負け犬信用組合

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負け犬信用組合


 チャリン。


 今時らしからぬ金属音と共に、恐ろしく情けない声が響く。

「今日もパチンコ勝てませんでした!」

「そもそも止めろよアホか」

 チャリン。

「SNSで他人の投稿にキレてレスしてレスバになって論破されましたぁ~」

「お前はSNS向いてないからマジで辞めろ」

 チャリン。チャリンチャリン。

「婚活惨敗歴最早考えたくもなし。今日もまるで収穫ナシ」

「長老……」

「長老……でもいつまでここにいるんスか。存在が超法規的措置ッスよ」

 チャリン。

「今日って何日?」

「君は外に出なさい、死ぬぞ」


 都会にありつつ矢鱈不便。治安も居心地も良くはない。お陰で家賃が安いとは言え春は吐しゃ物、夏には連日不審者情報。秋近付けば家鳴りが始まり冬となればサッシが冷気で凍り付く。


 そんな仕様もない場所に男が四人。


 始まりは大学、想定されていた約束もまた大学。気付けば留年或いは中退。巣立ちを迎えて飛び立つ者達を後目に行き場をじわじわ失いながらズルズルズルと関係を引き摺り続けて四人ばかりがこの状態。

 人並になろうと一度は人波に乗ってみたものの、働けど働けどなお暮らし楽にならず、いっそ働く方を止めてみたなら真綿で首を絞められる心地。そこらの原因は浪費にあると薄々理解はしているものの、分かったからと止められるならこの世に苦労は存在しない。

 夢や希望は抱えていたとて、未来将来何の事やら。そんな事ではお先真っ暗?屋根と壁はまだあるので今の老い先はとりあえず枕。やがて掃き溜めに鶴ならぬ掃き溜めのツルッパゲになりそうだと背筋をキンキン冷やしつつ、兎にも角にも今日一日を生きている。



 焼酎のペットボトルに横穴を開けた貯金箱。

 実のない愚痴にお互いうんざりしつつ、かと言って顔を合わせぬ訳にも耳を塞ぐ訳にも行かず、全部の口を閉じるには社会から満額回答を頂くしかないがそんな事は起こり得ず。

 せめて酒の勢いで殴り合わない方法はとある時誰かが提案し、賛成多数の採択一致。

 ついた名前は負け犬信用組合。愚痴を言うなら金を入れよ。

 お陰で事ある毎に金が集まるようにはなった。だのに満杯を見ないのは魔訶不思議な四次元焼酎四ℓか。


「パチが悪なら何故それを放置する?存在する娯楽を利用しているんだから俺は悪くねえ」

「バカだっつーならまずバカにスマホを持たせようとするなよ。どう考えたって世間が悪いじゃん」

「俺がモテないんじゃない。世間でモテ条件がインフレし過ぎてるんだ。このまま進んだら地球の男はちょっと、とか言われるんだ。そして人類は絶滅する」

「外出なくていい条件が揃ってるのにしなきゃいけない理由が分からない。全ての生き物は楽に流れるように出来ている。外に出ていたのはそこにメリットがあったから。今の世界なら室内の方がメリットは高い。だから俺は正しい」


 金を入れた勢いで始まる罵声と否定、そうして行き着く自己肯定。

 世と言う世界があったとしても内包される人の中にもまた世界というものはある。そして人の中身は世界によって変化を起こし、世界は人によって変えられる。結果絶対的なものは存在しない。

 一見正しく聞こえる彼等の言葉はどうしてこんなにも悲しく響くのか。当人達の心持が溢れ出ているからであろうか。


「大体勝ちとか負けとか優勢劣勢とか善悪とかを安易につけるのが良くない」

「そうだそうだ、生き物は千差万別だ」

「今は少子化が問題になっている。だがバブル前後期には子供の数が想定を上回り私立入学入園戦争が起きて、運動会では場所取り争いが起きた。更に遡れば貧乏子沢山で口減らしや奉公へ出されるような事もあった。どの時代が正しいなんて言えるものではない。つまりモテず独身であっても時代が変われば評価も変わる可能性があるという事だ」

