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満月の下には埼玉県沢越市があり、そこには捨てられた工場があった。地元市議会議員の徳間徹央は「取引」のため、この場所にやってきた。徳間は室内照明がなく、窓ガラスも割れている空間を、外からの月明かりを頼りに、風の音を聞きながら進んでいく。その先の月明かりが一番光る場所には男が3人立っていた。3人組の先頭に立つ男は言った。
「あなたが徳間先生ですね?」
「そうだ」
徳間は返事をし、先頭の男は話をつづけた。
「お待ちしておりました。私が加藤と申します。徳間先生の国政進出を応援するため、この地にやってきました」
「あなたが加藤化粧品の加藤征四郎社長か。応援ということは、手ぶらではないのだろう?」
「ええもちろん。活動に役立つ「道具」を持ってまいりました」
加藤と呼ばれる男は、彼の左後ろにいる男から、ジュラルミンケース渡された。加藤はジュラルミンケースを開き、徳間に中を見せた。
加藤化粧品株式会社は、日本有数の化粧品会社であり、化粧品の種類、出荷数が多く、顧客も多数持っている。
「おお、こんなに」
ケースの中には、紙幣が詰まっていた。総額は1億円。徳間は予想以上の結果に口が開いた。加藤は、笑みを浮かべながら、話を続ける。
「もちろん今回だけでなく、今後も提供していくつもりです。我々加藤化粧品は徳間先生の「日本復活」考えに共鳴しております」
「それはありがたい。しかもこれ程いただけるとは心強い。」
普段は険しい表情をする徳間も、この時は柔らかい顔をしていた。徳間は、常に「日本復活」を唱えており、右翼団体の支援や、保守系政党の推薦を受けていた。また加藤のほうも保守系の政治家や右翼団体の活動を積極的に支援していた。徳間は次の衆議院総選挙に立候補する考えがあったため、加藤が支援に乗り出した形である。
「日本を再興するためにも、力が必要だ。加藤さん頼むよ」
「こちらも徳間先生の活躍に期待します」
両者は月明かりしかない状況ながら、握手を交わした。落ち着くと、加藤が別の話題を振り出した。
「そういえば、我が社の工場建設計画は進んでますかね?」
「ああ、もちろん。反対派議員や市民団体も抑えたし、会社の悪評も減らすキャンペーンを張っておいた。ただ……」
「例の「天使」たちですか?」
「そうだ。1人返り討ちにしたが、まだ狙われている」
「そうですか。我が社も何度か妨害を受けています」
加藤の口から出た「天使」とは、この地を守る、武器を所持した女子高生のことである。犯罪者、不正企業など、社会的悪はもちろん、国家権力や、時折出没する妖怪といった魔物と戦っている。ちなみに「天使」という名称はあくまで通称であり、正式名称はなく、ある無名人が「天使みたい」と発言したためそう呼ばれているだけである。
「なんなのだ?彼女たちは?」
徳間は加藤に聞いた。
「詳しい事情は知りませんが、どうも沢越の地にいた巫女の末裔だそうですよ」
「巫女の末裔……?長く沢越に住んでいるが、知らん。巫女がいたとも聞いたことがない」
「そうですか……この地に住んでいる先生でも知らないとは……」
加藤は少し残念に思った。地元の市議会議員ですら把握できていない存在だったとは思わなかった。
「そもその彼女たちは、未成年だろう。しかも刀剣や銃器を使用してくるとは……日本の法律を知らないのだろうか?それとも政府が裏で認めているのか?」
「ひょっとすると、ヤクザみたいな反社会勢力が背後についているかもしれません。さすがに高校生だけであれだけのことはできませんよ」
加藤は淡々と分析する。徳間は今後について心配し始めた。
「今後狙われたらどうすれば良いだろう?」
「ご心配なく。彼女たちが襲ってきたら、我が社が開発したこれで対抗しましょう」
加藤はジャケットの左ポケットから小さなスプレーボトルを取り出した。
「なんだねそれは?」
「神経麻痺薬です。これを使えば相手を麻痺させて、とらえることができます。少しでも液体が肌に触れただけで神経を麻痺することができます」
加藤が手で持っているのは、50ミリのスプレーボトルで、劇薬入りだった。
「そんな小さいボトルに劇薬が……」
「麻痺させるだけでなく、少しだけ性的に興奮させる媚薬としての効果もあります。すでに使用を開始して量産化にも入っています。これまでに4人麻痺させています」
「4人も!?」
「どうです先生?護身用に持ってみては?」
