずがなかった。
「鏑木梨湖だよ」
またしばらく間があって、
『戻ったの?』
と徹は厭そうに言う。
「なんだよ、お前の都が元に戻るかもしれないんだぞ。
なんで不満げなんだ」
児島都の意識は既に戻り始めている。
今はたぶん、冴木が病院に意識不明のまま入院させているが、遠からず、都自身が目を覚ますことだろう。
「嬉しくないのか?」
『……微妙』
と徹は言った。
微妙か、まあ、確かに私もそうだな、と思った。
都の意識が戻るのが早すぎる。
あいつは本当に反省しているのだろうか。
いや、反省しているとしても。
法律では取り締まれないあの殺人鬼をこれからどうしていったらいいのか。
『それはともくかね』
と徹は自らの迷いを振り切るように話題を変えた。
だが、梨湖は、徹の淡々としたその口調に、逆に彼の苦悩を感じていた。
斉藤怜奈と丸山秋実の間に接点があったことを徹は教えてくれる。
『どうしたの?
あっちゃまずい?』
と徹は梨湖の渋い反応に、そう訊き返してきた。
「まあ……ない方がよかったな」
ふたつの事件が繋がってしまいそうな厭な予感――。
「徹、私ちょっと行ってみるよ」
『え、何処に?』
「あのお堂に」
そう言いながら、梨湖は、確認をとるよう、側に居る梨人を目で窺った。
あのお堂。
児島都の身体では入れなかったが。
もしかして、『鏑木梨湖』の身体なら――。
辻占 ―ニンギョウの杜Ⅱ― 櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん) @akito1
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