「じゃあ何でこの寄合いに負け犬なんて名前つけちゃったんスかねー」

「うるさいっ!今マチアプの返信考えるので忙しいっ!」

「長老、演説が台無しだよ」

「形無しが正解じゃないか」

「痛し形無し、致し方なし」

「韻を踏むな、ラップでもやってろ!」

「正直嫌いではない」

「ラッパーと会ったら視線で砕け散りそうな姿してるのに」

「ルッキズム反対」

「外見に到達した不健康さへの指摘はルッキズムどうこうじゃねぇんだよ」

「本当に死ぬぞ」

「だが生きてる」

「そもそも長老はモテる必要あんの?女なんてうるせぇし金かかるし付き合ってもメリットないじゃん」

「レスバニキが何か言ってる」

「こんにちは、老若男女全てと大体上手く行かない人」

「受けて立つが?」

「人間関係のあらゆる値が低いせいで、アクセルとブレーキの加減が滅茶苦茶なんだよな」

「コンビニに突っ込む車みたいな」

「それで言ったら長老なんて下方婚狙いだから大型車両でチワワにぶつかっていくようなもんよ」

「時代が時代なら化け物扱いされてるであろう行い」

「成程良く理解した、俺はお前を許さない。と言うよりそもそもある一点においてそいつを認める訳にはいかない」

「何で同じクズなのにこいつだけ女が寄って来るんだろうな」

「まぁ、顔じゃねぇか」

「言うて大した顔してねぇだろうが。目と鼻と口なら俺にだってあるわ」

「パチ狂いがパ抜けのカスとは。不必要に特殊な病を得て苦しめばいい」

「顔良く女にモテ大卒なのにその体たらく?」

「どつき回すぞ引き籠り」


 いよいよ肯定や反論のしどころも心の余裕もなくなり、胸倉を掴む者掴まれる者が表れ出した。

 あとは血を見るか隣から壁を殴られるかと言った所で年長者故の心の広さ(※疲れて深く考える事が出来ない)から長老が仲裁に入る。

 ハイシードウドウ、馬と同じ扱いを受けて荒い鼻息を押さえたギャンブル狂いが上げかけた腰を下ろして口から大量の息を吐く。ヤニと胃弱特有の臭いが部屋の中に蔓延した。

 何だか白けた空気になって各々スマホやら壁やら明後日の方を見つめていたが、対人問題多発性分が貯金箱を前にポツリと言葉を零す。


「これが溜まったらなぁ、これが溜まったら俺は趣味を変える」

「正直、それが未来的だとは思う」

 ネットでケンカをしてても無為なだけである。うんうんと全員が頷いた事でまた場の空気が温まる。

「そうだよな。人間いつかは大人になるんだ、俺達もランクアップを目指そうぜ」

「現状を変える事で将来を良くしようとする意気や良し」

「死なない努力は多少必要、何故なら生き物は生きる物なので」

「長老も婚活で熱上げるのは止めとこうぜ」

「確約出来ないが心のゆとりは持ちたい」

「お友達だって良いじゃない、人生長いんだもの」


 いつもは泣くか殴るか酒を食らうか、挙句失神同然に力尽きて解散となるのに今日は珍しく前向きな意見で落ち着いた。何だか一丁前になったような気分になって全員がやぁやぁ、良かった良かったと言いながら肩を叩き合う。

 そして流れるように決起会を行おうと言う話になった。

 全員財布を開いてみても、中々寂しい懐具合。そして目の前には小銭と言えそれなりに溜まった金があり。


「まぁ、今日はな!」

「特別だからな」

「勝ちに向かうならこんなものは無用」

「満タンを待つ意味はない」

「そうだな!」

 引っくり返してザラザラと中身を取り出し、ポケットの中にそれぞれ押し込む。


 そうして男達は部屋の扉を開けるのであった。



~~~~~~~~~~




 チャリン。


「今日はスロットで負けました!」

「やるもん変えたらいいってもんじゃねーぞ」

 チャリン。

「ゲームの攻略掲示板で荒らし認定BANされました」

「お前はもうインターネットを離脱しろ」

 スッ。

「友から広める出会いの可能性、友人のつもりが知人で絶望」

「紙幣になってやがる」

「長老はもう駄目だ」

 チャリン。

「昨日植物が喋り出した」

「もっと駄目なのがここに」

「太陽浴びろて~、もう手足の表がはんぺんみたいな肌色しとるて~」


 人の生とは繰り返し。

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