43撃目.会談①
調査開始から九時間と三十分。
オークション開始ならびに爆破予告まで、三十分。
俺は、一人でオークション会場に居た。
オークション会場、船内コンサートホール。
豪華客船の名称に恥じぬ豪華さを誇る船内コンサートホールは、船の中の一大区画を占めている。船首側にステージ、真っ赤で高価なシーツが敷かれた観客席が扇型に広がる。
天井には豪勢なシャンデリア。
会場の隅には、贅を尽くしたバーカウンター。
「二階席、バーカウンター、舞台セット、従業員、客、全客席の裏、天井裏、シャンデリア含む各種照明、全机の下、トイレ……三度目の調査終了。爆弾なし」
調査箇所がすごく多かった。
金持ちは設備投資を渋るべきだ。
俺は爆弾が見つからないことへの肩透かし感と、それによる苛立ち、あと何よりも精神的な疲労を抑えるため、タバコに火を点けた。
ちょうどその時。
「あら。お疲れ様、助手くん」
依頼人が、バーカウンターに姿を現した。
モリア・シモンズは豪奢なゴシックロリータを着ていた。
羽織る軍用の外套が相変わらず上半身を覆い隠していたが、下半身が少女らしいフリルつきのドレスに変わっているので、威圧感が少し減っている。
バーカウンターの間接照明が、銀のツインテールを怪しく照らす。
モリアは愛くるしい笑みで、俺を席に誘った。
「報告ありがと。シャルがなかなか来ないものだから、焦れてたのよ」
「これは失礼しました。探偵を呼びましょうか?」
俺一人で金持ちと会話したくない。
「呼ばなくていいわ。彼女、部屋でぐったりしてるんでしょう?」
モリアは俺の提案を優し気に断った。
「シャルも歳なのに寒中水泳なんて無茶するわねぇ……相変わらず、生真面目なんだから」
相変わらず、という言葉と共に苦笑する、モリア。
マイクロビキニで冬の海に飛び込む人間は生真面目判定で良いのだろうか。
今は良しとする。
だがそれ以外に、俺は少し気にかかることがあった。
「……意外と」
「? なぁに、助手くん」
「意外と動じないものですね、モリアさん。爆弾が見つかっていないのに」
気になったのは、モリアの反応だった。
俺は彼女に、現状を余す事なく報告した。
爆弾を捜索しはじめて九時間超。
未だに爆弾は見つからず、予告された爆破時刻まで三十分を切っている状況。
報告を受けたモリアが浮かべたのは、探偵に対する苦笑だけだった。
そこには、爆弾が無いのだという喜びも、爆弾が見つからないことへの焦りもない。
モリアはまるで、一切動じていないように見える。
「それはそうね……ボク、知ってたから」
彼女はさらりと答えた。
「爆弾なんて、ある方がおかしいわ」
当然のことである。
だが、この状況で当然とは言い難い。
「爆破予告までされていて、爆弾が無い方が自然だと?」
「当然でしょう。ボクのライヘンバッハ号の警備は完全なんだから、爆弾なんて持ち込むどころか設置も許す訳がないわ」
けらけらと笑う、モリア。自信と傲慢にあふれた笑みである。
状況を楽観視している故の余裕……ではない。その表情には、確信があるように見えた。
疑問が生じた。
「では、なぜ探偵に依頼したんですか?」
『爆破予告を阻止しろ』と依頼したのは、ほかでもないモリアである。
なぜ爆弾が存在しないと確信できる状況で、モリアは爆弾の捜索を探偵に依頼したのか?
俺の疑問に、モリアは少し言い淀んでから答えた。
「……久々に会いたかったのよ、シャルと」
「……なるほど」
目を細め、探偵を愛称で呼ぶ、モリア。
その言葉は本心だと思った。
モリアが浮かべたのは外見年齢に合わない、複雑な笑みである。
九時間超無意味な仕事をさせられたことへの苛立ちもなくはなかったが、その笑みは、非常に否定しがたい。彼女はなんらかの理由があって、探偵と会おうとしたのだろう。
俺には分からないことだ。
モリアが探偵と会いたがって依頼したというその意味も、モリアと探偵が実際にどういった仲だったのか、ということも、シベリアでのおねしょ再発の話も、彼女らが羽織っている軍用のトレンチコートやら外套やらの出どころも、探偵の義手の詳細も。
探偵らの外見が、年齢通りではない理由も。
モリアは全て知っているのだろう。
……尋ねそうになった口を、俺は自分のタバコで塞いだ。
プライバシーの問題だ。探偵とモリアの間には色々あったのかもしれないが、俺が踏み込んで良い理由にはならない。
探偵はいつも、『歳の話をしたか?』と睨んでくるのだから。
「良い子ね。なにも聞かないなんて」
「はい?」
「いいえ。こっちの話……火、貸してくれるかしら?」
「あ、はい」
モリアが葉巻を取り出した。俺はライターを用意した。
バーカウンターの間接照明が、テーブル下で動くそれらを照らす。
探偵から貰った純金色のライターと。
葉巻を握る、鋼の義手。
「……」
探偵と同じだった。
外套に隠されていた、モリアの上半身。その腕の、指先だけ。
ちらりと見ただけだが、身体に合わない指の太さも、その無骨な作りも、探偵が持つ義手にひどく似ている。
モリアは葉巻の先端を素手でカットし、咥える。
義手は即座に、外套の下に隠された。
「驚かないのね、助手くん」
「見慣れていますから」
俺の純金色のライターが、モリアの葉巻に火を点ける。天井に煙が昇っていく。
モリアは暫く、天井にのぼる煙を見上げていた。
そして、ふと気づいたように尋ねてきた。
「……ひとつだけ、聞いてもいいかしら? 助手くん」
「構いませんよ」
「一億ドルと引き換えに……」
俺はなんにでも頷こうと思った。
「シャルは危険だから離れろ……って言ったら、どうする?」
パイルバンカー探偵シャーロットの壊答 @syusyu101
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