第55話 君と出会えて、本当に良かった。
ふと目が覚める。
目の前が布に覆われていて薄暗かった。
耳には波の音が聞こえる。
(……何時間くらい経ったんだ)
手は相変わらず前で手錠をかけられていたが、服も着てきたままだ。
今日はジーンズを穿いていたので寒くなくて助かった。
だけど足が縛られているので、うまく動くこともできない。口には粘着テープが貼られていた。
(身体を布で巻かれてるっぽいな)
両手を動かして、顔を覆っている布を下にずり下げる。
顔に枯れた落ち葉が崩れ落ちてきた。
(なんか知らないけど、落ち葉で隠されていたみたいだ)
浮浪者の人みたいだなと冷静に思う。
この状態で変な人に見つかったら、それはそれでまずい気がする。早く逃げないと。
とりあえず、口の粘着テープを外すと、呼吸がしやすくなった。
上半身を起こして、落ち葉の中から両足を抜く。
足を見ると両足はヒモで複雑に結ばれていた。
(めんどくさい結び方しやがってぇ……)
手錠もあるから、うまく見えないが、必死に解いていく。
足の紐を解くのに数分を要してしまった。
(よし、解けた)
足を立てて立ち上がる。
(それにしても、ここはどこなんだ?)
まわりは、落ち葉に囲まれた雑木林だった。
前にあるアスファルトの道には落ち葉が降り落ち、管理されていなさそうだ。
そして、間近には海があった。
(上のあたりには家がある……あ)
少し離れた上の位置に、1ヶ月くらい前に行った別荘があった。
(ここって、指輪貰った場所の近くか! とりあえずここだと人目がなさすぎて危ないから上に行こう)
上に出られる道が、近場では1か所しかなく見通しがいい。
枯れた木々は体を隠してくれるものではなく、急いで登るしかなかった。
海が近くて、波の音で小さな音が拾いにくい。
だからかもしれない。
ガサ、と聞き取れるレベルの足音がした時には、目視できるレベルに近づいた真一がいた。
(近場の出口以外に裏道があったのか)
これは、追いつかれる!
分かっていながらも走った。
誰か来てほしいと心から願うが、来そうにもないことに絶望した。
「逃げるな!」
肩を掴まれて、後ろに引かれる。
腕を拘束されていてバランスをとれない身体は、簡単によろめいた。
こけると思っていた身体が反転して真一の腕に支えられる。
「ここはもうだめだから、別の場所に行こう」
「嫌だ」
「今ここで、君を犯してもいいんだ。素直についてきなさい」
言われた言葉にゾッとして固まって、そのまま引きずられる。
(こいつ人のことを淫乱みたいな扱いしたくせに、結局やりたいのかよ)
そういう言葉が出るってことは、願望があるってことだ。
だけど、この場所は人が来なさそうなので、上に出るまでは大人しくした方がいいかもしれない。
そう思うと、一緒に行くしかなかった。
「どうして、お母さんとあなたの嘘が食い違ってたんですか?」
のろのろと歩きながら話しかける。
嘘が分かった後、どうしてこんなにお粗末な嘘をついたんだと悩んだことがあった。
あまりにボロが出やすすぎる、嘘は身を滅ぼすのになぜ、と。
「母はもとから思い付きで話す人間だから、計画として話した内容を覚えていなかっただけだよ」
「実際、父が浮気しているなんて話は確認したら分かるだろう。その程度に嘘が下手で愚かなんだ」
「浮気という言葉も、責められたから頭に残っていたにすぎない。保身でコロコロ話が変わる。そういう人なんだ」
落ち葉を踏みしめて話す声を、ただ聞いていた。
頭の病気じゃないかと思ったが、案外そういう人は多い気もする。
「味方に置くべき人じゃないですね」
「でも、母は僕の味方で、なんでも手伝ってくれるからね」
それなら、トールの味方は、誰だったんだろう。
裏切られた父親は分け隔てなく育ててくれたと言っていたけれど、味方かと言われたら違うだろう。
父親と会った日、ベッドの中でトールが言っていた異分子という単語を思い出す。
(ああ、味方がいなかったのか)
たぶん、彼は一人だったんだ。
だからこそ誰にでもいい顔をする、断れない臆病な性格。
(悲しくなってきた。そんなのってないだろ)
一人くらい、搾取しない誰かが味方になってくれなきゃ人生がやってられない。
だから、あまり人に興味がない自分なんかに恋なんてしてしまったんだ。
情緒が不安定なせいか、そんな簡単な想像で涙腺が緩んだ。
「泣いてる? そんな乱暴なことしないから安心してよ」
「別に、この状態のせいじゃない、です」
泣きながら落ち葉だらけの道から、民家の裏手に出る。
「ここらへんは別荘地でね。今の時期は人がいないから、人を呼ぼうと思っても無駄だよ」
警告しているのか、小声で真一は言った。
確かに、今歩いている民家には人の気配がない。
でも、綺麗な場所は過疎地でも少しは人がいるものだ。
「なんで私を狙ったんですか」
どう逃げようかと考えながら質問する。
