『二人きりの新居』

二人暮らしの為に引っ越した部屋がどうも俺らの他に誰かいたみたいで。お化けとか幽霊とかそういう奴が。二人で同じ場所にいるのに別の部屋から物音や声がする、なんてことがしょっちゅうありました。不動産屋に問いただしても事故物件じゃないっていうので、もう一回引っ越しするお金もないし我慢するかって話でまとまったんです。妻は怖がってましたけどね。

その妻なんですが、僕よりも仕事がハードで帰りが遅いんです。当然そのこともわかってて結婚したんですが、それが毎日続くと一人暮らしと変わらないんじゃないかって寂しく思うこともありました。

そんなある日、玄関のドアを開けようとしたら中から足音が聞こえてきて、ああ今日は珍しく早く帰れたのかな、久しぶりに一緒に夕食が食べられるなと嬉しく思いながらドアを開けたら、いつもと同じように真っ暗なんです。電気の付け忘れかもと声をかけながら部屋に入っても、誰もいない。期待した分余計にがっかりして溜息をついたときに、そういえばあの足音はなんだったんだろう、ということにやっと考えが及びました。あの足音は奥から玄関に向かって歩いてくるように聞こえて、だから妻かと思ったんです──違ったわけですけど。で、あああの幽霊か、と。妻じゃなくて、幽霊が出迎えてくれたのかと思うと、怖さよりも別の気持ちの方が勝ってしまったんです。

妻とはしばらくして離婚しました。生活サイクルの不一致とかそれらしい理由を持ち出して。割とすんなり頷いてくれた辺り、向こうも僕に不満があったんでしょう。職場の寮に空きができたとかで、妻が出ていく形で話がまとまりました。

彼女には本当に感謝しています。こんな不甲斐ない僕を一時でもパートナーに選んでくれたことも、この部屋に出会わせてくれたことも。

玄関まで出迎えにきてくれるのも嬉しいですが、最近では僕のすぐ近くでも足音がしたりするんですよ。そうやって二人で過ごす時間って、やっぱり良いものですね。

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