『使わない鋏』


一年だけクラスメイトだった転校生の友だちが、すごいジャンケン弱くてさ。なんでかって言うと絶対グーとパーしか出さないから。チョキ出さないの。そりゃ弱いよね。気付いてる奴はそれ悪用して面倒な掃除とか委員会とか押し付けてたよ。俺は悪用はしなかったけど、なんでなのかは気になったから尋ねてみたんだよね。もしかしてその癖に気付いてなくて、それで負け続けてるんだったら可哀想っていうのもあったし。

でもそいつ……A君が「気にしてくれてありがとう、でもわざと出してないんだ」って言うんだ。

「昔、友だちにおふざけで目を突かれたことがあって。そうそう、手をチョキの形にして、人差し指と中指でぐいっと。目は別になんともなかったんだけど、それからチョキとか写真撮影のピースとか怖くて駄目になっちゃったんだよね」って。

聞くだけでも目が痛くなりそうな話だったけど、俺は一つ気になることがあった。

「人がしてるのは平気なんだ?その話だとむしろ他人のチョキの方が怖くなりそうだけど」

「それは平気だよ。誰にも言ったことないんだけどさ」

A君は少し声を小さくして続けた。

「僕は別に自分が目を突かれたからチョキが怖いんじゃなくてさ。

あのとき突き出された指越しに見た友だちの楽しそうな顔が忘れられなくて、

僕も一度でいいからやってみたいっていう気持ちがどうしても捨てられなくて、

彼と同じチョキの手をしてしまったらもう取り返しが付かなくなりそうで、

だからチョキを出さないんだよ」

内緒にしててって笑うA君に、俺は適当な相槌を打って話題を変えた。子供心にこいつやべーって思ったからさ。

その後はジャンケンの度にA君が何を出すかヒヤヒヤしてたんだけど、そうこうしてるうちにまた転校していったから、それっきり会ってない。同窓会にも来なかったし。

A君、今もずっとジャンケン弱いままなのかな。そうであって欲しいけどね。ニュースとかで元クラスメイトの名前、見たくないじゃん。

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