1-2
一夜明け、静佳は埼玉県立東学園高校の特別活動室にいた。すでに授業も終わり放課後の時間であった。
「うん、ご苦労さま。さすが静佳ちゃん、優秀ね!」
静佳は、目の前にいる髪がダークブラウンでポニーテールの女子生徒から笑顔でこの言葉を受けた。彼女は東学園高校で「天使」を束ねている、3年生の佐々木英里子だった。彼女はデスクに座り、A4サイズの用紙を見つめていた。内容は昨夜の加藤化粧品と市議会議員徳間徹央の裏取引の件についてである。
「やはり……2者ともつながりがあったのね」
「ええ、どうやら活動費の受け渡しみたいでしたけど」
「そうなんだ。そういえば詩穂ちゃんもその場にいたのみたいね」
「はい、2名とも詩穂が仕留めたんです。詩穂は活動費が入ったジュラルミンケースを回収しました。わたしは加藤化粧品の薬品の方を回収してます」
静佳は薬品を英里子に見せた。自分たちを苦しめていた「兵器」を手に入れたことは、ある意味収穫だった。
「これが例の薬品ね」
「詩穂が西高校にも分けてほしいと言ってました。ジュラルミンケースの中身と交換で」
「わかったわ。そしたら、ケースの中身少し分けてもらおうかな。それにしても珍しいわね。静佳ちゃんが仕留めるのではなく。静観していた詩穂ちゃんがやるなんて。なにか気になることでもあった?」
英里子は静佳が2人を仕留めなかったことが気になった。英里子からすれば、静佳が仕留められない訳はないし、静佳のライバルである詩穂に簡単に手柄を渡すとは思えないからである。
「いえ、問題は何も……ただ徳間議員は仕留める必要があったのかと思っただけです」
「そうねぇ……でもあの人には1人犠牲を出してるから、どちらにしても排除されてたと思うよ」
「そうですか……」
静佳は返す言葉が出なかった。仲間が死亡している以上、許容できないのはわかっていた。ただそれは事情聴いてからでもよかったかもしれないと静佳は思った。静佳は英里子に一礼し、部屋を出ようとした。英里子に背中向けた途端、未菜子から声がかかった。
「静佳ちゃん……戦いはもっと厳しくなるわ。一人で抱え込んじゃ駄目だよ」
静佳は立ち止まり、英里子の方に顔を向けた。静佳の顔は少し柔らかくなった。静佳の顔を確認した英里子は笑みを見せながら首を縦に振った。静佳は先輩から応援の言葉をもらい、心の中が少し軽くなった。静佳は軽く会釈をし、そのまま部屋を出た。引き戸を開け、閉めたとき、戸には「社会問題研究女子クラブ使用中」と書かれた掛け看板があった。
「社会問題研究女子クラブ」は自分たち「天使」をカモフラージュするための組織である。表向きには、社会における問題や学校内における課題を調査、研究していることになっている。通称は「女子会」と呼ばれ研究以外にも、クラブ内で勉強会やお茶会といった一般的な女子会と変わらないこともしている。クラブとついているが、学校に認可されているわけではなく、生徒が勝手に集まり、名乗っているだけの団体である。「天使」になる東学園高校の生徒は必ずこの組織に参加することになっており、ここで作戦や指令を受けて、彼女たちは活動していくのである。このような組織はこの学校だけでなく「天使」が多数所属する学校ではあらゆる名前で存在しているのである。
静佳は特別活動室を出て、廊下を歩くと、向いから2人の女子生徒が歩いてきた。
「静佳じゃない。昨日の任務の報告?」
「仲間の敵とってきたんでしょ?1年なのにすごいね」
2人は静佳に話しかけてきた。2年生の灯田風花と蛭子凛華である。彼女たちは静佳の先輩で、同時に教育係でもあった。
風花は黒色の髪で、この時はポニーテールをしていた。口元の右側には艶ぼくろがあり、身長156センチ小柄ながらスタイルもよく、学校内でも人気があった。また「天使」としては多少硬い部分があるものの、英里子の代わりを務めるなど優秀な一面を持ち、次期リーダーとして一目置かれていた。
凛華はダークブラウンのロングヘアで通常結ぶことはない。風花と比べると、フランクなスタイルに見えるが、身長163センチと高く、普段の言動があまり明るい感じでないため、少し近寄りがたい雰囲気がある。また彼女は1年の時は西高校に在籍していたが、とある理由でこの東学園高校に転校してきた。
風花と凛華はもともとライバル同士で、対立も多かった。しかし凛華が転校してきたことで、一緒に行動することが増えていき、今では「最強ペア」と言われるほどになっている。彼女たちもこれから英里子への活動報告で部屋に向かっているようだった。
「風花さん、凛華さん。お疲れ様です。昨日の件を英里子さんに報告してきたんです」
静佳は先輩2人に向かって挨拶する。
「お疲れ様。私たちもこれから報告に行くところなんだけど」
「餓鬼退治でしたっけ?」
「そうそう、それと餓鬼を操ってる輩ね。簡単かと思ったけど、以外に見つけるのが大変だったよ」