手錠をはめられて上手くバランスが取れない状態では、上手く逃げられるとは思えない。
ここで頑張ったところで、逃げられる確率はゼロだ。
それなら、誰かにこの場所を伝えなければならない。
(……笛だ)
ナツからもらった笛がある。
もうすぐ大きな通りだ。吹けばきっとどこかに届くだろう。
「トールが目障りだったのと、君を気に入ってたから」
ハッ、と笑う。
「奪ったところで、あなたを愛さないですけどね」
思い切り体に頭突きをした。
肩を掴まれた手が、身体を近づけたことで外れる。
一瞬ふらついたが、相手もふらついたので走り出した。
首にかけた鎖を引き、笛を出す。両手でも笛を咥えるのは簡単だった。
(頼む、大きく鳴ってくれ)
思いきり笛を吹く。
甲高いピィィィィという耳をつんざくような大きな音が、鳴った。
「お前、何を」
身体を掴まれる。
簡単に身体が引き倒されてしまった。
もう一度、笛を吹く。
だが、途中でそれは奪われて、首から外されると遠くに投げられた。
視界の端で、鎖が付いたまま土の上に転がる笛と指輪を見る。
「アンタ、気持ち悪いんだよ! 欲しいものは自分で探せ!! 馬鹿が!!!!」
叫んで、身体を捩る。
上向きの身体に重い身体がのしかかり、キスをされそうになって慌てて両手で顔を隠す。
(こんなところでヤル気なのか?! 自暴自棄になったのかよ)
笛も吹いたし、大通りから見える場所なのに、異常だ。
コートのファスナーが簡単に下ろされたことに寒気を覚えた。
「女はヤッた奴を好きになるようにできてる! ユーキ君だってそうだろ。あんな遊んでる奴ら」
「2人は違う!! お前と一緒にすんなって! 触んな!!!!」
好きになんねーよ!!!という言葉が、遊んでる奴らという言葉に腹が立ちすぎて消える。
叫べば誰かが気付いてくれる。それまで耐えられれば何とかなる。
ハァハァという息とのしかかる身体が気持ち悪い。ゾッとした。
「あいつらがどれだけ遊んでたかなんて僕にはわかるんだよ。性格にも問題がある」
「問題あるのはアンタだろ!!!! 2人がどれだけやったかなんて、どうでもいい!! だから今があるんだから!!!」
ジーンズのベルトを外されそうになって、身体を丸くする。
持久力がない。叫ぶのも、拒むのも、抵抗するのも疲れた。
「アンタの尺度でものを語るなよ!!! くそ、マジで、もう」
ガチャガチャと手錠が鳴る。
諦めたらそこで終わりだという気持ちで相手の肩を叩いた。
突然、ズン、と身体が揺れる。
鈍い打撃音と衝撃の後、重い身体が体の上から退いた。
「ユーキ君、大丈夫ですか」
トールだった。
真一の首に手をかけたまま、地面に落とすと、そのまま蹴り上げる。
(ああ、止めないとトールが殺人犯になる)
「トール。ダメだ」
出てきた声は、かすれていた。
だめだ。おかしい。声が出ない。
でも、あの筋力で何度も蹴ったら、内臓が破裂してしまう。
そう思っても、うまく声が出なかった。
「ユーキ!!!!」
ナツの声が聞こえたと思ったら、そのまま抱き起されて、抱きしめられた。
「ナツ、トール止めて……」
なんとか声が出た。
「持崎部長。警察呼んだから、やりすぎると面倒なことになりますよ」
ナツが冷静な声で止める。
トールは無視するかのように、だが、蹴る場所を少しだけ変えて蹴っていた。
「アンタが俺に言ったんですよ。忍耐力をつけろって!!」
止まらない足に、ナツが怒鳴る。
立ちにくい足を立たせて、トールの元に向かった。
「だめだって」
上手く出せない声のまま、震える腕を掴む。
トールの身体が、ぴたりと止まった。
そして、のろのろと真一の上に座り、深いため息をつくと、両手で顔を覆う。
その姿が泣いて見えて、顔を覗きこんだ。
「トール、大丈夫?」
「ごめん……本当にごめん」
泣いていた。
「大丈夫だから。別に、今回は前よりダメージもないみたいだし」
まったくないと言ったら嘘になるが、少なくても前回よりマシだった。
身体が震えてもいない。どっちかというと腹が立っていた。
トールは、顔を上げてこちらを見る。
「でも、泣いた痕がある」
泣いたのってばれるのか。
「ああ、これは」
少しだけ笑いながらトールの髪を撫でた。
「私と出会うまでトールに味方がいなかったんだなと思ったら泣けたんだ」
目を合わせて微笑むと、泣いていた顔が、またボロボロと涙を落とす。
その顔がもう泣かないように、膝立ちでキスをした。
遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえる。
その音を聞きながら、終わったんだなと思った。
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美女と入れ替わったモブ男は2人に溺愛されて困っています! 花摘猫 @hanatumineko
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