徳間は加藤が嬉々として説明しているところを見て、恐怖を感じた。自分は支援団体を使ってやっと1人撃退したにもかかわらず、この社長は、すでに4人倒している。しかも抵抗もなく喋る。理系の人間とはこういうものなのかと徳間は感じていた。
「では……」
恐怖を感じながらも、徳間は手を伸ばそうとした。そのとき、この場に似つかわしくない声が場内に響いた。
「その薬、さっさと私にも使ってよ」
その声は、女性で、非常に若く、凛々しさがあった。集まっていた人間たちは声が出た方向を見る。その方向からは、制服を着て左手に刀を持った女子高生が歩いて現れた。顔は見えにくいが、ロングヘアでしかも整っている。身長は160センチと女子にしては高かった。
「なっ……」
徳間は言葉を詰まらせた。
「青色のブレザー、グレーのスカート、東学園だな?」
加藤は月明かりしかないにもかかわらず、彼女が来ている制服の色がわかった。そして徳間と加藤は彼女が刀を持っているところを見て、その女子高生が「天使」であることを認識した。
「見張りがいたはずだが、どうした?」
「みんな大したことなかったわ。あなたが持っている薬を同じく持っていたみたいだけど、皆使う前に倒したわ」
「なに!?」
外からは何も聞こえなかった。ということは徳間と会う前にすでに倒されていたということか。しかしなぜ、ここがわかったのか。加藤は自分の脳を巡らせた。
「新しい工場が建つからと聞いて見に来たら、噂の加藤化粧品なんだから、目をつけるに決まってるでしょ?」
「噂だと?」
「そう噂。右翼団体に寄付していることや、役員の政治的発言、開発に関する研究者の告発など黒い話。世論から反発の声も多いじゃない?開発関係なんか、子供を「教育」と称して被験体にしたり、一般女性に同意なしで、開発中の薬物を投与したりと人権を無視するようなことしてるんでしょ?」
女子高生は加藤化粧品の悪事について語り始める。加藤は女子高生が述べたことに反論するのではなく、一高校生が何故そのことを知っていて、実力で排除しようとしてるのかが気になった。
「どこでそれを知った?何故、刀まで持っている?誰からか雇われているな?」
「別に誰にも雇われてなんかいないわ。私は……いいえ私たちは沢越の地を乱す者と戦う巫女の末裔。神に選ばれた者よ」
「政府じゃない?神に選ばれた者?一体なにを言っているんだ!?」
所謂中二病というものだろうか。信じられない言葉が、女子高生から飛び出てくる。彼女の回答を加藤と徳間は理解できなかった。
「徳間徹央先生。あなたも排除の対象よ。悪徳企業から献金を受け、工場建設のために市民や議員に圧力をかけた。そして私たちの仲間を1人……市議の皮をかぶった悪よ」
「……まさか我々を殺すつもりか!?」
「殺すか警察に突き出すかは私が決める。もちろん自首、出頭してもいいわよ?」
女子高生は落ち着いてた。反対に徳間と加藤は自分たちが追い詰められたことに、焦りを感じていた。
「君は未成年じゃないか。悪いことは言わない、大人のやることに首を突っ込まず、早く家に帰りなさい!」
徳間は気休め程度の説教をした。もちろん、目の前の女子高生には効かなかった。
「悪さしてる人からの説教程、醜いものはないわね。せめてそのジュラルミンケースをこちらに渡してくれたら、見逃してもいいわ」
「それはできん!これはこの国の未来がかかっているのだ!」
女子高生からはため息が出た。彼女は徳間と加藤に向かって歩き始めた。左手にあった刀を顔の前に持ってきて、右手で少しづつ鞘から抜いていた。
「それなら仕方ないわね……このまま成敗する!」
彼女はそう言い放ち、刀を勢いよく抜いて、二人に突撃する。あまりの速さに徳間、加藤両名は反応ができなかった。加藤は自慢の薬品を使うこともできなかった。女子高生は2人を斬りつけるわけではなく、目の前で飛び始め、宙を舞い、背後に降り立った。加藤は斬りつけられたわけでもないのに腰を抜かし気絶してしまった。加藤についていた2人のボディガードは彼女が着地した瞬間、拳銃を取り出し片方はそのまま発砲した。飛び出した銃弾は、彼女を仕留めることはできず、手にある刀で防がれてしまった。ボディガードは驚くも、すぐ次の弾を彼女に打ち込んだ。もう片方のボディガードも発砲した。しかし弾丸は彼女の身体に届くことはない。やはり弾丸は彼女の刀によって弾かれた。
「くそ!なぜ当たらん!」
