魔王が生まれた日
@futami-i
【短編】魔王が生まれた日【本文】
あなたのふるさとは、この星の底にある暗闇のゆりかご。
あなたはアリの巣のように入り組んだ地下迷宮の最奥で生まれた。
すべての命には生まれた意義があるのだと、神様が言っていた。
ならばこそ、あなたはその意義を探したい。
光り輝く世界には素晴らしい出会いが待っていると、天使様が教えてくれた。
ならばこそ、あなたはそのひとに出会いたい。
さあ出かけよう。
あなたのとなりに強く頼れる父はなく。
あなたをだきしめる母のすがたも知らない。
ゆりかごを出たあなたは長い暗闇の階段をのぼりはじめる。
◆◆◆
大鬼の首を取りはずし、怪鳥の両翼をちぎる。
ヴァンパイアから衣服をもらって、残り物を奈落の底に突き落とす。
いたずら好きの小悪魔に手鏡をもらったけれど、あなたの姿形は道行く誰とも違う。
小悪魔が鏡に映したあなたの魂を奪おうとして、しかし気を狂わせて命を絶った。
階段をのぼるにつれて、あなたは
裏切る者はおそろしい、さりとてひとりでいるのは無防備でおそろしい。
いつしかあなたは仮面をかぶるようになった。
裏切る者を手放さないように、その首根っこをつかんでよく笑う。
偽りの仮面をかぶったあなたは暗闇の階段をのぼりつづける。
◆◆◆
あなたの父を名乗り、あなたの母を名乗る者があらわれた。
どちらもあまいことばであなたを支配しようとたくらむのは明白だった。
しかしあなたは、あまいことばには魅入られて負けてしまった。
自分で決めることをやめて、他者に選ぶことをゆだねるのはこの上ない快感だった。
あなたは仮面を捨てて負け犬に成り下がった、このときあなたの心はどこにもなかった。
すべての命には生まれた意義があるのだと、父が言っていた。
光り輝く世界には素晴らしい出会いが待っていると、母が教えてくれた。
ウソ偽りに満ちた借り物の言葉は、あなたの心を酷く冷めた場所に引き戻した。
父を名乗る者はあなたよりもはるかに狡猾だった。
母を名乗る者はあなたよりもずっと邪悪だ。
あなたは劣る。しかしならばこそ、あなたは生まれた意義と光り輝く出会いを知りたいと願う。
長く続いた暗闇に背を向けて、あなたは迷宮の外を知る。
◆◆◆
あなたと違う顔をして、あなたと似通った姿をした者が暮らす。
ゆりかごの外の世界は戦いと喧騒に満ちていた。
迷宮で学んだことはなにひとつ役に立たず、あなたは世界を学び直さねばならなかった。
亀の歩みで試行錯誤をくりかえし、生まれた意義さえ疑いながら進みつづける。
あなたは外の世界で、かつてあなたを裏切ったハーピィに出会った。
あなたよりも苦労を学んで、あなたよりも優れた要領を知る者は、あなたよりも優れていると知る。
弱気の仮面を外す。優れていても、あなたはもう裏切る者をおそれなくなっていた。
父を名乗る者は怒りに燃える胸の内をあなたにぶつけた。
母を名乗る者はあわれみに満ちたまなざしを向けてくれた。
あなたは劣る。あなたは偽り騙る者にひきずられることをやめ、自らの心を投げ出す怠惰をやめた。
かつて投げ出した命を拾い直して、あなたはふたたび階段をのぼりはじめる。
◆◆◆
光り輝く姿鏡があなたのすがたを映し出す。
あなたと違う顔をしてあなたと似通った者はこの世界にいくらでもいた。
あなたは負け犬だ。膝をかかえてもなにひとつ得られないと知っている。
さりとて遠吠えと知って皮肉を語る者に成り下がることは、いまさらしない。
あなたは、いずれ死ぬ者。
しかし、すべての命には生まれた意義があるのだと、あなたは信じたい。
ならばこそ、あなたは今を生きる意義に殉じる。
あなたは、老い去りゆく者
しかし、光り輝く世界には素晴らしい出会いが待っていると、あなたは信じている。
ならばこそ、あなたは今出会う仲間に伝えたい。
階段の終わりではなく、のぼりつづける階段の途中であなたは立ち止まる。
◆◆◆
いつの日か拾い直した荷物がしゃべる。
「私は魔王、あなたは私、私は誰?」
あなたは魔王。天国は遠く向こう。
問いかけが求めた答えは、今はもう、階段の先にないと知っている。
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