「餓鬼を尾行したり、捕まえて尋問してみたけど、なかなか見つからなかったの。そしたらネットにそれらしい情報があったから、信じてみたら本当に会えたの。まさかね……」
「2人でも苦戦することあるんですね」
3人は互いの活動について話していた。直属の先輩、後輩ということもあって、話が盛り上がっていた。話し声が特別活動室の中まで聞こえていたのか、英里子が扉を開けて顔を出していた。少し困った表情をしていた。
「風花ちゃん、凛華ちゃん、早く報告してくれない?」
「あ、ごめんなさい。今行きます」
呼ばれた2人と静佳は、リーダーの声を聞いて話をやめた。静佳は頭を少し前に傾け、その場を離れていき、風花と凛華は、部屋に入っていった。
静佳は下校のため、校舎の正面玄関に向かった。上履きからローファーに履き替え、外に出ると右から自分の名前を叫んでる声が聞こえた。静佳は声のもとに振り向くと、1人の女子生徒が走って向かってきた。
「春未!?待ってたの?」
「英里子さんの報告が終われば帰れるって言ってたから待ってたよ!」
静佳を呼んだのは、幼馴染で同じく「天使」の来栖春未である。普段は左にサイドテールがあるヘアスタイルだが、この時は結ばず下ろしていた。静佳と春未は幼稚園の時から一緒で、小学、中学もクラスは違えど一緒であった。登校から下校まで、そして「天使」になるときも2人は一緒だったが、「天使」になってからは、違う任務に就く関係で、一緒になる時間が少なくなっていた。今回は、2人ともオフのため、久しく帰りが一緒になったのである。
「相変わらずすごいよね静佳ちゃん。社長さんから議員さんまで倒したんでしょ?私も頑張らなきゃなぁ」
「仕留めたのは詩穂よ。私は、そこまでの道を整えただけ」
「えー詩穂がやったの?なんで?」
春未も、静佳が仕留めないのが気になった。
「……仕留めようとしたら、詩穂がやったのよ」
「そうなの?……ひょっとして命乞いでもされた?」
正解ではないが、外れでもないと静佳は思った。ここで昔から春未は勘が鋭かったことを静佳は思い出した。あの時の徳間の顔は命乞いに近かったと思う。自分はそれを見て躊躇ったのではないか。彼女は返事に困って黙ってしまったが、春未は待たずに話を進めた。
「でも命乞いをしたからって、助かるのかな?むしろみっともない姿だと思うけど」
「命乞いなんかされてないわよ。命乞いなんか……」
静佳は強く否定した。敵に対しては容赦してはいけない。それは「天使」になった時から思っている。しかし、目の前いた存在ははたして「敵」なのか……
静佳は、春未と歩いているときに考えた。自分は「天使」に助けられて、それに憧れて「天使」になった。助けてくれた人に会いたい。それが彼女の原動力だった。しかし現実は違った。憧れの人はそこにいない。そして「天使」の戦いは想像以上に過酷だった。生身の人間から魔物まであらゆる存在と戦い続ける毎日。そこには非合法的な手段をとることもある。場合によっては復讐される危険性も高く、同期の生徒も命を落としたり、負傷して復帰を拒む者もいた。また女子であることを狙われ、性的な屈辱を味わって自死する生徒もいる。自分たちは何のために戦い続けるのか。何を目指しているのか。
静佳の心の中には次第に疑問と不満が積り始めた。戦いの中で「敵」を考えるようにまで高まった疑問と不満は、任務に対し支障が出始めていた。加藤化粧品の件でも詩穂から指摘されたのは、図星だった。
「春未……春未は戦ってて辛くないの?」
静佳は春未に聞いた。過酷な戦場で戦う者として思うところはないのか。
「静佳ちゃん?どうしたのいきなり?」
「ちょっと気になっただけ……」
「別に……辛くないよ。ただ同期だった人たち……少なくなっちゃったよね」
春未は少し考え込んで答えた。春未も鈍感ではない。次々と同期の姿が消えていくことを感じていた。春未自身も命の危険に晒されたこともあるため、壮絶な状況であることは理解していた。ただ春未は静佳が精神的な支柱になっている限り、退くことはしないと誓っている。
「でも私静佳ちゃんがいる限り、戦い続けるよ。やっぱり、友だちを守りたいと思うもん!」
春未の純粋な気持ちに、静佳は心を打たれた。たまに弱気になる彼女だが、この純粋さが一番の取柄だった。
「ありがとう春未。私も負けずに頑張るわ」
静佳は鼓舞された気分になった。決して先は明るくないが、微々たる光を集めて大きい光にしていくことが、自分たちの仕事になるのかもしれない。春未と話しただけで、少しづつ道が見えた気がした。はたしてその道があっているかわからないが、信じて突き進んでいくしかない。それは犠牲になった人たちのためでもあろう。
静佳と春未の足は、学校の最寄駅である北武日本鉄道東埼線の沢越駅に向かっていた。そしてその奥には、雲がなく、明るく輝く夕日もあった。
天使の証明 カミクワ @suzuran_882
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