『あの日の体温計』
子どもの頃、学校で熱を出して保健室でお世話になることが多かったんですけど、その当時ってまだガラスの体温計だったんですよね。赤い液体が入ってる、何分も脇に挟んでないといけないやつ。それを使った日──要は熱が高くて早退しなきゃいけないような日に、決まって見る夢があったんです。
夢の中でも私は自分の部屋で寝ていて、ノックの音で目が覚めるんです。私が返事をする前に知らない大人の人が入ってきて、「よく眠れた?」とか「汗かいてない?」とか言ってくるんですよ。それから保健室のと同じようなガラスの体温計を取り出して、熱を測るのかなと思っていたら、
「お薬のみましょうね」
って言いながら、ガラスの体温計をバキッと真っ二つに折っちゃうんです。折った体温計をそのヒトが持ってきてたコップの上で傾けると、保健室の体温計の赤い液体とは違う、銀色の液体がとろとろ流れてきて、コップに並々いっぱいになるんです。色々とおかしいのに、夢の中の自分は何も気にせずにコップを受け取って、それを飲もうとして──いつもそこで目が覚めました。だから、それを飲んだらどうなるのかはわからなくて。わからないまま、そのうち熱を出すことも減っていって、その夢は見なくなりました。
……もっと昔の体温計って、水銀っていう金属が使われていたんですよね。大きくなって理科の授業で習って、あの夢で見た銀色の「お薬」はこれだったのかと驚きました。子どもの頃はそんなこと全然知らなかったのに、なんであんな夢を見たのかはわかりませんけどね。
そうそう、水銀って飲んだら当然体に悪いですけど、昔は薬だと考えられていたらしいですね。だからあの夢にでてきた人も、悪意はなくて本当に薬だと思って私に飲ませようとしてくれてたのかもしれないって思ってます。なんとなくですけど、あんまり怖い夢だと感じなかったので。
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