ボディガードの一人はそう言い放った。女子高生は自分に向けて発砲したボディガード達に向かって突撃した。ボディガード達は次も撃ち込もうと考えて銃を構えたが、間に合わなかった。ボディガード達は瞬く間に斬られた。唯一、正常な状態だった徳間は、加藤の手から、スプレーを取り、女子高生に向けて噴射しようとした。しかし彼女は噴射する前に接近し、刃を徳間の首に向けた。
「薬、使ってみなさい。首斬られてもいいなら」
徳間は敗北を悟った。手にあった薬品を落とし、両膝をついた。
「名前はなんだ……」
徳間は自分に勝利した人間を知りたくなった。
「……田原静佳。県立東学園高校1年」
「そうか……」
まさかこんな小娘に負けるとは思わなかった。徳間は言葉が出なかった。静佳は膝を崩しうつむいている徳間を見ながら刀を鞘に納め、足元に落ちていた薬品を手に取り、ブレザーのポケットにしまった。加藤の方は目が覚めないままだった。
「すべてのことから手を引きなさい。そしてそのまま日陰に消えていけばいいわ」
「今更退けん。あらゆる人間を使ってここまで来たのだ。君は高校生のようだが、この国の未来を憂いたことがあるのか?」
静佳は答えなかった。たた表情を変えず、徳間を睨んでいた。自分の野望のため、悪魔と手を組もうとした人間の問いなど答える気はない。一方で徳間の目からは涙がみえた。表情からも、命を惜しんでるようにも見えた。
「君が武器を取ることは本来おかしなことなんだぞ!先生や親は何も注意しないのか?」
徳間の説教は続く。静佳は追い詰められてもなお諦めない徳間を見て思った。
(このまま倒すしかない……)
静佳は迷っていた。加藤の方はともかく、徳間まで命を取る必要性を静佳は感じなかった。そのまま人前から消えてくれればいいと彼女は思ったが、結局その思いは無駄となった。静佳が迷っている中、徳間の背中に一本の矢が刺さった。徳間からは喉が詰まったような声が出た。静佳はあっけを取られたが、すぐに矢を放った人物を思い出した。その人物は徳間の背後からが現れた。
「出る幕は無いと思ったけど、余計なところで迷うのね静佳」
「詩穂……!」
「ずっと見てたわよ。加藤が徳間と邂逅して、あなたが登場するまで。よく気づかれずに見張りを倒したわね」
静佳の前に現れたのは、黒のブレザーに赤色のチェック柄のスカートを着た女子高生だった。彼女と同じ高校1年生の雨海詩穂である。詩穂は静佳とは別の高校で、県立西高校に在籍している。彼女も「天使」の一人で弓使いであった。
「先生からは関わる者全て排除するように言われてるのよ?どこに迷う余地があるのかしら」
静佳は答えられなかった。本件に関して、関係者は全て排除するようにとの指令だった。これまで5名の「天使」が被害に遭っているため、徹底的に叩く方針であった。詩穂はそれを忠実に実行したにすぎなかった。
「もう片方も息を止めておいたわ。静佳、もっと本気になりなさい。任務が実行できないなら、普通の高校生に戻った方がいいわよ」
「違うわ。せ、せめて事情聴いてからでも遅くはないと思っただけよ」
「余計な優しさね。聞いたところで結果は変わらないのに」
詩穂は冷たかった。静佳が彼女を受け入れられない部分でもあった。彼女の境遇を考えれば無理もなかったが、静佳からすればかえって詩穂を苦しめているのではないかと考えていた。同時期に「天使」となり、ともに訓練と任務を遂行してきた2人だが、やり方、考え方で度々争っていた。
「早く撤退するわよ。まあ、警察に捕まりたければ残っていてもいいけど」
「……わかったわ」
もちろん警察に捕まる気など静佳にはない。とりあえず詩穂の指示に従って現場を離れることにした。かなり激しかったので、もうすぐ警察が駆けつけてくるだろう。公になれば、自分たちは存在できなくなる。それだけは何としても避けたかった。2人は死体を置き去りにして、ジュラルミンケースを回収し工場を飛び出した。周りは森だったが、月明かりで視界は悪くなかった。森の中を駆け抜け、2人は少し開けた場所に出て立ちどまった。詩穂の口が開いた。
「そういえば静佳。例の薬品持ってるでしょ?」
「ええ、加藤のやつね」
「あとで1つ頂戴、この中身と交換で。こっちでも保管しておきたいから」
静佳は了承し、2人はまた走りだす。森を抜け、県道に出ると、2人の前を埼玉県警察のパトカーが数台、サイレンを鳴らして赤色灯を点けてかけていった。彼女たちは警察に発見されることはなく、街中に戻っていった。
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