学園編
エピローグ
ガタ、ゴト……
馬車が揺れる。窓の外の景色はもうすっかり都会の雰囲気だ。四人が向かい合わせに座れる広い車内では、鬱々とした空気が流れていた。主に私から。
「いい天気だね、ミカ。」
「…はい。ノア様」
何故か私はノア様の膝の上に居た。私は猫か?いや違う人形だ。男性型の人形にしては小柄な体躯のせいで、易々とノア様の膝の上に乗せられてしまった。
「降りてい…」
「駄目だよ」
まだ全部言い切ってないんですけど?て言うか帰っていいですか?
◇3日前◇
_____拝啓、前世のお母様、お父様、お元気でしょうか。私は異世界で絡繰人形に転生して、性別を捨てました。強いて言うなら、男です。今、手塩にかけて育てた可愛い一人息子が巣立とうとしています。
ノア様は立派に育ちました。今は十六歳です。濡羽色の髪は長く、後ろでお団子にしてあります。蠱惑的な紫水晶の瞳、すっと伸びた鼻筋、薄い赤い唇。圧倒的な美貌です。ただただ綺麗だったあの頃から、「色気」が加わった気がします。
あのクソ親父の件は、あれから数年後にセオドールに公爵の座を取って代わられ、今は何処かのど田舎で暮らしていることでしょう。家の家長がセオドールになったお陰で、ノア様の待遇はかなり良くなりました。ついでに私の役職も上がりました。『ノア様専用の使用人』にランクアップです。今まではただの人形でしたから。
この世界『白薔薇姫』では、十六歳になると、王都にあるアーチー魔法学園に入学することが決まっています。通えるのは貴族か、よっぽど魔力の高い平民です。ノア様は貴族で魔力も強いので最強ですね。
ここ一週間ほどは、私も緊張して仮睡眠にも入れませんでした。大切に大切に育てたきたおぼっちゃんが、あと三日でこの手を離れていくのです。親心がざわめきました。
「ノア様…学園へ行かれても、どうかお元気で…」
「涙」なんて機能は無いのですが、この時ばかりは目から謎の液体が出ました。多分ガソリン的なあれです。
「うん。ミカもね」
ああ、可愛かったノア様がすっかり凛々しくなって…。私が気持ちだけハンカチを目に押し当てていると、ふっと足元が浮きました。
「さて、行くか」
「?????」
そのままお姫様抱っこされて馬車に連れ込まれました。流れるような動作でした。あとベルとアリス、私の荷物をこそこそ積んでたの忘れないからな。
以上。
「まだ怒ってるの?」
「いえ…ただあの頃の可愛らしかった貴方の姿を思い出していました。」
「遠回しに今の俺は可愛くないって言ったね」
こんな会話してる場合じゃない。対策を練らないといけないのだ、こちらは。
対策その一。
ノア様の闇堕ち回避。原作ではヒロインと結ばれなかった場合、ヒロインを殺して永遠に自分だけのものにしようとする。原因は家族からの愛情不足。これは今のところ順調だと思われる。セオドールとの関係も良好だし、私も全力でノア様を育てた。ただ若干のキャラ変は否めない。
対策そのニ。
「現実世界」からやってくる「ヒロイン」。これが一番の問題。現実世界からやってくるのだから、恐らくは現代日本の女子高生あたりが来ると思われる。もし、その女の子が原作を知っていたら。ノア様を恐れるか、愛するか。どちらにせよ、害悪ヒロインだけは遠慮願いたい。
私としては是非とも正しきヒロインと幸せになって欲しいのだが。…ノア様はこの年になって、まだ婚約者が居ない。公爵家の次男として、これは由々しき問題だ。それをノア様に言うと、最近は無言でにっこり笑いながら、頭を撫でられるようになった。
対策その三。
私は前世の記憶と自我を失いつつある。もう、両親の顔も思い出せないし、原作知識も薄れてきている。これは多分、私の魂がミカエルという器に適合してきたということだろう。困る。非常に困る。魔王の倒し方とか、忘れちゃったかもしれない。
「(まぁ、ヒロインいれば何とかなるか…)」
それより目下の課題だ。
「(まさか私も学生として入学することになるとは…)」
アーチー魔法学園は、いくら位の高い貴族でも、侍従を連れてくることは禁止されている。それを知ったノア様は、即座に私の身分証を作り、セオドールの知り合いの子爵に私を養子にするように頼み、学園への道を強引に開いた。
今日から私は「ミカエル・アラバスター」になる。…何か、少女漫画の美少女キャラみたいな名前だな。
「ミカ、ミカ」
「何でしょう」
「これからもずっと一緒だね」
大きな体に抱き締められる。小柄な私はすっぽり収まってしまう。私もそっと抱き返す。内心、ノアと一緒に居られることに安堵していた自分がいたから。
「そうだ、魔力の供給」
……ゲッ。言うが早いが、ノア様は私の額に唇を押し当てた。そのまま目を閉じて、じっと動かない。陶器にキスして何がいいんだか分からないが、ここ数年前からノア様はこうするようになった。
「…もう大丈夫です、ノア様。」
体の各器官に、魔力の胎動を感じる。さっきまで大人しく膝の上にいたのは、魔力不足なのも理由だ。それを分かってて馬車に乗せたな、と少し恨めしく思う。私はのそのそと膝を降り、ノア様の隣に座った。
途端、ノア様の瞳から光が消える。
「俺のこと嫌い?ミカエル?」
「いえ、私は貴方様を愛しております。しかし私は、それなりに重いのでノア様のご負担になるのではと」
『愛してる』と口にすると、ノア様はいつも同じ満足げな顔をする。それで機嫌が治ったのか、ノア様は手を繋いできた。ここ数年でついた、よくない癖だ。
私とノア様の契約が成立した直後は、魔力の供給が上手くいかず、私が目の前で崩れ落ちるという衝撃映像を何度か見たノア様は、対策としてずっと手を繋いで魔力を流し続けるという方法をとった。それが一年ほど続き、すっかり癖になってしまったのだろう。
だがこのままでは駄目だ。ヒロインを射止める為には、私と手を繋いだご機嫌ノア様じゃ駄目なのだ。襲い来るは、兄を含めて四人の攻略対象達。全員蹴落として、ノア様はヒロインと幸せにならなければいけないのだ。
「…ミカ、着いたよ」
荘厳な門が開く。馬車は進み、通路に止まった。従者が扉を開ける。
ノア様の物語が、ここから始まる。
絡繰人形に転生しましたが、何故か攻略対象(主人)に懐かれてます… 初瀬:冬爾 @toji_2929
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