白夢
双町マチノスケ
怪談:白夢
私は、夢が怖いんです。
怖い夢をよく見るということではなくて、
「夢を見ること」そのものが怖いんです。
夢って内容がリアルなものもあれば、ワケわかんないものもあるじゃないですか。で、リアルな夢は誰だって見てる時は夢の中に入り込んでると思うし、起きたあと「本当に夢だったのか?」みたいな感覚に襲われると思います。ただワケわかんない夢……たとえば「子ども時代の友達と大人になってから知り合った人が一緒にいる」みたいな記憶がごちゃごちゃになった夢なんかは、大抵は見てる時点で「あ、これ夢だな」って分かると思うし、起きたあとも「変な夢だったな」で済ますことができると思うんですよ。
でも……私にはそれができないんです。後から考えてどんなに現実じゃあり得ない内容や状況だったとしても、私の見る夢は奇妙なほど強力な現実感を以って眠っている私の意識を支配してくるんです。まるで最初からそうあり続けているかのように、それが私のあるべき姿かのように。夢の中にいる私も、その「あり得ない状況」を当然の事かのように振る舞っていて、目が覚めるまでは絶対に夢だと気づくことができないんです。
だから朝起きるたびに、何とも言えない気持ちの悪さを感じるんです。夢の中にいる自分の意識は確実に自分だったのに、自分の意思では行動できなくて、普段の自分じゃ絶対にしないことを勝手にしたりしていて……意識や感覚は自分なんだけど本質は自分じゃないみたいな。そして、不安にもなるんです。いつか夢の中に引き摺り込まれるんじゃないかって。夢から抜け出せたから目が覚めているのではなく、幸運にも目が覚めたから夢から抜け出せているだけなんじゃないかって。もし何かの拍子で目が覚めなかったら、永遠にあの夢の世界で彷徨うことになるんじゃないかって。
それに目が覚めたあとも、あの妙な現実感のようなものがしつこく纏わりついてくるんです。頭では絶対に違うと分かっているのに。そして「いま目覚めたと思っている現実」も、もしかしたら私が見ている別の夢なんじゃないかって感じがして……これが本当に気持ち悪いんです。さっき挙げたのはほんの一例で、普通の人なら聞いた瞬間に笑い飛ばすような、もっとカオスな内容の夢を見たこともあります。それでもやはり……私は夢の中で気づけないし、あの妙な現実感も消えないんです。夢を見てる時とそこから目覚めた時の感覚は、私にとって物凄く怖くて気持ちの悪いものなんです。
そんな私が見た、今までで一番怖かった夢の話をしようと思います。
とは言っても夢の中で恐ろしい化け物に襲われたわけではなく、夢から覚めたとき目の前に何かがいたわけでもなく、夢で起きた不吉なことが現実になったわけでもないんです。正直言って「実際に似たような夢を見た人にしか分からない」というか、こうやって話しているのを聞く分には、あまり怖くないかもしれませんね。
その夢の中で、私は真っ白な空間にいるんです。夢が始まると同時に突然、なんの理由も脈絡もなく。その空間は区切りや起伏などの地形が全くなくて自分の足がついているのが地面だと常に意識し続けなければ、すぐにでも方向感覚を失ってしまいそうな所でした。どう考えても現実だと思う方が無理のある状況です。でも夢の中で私はやはり現実だと思ってるし、その状況が……そこで何もせず突っ立っているのが当然のことかのように佇んでるんです。何かを待っているわけでもなく何をするでもなく、ただそこに立っているんです。
ここで目が覚めていたなら、いつもの気持ち悪い夢でした。
でもその夢には明らかに、いつもとは違う点がありました。うまく言葉で説明できないんですが……夢の途中から、夢の中の私の意識が分裂しはじめたんです。その白い空間で立っている自分の意識はそのままに、それを後ろから見てる自分の意識も割り込んできたんです。まるで自分が自分を見ているような、二つの意識で一つの肉体を共有しているような。そんな感覚に襲われるようになって初めて、私はこの夢が最初からおかしかったことに気づいたんです。そもそも白い空間に立っているのは私なのに、夢の中では私の後ろ姿が見えていたんです。つまるところ第三者視点だったんです。そこからは後ろから見ている私の方の意識が、徐々にパニックになっていきました。私はここにいるのに、その前にはどう見ても私がいる。そして、その二つの意識は両方とも私にある。何がどうなってて、本当の私はどっちなんだと。でもそれが夢だという可能性を考えることは、やはり全くできませんでした。
──その時でした。
前に立っていた私が、後ろの私に振り返ったんです。
私は、私と目が合ったんです。
その瞬間、全ての意識と感覚がぐちゃぐちゃになりました。私が私を見ている、私が私に見られている。見ている私の意識と、見られている私の意識が。その夢を見ている「私」の頭に雪崩れ込んできたのです。その両方の意識が、それぞれの私の目を通してまるで合わせ鏡にうつった像の如く反復していて、それは目覚めるまで永遠に続きました。そして、振り返った私の顔は恐ろしいまでに無表情でした。いや、その表現すら不適切かもしれません。もはや表情という概念を知らないような、私の身体に無垢なる何かの魂が入っているような。でも……その意識と感覚は、確実に私の中にあったのです。
私は叫びながら飛び起きました。全身が汗でびしょびしょになっていて、失禁もしていました。起きてから襲ってくるあの妙な現実感も、いつもよりずっと長く続いて……その日は最悪の一日を過ごすことになりました。あの瞬間なにをどう感じたか、完璧に説明する術を私は知りません。仮に説明できたとしても、絶対に伝わらないでしょう。共感すら出来ないかもしれません。怖いとか気持ち悪いとか、そんな一言では到底言い表すことはできないのです。ただ底の見えない、いや底すらない恐怖を感じた……それだけが確かなことです。
目覚めたあと、特に何かが起こるといったことはありませんでした。しょせん夢は夢だったのです。だからこそ、恐ろしい出来事でした。あの夢が本当にただの夢だったのか、この世ならざる何者かが私に見せた暗示なのか、はたまた私が別の世界を垣間見てしまったのかなんて、どうだっていいのです。もしただの夢なら、いったい私の記憶や体験がどうやってアレを作り出したというのでしょうか。もし何かの暗示なら、いったい何が何のために見せたというのでしょうか。もし別の世界なら、いったい私はどこの何を見たというのでしょうか。どんな可能性を探ろうとも、結局は嫌な想像と謎しか残らないのです。
だったら、いっそ何も分からない方がいい。
言うまでもありませんが、この一件で私は夢がいっそう怖くなりました。眠ることさえ嫌になりました。夢を見て心をすり減らすくらいだったら、本当はずっと起きていたいです。でも、やはり寝ないと身体の方がもちません。だから私は毎晩お祈りを捧げてから、眠りにつくんです。もともと信心深い人間ではありませんでしたから、誰にというわけでもないのですが……とにかく祈るのです。
次の朝、無事に目覚められるように。
そして二度と、あの白い悪夢を見ないように。
白夢 双町マチノスケ @machi52310
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